ヰ59 ハチャメチャ恋の大作戦
麗しき美少年、向井蓮は、クラスメイトの少女、赤穂時雨と冬の殺風景な通学路を歩いていたが、
「いや、言っている意味がよく分からないんだけど……」と言って立ち止まった。
「つまり、飛鳥めいずが連れてきたその男子が、…自分が勝てば僕と飛鳥めいずが付き合えと言ってきたと?」
「そう。」と時雨が答える。「で、向井君が勝てば飛鳥めいずと別れていいんだって。それで、私とごにょごにょごにょ………。」
「それは飛鳥めいずも了承済みなのかい?」と蓮が、信じられない…といった顔で呟く。「ううん、飛鳥めいずも認めてないと思うわ。」「だいたい、なんでそいつが決めるんだ??」「さあ……。」
「じゃあ、この話はおしまいだね。アホらし……。」
……一周目ではこんな展開はなかったはずだけどな。「ねえ、その少年、何者なんだろうね?」と蓮がコーンポタージュの自動販売機の前で振り返りながら言う。「そう言えば、なんか冷たいコーンポタージュ、トレンドに上がってたよね…」
「Vチューバーの音無伊火鬼が流行らせたらしいわよ。」と時雨が言う。「でも私の投稿の方が先よね。ふふふ。ねえ私達、時代を作ってしまったかも知れないわ……ん?あ、あれ?あそこ…」と言って時雨が公園の方を指差した。
時雨が指差した方を、蓮が見ると、
すべり台の前で、黒いピーコートに緑のチェックのマフラーをした背の高い男子と、小柄な少年が向かい合わせで立っているのが見えた。
あ……あれは……睦美ちゃんのお兄さんじゃないか……。
「向井君、見て!あの男子よ、あいつがさっき話してた相撲少年よ。」と時雨が蓮の腕に軽く手を触れながら言う。
「そいつが何故、睦美ちゃんのお兄さんといるんだ……」「ねえ、向井くん。」「ん?」「前から気になってたんだけど…」「なあに?」蓮は公園の様子を気にしながら空返事をした。
「設楽居睦美は『むつみちゃん』て呼ぶのに、なんで私のことは『赤穂さん』なの?」「え?」蓮は、公園の2人が何を話しているのかを聞こうとして、移動し始めていた。
「ちょっと!」と時雨が腕を引っ張り、蓮は引き戻される。「な、なに??」と首がガクッとなった蓮が振り返る。
「まだ答えてない。」と時雨が膨れっ面で睨んでくる。
蓮は公園の様子に気を取られながら「え、ごめん、なんの話だっけ?」と言った。
「もう!だ、か、ら、呼び方の話!」
「呼び方?」
「そろそろ私のこと名前で呼んだって……いいんだよ?」
「そ、そうなの……?じゃ、じゃあ時雨ちゃんて呼ぶ?」
「うん……」と時雨がぽっ、と頬を赤らめながら言った。
「よし。じゃあ、あの相撲少年が何を話しているか探りにいこう…」と、踏み出した蓮の襟が再び掴まれ、首根っこを押さえられた美少年は「ぐへっ」と言って仰け反った。
「待って!じゃあ、私は向井君のこと、なんて呼んだらいい?」
「え……なんでもいいよ。蓮とか?」「え?いいの。呼び捨てで。」「いいよ、別に。」
「蓮……」と時雨は唇の中で小さく囁くと、にまぁ~と笑い、
オホン、と口に手をあてて咳払いすると、「で、でも、まだ早い気もするから、蓮くん♡て呼ぶね。」と言った。
「……さ、あの相撲少年が何を話しているか聞きにいこう。」と蓮が言い、身を屈めながら公園の裏へ回っていく。その後ろを赤穂時雨も頭を低くして尾いていった。
時々、木の間からちらちら見える設楽居海人と少年の姿を確認しながら、蓮と時雨は、素早く移動し、
丁度身を隠せそうな、背の高い壁当て用コンクリート塀の裏に入った。
そして壁に背をつけてそうっと向こうを伺う。
「………。」
「………。」
「ねえ、蓮…くん?」「ん?」
「蓮くんも気付いてると思うけど……」時雨はそう言うと、一度口を閉じてから早口で続けた。
