ヰ50 サブリミナル攻撃
「あの……葉南さん」
「はい?」と前を歩く、夢かわロココモココドレスの少女が振り返る。
肩までの黒髪。サラサラとした前髪から片目だけを覗かせて、頭のてっぺんで、幼女が付けるような大きなピンクのリボンを揺らしながら、
五十嵐葉南は首を傾げた。
「先程から少し気になっていたのですが……」「なんですか?遠慮なく聞いてください」と葉南が言った。
「あの……さっきのラウンジの一件の後……葉南さんは、その、拭きました…か?」
「あーその件ですね?レッスン1。男子は手を洗わないし、ましてや拭きません。自然乾燥です。」「…そうなんですね。」「ハンカチは持ち歩かないでください。まずはそういった心構えからです。」
「わかりました……」と、シニヨンヘアで髪をおだんごに纏めた飛鳥めいずが答える。「ところで次は何処へ向かっているんですか?」
「ロビーに戻りましょう。そして、男というものを観察しましょう。どのようにすれば完璧な男装が出来るか…私が解説いたします。」
「宜しくお願いいたします。」
2人の美少女はロビーに戻り、仲良くボックスシートに、脚を斜めにして行儀良く腰掛けた。
……しばらく、通り過ぎる男性達を観察する。
「あいつらは、体を鍛えたりして、男らしさをアピールしていますが、…7割は火星人です。」「火星人?」「はい。そのうちの数パーセントは神聖ローマ帝国人です。割礼に反対している勢力なのかは知りませんが、神聖なままのキモい男は…ある一定数存在します。」
「なるほど。」
「私達が男装するにあたって念頭に置くのはそういった男達です。また、彼らの多くは、みそっかすのミソジニーであることが多いです。法系のくせに……基本的人権も知らないのかしら、っていつも思います。」
「葉南さんのお話を伺っていると…男になることに、何の利点もないように思われますが……」
「そうですね。ただ、下等生物に成り下がることによって、生物としての圧倒的な自由が得ることが出来ます。人間から動物に退化することによって、生きることの意味を改めて考えさせられるのです。このような知性の否定は、女性には大変苦しいことかとは思いますが、逆に得るものも大きいのです。」
「なるほど……。」
「あ、丁度良さそうなサンプルが来ました。」
と葉南が言い、受付に来た中学生くらいの男子を目立たないように指差す。
「……そうですか?まあまあイケメンに見えますが…」
「それぐらいが丁度いいんです。見た目の差はあれど、基本男子は程度の違いこそあれ、全員チギュウ人です。それを確かめましょう。」
「チギュウ人?火星人ではなかったのでしょうか?」「いえ勿論、禁制人や、もー臭え人もいますよ。でも基本、男子は皆、チギュウ人ですね。」「なんだか混乱してきました……」
受付にいる男子は、上下ジャージを着ていて、冬だというのに汗をかいていた。
「いかにも臭そうですね…」と葉南が言う。
日に焼けた、その男子はポケットから財布を出し、「あの…僕、さくら町のエッサイムをいつも利用しているものです。1駅ジョギングをしてきたもので汗をかいてしまっていて……会員証があるのですが、ここのシャワーは利用可能でしょうか?」と言った。
「ん?ちょっと待ってね……えーっと、設楽居…海人くんね。はい、大丈夫よ。確認が取れたわ。うちの施設は何処でも利用可能よ。どうぞ!」と若い女性スタッフが笑顔で言う。
「設楽居……?」と葉南が人差し指を顎にあてがい、眉をしかめる。
めいずが、葉南のフリフリのレース袖を引っ張り、「葉南ちゃん……、私、あの方を存じ上げているかもしれません。」と言った。「多分、あの方は葉南ちゃんと同じクラスの設楽居睦美さんの…、同じ屋根の下に暮らす幼馴染みです……。」
ビンゴ!!て、何それ?兄じゃないの??
