ヰ52 冷たい夜、熱い体
豊子キッズ、ネルネは自室の玉座風椅子に腰掛けながら、ふんぞり返って、
忍者、五十嵐葉南の報告を聞いていた。
「なるへそ。」と白い眼帯にハートのアップリケを付けたネルネが言う。「救世主(仮)は、アナタのいたいけな少女の部分を見て、二等辺三角形の定理をスラスラと述べたというわけね?」
「はい。ネルネ様……、ところでいつからボクが女だと気付いていましたか?」と葉南が言う。
「おジャガはともかくとして、私にはバレバレよ。あなた、ズボンに入れた詰め物の位置がおかしかったわよ?上に入れ過ぎだから。」
「お恥ずかしい限りです。先日、改めて実地で勉強してきたので、もうそういう初歩的なミスは無いかとは思います。…あと、あの男は、救世主(仮)ではございません。救世主(かなり聖人むけ)でした。」
「へえ。それはいい報せね。数学も得意。そして、なにより聖人むけ……。今すぐにでもここへ招待したいわね。」とネルネが興奮して頬を赤らめながら言う。
……前世の私のアレは平常時でも、太ももの半分くらいの長さはあったけど、
この明らかな男の弱点を、普段私は硬いドリル状の殻で覆っていた。その見た目から、晴れ霧フォレストのエロフ達は、私のアレをユニコーンの角と呼んだのだ……。
元々、私の国には割礼の風習がなかったしね。流石、救世主。平和の時代の申し子ね。男の一番の弱点を守らずに、常に剥き出しとは……。
「……恐れながらネルネ様……。あの男をここへ招くのは時期尚早かと。彼の言動の端々には、彼が炉利昆虫であることを示唆する不安要素が多々感じられます。」
「ほんと?炉利昆虫なら、おつうに言って包丁であそこを仏陀切らせるわよ。やめてよね。予言書に書かれていた救世主よ?んな訳ないでしょ?」
とネルネは、葉南のことを疑うような顔をして、じっと見つめてきた。
耳を赤くした葉南は「ネルネ様が救世主を待望する気持ち、痛いほどよく理解出来ます……でも、ボク、なんだか胸騒ぎがするんです。もう一度確かめさせてください!お願いします!」と言って頭を下げた。
「…はい、はい、わかったわ。」とネルネが諦めたように言う。「行ってきなさい。それでアナタの気が済むなら。……でも、いい結果報告を待ってるわよ。じゃ、戻りなさい。」
そう言うとネルネは腕を吊った包帯の中からスマホを取り出し、「あ、おつう?杖はもう出来た?え、まだ?え?声が小さくてよく聞こえないわ??は?バレンタイン?誰がチョコの話をしてるのよ?私はいらないからね!」と大声で話し始めた。
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七三分け、優等生スタイルの五十嵐葉南は、
ちょっと大人っぽい、膝丈の藍色のダッフルコートを着て、豊子キッズ本部ビルのコンクリート壁の廊下を歩いていた。
この建物は部屋の外には暖房がついていなく、葉南の吐く息は白かった。
「や、やあ。」
と後ろから声がかかる。……気配には気付いていた。ネルネ様の腰巾着、ジャガーだ。
「ジャガーさん、こんにちは。」と葉南がお辞儀をする。
「は、葉南…ちゃん?今日は女の子の格好なんだね…」とジャガーが言う。
……五十嵐葉南を女の子として接しろ……。
ネルネからそう言われた。
あれから俺は……、女の子の接し方を猛勉強した。そして…よし、今日が本番だ。…学んだことを全部ぶつけてみよう。お、俺だってリア獣になるんだ……。あの公園でのいちゃいちゃカップル……憧れのセーラー少女……ネルネみたいな変な女と一緒に居過ぎて、俺はまともに女の子と話したことのない自分に気付かされた。
……今から挽回だ。
まずはこの大人しそうな少女を練習台にさせてもらう……あわよくば将来の恋人に………いや、そこまでは望むまい。……まあ、この子、なかなか可愛いよな……ちょっと幼い感じだけど、中学以降に化けるかも……。忍者だとか言ってたし……。
「あの……そこ、どいてもらえませんか?」
と、消え入るような声で少女が言う。
「あ、ごめん」とジャガーが半歩後ろへ下がり、道を開ける。どうぞ、レディファーストで……。
「ありがとうございます。では…」と言って葉南が去ろうとするのを「待って待って!」とジャガーが呼び止めた。
「そ、そのコート…ふ、フードから見えてるペイズリー柄?か、可愛いね。」
「あの………何かご用でしょうか?」と前髪をクリップで留めたおでこ少女が言う。
……あれ?おかしいな……女の子との会話は服を褒めろ、と本に書いてあったんだけどな。
「か、髪を切った?」とジャガーが若干声を裏返させながら言う。
「いえ。ヘアクリップで留めただけです。」と葉南が答える。
「あ、そう。感じが変わったからてっきり髪を切ったのかと……。」
「……あのジャガーさん。私急いでいるんです。もう行っても宜しいでしょうか?」
「その髪型って七五三分けっていうんだっけ?清楚で可愛いね。」
「それ、ジョークのつもりですか……。これは七三分けです。」
「え?七三っていうんだ?いや、ほんと知らなかったよ、あ、そっかあ、五歳は男の子だったよね、葉南ちゃんは女の子だから七三かー、アハハハハ……。」
「木又すぞ、イ反 小生 里予 良阝。」
「え?……今なんか言った……?」
「いいえ…」
「じゃあ、あのさ、葉南ちゃん、」
「あの、もう話しかけないでくれます?」
