ヰ46 尋問
6年2組の担任、廣川満里奈は、タイト目のスカートの下でストッキングが伝線していないかを確かめてから、再び生徒達に向き直った。
「え~っと、皆さん……。五十嵐さんが戻ってきてくれました……」(ぱちぱちぱちぱち……)
すでに席についている小柄な少女の、艶やかな髪に輝く天使の輪を見ながら、廣川満里奈は、
……べ、別にこの子の事を忘れていた訳ではないのよ…。確かに元々存在感が希薄で、春に転校してきた当初も、顔と名前を憶えるのに一週間かかったけど……。
……なんなら五十嵐さんの不登校に気付くのにも二週間かかったのは誰にも内緒よ。そんなことがバレたら私、教師をクビね…。と考えていた。
他の生徒達もポカンとした顔で、学校に戻ってきた五十嵐葉南のことを見つめている。
「不登校の子がいるのは知ってたけど…あんな可愛い女の子だったっけ?」と今日もバッチリ白装束でキメた三浦詩が、隣に座るおかっぱグラマー女子、近藤夢子に囁いた。
夢子は「…まあ、可愛いと言ったって…あんな痩せっぽっちじゃ、正直、男だか女だか分かりゃしないわ。」と、机に乗せた腕でお無念を支えながら言う。
詩が「まあ、アナタは特殊なのよ……。太ることを気にしないから…」と言った。
「太る……?これは太っているのではないわ。グラマラスよ。アマテラスみたいなものよ。これだから最近の大和民族は……。私は日本神話に根差した国際基準を満たしたエロなの。小学生女子の狭い世界にとらわれていると、大局観を見失うわよ?で、言わせてもらうけど、あなたももっと太らなきゃダメよ。」
「わかったわかった。アナタが2組のお局様ってことで異論はないわ…。」詩はそう言うと黒板の方を向いた。
ざわめく教室を見渡しながら、廣川満里奈は無表情で考え事をしていた。
……あーあ、みんな勝手にペチャクチャと喋っちゃって……。これが噂に聞く学級崩壊というやつね。まあ、あと2ヶ月で卒業ですし?崩壊したいのならしたって私は一向に構いませんが??まあ、だいたい子供なんて、みんなおんなじような顔してるし、教師である私がゲシュタルト崩壊を起こしても誰も責められないわ……。1人くらい居なくなっても誰が気付くと言うのよ。
「……はい、皆さん?少し静かにしてくださいね?五十嵐さん?先生はね、あなたが戻ってきてくれて嬉しいわ!あと、そこにいるのは向井蓮君よ。最近、転生してきたのよね。向井君?え~っと、異世界からでしたっけ?それとも過去をやり直す系でしたっけ?」
「あ、はい。過去をやり直す系です。」と、憂いを帯びた耽美系美少年、向井蓮が五十嵐葉南の方を見ながら言った。
蓮は目を細め、……あの子……、一周目では男の子じゃなかったっけ……?いや、女の子だったかな??印象が薄過ぎてよく覚えていないな……。そもそも登校拒否してたっけ?まあ、重要な子じゃなさそうだし、どっちでもいいか。……いやいや、不確定要素はなるべく少ないに越したことはない。一周目との違い、小さな違和感には気を付けておかないと……。えーっと女の子だよな?どこからどう見ても。
前髪に隠れた目。肩まである後ろ髪には緑のインナーカラー。細いあご。静脈の浮き出た白いこめかみ。狭い肩幅……。小柄だけど、背すじがピンとしているせいで、背が低くは見えない。一瞬どこかのお嬢様学校の制服にも見えたが、ガールスカウトのユニフォームにも見える不思議な佇まい……。年のわりにまだ幼く見えるけど、男の子に見間違えようはないな。内気な女の子そのものだ。
蓮の視線の先が、葉南から動かないのを見て、カーリーヘアの押しかけ妻、赤穂時雨が、窓際の一番後ろの席で手を挙げてプンプンと怒りながら「先生!五十嵐さんが戻ってきたことで、社会科見学のバスの座席順、もう一度やり直しませんか?!」と言った。
その言葉を聞いた向井蓮が「ちょ、ちょっと、赤穂さん?!」と声を上げる。
「あら、そうね……。」と廣川先生は、顔色が綺麗に映えるブラウン系コーラルのチークを塗った頬に、手をあてがいながら言った。
いやいや、それは困るんですけど!!…と蓮が焦った様子で時雨の顔を見る。…だってこれは一周目と同じルートだし!
睦美ちゃんと僕が隣の席になるのは歴史の必然なんだ!
……そしてこれが僕と睦美ちゃんの重要なファーストコンタクトになるんだから!!変えられちゃ困る!!
