ヰ60 験担ぎ
子供わんぱく相撲大会、当日。
設楽居海人は、しいのみ子供広場にて、
私立櫻中等教育学校の男子生徒達と一緒に会場の設営を手伝っていた。
クラスメイトの木下藤子は、女の子の部の準備を手伝っている。
海人は、土俵の周りの砂を掃きながら、数日前にした妹との会話を思い出していた。
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……「なあ、むつ?お前って学校でモテるのか?」
「な、な、なあに!?お兄ちゃん??突然どうしたの?」とピンク色のパジャマを着た睦美が猫耳タオルキャップをずり落としながら言う。
「そ、そりゃ睦美は日々モテモテだよ……変な美少年に好かれてるみたいだし…」
「や、やっぱりそうなのか…。で、お前の方はどうなんだ?その……まんざらじゃないというか、少しは気になっているとか…」
睦美は、びっくりした顔をした後、……ははあ~ん。兄上……どこでこの話を聞いてきたか知らないけど……さては嫉妬ですね?
……可愛い妹を、どこの馬の骨とも知れない男に取られるかもしれないという恐怖。
これは、もしや、私達の愛を育む絶好のチャンスでは……。
障壁に燃え上がる2人の男女……。ウホッ…なんか興奮してきた…。
睦美はニマニマしながら、ゴリラのように猫背になって兄の周りをぐるぐると回り始めた。
「で、むつ?どうなんだ?」
「どうってなにが?」と睦美が意地悪そうに笑いながら質問を返す。
「いや、だからさ。……えーっと、あのさ、実は今日、お前のクラスメイトの男の子に会ったんだ。」
「そ、そうなの??」と睦美が少し焦ったように早口で言い返す。
「それだけじゃない。もう1人男の子が俺に話しかけてきてな、……そいつもお前のことが好きだって言うんだよ。」
「え、マジ………?」と睦美が言う。
「でさ、今度やる子供わんぱく相撲大会でさ、優勝したら妹をくれ、とか言ってきたんだよ。で、そいつとお前のクラスメイトの美少年で、勝った方がむつと付き合うみたいな感じに盛り上がっちゃってさ…」
「は??ナニソレ?!で、お兄ちゃんは何て答えたの??」
海人は困った様子で頭を掻いた。「いやあ、俺も何て答えたらいいか分からなくってさ。思わず、妹に聞いてみる、って答えちゃったんだ。」
「んなの、即答でしょ!!答えはNOよ!?」「だよな……でもさ、話くらいは聞いてやれば?」「いやよ!それで、美少年ともう1人は誰?知りもしない男子に、なんで私が好かれなきゃいけないのよ??お兄ちゃん?そんな奴はその場でぶん殴っておいてよ!!」
「1人は向井蓮。……もう1人は……古賀真北とか言ってたな。後ろ髪をサムライ結びにした男子。」
「マキタ?」と睦美は聞き返した。「コガ?聞いたことないわ。何組?何番?そこまで名乗るのが礼儀でしょ?!そんな無礼な男、お断りよ!」
「そっか……。でも、あいつら本気っぽかったし……どっちかが万一優勝したら、話だけでも聞いてやんなよ。」
……むつが、アンドロイドになってから、クラスで浮いてないかちょっと心配だったんだよな…。まあ、意外に結構好かれてるみたいで良かったけど。でもいつも1人で帰ってくるし、……もう少し友達を作った方がいいんじゃないかな。
「いやよ!お兄ちゃん、なに言ってんのよ??睦美はお兄ちゃんがいればそれでいいの!!他は何もいらない!!」と睦美が怒鳴り声を上げる。
……やっぱり、むつはなんか拗らせてるな…。妹が友達を作るのを手伝うのも、兄の役目ではなかろうか……。バレンタインの日も妹を連れ出したりせずに、野に放っておいた方が良いのではないか…。そうするのが兄心……。
………。
睦美は、はあはあと肩で息をし…、まずいわ。マーキングの効果が薄れてきたのかも知れない……。と危機感を覚えていた。
……今夜、兄上がお風呂に入っている間に、何ヵ所かで改めて縄張りを主張しておきましょう…。そうね……部屋の四隅に少しずつ。ベッドの上にひと滴し…。ついでにテニス大会の優勝カップも原液で磨いておいてあげようかしら……。
「とにかく、お兄ちゃん??私はカワイイんだから変な虫が寄り付かないように守ってよね?!」と睦美は言い、「怖いよ~」と兄の背中に抱き付いてきた。
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「お兄さん」
「やあ、お早う。真北くん。早いね。」と海人は、後ろ髪をサムライ結びにした少年に挨拶をした。今日の彼は、取り組みの為に前髪にはヘアクリップを付けず、綺麗に真ん中分けにして、おでこに一房の髪を垂らしている。