「え。」
「ジャガーさん?あなたのその喋り方、ひょっとしてダアスペーダーですか?口呼吸でキモいんですけど……。」
「え。」(コーパー、コーパー……)
「はあ……女子だと分かったら急に態度を変えやがって……、お前みたいのが一番キモいんだよ。……あ、ごめんなさい。ジャガーさん、今のは忘れてください。本気じゃないんで。ボク、たまに男の人にどう接していいか分からなくて、心にもないことを言ってしまうんです。」
「そ、そう。……それなら仕方ないね。お、俺も女の子にどう接していいか分からないから似てるね。」
「似てねーよ、千ー午。」
「あはははは……。」
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「ネルネ~~~」
涙目のジャガーが、教室の机に向かって自習している白ロリータ少女に泣きつく。
「あの子怖いんですけど~?!」
「ん?誰のこと言ってんの?」
「五十嵐葉南……。」「ああ。」とネルネは興味無さそうに空返事をした。「今に始まったことじゃないでしょ。豊子キッズは生きづらい子供達のシェルターでもあるのよ。そして私達のような弱い者が、世の中に立ち向かうには、教育が重要なの。」「そっか……そ、そうだよな……。でもさ、ここ女社会だから、俺は肩身狭いんだよ。救世主は男なんだろ?あー、早くここに来てくんないかなあ。」
「そうね。私達はそれぞれの理由で彼を待ちわびている。まあ、まず五十嵐葉南が接触に成功したようだからね。いったんあの子に任せてみましょう。」「ほい。」
「……私達が注意しなければいけないのは…転生タイムトラベラーの妨害ね。赤穂時雨)経由にそっちも対策しておかないと……」
「うへ……またあのリア獣の徘徊する街へ行かなきゃいけないのか……。」とジャガーは言い、自分の席についた。
そして『闇の厨二数学・封印編』を開くと、細い蛍光付箋を貼り始めた。
それを見たネルネが「あんたのそのシールブック、凄いわね……私のプクプクシールと、どれか交換する?」と言ってバカ笑いするのだった。
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新宿から電車1本で、さくら町に戻った五十嵐葉南は、
駅から出る前に構内の乙女淹れに寄り、改めて身だしなみを整えていた。
ボクは真面目な少女……。肩までの髪が、紺色のダッフルコートのフードにかかっている。いつも下ろしている前髪は七三に流し、おでこは出した。整えていない自然な眉毛を、神経質そうに微かに中央に寄せてみる。
人とは目を合わせない小さめな黒目。顔のパーツの中では少し隙のある丸い鼻。細い顎。…薄い唇が自嘲気味に半笑いを浮かべている……。
…うん、完璧ね。ボクはリアル女児。生真面目な性格のせいでふざけ過ぎることが出来ず、逆にふざけている人を見ると、本当は羨ましいのに、皮肉を言って後で馬鹿にすることしか出来ない。
男の子に媚びる女子は大嫌い。そのくせ自分も密かに恋に憧れているのは内緒だ。うん、昆虫に好かれそうな設定ね。
葉南は背中に『Z』と大きく刺繍された青いバッグを背負い、そらそろ暗くなり始めた商店街を足早に通り抜けていった。
白い息。急に激しく呼吸をしたせいで喉が痛い。
葉南は更に足を早め、…やがて前方に見えてきた人影を捉えると、街灯とは反対側の歩道に体を移し、徐々に歩くスピードを緩めていった。
……設楽居海人。
彼がこの時間に塾へ向かう為に、この道を歩くことは調査済みだ。
そして、ここからの数分間、比較的人通りのない道が続く。
……ここが狙い目だ……。
葉南は前方を歩く設楽居海人との距離を少しずつ縮めながら白い息を吐き、
ダッフルコートの前についた木のトグルボタンを一つずつ指で弾くように紐から外していった。
大股で歩く葉南の体に一気に冷気が流れ込んでくる。
葉南はポケットに両手を突っ込み、トグルの外れたコートの前をクロスするようにして合わせた。
…そうしないと足を前に出す度に前がはだけてしまうため、葉南はポケットの中に入れた手をコートの中で重ねる。
設楽居海人の背中が2メートル先に近付き、葉南は膝丈のコートから飛び出した自分の白い足に履いた合革のブーツの先を見つめると、気合いを入れ直し、すぐに前方に視線を戻した。
設楽居海人……。あなたが清廉潔白な救世主であるかどうか…今度こそ確かめさせてもらうわ……。
ジャリッとアスファルトの上の小さな石を踏む音がして、
暗闇の中で、少女の髪に留められたヘアピンが鈍く光った。
葉南はいつの間にか、顔中が斑になるくらい赤面していて、ポケットに手を入れたまま、
一気にガバッとダッフルコートの前を左右に開いていた。
ペイズリー柄の裏地が闇の中で滑らかに光り、
葉南自身はというと、首に巻いた緑色の短いマフラーと、くるぶしまで隠れた黄色いチェルシーブーツ以外は、
外気に直接触れる白い全身を正面側に晒して、…そこに鳥肌をびっしり浮き立たせていた。
腸の膨らみを収納するには、まだ腹筋の足りない白いお椀のようなお腹の中央で、de-besotted気味な蕾が影を作る。
その下の道路には、縦に引かれた矢印がある。それが少女の開いた脚の間にまっすぐ伸びているのが、斜め前にある街灯に照らされて、くっきりと浮かび上がって見えた。
??
