ヰ41 ぶらり街散歩
ん?この投稿……。
コーンポタージュ缶が冷え冷えって……。
アハハ、面白いなこの子。
ジャガーはネルネから借りた愛・不穏から、赤穂時雨のメ(旧ツイスター)を確認していた。
この自販機の画像……、何か映り込んでないかな。よし!拡大してみよう。
………。
……ビンゴ!!
電柱に表示された住所を発見!
おや、よく見ると一緒にいる美少年も映ってんじゃん。
「ネルネ~!見つけたぞ~!転生タイムトラベラーボーイもいたぞ~」
「あら、早かったわね。よくやったわ。」と、ネルネが片足をひょこひょこと引き摺りながら、サスマタを松葉杖にしてやってくる。
「で?これからどうすればいい?」とジャガーが聞く。
「……おジャガ……何でもかんでも人の指示を待っていたら、自分の頭で考えられなくなるわよ?……それともこれは貴方なりの責任転化なの?…命令されたからやりましたって言いたいの?」
「てか、ネルネ……。なんか俺達が悪いことでもしているような言い方だな……。」
「おジャガ?」「なんだよ?」
「今回の相手は、転生者よ。相手には、これから何が起こるかを知っている、という大きなアドバンテージがあるの。すでに奴は多くの歴史改変を行っている可能性もあるわ。下手に動けば、私達の未来を封殺される可能性すらある。彼と対峙するなら、それ相応の覚悟を持っておかないとね。」
「そこまでして、救世主を探す必要があるのか?」とジャガーが若干怯えながら言う。「あの美少年、そんな怖い奴なのか?……だったら、おつうを派遣した方がよくない?」
「う~ん。まあ、でも、この前会った時、あの転生タイムトラベラーが言ってた感じだと、彼も豊子キッズに関わるのは今回が初めてみたいなのよね。」とネルネが言う。「あっちはあっちで不確定要素をいっぱい持ってそうだから、そんなに怯えることはないのかも。……気になるのは、彼が豊子キッズに救世主が合流することを回避しようとしている、ということかしら?何かまだ私達の知らない理由がありそうね。まあ、今回は救世主に繋がる情報だけをうまく探ってきてくれればいいわ。で、なるべくあの美少年とは接触しないこと。一応気を付けるに越したことはないからね。」
ジャガーは、7種のパワーストーンをかき集めて作った、退魔ブレスレット(真)を腕にはめ、「分かった。……ホントはネルネ、お前が完全体なら心強いのにな。磁力で魔力は集められたか?」と聞いた。
「まだみたいね。あ、ただ肩凝りは治ったわ。」
「……そっか。じゃ、俺、行ってくるよ。電車で1本みたいだし。なんかあったらluinするな。」
「いってらっしゃい。いい報せを待ってるわ。」
ネルネはおざなりな様子で手を振り、歴史の参考書に目を落とした。……こっちの世界の歴史は興味深いわね。国も沢山あって複雑だし、なんなら言語も山ほどあって面白いわ。剣と魔法の世界は、何故か単一言語だったのよね……。何処行っても言葉が通じるし…。世界共通通貨だし。呪文体系は複雑だったけど、日本語に比べれば習得は容易だったわ……。と、考え、…でも自分が学ぶのと、人に教えるのとでは雲泥の差があるのよね。やはり救世主の出現が待たれるわ。…と静かに瞑想し、おジャガには隠していたポテチを咥えるのだった。
**************
新宿から快速電車に乗り込み、豊子キッズ、ジャガーは流れるビルと住宅街の景色をしばらく眺めていた。
黒の革ジャンを着た金髪の少年は、敢えて椅子には座らず、吊革に掴まりながら、やがて片手に参考書を持ってページの文字を目で追い始めた。
左手にはめた退魔数珠ブレスレット。耳と唇に開けたピアス。ニキビだらけの顔をしかめ、やがて参考書を閉じる。
ん~、やっぱ難しいなあ、中学数学。ネルネの教え方だといまいちよくワカラナイんだよな……。あいつの教え方は直感的というか、抽象的というか……。その場では分かったつもりになっても、後で自分一人でやろうとすると、さっぱり分からなくなっているんだよ。これは、俺の頭が悪いだけではない気がするんだよな……。
……ネルネの言う救世主が本当にうちに来てくれたとしたら……、豊子キッズの学習指導要領は劇的に変化するのだろうか?もしや俺も神学校に行けるようになる??