「……なんか、この場所臭くない?」
「……ん、まあ、そうだね。」
蓮と時雨は足元のまばらな草むらから覗いた地面を見た。
「……なんか、濡れてるよ…」と時雨が言い、そのまま視線をコンクリートの壁の方に持っていく。
冬の乾燥しきった壁の表面に、途中からまだ新しい濡れた跡が付いていて、それが丁度地面まで繋がっていた。
蓮は即座にそれが何であるかを理解し、慌てて、それを少し踏んでしまっていた足をバッと上にあげた。
「い、犬だよ……多分…」と蓮が言う。
「やだ、ばっちい。蓮くん、早く移動しよ?」と時雨が壁の裏から出ていこうとする。
「待った待った!」と言って、今度は蓮が時雨の腕を掴み、引き戻した。
「きゃっ」と小さく悲鳴を上げ、体勢を崩した時雨は、彼の胸に向かって倒れ込み、咄嗟に蓮は彼女の体を抱き止めていた。
「れんく…?!」大声を出しそうになったクラスメイトの口を、美少年が咄嗟に手で塞ぐ。
「しーーっ!!」と蓮は少女の耳元に、息がかかるくらいに口を近寄せて囁いた。
「れっ…」ともう一度、時雨が手のひらの中で口を開こうとしたので、「黙って!」と蓮は鋭く言い、胸に抱くような形で、彼女をコンクリートの壁に押し付けた。
「声を出さないで…」と口を塞ぐ手のひらに一層力を込め、自分は壁際からそっと頭を半分出して、公園にいる設楽居海人と少年の様子を盗み見た。
……いったい何を話しているんだ?
時雨が苦しそうにモゴモゴと言いながら体を動かそうとする。
蓮は「時雨ちゃん、お願いだからじっとしてて…しばらくこのままでいさせて。」と言って、体をギュッと押し付けた。
時雨の抵抗はやがて止まり、ふわっと体の力が抜けたかと思うと、蓮に身を任せてくる。
「ありがとう、時雨ちゃん。すぐ終わるから…動かないで。声も出さないで。」
時雨は顔を真っ赤にして、涙を溜めた瞳で蓮を見上げながら「ん、がんばる……」と震える声で小さく言った。
高周波音入れに似た、強く不快な臭いが漂うこの場所で、
少女は男子に体を押さえ付けられて、声を出さないように、自分の唇を噛んだ。
…耳がキーンと鳴る………。
……何を話してる?集中すれば聞き取れそうだ……。蓮は思わず時雨の肩を掴んだ手を強く握り、
時雨は、
…まるで、触れ合っている2人の体に集中して目を閉じているような彼の顔を、見上げながら……自分の心臓の鼓動が相手に伝わってしまうのではないかと怯えていた。
……あ、でも感じる。蓮くんの心臓が……凄く…ドキドキしてる……蓮くん…………。
『へえ、君、わんぱく子供相撲に出るんだ?』
……聞き取れた!睦美ちゃんのお兄さんの声だ。
『僕も小学生の時は毎年出てたよ。』
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「へえ。そうなんですか。お兄さんは…強かったんですか?」
木下藤子と、いつもの場所で待ち合わせをしていた設楽居海人は、
見知らぬ少年に声をかけられて、いつの間にか長話をしていた。
知らず知らずの間に少年に誘導(?)され、家族構成や、通う塾、学校、今は高2くらいの勉強に進んでいることなどを、べらべらと喋ってしまった海人は、
……そう言えば最近、よく似た背格好の少年少女に遭遇するなあ……と、なんとなく考えていた。
「わんぱく相撲は2回優勝したことがあるけどね、5、6年の時は凄い強い奴がいてさ、全然勝てなかったなあ。2位か3位だった。」と海人が言う。
「へえ!でもお兄さん、とっても強いんですね!それならボクに稽古つけてほしいなあ!」「アハハ。そんなに勝ちたい?」
