ヰ69 理想主義者
「「ボキンお願いしま~~す」」
さくら町の北に位置する、ターミナル駅の周辺に拓けたペデストリアンデッキに、
近くの中学校の制服を着た女子生徒達が横一列に並び、
大きな甲高い声を張り上げている。
中学生達は、寒空の下でコートも羽織らずに、制服にマフラーだけを巻いた姿で、白い脚の膝を赤くし、プルプルと身体を震わせながら、
健気に白い息を吐いて口々に「「みなさま~ボ、キンを~!お願い、し、ま~す」」」と調子をつけてリズミカルに声を出していた。
道行く大人達は、チラチラと物珍しそうに彼女らを見やるが、目を合わせるとボキンしなければならない雰囲気になる為、コートに手を突っ込んで伏し目がちに横を通り過ぎていく。
再度、町を訪れていたSICOM代表古賀花音は、少女達の隊列を見ながら、
……女子中学生相手に募金する大人は流石にいないわよね……と静かに考えていた。それにしてもあの子達、自分達の意志で、これをやっているのかしら……。大人達の思わくでやらされているとしたら、それは可哀想ね。
……まあ、それでも彼女達の純粋な思いは否定しないわ。きっと穢れのない心で、世の中の役に立とうと自分の若い力を振り向けているのでしょうから……。
現実は悲しいことに……、彼女らが大人になれば、募金する男達も無茶苦茶集まるでしょうけど……その頃になれば貴女達は、こういった社会の為の活動には興味を失っていることでしょう……。
世の中ままならないわね……。
「ボキンお願いしまーす!」人一倍生真面目な表情で、背すじを伸ばし、頬を赤くした木下藤子が、
白い箱の表面に、深く切り込みの入った小さな裂け目を、人々の方に向けながら、叫ぶ。
少女達の身体にある、羽毛のように薄く柔らかなバッジが風に揺れ、
思春期の未熟な理想主義に、恥ずかしそうに大人達は目を逸らしていた。
花音は、ふとデッキの向かい側で、
1人の老人が少女達の方を向きながら、微笑ましいものを見るような目をして頬を緩め、
肩から提げた画板に写生している姿を捉えた。
花音は素早く移動し、気配を消してその老人の背中に回り込む。
「……おじいさん。申し訳ないですけど、……あなたのその卓越した画力ですと……、少女達の写真を無断で撮ってるのと同じことになりますので……ご遠慮いただけないでしょうか。」
急に声をかけられた老人は「な、なんだね?!君は!?あの子達の保護者か何かかね??写生をするのは私の勝手だろう!だいたいデッキでは禁止されていないはずだ!!」と、古いボサボサになった細い筆を、慌ててしまいながら叫んだ。
画用紙の上にはリアルに描かれた長い黒髪のポニーテールの少女が微笑んでいて、
そこに、チューブから出したままの白い絵の具が飛び散っていた。
花音は溜め息をつき……「あなたのような年長者が……情けない……」と言って、「さ、警察に行きましょうか。」と腕を掴む。
「さ、さっきからなんだね??君は!?言いがかりはやめたまえ!!」
「…手荒なマネはしたくないので……」と、掴んだ手の力が強まり、握力が老人の細い骨まで到達する。
急にしゅん…となった老人は項垂れながら、デッキ下にある交番へ連行されていった。
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……世も末ね……
年齢不詳、…推定35歳の古賀花音は、星明小学校の通学路を念入りにチェックしながら、ゆっくりと、娘の通う校舎を目指していた。
……結局あれから葉南とは一度も連絡が取れていない。
……学校へ行っているかも怪しいので、担任の先生に連絡をとり、今日はこうして放課後に話を聞くことにした。