彼の後ろには背の高い長髪の男子(?)が立っていて、この連れの少年は黒いマスクをして、帽子を目深に被っていた。
「お兄さん。睦美ちゃんと話してくれましたか?」
「え、あの、その……一応話はしたんだけど……、あいつ、その、照れちゃってさ。バレンタインの件は約束は出来なかったわ。」と海人はすまなそうな顔をして言った。
「そうでしたか。まあ、いいです。…今日の本当の目的は他にありますから。向井くんをこの大会に引き摺り出せただけで充分です。お兄さん。ボクと向井くんの対決、しっかりと見ていてくださいね!」と真北少年が緊張のせいか顔を強ばらせながら言った。
「ところでお兄さん?バレンタインの日は…睦美さんと何処へ行くつもりだったんですか?」
「え……し、新宿に……」と海人が目を逸らして、頬をポリポリと掻きながら言う。
「睦美さんとですか?」「ああ、だからそうだよ。」「鈍器法廷には行きますか?」「……え?」
「じゃ、お兄さん、ボクはこれで……。準備があるので……」と、真北少年は言うと、後ろに立つ少年を「さ、行こうか」と促して、隣接する児童館の方へ歩き去っていった。
……ひょっとして呆痴彼女のショップに行くことバレてないか?と考えながら海人は少年の後ろ姿を見送り、
「カイト!おっはよ!」と背中をドンと押されて、「やあお早う」とクラスメイトの木下藤子を振り返った。
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古賀真北こと、五十嵐葉南は、
飛鳥めいずと2人で児童館に入ると、少年少女が別室になって着替えている部屋を素通りし、
そのまま連れ出って、みんなの音入れに入っていった。
「あの、葉南くん。」「今日は古賀真北ね。身バレしたくないんで。」
「じゃあ、…真北くん。」と、めいずが言う。
「なあに?」
「今日、真北くんが負けたら、私と向井様との許嫁は解消になってしまうんですか?」
「え?ああ、その件?そっちの計画では、向井蓮を、わんぱく相撲に引き摺り出せなかったから、もうその件は無しでいいよ。」と葉南が素っ気なく答える。
「そ、そうなんですか……。アコウさんも、それ、分かってますよね?」「ん?多分、分かってんじゃない?」
「それでね、面白いのが…」と葉南が言葉を続ける。「なんか設楽居睦美の名前を出したら、彼、急に俄然やる気を出してきてね。お兄さんの言質は取れなかったけど…、
結局、向井蓮は設楽居睦美に対する自分の権利を主張する為に、わんぱく相撲に出てくることになったんだよ。
そして最初からボクの目的は、向井蓮を出場させるという一点のみ。だから後はどうでもいいんだ。」
「そ、そうなんですか。……で、もしお伺いしても宜しければ……、何故、向井様をこのわんぱく相撲に出場させようと思ったのですか…?」と、めいずが恐る恐る聞いてきた。
「ああ、そのことね。」と葉南が言う。
「ねえ、めいずちゃん、聞いて。これからボクがやろうとしていることがうまくいけば……、
結果、向井蓮は、女子の誰からも見向きもされなくなるし、なんならこの町にいられなくなると思うよ。
そしたらめいずちゃんはさ、卒業して、大人になった後、何処か遠い国にでも行ってあいつと結婚すればいいんじゃない? 」と葉南は言った。
「…わんぱく相撲に負けたくらいで、そこまで人生が終わるものでしょうか……」とめいずが言う。
「大丈夫だよ。あれだけの美少年だもの。別の土地で心機一転、新生活を開始しても、価値は変わらないよ。それより、今は設楽居睦美とか、アコウシグレとかのしがらみを断つ方が重要なんじゃない?あと、話によれば、彼って一度死んでるんですってね?まあ、多少手荒なことをしたって平気っしょ。」と葉南は真顔でめいずの目を見つめながら言った。
「私あなたが何処まで本気なのか……怖くなる時があります……。」
「アハハ…」と葉南は乾いた笑いで返し、「さて。本番が近いから、まわしを締めましょう。」と言った。
「そうそう」と葉南が思い出したように口を開く。「あのね、めいずちゃん。どうやら、まわしってのは洗わないらしいんだよね……。」
そう言うと、葉南は大きめのボストンバッグから、長い帯状の布を取り出し始めた。
「…聞くところによると、洗濯すると生地が弱くなるらしいの。あとね、『水に流さない』っていうゲン担ぎ?て言う駄洒落みたいな理由から、水洗いをしないんだって!面白いよね?