「うん!勝ちたい。ほら、ボク体がちっちゃいでしょ?でもすばしっこいから、うまくやれば結構強いと思うんだ!」と、男の子にしては長めの髪を、首の後ろでサムライ結びにした少年が目をキラキラさせながら言う。チャラい高校生みたいに前髪を大きなヘアクリップで留めているのが微笑ましい。
「そうだね。もし、君が体格差をはね除けて勝利したいとすれば、まともに組み合わない方がいいかもね。」と海人は腕時計をちらりと見て、「少し時間があるからアドバイスくらいはしていくよ。」と言って笑った。
男装のくのいち、五十嵐葉南は、「やった!宜しくお願いします!」と言って、……気付かれないように、向こうに見える背の高い壁当て用コンクリート塀の後ろに、隠れた人影を確認した。
……忍者の視力、聴力を侮ってもらっては困るわ。
あそこにいるのは、予言者、向井蓮。それとアコウシグレ?だっけ?なんか、ボクの行きつけの音入れで破廉恥なことをしてるようだけど……。あれこそ軽犯罪法違反。あんなことをして、ボクと救世主の接触を妨害しているつもりなのかしら……。まあ、目障りと言えば目障りだけど…。
………。
……。
え~っと。大丈夫よね?あれは不純異性交遊じゃないわよね?
「……という風に相手との間合いをはかって…」と解説している海人を遮って、葉南は「ちょ、ちょっとお兄さん!あそこの壁打ちのとこで、なんか、人が……」と言った。(チッ!結果的にやっぱり妨害されたことになったわ!)
「…ん?ホントだ。……でもなんか様子が変だな…。」
海人は急に真剣な顔になり、「おい、こら!!そこで何やってる!!」と砂を蹴って走り出した。
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まずい!気付かれた!!
蓮は、うっとりとした様子の時雨の手を掴むと「逃げよう!」と叫んだ。
「待て!そこのお前!女の子に何してるんだ!!」
葉南は、正義の味方のように1秒の躊躇もなく飛び出した海人を見て、一瞬、救世主の背中を眩しそうに見つめていた。
思ったよりも早いスピードで海人が到達し、
逃げようとしていた蓮の腕が、強い力で捕えられる。
「ちかんだ!ちかんだ、とんちんかんだ!」と、後ろで葉南が嬉しそうに手を叩きながら囃し立てる。
「君、しっかりして。何かされた?」と海人が片手でがっちり美少年の腕を捻り上げながら、少女に向かって言った。
「は?」
とカーリーヘアの少女がこちらを睨んでくる。
「いいとこだったのに!!」
「え?イトコなの?親戚?どういうこと?」
「アナタこそ誰なんですか?蓮くんを離してください!」
「あ、ごめん。」と言って海人が手を離す。
ハッとするほどの美少年が顔をこちらに向け、「いえ、こちらこそ……なんかスミマセン。コソコソ隠れるようなマネして。変な誤解をさせてしまいました………あの、睦美ちゃんのお兄さん。僕、前に一度だけお会いしたことがあります。」と言い、彼は肩を揉んで腕を回し、最後に片手を差し出した。
「僕、向井蓮です。」
海人は曖昧な顔をして蓮と握手をした。
「君、妹のクラスメイト…だったかな?」「はい。そうです。」
その後、蓮はじっと考え込み、迷うように口を何度か開きかけては閉じ、海人の顔をチラチラと盗み見ていた。
「…なにか用かな?」と堪り兼ねた様子の海人が、逆に聞いてくる。
「……。」蓮は決心したように顔を上げ、「突然ですみません。お兄さんは、バレンタインに何か用事がありますか?」(心の声:新宿の鈍器に行くとか……)と聞いてきた。
「ふぁ??!」と髪をサムライ縛りにした少年がすっとんきょうな裏声を上げ、カーリーヘアの少女も、「な、なにを言ってるの??蓮くん?!」と真っ赤な顔をして叫んだ。
「な、なんだい藪から棒に……」と海人は思わず後ろに1歩下がりながら言う。
「カイト~~」