……まさか、そこまでではないだろうけど、
……ネルネの様子を見てると、なんかちょっと期待しちゃうよな。よおし!この遠征、いっちょ頑張ってみるか!
と、ジャガーは考え、危うく乗り過ごしそうになった郊外の駅に慌てて降り立っていた。
さて、とっと。
ジャガーは自分の目立つ脱色金髪に茶色いパナマ帽を被り、お洒落ボーイを気取って駅前を歩き出した。
お、あった、あった。このホテルに入ってるフルーツジュースの店、超健康志向らしいんだよな。
……ようやく最近、味覚が戻ってきたけど、引き続きオーガニックな食生活を心掛ける俺としては……ここはかなり気になっていたんだ。
ジャガーは、お尻のポケットから長財布を出し、軍資金として持たされていた現金を確認すると……『現金は買い物記録が残らないから、今回のような秘密任務には最適なのよ。』と言うネルネの言葉を思い出していた。電車も切符を買った。…俺、切符ってものを初めて見たよ。記念に持って帰りたかったけど、改札機に吸い込まれてしまった……。
「いらっしゃいませー」
ジャガーは少し赤面しながら、プリザーブドフラワーに囲まれたフルーツドリンクショップの店内を、キョロキョロとしながら横断していった。
丸い座面の小さな椅子に座ると、自然と背すじが伸びるように設計されていることに気付く。
ジャガーは、前持って決めていた、今一番話題のザクロジュースを頼み、もうすでに健康になったつもりで、清々しい顔をして参考書を開いた。
数分後、雪の結晶の形をしたコースターに乗せられたジュースがテーブルに置かれる。
ジャガーは早速、愛・不穏のカメラで全体を撮影し、自分のインスタントぐらしに上げた。
ブブブ……と電話が入る。
「よお、ネルネ?見た?……あ、うん、ゴメン。……飲み終わったらすぐ出るから……え?後でお金を返せって……あ、はい、分かった……じゃまた…。」
ジャガーは、自腹で飲むことになった高級ザクロジュースを、ゆっくりと一口一口味わうようにして、出来るだけ時間をかけて飲み切った。
……ゲプ。
結構、お腹いっぱいになるもんだな。
よし。エネルギーも充電出来たことだし、そろそろアコウシグレちゃんと、多分そのクラスメイトのムツミちゃんとかいう子を探しにいくか。
……あと、その前に御手洗いに行っておこう。
ここのは評判高いからな。伝統と革新が混ざり合う、奥深い拝節体験が出来るということだから……。ありがたや、ありがたや…。ナンマイダブ……。
**************
スッキリとした顔でジャガーは駅前の大きな階段を下っていた。
スマホの画面を見つめ、周辺の小学校を再確認する。
そろそろ下校時刻になるはずだ。
あの電柱の住所から予想するに、この星明第二小学校の通学路だな。自販機……自販機……、お、あったぞ。
よし、記念に俺もコーンポタージュを買ってみよう……。
ガタン☆
うひょっ、ちべたい!!マジで冷たいぞこれ。……念のため俺も写真を撮っておこう。この自販機、バズる気がする……。ジャガーはコーンポタージュ缶で顔を隠して自撮りをする。
……アコウシグレちゃんの顔は覚えているけど、話しかけるのも妙だしな。
どうしたものか。
ジャガーは、自販機の見える近くの公園に移動し、冷たいベンチに腰掛けると、
ひとまずランドセルを背負った子供達がここを通りかかるのを待ち伏せしてみることにした。
お~さむ。
ジャガーは手のひらを擦り合わせ、鈍器法廷で買いだめしていたカイロを手の中でもみくちゃにした。
まだ誰も通りかからないようなので、鞄から問題集を出し、黙読を始める。
やがて蛍光ペンを取り出し、要点にチェックを付けていく。
筆入れから細い付箋を探し出し、分からない箇所に印を貼る。
