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ヰ44 忍者の里


「たのも~」


穏やかな日曜日の昼下がり。

閑静な住宅街に位置する小さな道場の外で、軽やかな鈴が鳴るような、耳に心地の良い声が響いた。


「は~い。」


気立ての良さそうな快活な女性の声が返される。


「どちら様ですか~?」そう言いながら女性はエプロンで手を拭き、新鮮な野菜のような匂いを漂わせて、道場横の井戸を廻って外に出てきた。


「…あら、えーっと、あなた?……ひょっとして……葉南(はなん)のお友達?星明小の子?」

「え?せ、星明小ですが……。葉南(はなん)さんとは、どなたでしょうか……。そ、それにこの辺りは星明小の校区外では……。」

「あら、そう?まあ、どのみちあの子はうちに帰ってないの。長いこと音信不通よ。

…葉南にご用じゃないとしたら、どんなご用事?」と若い奥さんが言う。


「え、その、ここに忍者道場があると聞いて……。」と、三つ編みに眼鏡、黒マスクにパーカー、といった出で立ちの少女が人目を気にするように言った。


「よく、うちを見つけられたわね?どこにも出してないのに……。」

「はい。それがG○○gle Mapで調べていたら…戸成町のとある一角をヘビースモーカーズフォレストが覆っていたもので……、流石に怪しいと思い、見つけることが出来ました。」

「ありゃりゃ……。逆に裏目に出たか……」と言って奥さんは頭をげんこつでゴッチンコして、片目を(つむ)って舌を出した。


「でもね、お嬢さん?せっかく来てくれて悪いんだけど……、うちはもうやってないの。」「え?そうなんですか?」

「そうよ~。お爺ちゃんはもう亡くなったし、旦那は服役中。うちの子は行方不明。忍者なんてロクなもんじゃないわよ~。」


「わ、(わたくし)、星明第二小学校、6年3組組、出席番号2番、飛鳥(あすか)めいずと申します。表札を拝見させていただいた感じ、五十嵐(いがらし)さんとおっしゃるんですよね?……初めまして。

で、では、忍者教室はもうおやめになってしまわれたんですね……残念です。あの……これ、つまらないものですが……召し上がってください。」

と言って飛鳥めいずは、有名和菓子店の紙袋を差し出した。


「あら、これ、葉南(はなん)が好きなやつ……。お爺ちゃんの仏壇に供えておきましょう。きっとあの子、戻ってきてくれたら食べるわ…。」と奥さんが言う。

その言葉を聞いためいずが、「葉南さんは、いつからいらっしゃらないんですか?」と、沈痛な面持ちで尋ねた。

「ん?今朝からよ。夜までには帰ってくると思うわ。」

「それは、音信不通とは言わないのでは……。」

「アハハ、……えーっと、飛鳥さん?とお呼びして宜しいですか?お菓子も持ってきてくださったことですし、あなた、折角だから上がっていきなさい?お茶をお出しするわ。……あと、忍者に対して変な夢を持っていても困るから……、きちんと説明してあげるわね?ほら、どうぞ、玄関へ廻ってくださいな。」

奥さんはエプロンをほどいて、腕の中に畳むと、羊羮(ようかん)の袋を持って先に歩き出す。

「あ、ありがとうございます。」と、めいずは気持ち早足で、彼女の後をついていった。


通されたのは、道場ではなく、小さな応接室だった。

ソファの背もたれにはレースのカバーが掛けられていて、膝までの高さしかないガラス板のテーブルには、

やはり分厚いガラスで出来たお皿が置いてあった。よく見ると、器に作られた溝に焦げたような跡がついている。

しばらく膝を合わせためいずが静かに待っていると、

五十嵐さんの奥さんが、可愛いクリーム色のお盆に紅茶と、切り分けた羊羮を乗せて入ってきた。

めいずが立ち上がる。


「あら、いいのよ、座ってらして。」と奥さんが言う。

めいずは座りながら、応接室の棚に飾られた、タラコ唇の黒い人間を型どった花瓶のような置物と目があった。壁にはモルフォ蝶の羽で作った鳥の絵が飾ってある。

「さて、飛鳥さん?」と紅茶を注ぎ終わった奥さんが微笑みながら言う。


「いきなり夢を壊すようで悪いけど、忍者の現実はアナタのような可愛い女の子には耐えられないかもしれないわよ?」

「か、可愛いとはどういうことでしょうか…?」

「そのアナタの変装術、普通の人は騙せても、私みたいな人間を(あざむ)くのは無理ねえ。アナタ、ひょっとして芸能人かなにか?……お忍びなのかしら、……まあ、いいわ。先に言うわね。」

と、奥さんは言うと、羊羮を一切れ口に放り込んだ。

「もぎゅもぎゅ。美味しいわあ。ありがとうね。葉南(はなん)~、早く帰ってこないと全部たべちゃうからね?

