ヰ61 キマリ手
人生やり直し系美少年、向井蓮は、まわし1枚の姿の上から、
襟がボア生地になった着丈の短いカーキ色のブルゾンを着て、
クラスメイトの赤穂時雨と並んで立っていた。
今日の時雨は、自慢のカーリーヘアをドリルツインテールにして、私立探偵風のタータンチェックのインバネスコートを着ている。
「蓮くん、まわし姿もカッコいいね。」と時雨は言い、目のやり場に困ってあさっての方を向いた。
「蓮くん……飛鳥めいずとの許嫁解消の為に頑張ってね。私、応援してるから!」
「その約束、あのサムライボーイが勝手に言い出しただけだからね。飛鳥めいずと約束したわけじゃないから。僕が勝ったとしても、約束が守られるのかどうか、よく分からないよ。」と蓮が言う。
「でもこうやって、蓮くんがわざわざ、わんぱく相撲大会にエントリーしたのは、設楽居睦美のためだけじゃないんでしょ?」と時雨が、こそっと蓮の透き通るような肌をちら見しながら言う。
「まあね」と蓮が軽く鼻をすすりながら言った。「あの、古賀真北って奴、どうも気になるんだよね……。」
「蓮くん……ホント大丈夫?男に興味あるとかじゃないわよね……。美少年は耽美に走りがちだから注意してよね……」
「いや、そうじゃなくてさ。あいつ、妙に睦美ちゃんのお兄さんに取り入っているような気がしてさ…。なんだか胸騒ぎがするんだよ。1周目にあんな奴はいなかった。歴史に備わった一種の『自己回復力』が発動しているとしたら……、2月14日に睦美ちゃんをお兄さんから引き離そうとするなんて……奴はいったい何を狙っていたんだ?
2月14日は鈍器法廷で呆痴決起の日だぞ?もしかして…」
「ちょっと待って蓮くん?2月14日は呆痴決起(?)の日ではないわ。チョコの日よ。」と時雨が言う。
「蓮くんは、1周目とか2周目とか、よく言うけど、……前から思ってたんだけど、それなんなの?そういえば、私のことも1周目にはいなかったって言ってなかった?」
「え?だから僕、前から言ってたじゃん。僕はブラック企業で過労死して、気付いたら小6の自分に戻ってたんだって。」と逆に蓮がびっくりしたような顔をして言った。
「ふうん……あ、そういえば蓮くんは2組に初めて来た時、『転生してきた』とかなんとか言ってたよね。でも、今蓮くんが言ってたようなのも転生って言うの?」
「……いや、厳密に言うと転生ではないけどね。でも、まあ、人生やり直し系ってことで、よくない?そこが異世界だろうが、過去だろうが、正直似たような展開が多すぎて、区別するのもダルいよ」と蓮が言った。
ワアアアアア………
と、土俵の方で歓声が上がり、蓮と時雨は会話をやめて、背伸びして人垣の向こうを覗いた。
興奮した男が、「凄いな、あの男の子!小さいのに、なかなか強かったぞ!」と隣の男に話しかけている。
「……古賀真北が、一回戦を突破したようだね…」 と蓮が言う。「僕の試合はあと少し先だね。このまま順当にいけば三回戦であいつと当たるな。」
「ファイト!!」と時雨が片腕を上に挙げ、もう片方の拳をぶりっ子ポーズで頬にあてながらウィンクをした。
蓮は辺りを見回すと、土俵の側に立つ設楽居海人の姿を見つけ、その横に立つ、漆黒のポニーテールのお姉さんの存在も確認した。
海人は、真北少年の背中にある蒙古斑を見て、あ、あの子、エッサイムで会った子だ……と気付いていた。隣町から参戦?凄く相撲好きな子なのかなあ……。
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……ふう。まあ、余裕だったわね。
古賀真北こと、五十嵐葉南は、擦れて赤くなったくちびるに軟膏を塗りながら、脚についた土を落としていた。
がっぷり四つに組んだ瞬間、勝負は決まっていたわ…。その時点で相手の戦意はほぼ無くなっていた。
血と汗と涙が染み込んだボクのまわしのオーラに対し、まず相手は目に沁みたらしく涙を流し、…ボクのあまりの黄吐くに圧倒され、
