ヰ7 ありふれた展開
6年2組、出席番号1番。赤穂時雨は、愛・不穏を片手に、有名モデルのインスタントぐらしを眺めていた。
……かっわいい♡
時雨が熱心に見ているのは、小中学生に絶大な人気を誇るファッション雑誌ミコ☆ポチの専属モデル、早見恋歌、通称『闇の煉獄ちゃん』のインくらだった。
JC1モデル煉獄ちゃんの『暗黒コーデ』は、それはそれは毎回趣向を凝らしたもので、見る者をいつも驚かせるものだった。
そして、ここが重要なポイントなのだが……、
煉獄ちゃんのコーデは、10代前半の少女以外の心には全く響かないのだ。そのことが、更に崇拝者達を先鋭化させ、煉獄ちゃんはその界隈では、殆ど神格化されていると言っても過言ではなかった。
時雨自身は、そこまで彼女に入れ込んでいるわけではなかったが、他の女子と同じで、単純に見ていてかわいいという理由で、煉獄ちゃんをフォローしていた。
今回の暗黒コーデは、その名もメデューサコーデ。最近、長く伸ばしていた髪を緑色に染め、
もれなく傷んだキューティクルにより、一本一本の毛が枝毛となり、蛇の口のように割れている。
今年に入ってから2週間ごとに脱色とカラーリングを繰り返していたせいで、いまや煉獄ちゃんの髪はぼっさぼさだった。そして、ギリシア神話に出てくるような緩やかなドレープの付きのドレスを着て、こちらを睨むその瞳は……思春期特有の…髪がまとまらない憎しみと怒りに満ちていた。
だが、このコーデの最大のポイントは、そこではなく、メデューサから連想されるもう一つのもの、……首から提げた石のペンダントだった。それはたった7㎜くらいの大きさしかないものだったが、綺麗に磨かれていて、キラキラと輝いていた。
……これ、煉獄ちゃんの体の中で作られた石なんですって!それって、まるで煉獄ちゃんがアコヤガイみたいじゃん?!
……中1にして女路結石とか。煉獄ちゃんてば、めっちゃ大人!……あとダメージヘアとか、めっちゃわかる~~。共感しかないわ~。きゃぁうわいぃ~。もう250e-net♡なの?!すっごぉ~い!
赤穂時雨は、ため息をつき、愛・不穏から目を上げた。
時雨は、自分の少し膨らんだ左側の髪を片手で押さえ、吊り目気味のまぶたを、もう片方の手で軽く擦りながら、ふわあああ……とあくびをする。
「はい。携帯集めまーす。」と大きな声が響く。
段ボール箱を持った日直が、各生徒の机を回りながら、スマホを回収し始めているのが見えた。
「電源を切ってくださ~い」
いつもの見慣れた朝の光景。
時雨が手元の愛・不穏に視線を落とし……、電源を切ろうとした…その瞬間、
画面上にポップアップが表示された。
『穴開き戦車さんが1枚の写真を共有しようとしています』
突然現れた、その画像。
……床に設置された大きな白いスリッパ型の水がめに、かなり濃い目のエナジードリンク色の液溜まりが出来ていて……。
……その中央に、……一本のウコンが、黄土色の硬い芋虫のように横たわっていた。
ポロロン♪
あちこちで着信音と共に「「きゃああああ……」」と悲鳴が上がった。
一瞬、呆然としていた時雨も、「ぎゃあああああ」と悲鳴を上げ、愛・不穏を床に落とした。
悲鳴を聞いて、科学特捜部の白装束女子、三浦 詩が、素早く立ち上がり、近くの席に座る女子の愛・不穏の画面を覗き込む。
そして「……こ、これは……。」と言って絶句した後ろから、近藤夢子が顔を覗かせ、「……おおっと……!?」と呟いた。
「とうとう倫護カンパニーが本当の姿を現したわね……。これが噂に聞くエロドロップ爆弾……。バ痴漢の性職者も顔負けの破戒力……。とは言え……、もっと、こう…、なんて言うの……?ノーマルなエロ画像はなかったのかしら……危ノーマルすぎるでしょ………これ。」と、夢子は首を振りながら言った。
「……なんの騒ぎ?」
と、デニムジーンズに白の長袖シャツを着た設楽居睦美が怪訝な顔をして近寄ってくる。
「睦美?!見ちゃダメ!!」と言って、詩が、アンドロイド少女の目を、手で覆った。
