表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/80

ヰ55 親子水入らず


2児の母、設楽居(したらい)花織(かおり)は、

最近、全然自分のことを頼ってこない子供達に寂しさを感じていた。

だって……兄妹なかよしこよしで、お母さんはいっつも仲間外れなんだもん…

ぷん!こう見えてもカイトくんは小さい頃、いっつもママにべったりだったんですからねーっだ!


とは言え……、何年ぶりかしら……カイトくんが…お風邪をひくだなんて……。ウフフ。カイトく~ん?いーいっぱい、甘えさせてあげるから、覚悟していなさいよー?!


設楽居花織は、不気味な微笑みを浮かべ、洗面器とタオル、そしてポットを持って、階段をぎしっ…ぎしっ…と踏みしめて2階に向かっていた。


トントン……


……ゴホゴホ、と咳き込む音が聞こえる。部屋に入る前にマスクをした花織は、「カイトくーん、入るわね?」と言って扉を開けた。


「母さん?……なあに?」と海人(かいと)がベッドの上で体を起こし、ずれたマスクを直す。


「お熱を計るわね。」「いや、いいよ。自分で計るから。」

そう言うと海人はパジャマの胸をはだけ、脇の下に体温計を差し込んだ。あら、セクシー……。


「……で、その洗面器はなに?」と海人が言う。


花織は「カイトくん、昨日はお風呂に入ってないでしょ?お母さんがお身体を拭いてあげようかと思って……」とにこやかに答えた。


「はあ???」と海人が叫んだと同時にピピピピ……と音がなり、慌てて脇の下から体温計を取り出す。


「………。」


「お熱は?」


「いや、今ので2度は上昇した……。もう一回計り直す……。」


「あらそう?ずっとお熱のままでもいいのよ。あ、カイトくん、ご飯はどうする?お腹すいてない?」と花織が微笑みながら言う。


「あ、うん。お腹は減ったかも。薬も効いてきたみたいだし、鼻も出てないよ。ちょっと喉がガラガラするのは残ってるけど、まあ、食欲はあるかなあ。」


「でも、急に一杯食べちゃだめよ?消化にいいものを用意してあげるから、ゆっくり食べてね……」

ピピピピ……海人はもう一度体温計を出す。


「あ、良かった……。やっぱりもう熱は下がったよ。ほら」と言って、海人は母親に36度7分と表示された液晶を見せた。

「あら、良かったわ(残念)!」と花織が顔の前でパチンと手を合わせる。


と同時に「なにしてるの、お母さん?!」 と裏返った声がして、


扉がバタン!と(ひら)き、下の娘、設楽居(したらい)睦美(むつみ)が、ランドセルを背負ったまま部屋に入ってきた。

「抜け駆けは許さないからね!?」


「おかえり~、むーちゃん。ちゃんとお手ては洗った?おうがいはした?」


「洗った、洗った!ねえ、お兄ちゃん、熱はもう下がったの??」「ああ。もう下がった」「あーー良かったあ……」と言って、睦美はマーキングゾーンの丸い絨毯の上に、ランドセルをドサッと下ろした。


「お母さん!私、お兄ちゃんの食事のお世話をするわ!……何がいい?おかゆ?おうどん?すりおろしリンゴ?なんなら私、咀嚼して口移しで食べさせてあげてもいいわよ!」


「ダメよ、むーちゃん。虫歯菌がうつるから口移しはよくないわよ。ふーふーだけにしましょ?」「はーーい」と若干不満そうな顔で睦美が答える。

「ん?お母さん?その洗面器とポットはなに?」

「あー、これ?カイトくんのお身体をお湯で拭いてあげようかと。」と言いながら、花織はふわふわのタオルを洗面器の中に入れて、ポットのお湯を注ぎ始めた。

「えーーいいなー!ねえ、お母さん、私にもやらせてーー」

「あら、むーちゃんにも出来るかしら?」「お願い~」と大袈裟に手を合わせて睦美が頭を下げる。

「もう、しょうがないわねぇ…」と花織は溜め息をつき、「少しだけよ?でもやるからには途中で投げ出したりしないこと!わかった?」 と言った。


「おい……」

と設楽居海人は、ようやく口を挟むことが出来てホッとしていた。

「人が弱っているのをいいことに好き勝手なことを…」


「あら、そういえばカイトくん、昨日から下着も変えてないんじゃない?ほら、ほら、今日はお着替えしなさいよ?」

「え~~、お兄ちゃん、ばっちい~」と睦美が何故か嬉しそうに言う。「私がお着替え出してあげるー」と睦美は洋服棚を()け、兄のパン2を引っ張り出した。

「や、やめろ!」と海人が赤い顔をして叫ぶ。


「お兄ちゃんのお部屋ってたまに柔軟剤のいい薫りがするよね」と睦美が言う。

「あら、むーちゃん。それは言っちゃダメなやつよ?」「なんで?」「う~ん、説明は難しいわね。」「おい、なんの話だ?やめろ?」と海人が起き上がって言う。


「いいのよカイトくん。お母さんは気にしないから。でも、むーちゃんには気付かれないようにやってね?」

「えー、なに、なに?気になる~」


「男の子はね、女の子とは違う柔軟剤を使うのよ。」「そうなの?」と言って睦美は兄のパン2に顔を近付けて、マスクを軽くずらすと匂いを嗅いだ。

「で、出ていってくれ!!!」と海人が妹の手から黒いパン2を奪い取り、2人の女性陣の背中を押して、部屋から無理矢理退場させようとする。「母さん?!むつに変なこと吹き込むなよ??」