あ、でね、忍びが本当に生業(なりわい)にしていることってね……」と言って、奥さんはめいずの顔を見つめ一瞬迷った後、諦めたように笑いながらこう言った。


「忍者が隠密で行動する目的は一つ。盗殺(とうさう)盗蝶(とうちょう)。つまり、女blowか乙女淹れを観察する為ね?分かるでしょ?」


「は?い?」


「勿論私はやってないわ。……でも旦那のお母さん、つまりお婆ちゃんはくノ一だったから、相当手伝っていたらしいわね。あ、ちなみにそれを知って旦那とお爺ちゃんを密告したのは私ね。殺されそうになったけど、なんとか戦い抜いたわ。


…旦那は女装が得意だったからねえ。私の手を借りずとも任務が果たせたんでしょうよ……虫酸が走るわ……。


2人は葉南(はなん)にも忍者の技術を伝えていたんだけどね……。あの子が本当の忍びの道に染まる前に、旦那とお爺ちゃんを投獄出来て、ホント良かったわあ。あ、お爺ちゃんは獄中死したわ。お婆ちゃんはもっと前に亡くなっていたし。あの人……同じ女性を裏切る最低な女だったわ……あんな優しくて上品な方だったのに……。忍者ってホント恐ろしい。」


…そこでめいずが恐る恐る口を挟む。「お、奥様も……忍びの教育は受けられたんですか……その、いわゆる、木の葉がくれ!とか、しゅ、手裏剣とか……。」


「ウフフ、映画の見過ぎよ……。まあ、さんざんお化粧は習ったかしら。あと、私は替え玉受験要員として『学歴を重視した嫁』だったみたいなの…。まあ、勿論やらなかったけどね!旦那も、私を忍びの道に引き込むのは途中から諦めていたようね。」と奥さんがテーブルの上の分厚いガラスの皿を指で触り、それを使って旦那の頭をかち割ろうかと思った日のことを思い返していた。


「お、奥様?その、密告して…よく旦那様に…勝てましたね……。」とめいずは、紅茶カップを摘まもうと思った手を、やはりやめ、膝の上に戻した。

「ああ、旦那がね、『側溝に隠れて歩く人を観察する忍術』を練習している時、上からセメントを流し込んでやったわ。」


「そ、その失礼ですが……ご結婚は破綻…されなかったのでしょうか…」

と言っためいずの頭の片隅にチラッと許嫁の顔が浮かび……男の人ってコワイ……と(かす)かに考えてしまった。


葉南(はなん)はね。……お父さんのこと、大好きだったのよ。……あの子はお父さんを牢屋にぶち込んだ私を許してはくれないわ……親が犯罪者ってことで、学校もお隣の町に転校させたけど、すぐに登校拒否になっちゃうし…」と五十嵐の奥さんが言った。


「分かった?これが忍者の現実。でも安心して。今はクリーンなものよ。なんなら私、盗聴と盗撮を見破るセキュリティ会社をやっているんだからね。お爺ちゃんの代から積み重ねられてきた秘伝の書。全て反面教室として有効活用させてもらってるわ!!


…ちなみに、スマホのシャッター音を消せなくする機能、あれ考えたの私だから。」

「そ、そうなんですか?」とめいずが驚いて言う。「なんでまた?あれ、日本に来て一番驚きました。中国ではそんな機能はありませんでしたから……。」


「あれはね、盗撮防止の為よ。あの機能のおかげで20万人以上の女性が救われたという研究結果も出ているわ。」「それは良いことをしましたね。」「ありがとう。今のは冗談よ……さ、紅茶はすっかり冷めてしまったみたいだけど、入れ直してあげましょうか?」「いいえ、このままで結構です。ありがとうございます。」めいずはそう言いながら、……今の本当に冗談?この人おいくつ?お化粧のせいで分からなかったけど、意外に歳がいっているのかも……もしや60くらい……?葉南さんは、おいくつの時のお子さん??と考えていた。


めいずが、竹で出来た小さな串で羊羮を刺そうとした時、


……応接室の扉が静かに開いて、……小柄な少女が遠慮がちに入ってきた。



「お母さん、ただいま。」


「あら?!葉南(はなん)??あなた、本当に羊羮につられて帰ってきたの??」と五十嵐(いがらし)の奥さんが立ち上がりながら言う。


「その人は誰?」と葉南が、めいずの方を見ながら言った。

「あなた、その服どうしたの?可愛いわね。制服みたいで、とっても女の子らしいわ(▪▪▪▪▪▪▪)。前に会った時は男の子の格好だったし、しばらくそっちでいくのかと思ってたけど。」

葉南がジャケットのひらひらした裾を指でつまみ、「似合ってるかな?」と頬を赤くしながら言った。「知り合いのお姉さんが作ってくれたんだ。でね、お母さん。ボク、明日から学校に行くよ!」


「それはまた急ね……。まあ、でもお母さん嬉しいわ。あ、丁度いいわ。この方は星明第二小学校6年3組の飛鳥(あすか)めいずさんよ。あれ、葉南?あなたは何組でしたっけ?」奥さんは嬉しそうに、葉南の分の羊羮(ようかん)を切り分けながら言う。


「ボクは2組だよ。初めまして。えーっと…、ボクは出席番号3番……で良かったかな?い、五十嵐(いがらし)葉南(はなん)です。」


めいずは本物の忍者と握手をした。


……ボクっ子なんですね…。


「あの、葉南さん。」「はい、なんでしょう。」

「今度、宜しければ変装などお教えいただけないでしょうか。」


葉南が、母親の顔色を窺うようにちらっと振り返る。

「まあ、いいんじゃないかしら。あなたも戻ってきてくれたことですし、少しくらい忍者の技術を平和利用したって……」

葉南は何故かすまなそうな顔をして、「お母さん、ボクは……」と言いかけたが、

五十嵐の奥さんは「いいの、いいの…今はいいの。今は久し振りに家族の気分を味あわせて……」と微笑んだ。


葉南(はなん)は「じゃあ、飛鳥さん?ボクの学校復帰が落ち着いたら、今度変装術を教えて差し上げます。それだけお綺麗だと、さぞかし日常生活も大変でしょうから。…羊羮(ようかん)の御礼です。任せてください。」と、言いながら黒い固まりの最後の一切れを食べ終え、「じゃ、お母さん、また明日」と言うなり、

保護色のようにその場で消えていった。

『The Birthplace of Ninja』

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