「な、なにすんのよ?」と言って睦美がその手を払いのける。
気を利かせた近藤夢子が、日直から奪ってきた『スマホ回収ボックス』の中に、近くの女子の手にあったその愛・不穏を放り込んだ。
「……これはなかなかマズい展開ね。」
夢子はそう言うと、追いかけてきた日直の女子の腕に、押し付けるようにして段ボール箱を返却した。
プンプンと怒った様子の睦美をなだめながら、詩は、「……エロドロップ爆弾は、半径約10m以内の人間が送信しているはずよ!……と言うことは、この教室内、もしくはすぐ外の廊下に……画像を投下した犯人がいるはず!!」と言い、急いで周囲を見渡した。
「え?じゃあ倫護カンパニーの工作員が、ここにいるってこと??」と近藤夢子が叫ぶ。
それを聞いた設楽居睦美が、身構えるような体勢になり、詩の背中に自分の背中をくっつけ、「……どういうこと?!」と言った。
詩は、顔を真っ赤にしながら、「睦美!気を付けて!」と叫んだ。
その時、教室の扉が開き、担任の廣川先生が入ってくる。
「どうしたの?いったいなんの騒ぎよ?ほら、ほらほら皆さん?席に着いてください。」
と言って廣川先生は、その長い髪をふわさっ、と左右に踊らせて教室内を見渡すと、
段ボール箱を持って突っ立ったままの日直を見つけて、彼女に近付いていった。
「……せ、先生……、あ……愛・不穏を持っている子に……へ、変な画像が送られてきたんです!!」とウェーブヘアの吊り目女子、赤穂時雨が、日直を押し退けて報告してくる。
「変な画像?」と言って廣川先生は、綺麗に磨かれた爪を光らせながら、クリーム色のブラウスから爽やかなミント系の薫りを漂わせ、一言、
「見せてごらんなさい。」と言った。
「え?わ、私のは…すぐ消しちゃいました。……キモかったんで……。」と時雨が言う。
「そう?じゃあ他の子はいる?」
と、廣川先生が言った。
「……私、愛・不穏だけど……設定してたから、最初から変な画像は来ませんでした…」
「私も。」「私も。」「……私は消しちゃいました……。」「私も消しちゃった……」
教室のあちこちから、そんな女子達の声が上がる。
「ふうん……なるほどね。」と、白装束の少女、三浦詩がしたり顔で呟いた。「女子のみを狙ったエロドロっていうわけね……。」
「なら、動機は100%♡ドキドキエロ目的ね。」と夢子がどこか楽しそうに手を擦り合わせながら言う。
「……だから、学校にスマホを持ち込ませるのは嫌なのよ……」と廣川先生が眉をしかめながら言うのが聞こえた。「……まあ、これも時代だからしょうがないのかしらね……。あーやれやれ。……で、どんな画像だったの?」
「せ、先生のスマホには、その画像……入ってこなかったんですか?」と頬を赤くした赤穂時雨が言う。
「え?ああ、先生はね、愛・不穏じゃないから。…まあ、こういうやつ?話には聞いたことはあるけどね?でも第一、先生はどんな風な仕組みでスマホに画像がドロップされるのかも知らないわ。」
「せ、先生て……アンドロイドなんですか?」
「そうよ?なに?先生が人間じゃないみたいな言い方して?失礼ね。」
「……え、でも…アンドロイドは人間じゃないですよね?」
「はいはい。ここ日本では愛・不穏以外の女子は人権ないんでしたねー。」
「え……?先生は女子ではないですよね……?」
……やれやれ。私はおばさんですよー。今の子ってのは、先生をちっとも尊敬してないのよね。
そのうえ、先生は子供を叱れない、…ときたもんだ。
これも時代よね……。あーやだやだ。
6年2組の担任、廣川満里奈は、遠い目をして
……私って、正直、教師に向いてないのよね……。
と考えていた。
……………。
……おっと。うっかり忘れるところだったわ……こんなことしてる場合じゃなかった。
て言うかなんでこの時期なのよ??……あと2ヶ月もすれば卒業でしょ?今さらなんで、うちのクラスに新しい子が入ってくるのよ……。あ~~子供なんて、もうたくさん!!早くみんな、とっとと卒業しちゃえばいいのに!!
