ヰ63 不幸な女の子
ピ、ピ、ピ、ピ………
慣れた手付きで、操作パネル上に乗った白い指を素早く動かし、ウィ~ンという微かなモーター音の後、
飛鳥めいずは、水流の音と共に最新型のコックピットから射出された。
…滑らかな金髪が、ふわさっと肩にかかる。
張りのある睫毛と薄ブラウンのギャラクシーな瞳。
色素の薄い肌には濁り一つなく、軽くグロスの入った唇は、無意識に自信に満ちた微笑みを湛えていた。
今日の飛鳥めいずは、ピアノの発表会にゲスト参加する音大生のようなドレスを着て、
黄金色の髪の後ろに白い花リボンを付けている。
……本日は、向井家の方々とお会いする日……。
飛鳥めいずは、向こうの家のたっての希望で、本当の姿で来ることを所望されていた。
……嫌で嫌で堪らないですが、致し方ありません…。
この会は、庭園会前の初顔合わせになる大切な集まり……。流石に男装で行くわけにはいきませんから。そんなことをしたら、お母様の面目も丸つぶれになってしまいます。
………。
実はめいずは五十嵐葉南師匠より、電話で先日の命懸けの闘いから得られた貴重な情報を頂いていた。
…葉南ちゃん曰く、私の許嫁、向井蓮様は、口では意地悪なことを言っていても、
本音では女子の魅力に逆らえないらしい。
……詳しくは聞かなかったが、葉南ちゃん相手に、口では敵対するような態度を取りながら、本心はそうではなかったということだ……。『なんかガチガチになっちゃって可愛いところもあったわよ……』と葉南ちゃんは可笑しそうに言っていた。
師匠がおっしゃるには、地味とか派手とか、そういう問題ではなく、私の素の女の子の部分を見せれば、向井様は抵抗出来ず、陥落するのでは?とのことだった。
残念ながら師匠は向井様との勝負に破れてしまったが、元々、誰も約束はしていないので、許嫁の件に関してはなんということはないだろう。
結局、大会も中止になったので、優勝もなし。葉南ちゃんが言っていた設楽居さんとのバレンタインデート(?)の件もうやむやになっているはず。
ただ、気になるのは、葉南ちゃんがしきりに無駄毛の処理を薦めてきたことだ……。男の人によっては毛が生えていることで、萎える(?)人種がいるらしい。私が、『それは怠っておりません。』とお答えすると、「ホント?…怪しいわね。まあ、めいずちゃんは地毛が金髪だから、…それはそれでアリか。」と師匠は言っていた。
『ところで、素の女の子の部分とは、具体的にどんなところをお見せすれば喜ばれるのですか?』と私は尋ねた。
『そうね。』と師匠が答える。『女の子と言えば……まず軽くちちを紹介するのがいいんじゃないかしらね。』
『葉南ちゃん…申し訳ございません。実は私、ちちはいないのです……』
『あら、そうなの?結構あるように見えたけど?まあ、大丈夫。女子が思っているより、ちちがない子にもファンは多いから。』
『申し訳ございません…せっかくお力になってくださろうとしているのに…いつも私、ご期待に応えられなくて…』
『いいの、いいの、気にしないで!じゃあ、やっぱり女の子と言えばね……ツイてないところを見せるしかないわね。丁度この前のボクも、わんぱく相撲でそういう所を見せて、向井蓮の本音を導き出せたから。』
『ツイてないところですか?』
『うん。勿論、ボクなんかはツイてる方がいいと思っているクチだけど?でもね、男ってのは不幸な女の子に魅力を感じるものらしいのよ。』と葉南が電話の向こうで鼻をほじりながら言う。『ツイてる自分が、可哀想な女の子を慰めてあげたいってなるみたいでね。…男ってホント、バカね。』
『忍者として研究しているだけあって、やはり葉南ちゃんは男性にお詳しいんですね。』
『いやいや、まだまだだよ。ボクだって知らないことは一杯あるから。……例えば、ボクは実際に男性が募金しているところは見たことがないdeath死。』
『よく有名人が税金対策も兼ねて寄付をしたりするというのを聞いたことがありますよね。』『まあ、一般男性の募金はそんなに大きなものじゃないと思うけどね。』と葉南が電話の向こうで、指についたものを口に入れながら言う。
『でも、向井蓮のを上から見た感じ、小学生の小さな金隠でも、それなりのものに見えたわね。』
『向井様が募金するところを、いつご覧になったんですか?』と、めいずが驚いて言う。
『勿論わんぱく相撲の時。後で見たらテントに募金箱も設置されていたよ?
