ヰ68 決して1人にならない
アンドロイド少女、設楽居睦美は、ジャンパーのポケットに手を突っ込んで、
人気のない通学路Bを、1人とぼとぼと歩いていた。
……なんか金髪のめいずちゃん……可愛かったわあ……。でも、あれで校則違反じゃないって反則よね……。まあ地毛だしね。眉も金髪。…てことは鼻毛も金髪ってこと??なんか凄くない?!
…めいずちゃんは……私が井伊直弼に興味がないことを再確認しにきた感じだった。
後は最近の乙女淹れのトレンドを少し教えてもらったのと、今は亡きハムスターの思い出を語り合ったりしたわ……。
めいずちゃんは、なんか吹っ切れたみたいね。“今まで、人に無視される存在になろうと躍起になっていましたが…こうして正体を解禁してみると学園ヒエラルキートップのオーラが、逆に人を遠ざけるみたいですね…♪”とか、のたまわっておりましたけど……………、はい、さいですか。としか言いようがなかったわ。めいずちゃんの周囲、半径5メートル以内には、人が立ち入ることが出来ない様子だったし、まあ、良かったんじゃないかしら。あのギャラクシーな瞳に見つめられたら、大抵の人は目を逸らすわよね。
“どうして設楽居さんは、私と目を合わせることが出来るのですか?”とめいずちゃんは不思議そうに尋ねてきたけど、実は私は目を見ずに、鼻を見ていたのよね。金色の鼻毛が出ていないか気になってね…。
設楽居睦美は、モコモコのシルバーのジャンパーの首に紫色のマフラーを巻いていて、寒さで背中を丸めながらアスファルトの道を歩いていた。
前方から人影が、こちらに向かってくるのが見えたが、睦美はチラッと見てすぐに興味を失った。
男性。中肉中背。黒いコート。マスクをしていて、手ぶら。頭髪はまばら。歩幅を広く急いだ様子で歩いていたが、
目の前を歩いてくる小学生女子に気付くと、急にゆっくりとした足取りに変わる。
男は、睦美に近付くに従って、歩調を更に緩め、最終的に立ち止まってしまった。
俯いて歩いていた睦美が、顔を上げる。
「すみません。この近くに郵便局はありませんか?」
一瞬びっくりしたような顔をした睦美は「はい?」ともう一度聞き直した。
「あの、スマホの充電が切れちゃって。知っていたら郵便局の場所を教えてもらいたいんですけど。」と男が言う。
「ああ、それでしたら、ここを真っ直ぐ行って、最初の信号を左に曲がって……、その後は道なりに進んでいくと、さいわい園っていう老人ホームがあるので、そこを右に折れると、商店街が見えてきます。しばらく歩くとセボンイレボンがあるので、その横の道を入ってすぐの所です。」と睦美が空中に線を描きながら説明した。
「なるほど。ありがとう。でもオジサン、方向オンチなんだ。もし、案内してくれたら、そのセボンでジュースを買ってあげるから、一緒についてきてくれない?」と男はコートのポケットに片手を入れたままで言った。
「あ、いえ、結構です。知らない人に物をもらっちゃイケナイって言われてますので。」
睦美が歩き去ろうとすると、
男が「あ、スカートにゴミが付いてるよ。」と声をかけた。
睦美が自分の体を見下ろすと、毛足の長い生地のチェックのスカートに、落ち葉の破片がくっついているのが見えた。
「ありがとうございます。」と言って、睦美はパッパッと腰をはたく。「じゃ、これで。」
「あ、」と言って男が再度、睦美を呼び止める。「実は、オジサン、動画を撮ってたんだ。ほら、これ名刺。登録者数100万人。検証動画の『日本人で良かったチャンネル』。知ってる?今日のテーマはね、イマドキの子は道を尋ねたら親切に案内してくれるか??」
