ヰ47 ジェンダード・イノベーション
爆弾を投下します!
眠れない夜のお供にどうぞ♡
放課後、
本物の忍者少女、五十嵐葉南は、お隣6年3組の教室の前に立って、
忍者少女(仮)の飛鳥めいずを待っていた。
「あら、五十嵐さん。待っていてくださったの?」と黒いフードを被った、眼鏡とマスクのめいずが言う。いつもの三つ編みおさげは顔の両脇からパーカーの前に向かって垂らしてあるが、
チェックのプリーツスカートの下に履いたスウェット生地のズボンが、うっかり可愛くなってしまっていた。
「早速ですが、飛鳥さん。今から忍び道の平和利用をレクチャーしようと思います。ご都合はいかがですか?」と葉南がこそっと耳打ちしてくる。
「え?もうですか?」
「ご都合、悪かったですか。」
「いいえ、いいえ。こちらも、すぐにでもお願いしたいと思っていたの。ありがとうございます。」
「じゃ、禅は急げですね!」
めいずは、自分よりも頭二つ分くらい小さな葉南に案内されるまま、駅前の商業施設に入った某シンプル洋服店コニケロの店舗に来ていた。
「ここで何をするんですか?」とめいずが物珍しそうに店内を見渡す。
……こんなお店が近くにあったんですね……。なんだか均一的で地味な黒とグレーの服が多いみたい……。へえ、忍者はこういうお店を利用するのね……。
「さて。」と、葉南がニッコリ笑いながら言う。「飛鳥さんのお悩みは承知しております。」
「あら、そうですか。それならお話しは早いですね。」とめいずは、近くにあった深緑色のパーカーの手触りを確認しながら答えた。
「飛鳥さんの美貌ですと、日々、価値観の驚異に晒されて大変でしょうね。」
「ん?」とめいずは、一瞬聞き逃した言葉をもう一度聞き返した。
「はい。飛鳥さんほどの美人さんですと、土地勘のある腐心者が痛覚炉に出没したり、会談では深い洞察に悩まされていることでしょうね。」
「ちょ、ちょっと待って貴女はなにを……」
葉南は、したり顔で「そんな女の子が『価値観に合わない人生』を送る為には、……そう!男になるしかありません!」と言った。
「ちょっと待ってください!理解が追い付きません!!」
「あ?驚かせてしまいました?勿論、性転換ではありませんよ?男装です。ほら、例え目立たない女の子になったとしても、その手の輩は目立たない子こそ狙いますからね……。だからいっそ、こっちが男になることで元から危険を断つのです!」と葉南は言うと、ビシッと指で反対側の売り場の方を指し示し、戸惑うめいずをそのまま紳士服コーナーに連れていった。
「な、なるほど…理由はともあれ、一理ありますね……。もっと男の子っぽい服にするのはアリですね……」
めいずは、目の前にあった部屋着のような黒いTシャツを手に取った。
「ユニ○ックスなやつはダメですよ。」と葉南が言う。「ガチで男っぽくないと。」
「そ、そうなの……?そういうの私に似合うかしら……」
「似合う似合わないではないのです。そうですね……」と葉南が前で腕を組みながら言う。「ここで、心構えというか、ボクが父から教わった色々を、飛鳥さんにお伝えしましょう。……きっと忍び道の方法論が分かりやすくなり、負に堕ちると思いますので。」
「助かります。」とめいずは言い、二人は一旦、お店の角の方へ歩いていき、
大きな鏡の前に置かれた、硬めのボックスクッションに並んで腰掛け、ランドセルをお腹に抱えた。
「まず」と葉南が口を開く。
「忍者には、生まれ持った自分の性別ではない方の性別に、化ける訓練があります。
……例えばですね。男が『女』に化ける時は、通常あれを股にはさみますが、これだけで誰でも簡単に、女blowに潜入できます。」
「はああ?!」
めいずが思わず叫び、葉南が笑顔でウィンクしながら((しい~~))っと自分の薄い唇に人差し指をあてがった。
「声が大きいですよ?