めいずちゃんは半分中国人だからご存知ないでしょうけどね?日本はですねぇ、諸外国に比べて、(地盤が)緩かったりするから、町のそこら中、募金のネタには事欠かないのよ。まあ、正直ボクもリアルでそういうシチュエーションに遭遇したことはないから、彼岸の火事状態だけどね…。』
『なので、めいずちゃん?向井蓮を逃がしたくないのなら、まず女の子の不幸を見せて、同情させ、募金してもらえばいいんじゃないかな?向こうは金持ちでしょ?口八丁手八丁で1滴残らず搾り取ってあげればいいのよ。でもそれ以上はやらせちゃダメよ?あくまで、それがこちらの手口です。手と口で処理するだけに☆』
『葉南ちゃん……それ、もう板抱き女史のストーリーになっちゃってます……』
……オホン。
まあ、とにかく向井家に気に入られておけば、間違いはないはず。
私の人生計画表には、『派手な夫、日陰者の妻』、という構図が必要なのです。
正直、私は忍者ではないので……、男装や地味女子の扮装を続けるのが大変に思えてきました…。葉南ちゃんを見ていてよく理解出来ました。あれは到底、私には真似出来ません…。
ナチュラルで素のままで、この美貌を持った私を相対的にくすませてくれるのは、究極の美少年、向井様を置いて他にいないのです。
この縁談……逃してなるものですか……。メラメラメラ………
****************
チャイナドレスで正装した飛鳥 紅花は、
後ろに娘を従えて、しずしずとホテルの会場に足を踏み入れていた。
美男美女揃いの向井家の人々が、にこやかに2人の親子を出迎える。
天井の高い会場は、身内だけの暖かい雰囲気に包まれていて、向井家の親戚のプロピアニストが、グランドピアノに向かって、くだけたジャズを演奏していた。
今日は、いわゆるビュッフェ形式での簡易的な食事会で、大勢いる向井家の人々に、飛鳥家の2人が挨拶に回るだけでも、それなりに時間を要した。
……そして宴もたけなわになった頃、
古風な燕尾服を着た向井家の重鎮が、「そろそろ、私達は席を移し、若い2人にこの場をお譲り致しましょう。」と言って、食事、歓談している人々からは一斉に拍手が上がった。
……それまで一言も会話を交わしていなかった向井蓮と、飛鳥めいずは、気まずそうにお互いの親の顔を見、
諦めたように徐々に近付いていった。
「ようやく2人きりになれましたね…」と、背すじをピンと伸ばしためいずが言う。
蓮は「飛鳥めいず……」とポツリと呟くと、手に持ったオレンジジュースをテーブルに下ろした。そして“タキシードを着せたら右に出る者のいない”耽美な顔立ちを暗く翳らせて、彼は「……正直、今生の君を恨むのは間違っているような気もする。……そうやって……君が本来の姿で、身の丈に合った人生を送ると言うのなら……僕は止めないし、…君に罪はないのだと思う……」と言った。
「それなら」と、めいずが言う。「私はこのままの姿で暮らします。お願いです、向井様。私を貴方の輝かしい人生の影に隠してくださいませんでしょうか…。私、地味に生きる為なら何でも致します。……美化委員で慣れていますので、音入れの掃除だってお手の物です。料理、洗濯、家事、おやじ……全てそつなくこなしてみせます。もし貴方が誰とも会うなと言うなら会いません。なんなら基本的人権もいりません。向井様が主人公である人生の、一生脇役で構いませんので……どうか……」とめいずは潤んだ瞳で、許嫁のことを見つめた。
蓮は、めいずの言うことをしばらく黙って聞いていたが、「……やっぱり君は2周目も変わらないか……」と首を振りながら言った。「息を吐くように嘘をつく……。」
人のいなくなったパーティー会場には、キラキラとした銀色の食器が光を拡散し、
殆ど手を付けられていない食事と、各種のお酒が入ったボトルが、鈍く輝きながら並んでいるのが見えた。
「飛鳥めいず……前世で、君は僕と一緒に地味顔にする整形を受けると言っておきながら、何故自分1人だけ逃げたのか……
捨てられた後の僕はずっとそれを考え続けていた。」
蓮はそう言うと、静かに感情を殺して囁くように続けた。
「…君はお母さんに逆らえないんだよ。その長い髪だって切ればいいのに。……お母さんに止められてるから切れないんだろ?そして、もう一つ。君の顔はお父さんにそっくりなんじゃないかな?よかったら亡くなった君のお父さんの写真を見せてくれない?