電話で話した感じ、担任の先生も葉南を捕捉出来ているかどうか怪しい感じだったわね…。
まあ、実のある話が出来なくとも、学校に行けば、あの子の足跡や気配を確認出来るでしょう……。不信者の件もあるし、この地域は防犯意識が薄いみたいだから、校内のセキュリティ体制もチェックさせてもらいたいしね。
花音は、道端に落ちているゴミの種類や、街灯の間隔などを写真に撮りながら、
……地域住民の『見守り』もあまり機能していなさそうね…と考えていた。
少し前までは、日本のどこの住宅街でも不信者対策として、
電柱や玄関のブロック塀の周りに、水の入ったペットボトルを並べていたものだけど、最近はとんと見かけなくなった。
枝にぶら下げたCDも、地味に不信者を遠ざける効果が期待出来るのだけど……あれも空いた土地にある畑の減少と共に数を減らしていった。
地主の高齢化、畑をマンションに切り売りすることで、 町が整備されていったように見えて…逆に不信者が増加するのは皮肉なものよね。
……それに、あれ。
花音の視線の先に、アスファルトの割れ目に放射状に広がった葉と茎が見える。
……あれは、ナガミヒナゲシね。春になったらニョキニョキと縦に伸びてきて、ピンク色の花を咲かす。これは特定外来生物には指定されていないけれど、繁殖力がめっぽう強い。また、これを抜こうとすると茎や葉からは、有害なアルカロイドの乳液が出る。
これを適切に駆除出来ていない道路は、不信者の現れる確率が天文学的に跳ね上がるのよね。
花音は、それらの葉っぱの写真も撮り、スマホをベージュ色のバッグにしまった。
…葉南は、ここらへんの安全を全然チェックしてないわね…。そりゃあなたはいいかも知れないけど、こんなんじゃクラスメイト達が困るじゃない。
……全く。自分勝手な子ね。あの子、本当にうちの会社を継ぐつもりあるのかしら……。あの子が身に付けている五十嵐流の忍び道は、平和利用に仕向けないと危険なのよね……。
でも、あの子一度隠れると何処にいるのか全く分からなくなるから……。
古賀花音は、小学校正門の防犯カメラを見上げ、……こんなカメラじゃ、葉南は撮影出来ないわ…と首を振りながら中庭に入っていった。
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……俗に言う、モンスターペアレントってやつね…。一回電話で話しているのに、なんでわざわざ学校にまで来るのよ……。クレーマーよ、クレーマー。カスハラに違いないわ。東京カスハラオーケストラよ。あーやだやだ。
と、6年2組の担任、廣川満里奈は、
誰もいなくなった教室で、五十嵐葉南の母親を待ちながら、該当生徒のテスト結果をノートパソコンに表示させていた。
コンコン…
「はい、どうぞ。」と満里奈が、よく透る声で返事をし、椅子から立ち上がる。
「こんにちは。急にお時間を取っていただき、ほんと~にありがとうございました。あ、初めまして。私、五十嵐葉南の母親でございます~。」
「ああ、いえいえ~。こちらこそご心配をおかけしてしまっているようで~……。お母さまは、葉南さんの学校での生活態度の件で、何か気になることがあるということで……疑問に思っていらっしゃることがあれば、遠慮なくお話しください……。」
二人の女性はにこやかに言葉を交わし、満里奈は内心、チッ…と思っていた。
「……早速ですが…葉南は学校に来てますか?」花音は娘の席に座りながら言う。
「……。」
え……?葉南さん………、学校に…来てた…わよね……?今朝も出席を取ったような……顔を見たような……、宿題を提出してきたような………。あれれれれ?そもそもどんな顔だったっけ???