「…スマホは充電切れじゃなかったんですか?」
睦美は、男が取り出した愛・不穏を見つめながら言った。
「騙すような感じになってゴメンね~」と男が言う。「この動画、次回使わせてもらいたいんだけど。いいかな?君、カワイイし。あ、でもちゃんとモザイクかけて、音声も変えるから安心して。」
「モザイクかけたら私がカワイイって分からないからカワイイ子を出す意味なくないですか?」
「アハハ……オジサン1本取られたなあ……。モザイク無しでもオジサンは構わないよ?あと、今のはまだリハーサルね。本番はこれから撮影するよ。」
「……それ、やらせじゃないですか??」
「いやいや、オジサンも流石にやらせてもらえるとは思ってないよ。……それとも…いいの?」
「ネタバレした後に撮影したら、それはやらせですよね?……もう行っていいですか…」
「もうイクの?!待って待って…、オジサンも一緒に行きたいから。」男はコートの前のボタンを慌てて外し始めた。
「だから一緒には行きません!1人で郵便局に行ってください!防犯ブザー鳴らしますよ??」
「待って待って!オジサン、包向オンチンだから臭辺地ー図を一緒に見てくれない?」
睦美はランドセルに付いた卵型の装置からぶら下がった紐を引き抜こうとした。
その時、車道を走ってきた白い乗用車がキキーと歩道に寄せて急停車し、バタム!と扉が開いた。
「お嬢ちゃん!大変だよ!君のお母さんが事故にあった!!今すぐ病院へ連れていってあげるから、乗りなさい!!」「ええ??!」
驚く睦美の前に、さっきまで話していた黒コートの動画撮影者が「待て、待て、待て!!」と立ち塞がる。
「君、騙されちゃダメだよ?!お母さんの事故を語って、車に乗せようとするのはよくある手口だ!乗ったら最後、異世界へ連れ去られて戻ってこれないよ!」
「え、でもお母さんが……事故に……、ど、どうしよう??お兄ちゃんに電話しなきゃ…」と、睦美が震えながら言った。
「おい!そこの黒コート!邪魔するな!」と怒鳴る白い車の中の男は、真冬だというのに半袖短パンの姿で運転席に座っていて、
後部座席には段ボール箱一杯に入った、クレーンゲームのぬいぐるみが置かれているのが見えた。
「うるさい!この子には俺が先に目をつけたんだ!お前こそ邪魔するな!」黒コートの男が半袖短パン男の胸ぐらを掴む。
睦美は、兄が電話に出ないので、直接母親に電話をかけてみた。
プルルルルルル………
『なあに?むーちゃん?』「お母さん?!大丈夫?」『大丈夫ってなにが?』「事故よ!事故はどうなったの??」『?』「……事故は?」『事故って?』
はっ!?
「童顔の動画オジサン!助けてくれてありがとう!!」
睦美は全てを理解し、白い車の側面を蹴飛ばすと、その場から逃げ出した。
「あ、待って!せめてオジサンの短尺、縦型のショート動画だけでも見てってよ~!
指でスワイプしてくれたら短時間で終わるからさ~~」
睦美は振り返らずに走っていった。
はあはあ……
ふう。
疲れた。
あの動画オジサン、誘拐犯を警察に突き出してくれるかしら。……ああ怖かった……。
………。
…明日からはウタと一緒に帰ろっと……。
設楽居睦美は再び立ち止まり、肩で息をしながらランドセルからスマホを取り出していた。
『むーちゃん、大丈夫?』と母からluinが入っている。
睦美が、それに返事をしようとした時だった。
カ、カ、カ、カ、カ………と乾いた音が前方から聞こえ、
……急に乾燥した空気に、逆に湿り気のようなものを感じた。
…………。
………。
睦美が、(?)