多分、僕の推測は当たっているはずだ。
この世から唯一君の顔に残ったお父さんの面影を消してしまうことが、君も、君のお母さんにも…、出来なかったんだ…。違うかい?」
めいずは顔を青ざめさせながら「向井様は……やはり私のちちを見たいのですか?」と言った。
「いや、もういいよ。僕はね?二度と君には騙されない。
…逆に言うと、君は僕と関わらなければ、罪を犯す人生を歩まなくて済むはずだ。」
「向井様。でもこの縁談は、両家の方や、宍戸家の方が決めたものなのですよ?大勢の方達を裏切るおつもりですか?」と、めいずが涙目になって言う。
「……僕は一度死んだ身だ。そして、何故かわからないが、こうしてやり直しのチャンスを与えられたんだ。今度こそは失敗はしない。飛鳥めいず?聞くんだ。これは多分、君の人生を救うことにもなるんだから。」
ポロポロとめいずの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ちょ、だ、騙されないからな??泣いたって無駄だぞ?!」
蓮は助けを求めるように左右を見渡し、暑過ぎる暖房に汗をかきながら後退りを始めた。
金髪の、大陸の妖精、中国とロシアの血が混ざり合った美少女が、体の横で、拳をギュッと握って、わなわなと肩を震わせながら泣いている。
「な、なあ?もう、泣くなよ?なあ、悪かったよ、そりゃさ……まだ今の時点で犯していない罪を責められても…君も困るよな?ねえ、泣かないでよ……」と蓮は堪らず、めいずの肩を軽くポンポンと叩きながら「…悪かったよ、ねえ、泣きやんで?」と躊躇いがちに言った。
☆うわあああああん☆
「お、おい?!?」
めいずは、蓮の体に抱き付き、激しく声を上げて、一層大声で泣き出した。
……蓮の鼻腔の側で、花と洗剤と香水のいい匂いが優しく香る。
「……わかった、わかったから……。ねえ、飛鳥めいず?僕との許嫁関係はひとまず置いておくとして……。そうだな…君の人生だって……まあ、やり直させてあげないと……その、不公平だよな?……今、そう思った。
君が君の望むように地味に生きるには、どうすればいいか……、ほら、一緒に考えてみよう。きっと何か道があるはずだ。」
そう言うと蓮は少し強く、めいずの肩を抱き締め直した。
………。
……う~ん……。
これ以上、くっついていると、誘惑に負けそうになるな……。
蓮は、女子に対する自分の体の正常な反応にホッとしながら、めいずの上半身をそっと胸から離した。
「……ありがとう…ごさいます…ぐすん」と飛鳥めいずが、天の川のようにキラキラとした鼻水を滴しながら恥ずかしそうに微笑む。
「ご、誤解しないでくれ。き、君と結婚するつもりはないからな。ただ、他の道を見つける手伝いはする。仲良くはしない。だが協力は惜しまない…」と蓮はポケットに手を突っ込んで、そっと鎮保持を直した。
飛鳥めいずは、そんな蓮の様子を見ながら、
……なんというか私……不幸な女の子の振りをしただけで、向井様は一瞬で陥落しましたわね……。と、この結果に驚きつつ、近くにあった紙ナプキンで涙を拭いていた。
更に向井様は、何か血意を固くされていたようですし……。あらあら、師匠の言ってた通り、効果テキmen☆
めいずは心の中で、…ああ、そういえば向井様は髪を切れとかおっしゃってたわね。と考えていた。……とんでもない!!それとこれとは別物です!なにをとち狂ったことをおっしゃっているのかしら……
めいずはギャラクシーな瞳をきらめかせながら、…さ、今日は、ほんっとに、疲れたましたわ……早く帰って地味~にお風呂でも入って、地味~に泡洗顔でもいたしましょう。と、少しホッとしていた。
その後、飛鳥めいずは、その大陸的とも言える、…島国の人間には分からない感覚で、
ビュッフェのメニューを、キャビア…これは派手…フォアグラ…これは地味……フカヒレ、派手…、燕の巣、地味…と選り分けつつ、「向井様?このトリュフパスタは地味ですので、向井様のお口には合わないと思いますよ。」と言ってニッコリ笑うのだった。
『A tragic heroine』