あ、そういえば……飛鳥さんは会員制ジムのプールに通っているんですよね?ランドセルにキーホルダーが付いてます。ボクも昔、戸成町のその施設に通ってましたよ。
さて。……今度は女が『男』に化ける場合ですが……プールで化ける時はですね…、
…胸があまりない子は海パンいっちょになればほぼ100パーセント男にマチガワレます。」
「What?!??」と、めいずが思わず上着の前を手で隠しながら言う。
「ちょっと待って、ちょっと待って!!五十嵐さん?!…あ、あ、あ、あ、あなたはどっちなの??女の子でしょ??女の子だと言って!!」
「ウフフ。どっちに見えます?」と、葉南が長い前髪の間から片目を覗かせて、悪戯そうに微笑んだ。
「その、『質問に質問で返す』言い方!お、女の子でしょ??」とめいずが若干腰を浮かせながら言う。
「ボクは敢えてどちらかに限定しないようにしていますが……おっしゃる通り、ボクは生物学上の女です。でも男の時は海パンいっちょでプールに入りますし、更衣室も男用のに入ります。特に、男の着替えとかは、みんな体を隠さないことが多いですからね。ボクも不信に思われないよう更衣室では全部脱ぎます。」
「は?!い?!?!」
「あとはこう言えばいいんです。『あのね?ボク、ここ小さいから恥ずかしいんだ』。…とか言いながら、タオルの端すれすれを持って、ぎりぎりまで阿蘇湖を隠しておけば大丈夫です。これで大抵の男は騙せますね。彼らは、自分の方が大きいということで安心して、笑ってスルーしてくれます。私は体が骨っぽいから…まあ、まずバレませんね。」
めいずは眩暈を感じて、ストンとクッションに再び腰を落とした。
「あ、あと男の時は、音入れも男子と一緒にしますよ。え?勿論立ってやれるようになるにはかなりの練習を必要としましたよ?でも忍びには専用の器具がありますし…。そこらへんは全てお婆ちゃんに教わりました。あ、道具を見ますか?これです。」と言って葉南は、ランドセルの中からVの字に折れ曲がった葉っぱのような型をした、折り紙に似た白い物体を取り出した。
「これは特殊な製法で作られた、革のように硬い紙です。水に浸すと柔らかくなり、乾くとプラスチックみたいに弾力を持ったまま固くなります。これを漏斗にすることで、女子も立ったままで琴を致すことが出来ます。あと重要なのは……、手品師のように指をうまく使って視線を誘導し、横から覗き込んでくる男子に、そこに棒状のものが、さも存在するかのように錯覚させなければいけない、とうことですかね。…ボクのお婆ちゃんの若い頃は、ミニ流しそうめんみたいな竹を使っていたそうですよ。アハハ。」
そのうちにめいずは、ほぼ反応を返さなくなり、葉南が一人で嬉しそうに喋り続けるような状態になっていた。
「まあ、飛鳥さんに今言ったことを、いきなり全部やってもらうのは…正直難しいとも思います。」「ですよね?!」我に返っためいずが叫ぶ。
「…なので、ボクが一番お薦めしたいのは……小手先の男装やら変装やら何よりも……、
気配を消してしまうことです!この方が手っ取り早いですね!」
「は、始めからそう言ってくだされば……ああ、今私、貴女に助けを求めたことを後悔しているところでした……」ホッとした様子のめいずが「で?」と、…見た目は純真な少女にしか見えない葉南を促した。
「……ボク、忍びの修行で五年生まで父とお風呂に入っていました。」
「ん?そ、そうなの……。ま、まあ、その年までお父様と一緒に入るのは、女の子としては珍しい方ですね……、仲が良かったのですね……。」
「あ、いえ、そうでなくて、父と銭湯の男湯に入っていました。」
「はい???!」
「……で、たまにタオルを取る訓練もしました。うまく気配を消していれば誰も気付きませんから。」
「ど、ど、どうなってるんですか、あなたのうちの教育は!?ぎゃ、虐待ですよね、それ!!」
「まあ、忍者の家ですからね……。あとボク、自主的に、去年の春に、全くなにも着ないで、学校から家に帰るというチャレンジをしたこともあります。その日着ていた物は、途中、全部川に投げ捨てました。甘えが残らないようにそうしたのです。
これは、人目に触れずに行動する、命がけの隠密行動の訓練であるのは勿論のこと、五十嵐流の神髄である、『見られても気付かれないかどうか』を試すためでもありました。」
「……で?」と飛鳥めいずは青ざめた顔で聞き返した。
「はい。最終的には、誰にも気付かれずに、男子校の部活動が行われている校庭の横を、禅羅で通過することが出来ました。あまりに誰も気付かないので拍子抜けしたくらいです。
…さて、飛鳥さん。これは訓練次第でどなたでも習得できる技術なんです。早速試してみますか?