と、顔を上げ、正面を見据える。
数メートル先の電柱に、
手をついて、首を90°に曲げた人影が、
小刻みに身体を震わせながら、……ぴち、ぴち、びち…と微かに粘り気のある音を発していた。
うわ……吐きそうな人だ……ヤバッ
と、睦美が回れ右をしようとした瞬間だった。
妙に肌の色が艶々としたその人間が、こちらを振り返り、
……満面の笑みを浮かべながら口をパクパクと動かした。
口の動きとわずかに音がずれて、『……アキ、たキ、ミズ……、し……ない……そろせ……』と意味の分からない言葉が聞こえ、
グルグルグル……と、お腹の鳴る音が聞こえた。
睦美が、恐怖のあまり言葉を失い、
……涙目になりながら後ずさりを始めると、
その人間と思わしき存在は、股の関節が外れているかのように、脚をぐらぐらとさせ、タックの入ったグレーのズボンの中央から、湯気を出しながら、
足元のアスファルトに、びちゃびちゃびちゃ…と黒い液体を撒き散らしていった。
バサッ
急に音を立ててそれは四つん這いになった。そして『シャァァァァ……』と口から息を吐くと、同時に地面と身体の間から、赤黒い蛇が顔を覗かせてくる。
それはピクピクと脈打って、威嚇行動のように上体を反らし始めた。
た、た、た、たしゅけて………
睦美がへなへなとその場でしゃがみ込み、思わず目をギュッと瞑った、その時だった…。
「不信者!!こっちよ!」と叫ぶ声が聞こえ、白い人影が飛び込んできた。
その人影は殆どきりもみしながら長いスカートを翻し、不信者のツチノコを先の尖ったヒールで踏み潰すと、
容赦なく、人の形をした実体の方の顔を蹴り上げ、そのまま片手でスマホのカメラを掲げ、
……カシャカシャカシャカシャカシャカシャ………と凄まじい勢いで連写をした。
『ギュピィィィィィィィィィィ……??!!』と不信者は悲鳴を上げ、口から泡立つ吐瀉物を吹き出して、飛び退く。
「去れ!不浄なるもの!ここはお前のような存在がいてはならない場所だ!!克!烈!屯!即!」
睦美が涙を流しながら目を開けると、自分を庇うようにして、1人の女性が、化け物との間に立ちはだかってくれているのが見えた。
女性は毅然とした様子で、「發!淡!難!忽!」と唱えながら印を結び、「滅せよ!」と叫んだ。
四つん這いの化け物は近くの塀に跳び移り、苦しそうに唸ると、異臭を放ちながら、壁を乗り越えて『カタカタカタカタ……』と音を立てつつ、
一瞬こちらを睨むと、背中の膜をブーンとさせて走り去っていった。
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「……ふう」
冬なのに大汗をかいた女性が、こちらを振り返る。
「貴女、大丈夫?」
「あ、汗……が、」と睦美は混乱しながら女性の首を伝う滝のような汗を指差した。
「ウフフ、ごめんなさいね?これ更年期だから。気にしないで。」
「い、今のはいったい……」と睦美が、まだ震える声で尋ねる。
「ああ、不信者ね。……ったく。ちっとも帰ってこない娘に会いにきてみれば……、通学路に不信者が徘徊しているなんて……。あの子ったらいったい何してるのかしら!!遊んでばっかりいるからこんなことになるんじゃないの??」
「し、失礼ですが……」
「ん?ああ私?……こういう者よ。」
そう言いながら女性は名刺を差し出した。
《総合警備会社:SICOM 代表取締役社長 古賀花音》
「SICOM……?古賀……?」
「ああ、娘はね、五十嵐の姓で学校に通っているわ。……ヤレヤレ…あの子にはきちんと言っとくから。……セキュリティ会社の娘が、学区内に不信者を野放しにするな、ってね。」
……更年期と言っていたが、若く見える、この年齢不詳の女性を、
睦美は尻餅をついたまま見上げていた。
「立てる?怖かったでしょ?おちびちゃんしてない?大丈夫?」と古賀花音と名乗った女性が手を差し伸べてくる。
ちょっとおちびちゃんしていた睦美は、もぞもぞとスカートの中で脚を交差し、「大丈夫です。」と言った。
……今夜は兄上と本格的に添い寝しないと眠れそうにないわ……。あとナチュラルにoff-tongを濡らしても、何人も私を責められないからね……。
睦美がそんなことを考えながら、女性が警察に連絡している姿を見ている頃、
……科学特捜部一行は、
通りすがりの犬の散歩中の老人と一緒に、童顔動画オジサンと半袖短パンオジサンを囲って、こちらも警察に通報していた。
「お手柄だね」「ワン!」と老人と犬は子供達を労う。
三浦詩は、
……このヘンタイオジサン達の毒牙に睦美がかからなくて良かったわ…と思い、
向井蓮は、……聖犯罪者…地獄に墜ちろ、と睨みつけ、
近藤夢子は、……これは不信者ではないわ……と、表情を曇らせ、
興奮して写真を撮り続ける土田優茉に「もう、それくらいにしときなさい」と声をかけるのだった。
『Never be alone♪』