と、設楽居海人は立ち止まると……振り返った…。
?
……気のせいか……。
海人は軽く鼻をすすり正面に向き直る。
「うおっ?!」
目の前には、さっきまでいなかった、ダッフルコートを着た女の子が立っていた。
少女はポケットに手を突っ込んで黙ってこっちを見ている。
「や、やあ……」と海人は思わず声をかけた。
「き、君、全脳研の子?」
返事はない。
「ここあんまり人が来ない通りだから、……その、危ないよ。多分。」
……この子何処かであったような気がするな……。
「女の子が一人で歩くような道じゃないから…。全脳研なら、向こうの明るい通りを歩きなよ。」
「*へくしゅっ*」
突然少女は、くしゃみをした。
「大丈夫?君?……なんか顔赤くない?」
海人は少女を促し、街灯の下に入っていった。
「待ってよ、君、顔、真っ赤じゃん!?ちょ、ちょっとゴメン。」と言って手袋を脱ぐと、丁度前髪全開なおでこに触った。
「べくしゅっ」と今度はもう少し大きなくしゃみをする。
鼻水がつーーーっと、微かにうぶ毛の生えた唇の上に垂れていった。
「なんか凄い熱いよ。風邪?インフルエンザ?ひょっとして新型コロナ?」
葉南は潤んだ目をぼんやりと見上げ、鼻水をベロで舐め取った。
五十嵐葉南は…ここ数日の真冬の禅羅生活で、完全にウィルスに感染していたのだった…。
「おおっと?」と叫んで海人はポケットからティッシュを取り出すと、少女の鼻を優しく包んで、
「ほら、ち~~~ん」と言ってオハナを出させる。ち~~~ん……はい、いっぱいでまちたね~えらいでちゅね~……葉南の朦朧とした頭の中で、幼児期、お外でお膝の裏を背中から抱えられて、体の下から何かが弧を描いて流れ出している自分の映像が頭をよぎった。
海人は少女のダッフルコートに目をやると、トグルボタンが全部、紐から外れているのを見て、急いで輪の中に通してやった。
「どこか座るところがないかな……スマホある?」と海人が聞く。「家族の人に電話出来る?」
葉南は、再び鼻水を垂らしながら、豊子キッズ支給のアンドロイドの画面を数回叩き、
……そのまま膝から崩れ落ちた。
「お?!大丈夫??」と海人は彼女を腕に抱き止め、落下するスマホも受け止める。
名前の登録されていない番号が暗闇で光り、「もしもし?」と端末から声がした。
「あ、もしもし、突然でスミマセン!お宅のお嬢さんが熱で倒れたもので……」と
言ってカメラ通話に切り替えて、状況を見せる。
「あら。」と向こうで高い声がするのと同時に、「あ!アイツ」ともう一人男の声がして「ネルネ!あいつだよ、噂のリア獣だよ!」と言って「バカ!何で名前を呼ぶのよ!!」と聞こえた後、ドスッと鈍い音がして静かになった。
「今からそちらに向かいます。」と電話口の声が言う。「40分以内に着くから、必ず他に連絡等せず待っていてください!」
「え、でも容態が急変したら救急車を呼ぶかも」「大丈夫です…」と、海人の腕の中で葉南が言う。彼女は若干震えながら海人の腕にしがみついていた。
「おつう!」とネルネが言う。「今、特急券を予約したわ!至急、さくら町に向かって!出来るだけ大人っぽい服で行ってね!」
「はっ」とどこからともなく現れた難波鶴子が片膝をついて、ネルネの前に傅き、
ネルネからスマホを手渡されると、シュパッとすぐに廊下へ飛び出していった。
『Cold night, hot body』
よいこのみんなへ!
おもしろいとおもったら、ひょうかをしようね!
☆☆☆☆☆
やくそくだよ!
お、お願いします…(涙)