まずは、誰も見ていない、ここの試着室で全部脱いでみるのが良い訓練になりますよ。
……あとは音入れでの訓練でしょうか。…まあ、音入れでは盗殺の危険もありますから、ボクが確認した場所でのみ修行を行うといいですよ。あ、そうそう、ボクは忍者として、消音装置の補助なしで琴を致す訓練を受けていますので、その練習も平行して行いましょう。
ボクみたいに慣れてしまえば、授業中、教室の掃除用具入れのバケツ内にでも気付かれずにする自信があります。
あと、スカートを履く時は基本下に何も履かないことをお勧めします。そうすることで激しい動きを極限まで押さえた動作が身に付きますから。これは忍びには重要な概念です。」
「わ、わ、わ、わ、私…。に、に、に、忍術を甘く考えていたかも、知れません…でした…………。正直私には無理です。ど、どうか、何卒…お、お許しくださいませ……。」
「まあいきなりは無理ですよ。ゆっくり、一つずつやっていきましょう。夜の公園とかどうですか?今は冬ですし、ロングコートを着て、下には何も着ないで出掛けるのです。最初は、前を歩いている人の背後で少しだけ前を開くくらいでいいと思います。これは、緊張感を保ちつつ、気配を消すいい実地訓練になります。」
「じょ、冗談ですよね…流石に……。そ、そうだ、五十嵐さん??貴女、忍術の道を軽く考えていた私を、からかい、かつ戒めようとしただけですよね??そうだと言ってください……」
泣きそうに見えるめいずを見て、葉南は「…ゴメンナサイ。ちょっと驚かせ過ぎちゃいましたね。ウフフ。今の話はぜ~んぶ忘れてください!」と笑いながら言った。
「そ、そうですよね……あー良かった。五十嵐さんも人が悪いですわ……。中国帰りの私でも肝を冷やす、治外法権で無法恥帯っぷりなトークでした。はい。生半可に忍術を語るのはもうやめます。……でもほんっと、意地悪でしたよ、五十嵐さん?
…でも、これでよく分かりました……私の地味道はやはり私独自のもの。助けを借りずにもう少しやってみますわ……」 と言ってめいずは立ち上がった。
「了解。」と笑顔で葉南も立ち上がり、先に店を出ていくめいずの後ろ姿を見送った。
葉南は、もう一度クッションに腰掛け直すと、辺りを歩く買い物客のことをしばらく観察していた。
……さてと。
葉南は、微かにテカリを帯びた自分の身体を見下ろしていた。
…今日は1日、禅羅にボディペイントだけで過ごしたけど……、誰一人、そのことに気付かなかったわ。
そろそろ絵の具も剥げかかってきたことだし、今日はもう、集中力も途切れそうだから……、コニケロでお洋服を買って帰ろうっと。さすがに今日は疲れたわ。明日からは普通に登校しよっと。
葉南は防犯カメラの死角に入り、死角に入れない時は他の人間を盾にしながら、映像に残らないようにうまく移動し、無人レジで素早く買い物を済ませていた。
その後、葉南は試着室内で、ウェットティッシュを使って身体の絵の具を洗い落とし、買ってきた黒ずくめの男子の格好に着替えた。
後は気を緩め、意識を通常視認モードに切り替えてしまう。葉南は、ほっとした様子で自分の気配を具現化し、
帰り道はドライブレコーダーの視野も気にせず、道路をのんびりと歩いていった。戸成町まで、彼女は毎日徒歩で通学することに決めていたのだった。
……それにしても、男として生きるのは圧倒的に気楽よね。女の子だから分かる男のチート級の生きやすさ。
男子の格好をした葉南は、背中を丸め覇気もなく、髪はボサボサなまま、人目も気にせずに歩いていた。
男は女と違って身綺麗にしたりする必要もないし、不必要に体を隠す必要もない。テキトーに生きてても大抵のことは許されるしね。……だから男になるのって好き。
葉南は、少し小腹が空いたのを感じて、忍者の携帯食である小さな黒い丸薬を作り始めていた。
『忍者の携帯食』……つまり自分の鼻に指を突っ込み、粘り気のある黄緑色のものを引き出して、人差し指、中指、親指の腹を使って素早く丸めたもの…。それを黒く硬くなるまで丸め、葉南はポイッと小さな口に放り込んだ。
ニッチャニッチャと、奥歯でそれを噛み、空腹を誤魔化す為だけに、しばらく味わう。葉南は、まだ口寂しさを感じたので、次に人差し指の爪をカリカリと噛み始めた。
あー、男ってホント気が楽……。ボク、やっぱ男の子でいる方が好きだなあ……。だって何と言ったって、お外でこれが出来ちゃうからね♡
葉南は、サッと身を踊らし、公園に設置された、背の高い壁当て用コンクリート塀の裏に回り込むと、
すとん、とズボンを足首まで下ろした。
彼女はそのまま、くノ一専用器具を体の下にあてがい、立ったままお腹を前に突き出す。
…ふう。
すぐに音を立てながら目の前の壁に黒い縦沁みが作られ始め、葉南はその小さな顔に、温かい湯気をめいいっぱい浴びるのだった。
『Gendered Innovations』