清潔に保つには、陰干しとアルコール消毒のみで済ませるしきたりなんだよ。
……まあ色々調べたんだけど、日本の伝統ってスゴいよね。相撲のルールってね、生粋の日本人でも驚かされることばかりなの。だいたい土俵は女人禁制だしね。じゃあ、今回のおんなのこの部ってなによ?それいる??」
飛鳥めいずは、葉南の長話を聞きながら、どんどん顔が青ざめていくのを感じていた。
すでに葉南は、1人でおつむ替えの台に登って、シャツとズボンを脱ぎ脱ぎし、着たえ抜かれたムキムキの姿になっていた。
「さ、めいずちゃん、引っ張って!」と葉南が言う。
めいずの目の前には、亜熱帯にしか分布しないはずの小さなマングローブの原生林のような、内側に緑色の黴が斑に生えて黄ばんだまわしが、こちらに向かってだらん…と垂れ下がっていた。
「これ……本当に洗ってないんですか……」
「うん、そうだよ。あれから何回かお稽古したけど、日干しとファブリセッシュしかしてないよ。ほら、早く!本番前に、軽くシコを踏んで体を慣らしておきたいから。そこ引っ張って。」
「ご、ご、ご、ごめんなさい!!」と、めいずは言うなり走り出して、みんなの音入れの鍵を開け放して、逃げ出していってしまった。
「ちょ、ちょっと!!開けていかないでよ!!」と葉南は慌てておつむ台から飛び降り、前を押さえながらまわしを床に引き摺り、扉に駆け寄った。
そこで、廊下を歩く小太りの男性と目が合う。
「どうしたの、君?」と、お腹の出た男性が、葉南の姿を上から下まで確認し、「まわし1人で締めてたの?手伝おうか?」と言ってくる。
「お兄さんは相撲部ですか?」と葉南が聞く。
「ああ、そうだよ。……へえ、なかなか使い込まれたまわしだね……。うちの高校の部室と同レベルのクォリティだ……」「お願いします。」と葉南はしっかりと前を隠しながら背中を向けた。
男は、少年の背中の蒙古斑を見ながら、慣れた手つきでまわしを引っ張り、くるくるとお腹の周りに巻いていった。そして、少年のお尻をピシャッと軽く叩くと、「頑張っておいで!」と言い、後ろ姿で手を振り笑いながら去っていった。
葉南は「ありがとうございます!」と頭を下げ、小さな声で「キモいんだよデブ。お前なんかどうせ皮下脂肪系男子だろ…」と、うっかり呟いていた。
葉南は、逃げていっためいずの姿を探し、まわし1枚の姿で靴だけを履き、児童館の庭に出ていった。
今日は比較的暖かい日差しが地面を照らしていたが、時折吹いてくる風が冷たい。
めいずちゃん、いないわね。帰っちゃたのかしら……お~さむ。
まあ、でも一回風邪をひいてるからね。今年はもう大丈夫でしょ……。
葉南は鳥肌を浮き立たせた身体を、手のひらでパチパチと軽く叩き、しいのみ子供広場の方に戻っていった。
途中、町内会のボランティアが焚き火をしている畑があり、葉南はそこで暖を取りながら、中腰になってまわしの中にシコを踏んでおいた。
濡れて伸びた布が、焚き火の熱で再び乾燥し、更にきつく締まっていくのを感じる。葉南はまわしの腰を自分でギュッと引っ張ってみて、……よし、これなら絶対に外れないぞ…と自信を新たにしていた。
しいのみ子供広場に戻ると、会場にはすでにトーナメント表が張り出されていた。
向井蓮……向井蓮……。お、あった、あった。え~っと順当にいけば三回戦で当たるわね。…ただし、向井蓮の陰パクトを強めるために、それまでモロザシは封印しておきましょう……。
とりあえず土俵から外に出せば勝ちなのよね。まあ、問題はないわ……。
葉南は、トーナメント表に書かれた古賀真北という名前を見ながら、緊張と寒さで、男子のように薄く小さなピンク色のくちびるを尖らせて、さっき出したばかりのはずなのに、くちびるを微かに濡らしたのだった。
『ritual for good luck』
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