「…オホン。どうぞ、入って。」と満里奈は言い、廊下に向かって手招きをした。
……静かに教室に入ってきたのは、
ギリシア神話に出てくる神のように、艶のある髪をカールさせた、目の大きな少年だった。その美しい顔は、一見した感じ、西洋人の遺伝子を強く持っているように見えたが、さすがに金髪碧眼というわけではなかった。
それでも彼の麗しい顏を飾る髪は、柔らかく波打ちながら輝いていて……、その愁いを帯びた目線をクラスメイト達に向けると、
女子達は思わず息を呑んで、無意識に自分の髪型を直す仕草をした。それを見た少年は……、ただ静かに微笑んでいた。
アンドロイド少女、設楽居睦美は警戒した様子で彼のことを睨み、
三浦詩は、穢れた男の目から睦美を隠すようにして一歩前へ進み出た。
近藤夢子が、何か言いたそうな瞳で詩の顔を見る。
「なによ?」と詩が言う。
すると笑いながら夢子が「……ウコンドロップの後が、微笑年とはね……。」と言って自分の二つ折り携帯を閉じると、ポイっと日直の段ボール箱の中にそれを放り投げた。
「えー、紹介します。」と、廣川先生が面倒臭そうに言う。
「最近、この町に転生してきた、向井蓮くんです。このクラスはあと2ヶ月しかないけど、みんな、仲良くしてあげてね。」
ん?今、転生って言わなかった?転……校……生よね……?
三浦詩は、科学特捜部の部長らしく、鋭い眼光をこの少年に向けていた。
「皆さんこんにちは。」
と、今しがた紹介された少年が、ボーイソプラノの声で自己紹介を始める。
「えーっと……僕はですね…前に住んでいた町で、ブラック企業の社畜をしていまして……、数ヶ月前に過労で倒れて死にました。」
は?
「……次に目が覚めた時、僕は小学6年生の、卒業間近の体に戻っていたのです。」
ざわざわ……。
「……一回目の人生では、僕、この美少年っぽい自分の容姿が嫌で嫌で仕方がなかったんですよね……。そのせいで僕は内向的になったし、性格もひねくれてしまいました。……まあ、だいたい僕の死因の90%は、この容姿が原因で被った『聖虐待』のせいみたいなもんですからね……。少年時代にして心はすでに死んでました。」
……ちょ、ちょっと?なに言ってんの、コイツ?!
「……大人になってからは、この顔が嫌で、とうとう僕はどこにでもいるモブ顔に整形をしたくらいです。アハハ……でも、こうやって子供時代の体に転生した今!
今度こそ僕は、初恋の女の子と結ばれたいと思ったんです。そして同時に、彼女を…これから待ち受ける不幸な未来から救いたいと思っています!」
やれやれ。………これも時代かしらねぇ……最近、世の中転生ものばっかしだから、うちのクラスにも一人くらい転生者が出ちゃうんじゃないかって、常々思ってたのよねえ……。あと2ヶ月だったのに……。とうとう私の受け持つクラスで転生者を出しちゃったわ……あ~最悪。
と、考えながら廣川満里奈は、横に立つ少年を無感動に見つめていた。
「僕はね!今度こそ君を離さないよ!!」と芝居がかった様子で少年が叫ぶ。
「また会えたね!設楽居睦美ちゃん!
……君のために、僕は戻ってきたんだよ!!」
は??………はあああああああ??!
『Run-of-the-mill development』




