ヰ54 恋の三角形
「どうしたの??むつみ、真っ青な顔をして?元気ないじゃない。」
白装束少女、三浦詩がそれよりも青い幽霊のような顔をして言った。
あまり眠れていないのか、目の下にくまを作った設楽居睦美より黒いくまを日々発現している詩は、心配そうに
「大丈夫?カワイイお顔が台無しよ?」と言って、ヨシヨシ、とクラスメイトの跳ねた髪を撫でてやった。
「どうしたのよ?」
「兄上が……」と睦美が涙を溜めた目で言う。
「風邪をひいて寝込んでるの……」
「あら、それは大変。コロナとかインフルじゃないの?」「うん。それは両方共陰性だった。」「良かったわね。」
……ちっとも良くない……。昨日から私、兄上のお部屋に行けなくて禁断症状が発生しているの……。感染すといけないからって、ろくに顔も見せてくれないし……。まあ、なんかクラスの友達を自称する変なポニーテールが訪ねてきた時は、インターフォン越しに面会謝絶だとは言っておいたけど。
……なによ、あの変な女。兄上のluinも電話も知らない(※)から直接訪ねてきたのかしら?恐ろしいわ。ストーカーかしら。((ぶるぶる))
※木下藤子。海人とは試験が終わるまでluinをしないとの約束を律儀に守っている。
「にしてもインフル、沈静化は、まだまだしないわね。陰性でホントに良かったわね。」と詩が言うと、
横から「…陰フルちん性化で陰性とは…、とても日中にするトークとは思えないわね。流石だわ。」と近藤夢子が声をかけてきた。「でも、そういったエロトークは放課後の科特部兼なぞなぞ倶楽部に取っておきなさい?」と言い、ポンポンと睦美の肩を叩く。「設楽居睦美?アナタも何か悶々としているようなら、放課後理科室においでなさい?歓迎するわよ?」と夢子が言う。
期待に満ちた目で睦美の返事を待つ詩だったが、
「いえ、結構よ。私、1秒でも早くおうちに帰ってお兄様の看病をしなければいけないの……」と睦美は言って、暗い顔を下に向けた。
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時をかける美少年、向井蓮は、バンパイアのような透明なこめかみに、巻き毛の小さな房を垂らし、
無駄な流し目で周囲の女子を悩殺しながら廊下を歩いていた。
廊下の突き当たりの所で、女子達の人だかりが出来ている。
なんだろう……あれは、隣のクラスの女子達か。君子、危うきに近寄らず。回れ右をして蓮が立ち去ろうとした時だった。
「向井さん!!」と大きな声で呼び止められる。
人混みを掻き分けて、長い髪を靡かせながら飛鳥めいずが、ケミカルウォッシュのジーンズに通した長い脚を勢いよく突き出しながら 、こちらに突っ込んできた。
あ、あれは……いにしえのオタクファッションを狙って、逆に流行を取り入れてしまった、ネオアメカジ。オタクと言えば長髪。いまやバチクソお洒落な着こなし……。知らんけど。
「何の用だ?飛鳥めいず…」と蓮は努めて冷静に反応した。一周目の時のように、こいつのペースに飲まれて人生を棒に振るつもりはない……。
「皆様!」と飛鳥めいずが女子達を振り返って叫ぶ。
「私!皆様のご期待にお応え出来ません!何故なら……ここにいる方が…」
「私の許嫁、向井蓮さんだからです!!」
ざわざわ……。
「知ってます……」と口々に女子達が声を上げる。
「では、何故??皆様は私をそっとしておいてくださらないんですか?!」
「だって」「ねえ?」と女子達が顔を見合わせる。
「美男美女のカップルなんて眼福だし…」
「で、では皆様、美男の方に群がっていただけますでしょうか……この通り私は、ただのきもオタクですので。」
「待て、待て!殺気から黙って聞いてれば…好き勝手言いやがって……僕は飛鳥めいずが許嫁だなんて認めていない!!」と蓮が言う。
「そうよ!」と後ろから、カーリーヘアの押し掛け女房、赤穂時雨が現れる。おしゃれで韓国っぽい、黒の長袖に、細かいチェック柄のグレーのベスト、スカートのセットアップを着て、ミコ☆ポチで見たポーズを華麗にキメていた。
「誰よアンタ?」と3組の女子達が胡散臭いものを見るような顔で時雨のことを見る。
「あの……どちら様でしょうか?」とめいずも時雨に対して戸惑ったような表情を見せた。
「な、なによ?!アナタ、私と会ったことあるわよ?ほら、駅前のエッサイムで!愛・不穏17を触らせてあげたでしょ??」
「え?ああ?ん?そ、そうでしたっけ……?」と、めいずが困ったような顔をして頬骨に人差し指の腹を当てて考え込む。