上体を仰け反らせたところをひと押し。
彼は不様に尻餅をついて……、結果は決まり手無しのボクの勝利だった。
その後は一礼する間も無く、相手は逃げ去っていったわ。
さてと。
次は遠くから向井蓮の戦いを見物させてもらおうかしら……。
葉南は役員が用意してくれた町内会の青いジャンパーを上半身に羽織り、温かいココアが振る舞われているテーブルを横目に、
腕を組んで次の取り組みを見にゆっくりと歩いていった。
向井蓮が、着ていたカーキ色のブルゾンを連れの少女に預け、「キャーーガンバッてね!!」と、背中をピシャリと平手打ちされてよろける。
白い背中に赤いもみじ模様を浮き立たせて、向井蓮は、土俵に上がっていった。
反対側で設楽居海人も試合の様子を見ている。
……美少年に向けた、あの熱い視線…。怪しいわ……。
「見合って見合って!?はっけよ~い、のこった!!」
ノコッタノコッタ…と美少年と対戦相手の醜男が死闘を繰り広げる。
ギザギザの前髪と、どんよりした瞳。眉毛どころかモミアゲまで未処理の、寝癖で猫背の男子が、しまりの無い腹をまわしに乗せつつ、
ルッキズムに一矢報いようと必死に食らいついてくる。
「キャーーー!蓮くんガムバッて~~!そんな変な奴、ぶっ倒しちゃって~!」と空気中にパンチを繰り出す連れのツインテの少女が、容赦無く醜男を口撃する。
ノコッタノコッタ……
くそーー?!と醜男子が頭から突っ込んできたところを、蓮はひょい、と脇によけ、頭の後ろを下に向かってクイッと押し込んだ。
ズザザザザザ………
醜男子は顎から土俵に倒れ、数センチ、反対方向へスライディングしていった。
ワアアアアア……キャ~~~!!
葉南は黙って土俵に背を向け、ココアの列に並び始めた。
……やはり予想していた通りね。向井蓮はすばしっこい。今の試合では、相手はまともにまわしを取らせてもらえなかった。
……こちらとしては、彼よりも更に早いスピードで動く必要があるわね……。逃げられる前に、こっちの間合いに入れておかなければ。
葉南は熱いココアをふーふーと冷まし、少しずつ喉に流し込んでいった。……食道に温かいものが流れていく……。
そうこうしているうちに2回戦が始まるとの放送が流れてきた。
葉南は次の対戦相手の姿を見て、……彼が優勝候補の1人であることを再確認していた。
同学年とは思えない身長。がっしりとした筋肉太りした体格。短髪なのに、襟足だけをすだれのように伸ばしている。
挑戦的なつり目に合わせて、眉も細く剃っており、左の眉が途中で切れていた。
……まずいわね。ここまで体格差があると、…逆にこちらがもろ差しされる可能性があるわ。
これはマンいちを考えて、もろ出しにされた場合の為に、瞬時に存在を消すことも想定しておかなければならないわね……。
葉南はゴクリと唾を呑み込み、試合が始まるまでの時間を使って、再度ココアの列に戻っていった。
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「2回戦目は、あの男の子達、同時に試合をするみたいね。カイトはどっちを見る?」
と、町内会の青いジャンパーを着た木下藤子が聞いてきた。
「う~ん…真北くんの方かなあ。ほら見なよ、あの体格差。」
「ああ、あれじゃ勝負にならないかもね。で、……睦美ちゃんとのデートの件、結局どうなったの?」と藤子が若干もじもじしながら言う。
「ああ、妹の方が嫌だって。2人とも断るってさ。」「へえ。妹さんモテるんだね。可愛いの?」「え?いやさ、俺も意外に思ってるんだよ。兄が言うのもなんだが……妹はそこまで可愛くないぞ??普通というか……まあ、そこがカワイイって言えばカワイイわけだが……。性格もそこまで良くないし。」「ふうん。じゃ、やっぱりバレンタインの日は妹さんとデートなの?」と藤子が両手の人差し指と親指を使ってひし形を作りながら、上目遣いで聞いてくる。