葉南は思わず手のひらの上で拳を打ち付けていた。
「めいずちゃん!計画変更です!あの男に直接、接触しましょう!!行きますよ!」
設楽居海人は、受付で借りたタオルで首の汗を拭きながら、……喉が乾いたな……と販売機を探して目をさ迷わせていた。
いやあ……試験勉強の気晴らしに走り出したら、止まらなくなって戸成町まで来てしまったよ……。でも頭がスッキリしたな。帰ったらまた勉強に集中出来そうだ。
海人は更衣室の傍にある自動販売機を見つけたので、山の天然水を選ぶと、……スマホを受付に預けたことを思い出し、財布の中の小銭を漁り始めた。
「お困りですか?」
ん?と海人が顔を上げる。
目の前には、フワフワのフランス人形のようなドレスを着た小柄な少女が立っていた。少女は偉そうに胸の前で腕を組んで、
海人よりもかなり身長が低いのにもかかわらず、背伸びして精一杯こちらを見下しているようだった。彼女の後ろにはバレエをする子のように髪を後ろにひっつめた、マスクをした女子が立っている。顔は半分しか見えないが
相当な美人であることが分かる。
「いや、別に……」と海人が言った。
「強がらなくてもいいんですよ。」と、大きなリボンを付けたお人形少女が、海人の背後にある販売機を見つめながら言う。
「男の人が、何を欲しがっているかなんて…ボクには手に取るように分かります。もしかして、お財布の中にお金がないんですか?」
「あ、いや、そうだけど……、別になければないで、飲まないからいいよ。もういいかな?」
「ふふ。無理しなくてもいいんですよ。欲しいなら欲しいとおっしゃってください。」
葉南は片足を半歩後ろに下げ、コソッとめいずに囁いた。「見ていてください。男というものがどういう生き物か、見せてあげます。大変、穢らわしいと思うでしょうが、これも勉強です。少し我慢して見ていてください。」「な、なにをするおつもりですか……見知らぬ方にあまり迷惑をかけない方がいいのでは……(こそこそ)」
葉南は、「丁度よいことに今はスカートです。今からボクは目にも止まらない動作で、あの男に向かってスカートを何度も捲りあげます。サブリミナル効果によるあの男の反応を見てみましょう…」
「あの、君たち?俺、もう行ってもいいかな。汗を流したくて……」
「聞きました??汗を流すだって…いやらしい!(こそこそ)……お待ちなさい!」「?」と海人が驚いて固まる。
……数秒の間、葉南は目の前の中学生くらいの男子と向かい合い、無言のまま、微かな風圧が断続的に2人の間を吹き抜けていった。
「な、なあに、君たち……俺になんか用?」
設楽居海人は助けを求めるように、ゆるふわ少女の後ろに立つ美人女子の顔を見つめた。
五十嵐葉南は、海人のジャージのズボンの中央をじ~っと見つめ、僅かな変化、または布の動きがないかどうかを観察していた。
「おかしいわね……」と葉南が呟く。「もっとゆっくりやってみた方が良かったかしら……」
「ちょっと待ってて!!」と虹色夢かわ少女が叫び、急に踵を返すと、ぴゅーーーっと向こうへ走っていってしまった。
「な、なんなの?あの子…君のお友達?」と海人が言う。
「まあ、その、一応……友達というか……はい。友達です……。」と、めいずは答え「あの、ひょっとして、貴方様は設楽居睦美さんのことをご存知ではないですか?」と続けて質問をした。
「え?うちの妹を知ってるの?あれ。ここ戸成町だけど、どんな繋がり?」と海人が聞いてきた。
「その……、実は私、睦美さんの隣のクラスの飛鳥めいずと申します。」
あ、あ、あ、あすかめいず??!
と、海人は仰け反って、自販機に背中をぶつけた。先日、脱炭素運動(略して*脱運*)音を聞かれた、あのあすかめいず??な、何故こんなところに………。いや、落ち着け海人。向こうは気付いていないはず……だよね?俺、捕まる??な、なんでこんなに美人なんだよ……これ、睦美の友達の顔をじゃないだろ……、冗談きついぞ、これ……。
「どうかされましたか?」と、めいずが心配そうに近寄ってくる。
「いや、ちょっと待って……れ、冷静に話し合おう……」海人は運動時とは違う汗をかきながら、自販機に沿って真横に体を動かしていった。
「ねえ、お兄さん。」と別な方向から声がかかり、ギョッとして海人はそちらの方を見た。
そこには、エッサイムのスポーツウェアを着た、長めの髪を後ろで縛った少年が立っていて「こんにちは」と言うとポケットに手を入れたまま、こちらに近付いてきた。
「ん?き、君は?」と海人が横目でめいずの様子を伺いながら言う。
「ボク、ここ始めてなんです。今から大浴場に行きたいんですけど……一緒に来てもらえませんか?」
「え?なに?また急な話だね。あ、まあ、いいけど?」
少年は振り返り、海人が気付かないようにめいずにコソッと言った。「めいずちゃんも来る?簡単に男装すればいけると思うよ?」「い、いえ……私は外でお待ちします……でも一体何故?葉南さん、急にどうされたんですか??」「ごめんね、めいずちゃん。これ忍び案件なの。」「忍び案件…ですか?」「そう。主の命なの。」「世は戦国時代……。それなら致し方ありませんね。」
「お兄さん?お風呂はどっち?」と葉南が言う。
「あ、うん、ちょっと待って……。ああ、こっちだ。じゃ、飛鳥さん…妹によろしく……。」そう言うと「さ、行こ行こ」と少年の背中を押して海人は歩き出した。
……葉南は、
…この男が本当に噂の救世主なのかしら。ネルネ様を信じないわけではないけど、実際にこの男が、その人なのかどうか、確かめさせてもらうわ。
なんのかんの言って、男性の99パーセントは炉利昆虫なはず……。さっきのサブリミナル効果では反応しなかったようだけど、まだ信じられないわ……と心の中で考えていた。
……今から試させてもらいます。ボクを男の子だと思って油断しているところで正体を明かし、
……万が一、体が反応しようものなら、虫ピンでキモい幼虫を一刺しして、昆虫標本にしてくれるわ……。
救世主ねえ……。子供達に下心無しで教育を施してくれる聖職者なんて、そんな奴、本当にいるのかしら……。
葉南はまだ半信半疑のまま、設楽居海人に連れられて、
大浴場に続く男子更衣室へと入っていくのだった。
『Subliminal attacks』