「さんせーい!」「さんせーい!」と三浦詩と設楽居睦美が手を挙げる。
「あら、あなた達が私と意見が合うのも珍しいわね」と時雨が言った。「じゃあ設楽居さん?向井君の隣は私に譲りなさい!」
「あの……先生…」「あら、五十嵐さん、なあに?どうぞ?」と廣川先生が促す。
「あの、ボク、補助席で構いません……。」
「いいの?」「はい……」
て、この子一人称ボクなの??メンドクサイ……
「と、いうことで授業を始めます。さ、教科書の87ページを開いてください。社会科見学で行く国会議事堂について……今日から詳しく学んでいきます。」
「「え~~」」と時雨と睦美、詩が不満の声を上げたが、廣川満里奈はそれを無視した。
***************
休み時間になると、五十嵐葉南の姿は何処かへ消えていた。
先生から、バスの席の勝手なシャッフルは禁止だと言われた設楽居睦美は、ぶーたれながら、校舎の外にある仮設乙女淹れに向かっていった。
パステルカラーの双子、2台の乙女淹れは、両方とも和風だ。小さい頃児童館で遊んだプラスチックの滑り台や、足漕ぎのブーブーと同じような材質の扉や壁面を、
睦美は幼い頃に戻ったような楽しい気持ちで見つめていた。
……ほんと、かぁわいい♡
内装もまるでオモチャみたいで、お人形さんになった気分でご用事を足せる。…私、この乙女淹れ気に入ったわあ……。
「あの、設楽居さん。」
「はい??」と睦美は若干飛び上がってから後ろを振り向いた。
「驚かせてゴメンナサイ。」と言って上目遣いでこちらを見つめる五十嵐葉南と目が合う。
「ちょ、ちょっと待って。話があるなら乙女ションの後で。」
そう言うと睦美は急いで左の仮設音入れに入っていってしまった。
葉南は、しばらく中でごそごそという音を聞いていたが、何かを決心して、自分も右の仮設音入れに入っていった。
そして内側から施錠すると「設楽居さん?聞こえますか?」と声をかける。
「………」(ごそごそ)
「少しお話してもいいでしょうか?」
「………。」
「この音入れ、色が可愛いですね」
「………。」
「あの、設楽居さん?つかぬことをお聞きしますが……あなたにお兄様はいらっしゃいますか?」
「………。」
「ボク、きょうだいが居ないものですから…興味があって………………。」
「ちょっとアナタ?!なによ、さっきから??なんで聞き耳立ててるのよ??で、出来ないじゃない?!」と、隣からくぐもった睦美の声が返ってきた。
…………。
………。
……。
「わかったわよ!負けたわよ!答えてあげる!兄はいるわ!これで満足??それ、今ここで聞いてどーすんの?!」睦美は自分の外装パーツを90パーセント解除した姿で、残りの10パーセントを仮設備の床に設置させ、苦しそうに我慢していた。
「聞き耳立てんのやめてくれない??」
「あと一つ、聞かせてください。」
睦美は、体を変な風によじりながら、「……な、なによ……ハヤク……」と言った。
「この質問が終わったらもう出ますので。」
「だ、だからハヤク……こっちもデるわ…」
「設楽居さんのお兄さん…、」葉南は忍者の教育で学んだ拷問術のセオリーに従って、ゆぅっくり…と…言葉を発していった。
「…おいくつですか?…何年生でしょうか?」
「おひゃ……な、何年生?中2よ、中2!ほら、もう出てって!!」
「あ、あともう一つ!」
「な、なによ??さっき最後って言わなかった?」
「本当にこれが最後です。」
「う……にゃ、にゃに……もうな、なんでもいいわ……は、ハやクシて………」睦美は形勢を変える為に、一旦立ち上がって、……震えながら両方の拳を壁に押し付けていた。目に涙が滲んで、額には脂汗が浮かんでいる。
そのまま脚を交差して、唇を噛む。
「………。お兄さんは、呆痴彼女というアプリを下ろしていませんか?」
「お、下ろしてないわよ……。そ、そんな変態アプリ……お兄ちゃんがオろシてるわけなイでしョ……」
「はあ、そうですか。本当ですか?誓えますか?」
「な、なんなのよ、アンタ!?それを聞いてどーすんのよ?!お兄ちゃんはね!学年トップの秀才なンダからね!!それも私立の進学校よ?そ、そんな弱シャ男性が遊ぶような変態アプリ……し、し、知ってるわけナいデしょ!!」
「JAXA男性なら…相当の強者で勝ち組なのではないですか?設楽居さんのお兄さんはとても頭がいいんですね?お名前はなんと…」
「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ…………」
隣の個室からびちゃびちゃと水の跳ねる音が聞こえ、五十嵐葉南は黙って個室を後にした。
……ふむ。あの必死な様子だと、設楽居さんは呆痴彼女について知っている可能性が高いわね。朝、彼女の家の前で張れば、…秀才のお兄さんも確認できそうね。よし。ネルネ様に報告しましょう。次に何をすれば良いかはネルネ様の指示を待つとして……。それにしても6年2組…あの美少年は危険だとネルネ様も言っていたし、気を引き締めていきましょう…。
と、葉南は予鈴の鳴り響く渡り廊下を静かに歩き去っていくのだった。
***************
その後は誰も五十嵐葉南を見掛けたような気がしなかった。
だが誰も敢えて口には出さず、先生も余り気にしている様子ではなかった。
…きっとあの子はあれね……。まあ、放課後に、多道部の先生に相談しておきましょう。あの先生、師範の資格も持ってるし、あわよくば五十嵐さんを押し付けられないかしら……。
設楽居睦美が靴下を履いていないことに気付いた廣川満里奈は、……子供は風の子!…と、頭の片隅で思い、……あーあ。インフルエンザで学級閉鎖しないかしら……と心の底から溜め息を吐くのだった。
『int-erro-gation』




