ヰ39 格差社会
「ちょっと待って??」と赤穂時雨は急に空中に向かって叫んだ。
「飛鳥めいずって、あの飛鳥めいず?!」
「どの飛鳥めいず?赤穂さんはあいつのこと知ってるの?」と巻き毛の微笑年、向井蓮が聞いてくる。
「いや、そんなまさか……。同姓同名の人違いよね……。あの子はあんな地味ではなかった。」「いや、赤穂さん、飛鳥めいずは全然地味ではないよ。派手中の派手だ。金髪ヤンキーギャルの中華系韓流アイドルだ。」
「ええ?!じゃ、じゃあ私がスイミングジムで会った、あの超絶美少女と同じ子なの??目立たない方の双子とかでもなく??」と時雨が蓮のチューリップ袖を引っ張る。
「……いや、双子で同じ名前はおかしいでしょ。…あと伸びるから袖を引っ張るのやめてね……」
時雨はガ、ガ~ンと白目を剥いて後ろに仰け反ったが、「で、でも、向井君はあの女のこと嫌いなんでしょ??」と戻ってきて言った。
「ああ、嫌いだよ。」「……でもちょっと待って……。向井君は、あの地味なアンドロイド、設楽居さんのことを追いかけて転校してきたのよね?」「うん、そうだよ。」
「じゃあ、なんで設楽居さんに話しかけないのよ??」「……いや、それはまだ、時期ではないから……」
「向井君はプレイボーイなんだろうけどさ……ちょっと趣味を疑うわ……。あの絶世の美少女を振ったり、モブっぽいアンドロイドを追い掛けたり……。まあ、私を選んだのは……なかなか趣味がいいわ。そこは褒めてあげよっかな?クスッ」
そう言うと時雨は悪戯そうにウィンクをした。
「向井君?」「ん?なんだい?」
「私、ライバルが多いのは分かってる……。でもね?バレンタインまでには決着を付けるつもりよ……。卒業までに浮気なアナタの心をゲットします!!…あの子の○カートの中までゲットだぜいえいえいえ~~……。」
「その歌、2週目の世界でもコンプラ違反になってないんだ……。」と蓮は呟き、……まあ、僕がモテモテなのはいつものこと……。でも、今の時点でこの子は、あの危険な豊子キッズとの唯一の繋がりなんだ……。彼らの動向を察知する為にも側に置いておいた方がいいよな。
にしても、ホントにこんな子、1週目にいたかな……。
…………。
…前回は存在していなかったこの子が、意外に物語の鍵を握っていたりして………。
と、蓮は考え、……まさかね。と微笑み、それを見た時雨は、頬を染めて笑い返すのだった。
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「で?地味道って、どういうことよ。」と、設楽居睦美が、言葉の端に怒りを滲ませながら言った。
「はい。地味道とは、目立たず、騒がず、日陰者として生き、現代社会の美至上主義に反発して、本当の生を生きる道でございます。」と飛鳥めいずが、きっぱりとした口調で言った。
「……それは分かったわ……。で、なんでそれを私に聞こうと思うのよ?」
こめかみに丼マークを浮き立たせながら、睦美は腕を胸の前で組んで、めいずを睨み付けた。
「設楽居さんは適任ですよね?……その地味さによって向井様の寵愛を受けていらっしゃるようですし……。」
「地味、地味って、なんかおかしくない??しじみというより、私はハマグリよ!まあ、あなたは真珠の入ったアコヤガイなんでしょうけど?……ちょっと失礼よ、めいずちゃん?そりゃ、確かに?あなたに比べれば他は霞むのかもしんないけど?……私は断じて地味ではないわ!証人を連れてくるから、待ってなさい!!」と睦美は大声で言い残すと、ふんふん!と鼻息荒く、めいずの側を離れていった。
……数分後、
睦美が、クラスメイトの、白装束ムームー少女、三浦詩の手を引いて戻ってくる。
「なあに、むつみ?もう、強引なんだから……」と嬉しそうに詩が引き摺られてくると、彼女はめいずの顔を見て「あら、さっきは変態キダルト君と大変だったわね?忍者少女さん?」と言った。
「ウタ!この子に言ってやって!私がどんなにカワイイか!」「ええ?なあに、突然?ど、どうしたのよ……」と詩が顔を真っ赤にして言う。
「ええと、三浦さん?でよろしいでしょうか…。私も是非伺いたいです。」とめいずが頭を下げる。「設楽居さんが地味ではないとすると……私はロールモデルを改めて探さなければいけなくなります。ですので、設楽居さんがどう可愛いのか、是非お教えくださいませ!」
「いちいち、腹が立つわね……」と睦美が言った瞬間、
「……分かったわ。」と詩が、真ん中分けの長い前髪の間から、暗い瞳を光らせて前に進み出てきた。
「あなたが、どの立場から、うちの設楽居を品評しているのか知らないけど、……そういうことなら遠慮なくイカせてもらいます。覚悟はいい?」と詩が言った。
「いいぞ、ウタ!やっちゃえ、やっちゃえ!」と睦美が拳をグーにして空中をパンチする動きをする。
詩は、息を深く吸い込むと……、
「まず、上からいくわね。…設楽居のS・Fな髪型。その珍しい、襟足ポンポンヘアは、なんとセットしているのではなく天然なの!硬めの髪質が成せる技ね。そして狭いおでこ!丸い鼻!最後にチャームポイントのQP♡なクリクリの瞳!と薄い眉!」