「はい。葉南さんは毎日元気に登校していますよ。復帰してからクラスにもすぐ溶け込めて…お友達とも仲良くしているようです。」と、満里奈は淀みなく質問に答え、ついでに多分そうであろうという日々のクラスでの様子を、心配性の母親にお伝えしておいた。
「お友達……?葉南にですか?ちなみになんていう子か教えてもらえますか?」と花音が聞いてくる。
満里奈は顔を真っ赤にして、「え?あ?は、はい?あの、設楽居さんとか?三浦さんとか?あ、そうそう!3組の飛鳥さんと仲良くしているみたいですよ?」
……あの金髪不良デビュー少女……漏らル違反の隠蔽リアルパンツァーの件を庇ってやるんじゃなかったわ……。あの時点で悪の芽を摘んでいれば、ここまで付け上がらせるようなことにはならなかったのに……。あの子、うちのクラスの転校生と不純異性交遊の噂もあるし。
逆に娘さんとあれが友達だとしたら心配させてしまったかしら。しまったわ……。
「ああ、飛鳥めいずちゃんなら知ってます。一度、うちに遊びにきたことがあります。」
え?あ、そうなの?もしや不良仲間??五十嵐葉南てどんな子だったかしら……小テストの点数を見る限り、成績は悪くないのよね…。と満里奈はパソコンの画面を睨んだ。
「あの…失礼ですが先生、……うちの葉南が学校に来ている証拠のようなものはございますでしょうか……」
「……証拠、ですか?」 「はい。」「証拠と言われましても……」
ダメだこりゃ。と花音は子供用の椅子の小さな背もたれによりかかり、「まあ、そのパソコン画面を見せていただいた感じ、学校の勉強は遅れていないようですし……良しとします。」と言った。
あー終わった終わった。帰ってプリンでも食べよーっと。と、ホッとしている満里奈に向かって、
五十嵐葉南の母親が「ところで、学区内の防犯についてですが……」と別な話題を差し込んでくる。
「放課後の生徒達を守る取り組みがあまりなされていないように感じました。」
……当然でしょ…なんで学校後のことまで教師が見なきゃならないのよ……。と、満里奈は思ったが、「そうですね。確かに校区内の治安に関しまして、学校側が把握出来ていないことも多く、私共もそれを危惧しております。」と残念そうに言った。
「ここに来る前に見てきたのですが、…駅前にパチンコ店が3軒。学習塾のすぐ隣でパチンコに勃頭する大人達を大勢見かけました。女子児童の何人かがパチンコ店の様子に興味を持って、店内を覗いているところも見ました。」
「うちの学校では教師がパチンコをすることは禁止されていますが。」と満里奈が言う。
花音は納得のいっていないような顔をしながら「通学路の途中に駄菓子屋チェーン店があるのも問題ですね。」と言った。「こういった所は、買い食い、または万引きを誘発する場所となり得ます。……今日そこで女子児童が、ふぇ裸胸を舐めているところを見つけ、即、取り上げました。」
「……朝の会などで注意しておきます。」
「駅前にカラオケ店、ビッグエンコー1軒。ここはパかパつの温床とされている施設ですね。」「……学校にどうしろと……」
「…とにかく。さくら町は、治安の良い子育てに適した町と伺っておりましたが、…至るところに風紀の乱れが感じられました。」
「…ですから我々にどうしろと……」
「私、ボランティアで不信者狩りを行いたいと考えております。」と花音は言った。
「それは猟憂会のお仕事では……」
「お調べさせていただいたところ、自治会と猟憂会の間では報酬をめぐってのトラブルがあり、数ヶ月、不信者の駆除が行われていないそうですよね?普通、春先に活動が活発になる不信者が山を降りてきているのは、餌場を求めている為です。
冬眠する為に充分な食料が足りていないせいでしょう。
私が罠をかけて、捕獲し、猟憂会、または警察に引き渡すというのではいかがでしょうか?
先日も星明第二小学校の生徒が不信者に襲われ、私が警察に通報しました。」
「ええ。でも、そういった野生動物がヒトの都合によって処分されるのって……可哀想じゃないですか……GPSを付けて野に戻してあげた方がいいって…、私なんかは思っていますけど。」と満里奈は言った。「追跡して保護、観察をしていれば、再犯はしないのでは……」
「先生は甘いですね。」と花音が答える。「…教師が理想主義者であることに、私は反対しません。……しかしこの件は、子供達の安全がかかっています。厳しく対処すべきです。」
「まあ、そうなんでしょうね……」と廣川満里奈は遠い目をし、
……んなこと校長に言ってよ……。と考えていた。
『Idealist』