爽やかな声がして、公園の外から手を振りながら、漆黒のポニーテールを左右に揺らし、紺色のダッフルコートを来た女子が走ってくる。
「なになに?どーしたの?」
と小学生に囲まれた海人を見ながら、白い息を断続的に吐く木下藤子が3人の顔をそれぞれ見つめる。
「だあれ?この子達は…?」
カーリーヘアの少女が「蓮くん??どーして、この人のバレンタインの予定が気になるのよ?!まさか、蓮くん、女の子だけじゃなく……男性にまで……」と言う。
「うひゃっ?!」とサムライ少年が変な声を上げ、真っ赤になった耳を両手で押さえた。
「バレンタインの…予定……?」と藤子が、じーーーっと、海人の顔を見つめてくる。
「で、ど、どーなの?カイト?……バレンタインの予定は……(小声)」
海人は小学生の少年2人、少女1人、中学生の少女1人に囲まれて、異様な圧を感じ、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「い、妹と…ちょっとお出掛けに……」と海人が、カラカラに渇いた口で、辛うじて掠れた声で言った。
藤子が明らかに落胆した様子で「そ……。夕方頃には帰宅するよね?」と小さな声で言う。
「睦美ちゃんと……何処へ行くんですか?」 蓮がそう言うと、
時雨が「あーなあんだ、そっち?アンドロイドの方?もー、蓮くんたら!驚かせないでよ。設楽居睦美にこだわるわねえ?安心して!ちゃ~んと、私がお猪口は用意してるから!三三九度の練習をしましょ!」と蓮の背中をバンバン叩く。
葉南は…、
美少年に事実上のバレンタインの告白をされて、動揺した様子の設楽居海人を見つめ、
……バレンタイン当日は、ネルネ様曰く、鈍器の呆痴彼女期間限定ショップに救世主が来るかもしれない、と言っていたわね…と心の中で思い、
……おかしいわね。そういう編隊ショップに妹と2人で行くなんて……、まずあり得ないわ。もし、この男が本当に救世主であるなら、妹の予定から解放して、一人で鈍器に行かせてあげなければ。
……この男のことを疑ってはいるけれど……信じたい自分もどこかにいる……。あくまで3次ではなく2次のみを愛好する編隊であるならば…彼は安全なのかも知れない…それに思えば、この男、いつも人助けばかりしているじゃない……。
「お兄さん!」急に大声を出したサムライ少年に、びっくりして全員が振り返る。
「お兄さん!もしボクが相撲大会で優勝したら……、バレンタインの日の睦美さんを…ボクに譲ってください!!」
「「「はあ???」」」
「ちょ、ちょっと待って君??どういうこと?!も、もしかして君は、妹のことが好きなの??」
「はい!好きです(嘘)!とにかく、バレンタイン当日だけでいいんです!ボクにチャンスをください!妹さんをボクに貸してください。そうすればお兄さんは一人で…」
「おい??お前、何言ってるんだ?睦美ちゃんは渡さないぞ!!」と蓮が叫ぶ。
一瞬驚いた顔をした葉南は、やがてフッと笑うと
「では、わんぱく相撲で決着をつけよう。」と言った。
「……望むところだ……。」「蓮くん??なんでそこで挑発に乗るのよ??」
設楽居海人は、
……いまどきのバレンタインは男の子から告白するものなのかな……。と少し思い、……そういえば最近、悠久だか永久だかのディーヴァとかいう魔法少女映画の予告で、4人目のアイドルが☆男の娘だと分かって大炎上してたよな……。でも時代はそういう方向に進んでいるんだよな。ジェンダーの境界は曖昧になってゆく……。
……にしても、むつ…お前って、こんなにモテたのか……なんか意外……と愕然とし、「そしたらカイトの予定も空くよね…」と横で呟く藤子に「お、お前まで乗ってくるなよ……」と、混乱しながら言い返していた。
『Crazy operation of love』