「確かに設楽居さんは目は大きいですね。」「でしょ、でしょ?」と睦美が満足そうに頷く。
「……そしてふっくらピコちゃんホッペと、大きな口!……綺麗な歯は……只今工事中よ!」「ウタ?!」と睦美が大きな声を出す。
「ああ、ごめんなさい!今のは無し。飛鳥さん?今のところまででも、十分むつみの可愛さは伝わったでしょ?言うなれば、むつみはQPとピコちゃんを足して2で割った後、おせわだいすきメロちゃんに並べて通分した感じ。わかる?きゃあわいいでしょ??」
「もう、恥ずかしいわ!ウタ!私、そんなにカワイイ?」「もう、それは、それは!……そして、ぺったんこで概ねHey!turnな上半身!」「ウタ??ちょっと?!」
「QP迷涅衣図を地でいくボトル体型の卵肌。そして、少女の曼陀羅は……」「ちょっとウタ?!なに言ってるの!!ストップストップ!!」慌てて睦美が、詩の口を押さえる。
「興奮して鼻血が出そうだわ!」と詩は叫び、めいずは難しい顔をして、それをじっと聞いていた。
「……三浦さん、設楽居さん、良く分かりました。」「わ、分かってくれた??」と睦美が詩を押し退けながら言う。
「そうですね……お聞きした感じ、設楽居さんは『地味』というのではなく、
……垢抜けない…、または野暮ったい女の子で、その素朴なところが魅力であると……」「な……」
直球のあまり、睦美も詩も絶句してその場で固まってしまっていた。
「野生の少女って言うんでしょうかね?田舎っぽいのともまた違う、独特の草の臭いがしますね。」「ちょっと??言わせておけば!!」と睦美が粗暴な少女になろうと腕まくりをすると……、
「草の臭い!分かるわあ……」と詩が2人の間に割り込んできた。
「むつみは、まだ生の女児の臭いがするっていうか!兎に角可愛いのよ!ヤバい!これを言語化した人に初めて会ったわ!あなた!ノーへル賞取れるわよ!追突事故で即死級の偉業よ!」
「ウタ??あなたまで、私が臭いって、ど、どーいうことよ!!私は臭くない!匂いがあるとしたら、お花の香りよ!!そう、……カモミールの香りなんだから!」
「カモミール!いいえて妙だわ!白い花びらの中央にある黄色いおしべとめしべの集合体。まるでお夢中に咲いた至高の色!嗚呼、炉まんちっくだわ!!」
めいずが「ありがとうございました。とても参考になりました。」とお辞儀をして立ち去ろうとする。
「飛鳥さん、待って」と三浦詩がめいずを引き止める。
「あなたにいいことを教えてあげる。」
「はい。なんでしょうか?」
「あなたの忍びライフ……、さっき睦美と話しているのを聞いたけど…全て独学でやっているそうね?」
「はい。その通りです。」
「…戸成町に、忍者教室があるのはご存知?確か、80近いお爺さんが一人でやっていると聞いたことがあるわ。あまりに厳しいレッスンで今は会員が1人居るとか居ないとか……。怪しいと言えば怪しいけど……行ってみる価値はあるんじゃない?」
めいずは素早くスマホを出し、G○○gle Mapで検索を始めた。
「そのような情報は、どこにも出ていませんね……」と、めいずが落胆しながら言う。
「当然よ。忍者がネットに自分のとこの情報を載せるはずがないじゃない。……て、むつみはどこ?」
気付けば睦美はこの場から居なくなっていた。
「流石です。設楽居さん……。気配を消すことに関しては右に出るものが居ませんね…」
「まあ、いいわ。あなたが今後も忍び道のイバラの道を進むのなら……、さっきの話、考えてみてもいいんじゃないかしら?ところで、あなた、本当にあの転校生の許嫁なの?」「はい。その通りです。」「まさに戦国時代ね……聞いてもいい?政略結婚なの?」
「はい。政略結婚ですね。古い家ですので。」「あなたはそれでいいの?」
「……さあ。いいも悪いも、これは決まり事ですから。」「ふうん……。あの転校生、むつみを狙ってるみたいよ。」「そのようですね。」
「……気にならないの?」「気になりますが、睦美さんとは身分が違い過ぎますから。」「いったいあなたはどの時代を生きてるのよ。」と言って詩が溜め息をついた。
「私の母が申しますに、現代は、過去のいつの時代にも増して階級社会となっているようです。非正規雇用による賃金格差の問題、特に結婚などは格差が激しく、多くの大人は結婚したくても経済的に出来ないとのことです。また子供が生まれれば、教育機会の不平等の問題もございますし、
人々がインターネット上の情報を平等に得られる反面、覆せない格差が、より鮮明になり、新しい強固な階級社会を形成していっているとのことです。…なので私はまさに現代を生きていると考えております。」
「あなたが納得しているのなら、まあ、いいわ。」
「忍者教室の件、教えていただきありがとうございます。今度の日曜日にでも早速探してみます。」「頑張ってね。」
「はい。」と返事をした飛鳥めいずは、試しに足音を立てないように靴を軽く浮かせ、体重を乗せないように走り去っていった。
『social polarization』