「いや、デートってわけじゃないけど……て言うか、家族サービス?」「夕方には帰ってくるんだよね?」「ああ、そのつもりでいるよ。」
「あのね、カイト…試験の範囲でちょっと分かんないところがあるの…だから教えてほしいの。」
海人が「え、じゃあ14日を待たずにすぐ教えてやるよ。」と言う。
「え?ダメよ!!えーっと、そう!14日までは自力でやってみるから……、で、多分それでも分かんないところが残ると思うのよ!そこを教えて!!」と藤子が叫ぶ。
「え……そうなの?それならいいけど。」と海人が言い、「でもさ、具体的にはどのあたりで躓いてるの?」と聞いてきた。
「え……具体的って……。」「木下の苦手なところを、ピンポイントでどのへんから攻めればいいのかな、って思って。だって俺が思うに、木下は普通の女子とは違う場所で引っ掛かってることが多いからな。で、よくよく探ってみると、変な方向にイっちゃってること、よくあるだろ?どうして、そうなっちゃうんだろうな?」
「……小さい頃から、自分で色々試しているうちに……そうなっちゃったかも……」と藤子が恥ずかしそうに俯いて言う。「カイトには…全部言うから……もっともっと私の知らないことも教えてね…」
「ああわかったよ。今度、色々挑戦してみよう?きっと木下には学習面での見落としがあるんだと思うんだ。」「そうかな」「うん。そうだと思うよ。自分でも気付いていない穴を見つけて、その穴という穴を隅々まで調べてみよう。」
その時、土俵の方でどよめきが上がった。
急いで海人達が駆け付けると、
小柄な少年、古賀真北が、体の大きな対戦相手に背中側からまわしを捕まれ、脚を空中にバタつかせて踠いている姿が目に入った。
「ああ、勝負がついたね……」 と海人が残念そうに呟く。
と、その時だった。
固太りした少年の動きが止まり、顔を苦痛で歪ませるのが見えた。
それでも彼は踏み止まり、勝利を掴み取ろうと、よろける足取りで、真北少年を後ろから抱えて土俵外へ運ぼうとする。
「どうしたんだ?様子がおかしいな?」と海人は言いながらも、2人の取り組みの様子を静かに見守っていた。
……時は戻る。
今は五十嵐葉南が、屈強な対戦相手に後ろに回られ、背中からまわしを取られた瞬間。
葉南は空中に持ち上げられながらジタバタし、マズい!と思いながらもどこか冷静に、
……ミルクたっぷりのココアで、充分に緩くなったお腹を開放していた。
荒くれ少年は、自分のお腹を上で生温かい感触が、未知未知未知……と蠢くのを感じ、動きを止めていた……。
彼が、それが何なのかを理解する前に、すぐに強烈な臭いが鼻の穴に向かって突き上げてくる。
こ、このにおいは………え?嘘だろ?間違いようがない、これは、あれのにおいだろ……
無理無理無理……と小柄な少年の、きつく締まったまわしの中で柔らかな気配が盛り上がってくる。
草……こ、こいつ……やばすぎんだろ……
微知微知微知………
思わずまわしを掴んだ手の力が抜けた瞬間、葉南は身を捩って、拘束から抜け出し、土俵に足を付けると、一気に体をくの字にして後方へ飛び跳ねた。
ウルフヘアの少年は、迫ってきたまわしを見て「うへっ?!」と言いながら後ろに飛び退こうとして足をもつれさせ、そのまま、あっという間に尻餅をついてしまっていた。
そこへダメ押しとばかりに、流れるような動作で、葉南は少年の顔に股がってヒップドロップをする……。
美ちゃり♡
まわしから僅かにはみ出した軟煮物かが、少年のお口に触れて、…嬉し恥ずかしファーストキッスが終了した。
「おい、デブ、今のことを口外したら……、食べたお前の人生こそ終わりだからな。」と葉南が言い放ったタイミングで、
行司役が「逆押し切りによる腰砕け!古賀真北くんの勝利!!チンプレー!コープレー!」と叫んだ。
ワアアアアア……!!
会場が大盛り上がりで沸く中、五十嵐葉南は、そそくさと内股で土俵を下り、まわしの後ろを押さえながら、急いで児童館の方へと走り去っていった。
『The Clincher』