「ちょっと待ちなさいよ?!アンタ、地毛の色バラすわよ!」
ハッとめいずは目を見開き、「ああ、あの時の……で?何かご用ですか?」とキョトン、として言った。
「……赤穂さん…、もう行こう。飛鳥めいずはこういう女だ……。自分の選民思想に自覚がないんだ……地味になるのもお戯れさ。」
「ちょっと向井さん??今の聞き捨てなりませんけど?!」と、めいずが急に大声を上げる。「私は本気で地味を目指し、また地味な方を尊敬しております。そこの、…アコウさん、でしたっけ?貴女も尊敬します。……でも、向井様を比較対象にすることで、自分の存在を卑下するその立ち位置は……、私の場所です!そこをどいてください!月とすっぽん、猫に小判、美男と喪女。女子をそこまでくすませて見せてくれる男性は貴重なのです!」
「……っ!!あ、あ、あなた、失礼過ぎんでしょ!!こぉのっ甘!!その綺麗なお顔、ホントに二度と見られないようなツラにしてやろうか?!」「あ、赤穂さん?!落ち着いて!!」鬼の形相をした時雨を、蓮が必死になって羽交い締めする。
「落ち着いて!赤穂さん!飛鳥めいずの口車に乗せられてはダメだ!ほら、一緒に、こっちへ、ほら、落ち着いて!」
フンガー!と怒りを露わにした赤穂時雨を引き摺って、
蓮は、2組の教室へ入っていった。
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「どう?落ち着いた?赤穂さん……」と蓮は、彼女を教室の角にある窓際の席に座らせ、膝を付いて背中をさすってやっていた。
「気にしちゃダメだよ。僕も一周目は飛鳥めいずに酷い目に合わされたクチだ。ほら、他の…もっと楽しいことを考えよう……」
寸前まで、荒い呼吸をして目を血走らせていた時雨が、「楽しいこと……?」と言って、ふう……と息を吐く。
「そう、楽にして。ほら、何か楽しいことはない?」と蓮が逆に質問をした。
「バレンタイン………」と時雨が小さな声で言う。
「向井君……バレンタインの日、空いてる?」
2月14日……。鈍器法廷での、呆痴彼女のイベントの日……。その日は豊子キッズと睦美ちゃんのお兄さんが接触しないように見張っていたかったんだよな………。
まあ、でも?
赤穂さんは、豊子キッズの白リータ少女と繋がりがあるわけだし、もしかしたら何かの役に立つかも知れない……。
「向井君?」「あ、ゴメン、ゴメン、ぼうっとしてたよ。ねえ赤穂さん、」「ん?」
「バレンタインの日、一緒に新宿に行こうか。」「……。」
「あれ?ダメだった?」
「だ、だ、だ、だめなわけないじゃない!!」と言って時雨が蓮の手を握る。
「飛鳥めいずはどうでもいいのよね??」
「ああ。」
「設楽居睦美は?」
「えーーーっと……」
「ねりけしちゃんは?」
「いや、ちょっと気になるかな、だって…」
パコーン!と丸めた教科書で、時雨は蓮の頭を叩いた。
「正直でよろしい!!まあ、いいわ!バレンタインは私が一歩リードよ!!」
蓮は鳩が豆鉄砲を食らった顔をして、乱れた髪をポリポリと掻いていた。
……この子………、なんか……一緒に居て元気になるな……。ホント、こんな子、前には居なかったよな?
ふと目をやった先に、設楽居睦美が暗い顔をして、項垂れている姿が見える。
……睦美ちゃん、どうしたんだろ?一周目の時みたいに暗い顔してないか?
あの、世の中全てに反抗するアンドロイドの睦美ちゃん……正直、二周目の彼女は…全然違う。
でも僕が好きだった睦美ちゃんは、悲しい女の子だったんだ。それなら二周目の世界の彼女には幸せに生きてほしい。……そして、僕だって……今世は幸せに生きさせてほしい………。
それは、欲張りな望みかな?すでに人生をやり直させてもらっている身で、高望みなのかな?
……運命の社会科見学まで後、半月。僕はそこで…。今度こそは、不幸でない、ただの幸せな男女として、睦美ちゃんの友達になりたいんだ……。
「……それで…んだよ。ねえ、聞いてる??」と時雨の声が聞こえてくる。
「ああ、聞いてる聞いてる。」と蓮は言い、
……前世には居なかったこの子にだって、幸せになる権利はあるよな……と思い、何故か胸が痛むのを感じて、時雨に向かって寂しそうに微笑んでいた。
「ちょっ……向井君?!その笑顔、反則!!キャーーーーッ」と言って、時雨は目をばってんにして蓮を平手打ちする。
……痛い……。と蓮は涙目になり、まあ、なるようになるさ……と自分の席へ戻っていった。
そして、今日は五十嵐葉南が出席していないことに誰一人気付いていなかった。
『love triangle』