睦美が「お母さん??お兄ちゃんが怒っちゃったじゃん!」と頬をぷうっと膨らませて、「もう!お母さんは出てって!」と体を捻り、海人と一緒になって母の背中を押し出す。

「え~~、むーちゃん、裏切り者ぉ~」と花織が「うぇ~ん」と言いながら廊下へ追い出され、鼻先でバタン!と扉が閉まる。花織は諦めたように、そのまま食事の準備に階下へ降りていった。


「……て言うか、むつ…お前も出ていけ…」と海人が(つぶや)く。「え?でもお熱は下がったんでしょ?」と睦美が言う。

「熱は下がったが……ゴホゴホ……咳がまだ…ゴホ、出るから。」とマスクをした海人が妹から顔を背けながら言う。


「可哀想なお兄ちゃん……。それにしても、最近のお母さん。睦美がお兄ちゃんと一緒に居ることをあんまり歓迎してないみたいなのよねぇ…この前だって…」

ドアノブを握り、妹を廊下に押し出そうとしていた海人は動きを止め、

「ん?この前って……むつ、何か母さんに言われたのか?」と言った。


「そうなのよ、聞いてよお兄ちゃん!お母さんが言うにはね、お兄ちゃんがさ、中学生になってから…何かに精通したって言うの。まあ、お兄ちゃんは元々頭がいいから色んなものに精通してるでしょ?今更、何を、って思ったけど、……あんまり刺激しちゃダメだって言うの。わけ分かんないよね?」

「……むつ。……母さんは他に何を言っていた?ゴホッ」海人は沈痛な面持ちでベッドに腰を下ろしながら言った。


「え?『あなた、最近お兄ちゃんのお部屋によく行くけど、あんまり色々な所を(あさ)っちゃダメよ』とか言ってたわね。」

「……で?」と、海人は唾をごくりと飲み込んだ。


「特にベッドの下はダメだって言うから、私、先日、覗いてみたわ。」

「……別に、何もなかっただろ……?」

「うん。古い教科書と参考書。あと、小学校の卒業アルバムが入ってたから、お兄ちゃんの写ってるところを探して画像保存しといたわ。」

「それはそれで……嫌だが…まあ、良かった……。」

と言いながら海人は、学習机の上に置き放しになっていたスポーツドリンクのペットボトルを掴み、

キャップを捻ると口をつけた。

「お母さんは、あれでしょ?お兄ちゃんがイヤラシイ本を隠してないか疑ってるんでしょ?」

ブーーーッと海人は口から、体液と浸透圧が近い組成の愛咀吐肉(アイソトニック)飲料を吹き出し、

目の前に立つ妹の顔に、水分、糖分、塩分がバランス良く吸収されるのを確認した。

「やだ、お兄ちゃん♡妹を感染させてどーするつもり??」と睦美は、濡れた顔をティッシュで拭いた。

「お母さんったら、古いんだからっ。今はHey!Say!じゃないんだよ?…リアルな書籍を買う男子なんていないよねー?ぜーんぶ、スマホの中だもんね?バッカみたい。」

「むつ?お前、自分が何言ってるか分かってんのか?」

「えー、分かってるよ。呆痴彼女でしょ?正直、お兄ちゃんも男の子なんだなあ…て思うけど、まあ相手が2次元のAI彼女だもんね。それなら許してあ、げ、よ、う、か、な♡」人差し指を立てた睦美がウィンクしながら言う。

「その代わり、やる時は睦美と一緒じゃなきゃダメだよ?……お兄ちゃん?病気で勉強出来ないのをいいことに、1人でベッドの中で立ち上げたりしてないでしょうね?」

「す、するかよ…」と海人が答える。

「あれえ?ちょっと怪しくない??」と睦美が頭を斜めにして、下から兄の顔を覗き込むように見上げる。「1人でするくらいなら、睦美が横で見ててあげるよ?」

そう言うと睦美は顔を拭いたティッシュを丸めて、ゴミ箱に体を向けた。


円筒形の小さなゴミ箱の中には、沢山の丸めたティッシュが入っていて、所々カピカピに乾いて、固まっているのが見えた。

「……お兄ちゃん……すごく出したんだね。」


海人は顔を強ばらせて、何も言い返すことが出来ず…、黙っていた。


「これ……全部お兄ちゃんが出したやつ?」と睦美が顔を赤くしながら(つぶや)く。

「すごい量……いっぱい……。溜まってた…んだ……ね。」


気まずい沈黙の中、睦美が「お兄ちゃ…」と何かを言いかけた瞬間、

「カイトく~ん、ご飯持って来たよ~」と扉が開き、器用に片手でお盆を持った、ピコちゃんスマイルの花織が入ってきた。


…………。


「あら?何か気まずい雰囲気…」と花織は言った後、すぐに鋭い母の勘を働かせて、

「あら??…あら、あら、あら……」とお盆に乗せたお粥を学習机に置きながら、

椅子の脇に置かれたゴミ箱に視線を落とした。

「カイトくん、元気いっぱい!」と花織は赤い顔をして微笑み、ゴミ箱の縁に掛けられたビニール袋の持ち手を掴むと、

サッと引き出してくるくるっと口を縛った。

「それ、鼻水だからな!なんか変な空気だけど?!」と海人が叫ぶ。


そうでしょうとも、そうでしょうとも、と母は慈愛に満ちた表情で息子を見やり、

「むーちゃん?お兄ちゃんを許してあげて?」と言った。睦美は頭の上に大きな(クエスチョンマーク)を出しながら、「許そっかなー、どーしよっかなー」と言った。


「お、お前ら……2人まとめて風邪を感染(うつ)してやるからな……」と海人がベッドから立ち上がると……、


「「きゃーー、の~こ~せっしょく~~!!」」と設楽居家の女性2人は嬉しそうに走り回り、

海人は途中で、ゴホッゴホッと咳き込んで、母娘を睨むのだった。


『Parents and children don't need water.』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