……てか分からないとこだらけだな。
ページの端からビロンビロンに飛び出した蛍光色の毛を揺らして、ジャガーは…毛虫みたいだな、これ。と苦笑いをしていた。
「やあ、熱心だね。」
と急に声がかかる。
ジャガーがハッとして警戒しながらベンチから立ち上がると、
「あ、ゴメン。驚かせた?」と言って、見知らぬ同い年くらいの少年が頭を掻いてこちらを見ていた。
「な、なんの用だ?」とジャガーが彼を睨み付ける。
「いやあ、人が来るのを待っててさ。なんか暇だな、って思ってたら、…丁度その問題集を見てる君がいたからさ……。思わず声をかけちゃったんだよ。」
「お、お前は陽キャか??見知らぬ人間に、き、気軽に声をかけんなよ?」とジャガーは声を低く凄んでみせたが、自分の耳が赤いのを痛いほど意識していた。
「まあ、陽キャといえば陽キャかな?でも、俺、基本、勉強好きのネクラだから。ほら、君のそれ、帝国出発の『闇の厨二数学・封印編』だろ?まだ出たばかりなのにもう買ったんだ?それの前作、『思念編』が結構本格的で面白かったからさ。思わず同志かと思って話しかけちゃったよ。」とスポーツマン風のキラキラとしたイケメン少年が白い歯を見せながら言った。
黙ってこちらを睨む革ジャンの少年を見て、彼は「なんだか付箋をいっぱい付けているようだけど……、見せてもらっていい?」と言う。
ジャガーはしばらく迷った挙げ句、「ちょっとだけだぞ?……俺だってまだ全部読んでないんだから」と言って問題集を差し出した。
日焼けした少年は受け取った問題集をパラパラと捲り、「なるほどね…」と呟いた。「この進級間近のタイミングで中2数学の新刊の問題集が出るのは何故かと思ったけど……そういうことか。中2で習うほぼすべての単元は、高校入試で必ず出るからね。高校入試数学の三大重要単元、「1次関数」「連立方程式」「図形の証明」。これらを3年生になる前に総括出来る内容になっているのか……。よく考えられているな。」
「お、お前、数学に詳しいのか?」とジャガーが恐る恐る尋ねる。
「あ?うん、数学は比較的得意かな?物理とかも好きだよ。」
「お、お前、ひょっとして人に教えたりするの好きなタイプか?」
「え?分かる?おせっかいな気もするけど、人が何かにつまずいていると教えたくなっちゃうタイプなんだあ。あ、ちなみにどっか分かんないとこある?俺で良ければ教えよっか?」
「そ、それじゃ……」とジャガーが言いかけた時、
「カイト~~~」と、向こうからブンブン手を振りながら、漆黒のポニーテールを左右に揺らして、爽やかな少女が走ってくる。
セ、セーラー服!!ナンバーツーのコスプレ以外で初めて見た!リアルセーラーだ!本物の船乗りだ!!
ジャガーは唖然として、ぽかあんと口を開けていた。
「お、悪い悪い。待ち合わせの相手が来たみたいだ。君、金髪だけど、どこの学校?じゃ、お互い勉強、頑張ろうな!」と言って、問題集をジャガーの手に戻した。
「カイト?その人誰?お友達?」「いや、初めて会った。」「ねえ、カイト?分かんないとこあるんだけど…ファッチンでポテト食べながら勉強しない?」「ああ、いいけど。でも前みたいにミルセーキばっかり飲んでちゃダメだぞ?あれは基本飲むものじゃないからな……」「ミルセーキは飲み物ですぅ~」「あれはソフトクリームの一種だろ?」「もう、カイトは変なところお堅いんだから!」(つんつん…)
リ、リア充……陽キャ……カ、カップルでベンキョウだと……眩しい、眩し過ぎる……。
ジャガーは目がくらみ、ベンチから立ち上がれずにいた。
その向こうを、何か楽しそうに話しながら、向井蓮と赤穂時雨が通り過ぎていった。
『Stroll around the city』




