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ヰ35 カンパニーの刺客


「……これで大丈夫だと思うわ。」


ネルネの部屋から出てきた、無頼(ブライ)孔雀(クジャク)の助手兼美人ナースのメジ子が、

普段着のハイネックセーターに、細い金のネックレスを着けた姿で(つぶや)く。


「ありがとうございました。ところで無頼(ブライ)孔雀(クジャク)……先生は、来ないんですか?」と、豊子(とよこ)キッズ、ジャガーは、自分と同じ金髪の背の高い女性を見上げながら言った。


「ああ、先生はサイゲリアの安ワインを飲み過ぎて寝ているわ。」

メジ子はカタツムリのように渦を巻いた髪を、鏡の前で整え、ハンドバッグにしまっていた月の形をしたイヤリングをピンク色の耳たぶに着け直した。


「その……ネルネの様子はどうですか?」とジャガーが尋ねる。


「そうね。私は先生じゃないから、詳しいことは分からないけど……あの症状は……きっと催眠薬のオーバードーズね?違う?……アナタ達、危険な薬物に手を出していないでしょうね…?」


「…………。」


ジャガーは黙ったまま、しばらく考え込んでいた。


「市販薬でも、過剰に摂取すると危険なものは沢山あるわ。……(ひど)い時には幻覚、興奮状態、錯乱……一時的な万能感。そして思考力・判断力の低下。ちょっと前に、空を飛べると思った女の子が、ビルから飛び降りたりする事故もあったわ。……アナタ達、ホントに大丈夫?変な幻想や強迫観念に囚われたりしていない?おかしいと思ったら、うちの診療所にすぐに連絡をちょうだいね?」

メジ子はそう言うと「ネルネちゃんは今眠っているわ。……安静にしていれば、明日には目が覚めるでしょう。今日は泊まり込んであげるから心配しないで。」と優しく微笑んだ。


ジャガーは、ネルネの折れた白蛇の杖が、部屋の外に立て掛けてあるのを見て、

「……あれ、直せますか?」とポツリと(つぶや)いた。「あの杖、多分ネルネの大事なやつだと思います。」


「ん?あの松葉杖?……あそこまで真っ二つに折れてしまうと、修理するのは無理なんじゃないかしら。先生に言って新しいのを用意してもらうわ。」

「……そうですか…」とジャガーは言って「あの、メジ子さん?もう一つ相談があるんですが…」と頭をポリポリと掻くと「ちょっと一緒に来てもらえませんか?」と言った。


****************


金髪の少年に案内されて、メジ子がコンクリート壁の薄暗い廊下を進んでいくと、

突き当たりに、隙間から明かりの洩れる扉が見えてきた。


扉には『使用中。立入禁止』とプラスチックの(ふだ)が掛けてあり、内側からは何となく人の気配がした。


「……念のため…」とジャガーは身を隠すように、扉の丸窓を慎重に覗き込み、

教室の奥に、まだナンバーツーが手足を縛られて転がっているのを確認した。

「メジ子さん?実はうちにちょっと困った奴がいるんです。……前に空気ドロップの話をしてましたよね?もしかしたら、これ……倫護(りんご)カンパニー案件かもしれなくて…」

「やっぱりそうなのね……。もしそれが本当だとしたら、私の手には余るかも……。先生に報告した(ほう)がいいかしら。」

とメジ子は言って、自分の(あい)不穏(ふおん)を取り出した。が、すぐに思い直して「ここで愛・不穏の使用は危険かしら…。ジャガー君?アナタ、アンドロイドを持ってない?」と聞いた。


「いいえ。俺も愛・不穏です。」「そ。まあ一旦いいわ。で、この部屋の中に誰がいるの?」


「……多分、倫護カンパニーのスパイか何か……目的はよく分かりませんが、こいつは豊子(とよこ)キッズの内部に、深く入り込んでいました。あと、ネルネの健康チェックも秘密裏に(おこな)っていたようです。」とジャガーは言い「どうしたらいいと思います?」と聞いた。


ネジ子もゆっくりと扉の丸窓を覗き込み、教室の床に、手を後ろにして、足を一緒に縛られて横たわっている少女の姿を確認した。

「……あの格好……なに?」

「え?ああ、メイド風女子高生、バニーガールの包み揚げかと……。」「いや、それも気になるけど…なんで縛られてるの?」


「ナンバーツーは、…あ、奴の名は難波鶴子(なんば つるこ)っていうんですが、暗殺者かなんか知らないけど、めっちゃ強いんです。俺、さっき殺されかけました。」

「……そんな風には見えないけどね?」

「油断しないでください。多分、敵と認定されたら、躊躇なく殺しにきます。」「ふうん。」メジ子はジロジロとジャガーのことを見て、

「わかったわ。ちょっと私だけで話してみるから、アナタは外で待ってなさい。」と言った。

「大丈夫ですか?」

「じゃあ、なにかあったらすぐに飛び込んできて?まあ、大丈夫とは思うけど……。」

そう言うとメジ子は、金色の髪を耳の上に掻き上げ、扉を押すと一人で教室に入っていった。



「あなた、大丈夫?」と言ってメジ子が床に倒れた少女に近付いていく。

女子高生くらいの少女は、ゆっくりと体を動かし、苦労して上半身を斜めに立ち上げた。


「……貴女は、…どなたですか?」と鶴子がこちらを睨みながら言う。「…ネルネ様はどこですか?」


「え?あ、うん。ネルネちゃんはお部屋で眠っているわ。ちょっと疲れただけみたいね。心配しなくて大丈夫よ。」

鶴子の肩の力が抜けたのが、傍目にもわかる。

「私はこの先にある診療所の者なの。ネルネちゃんの主治医の先生の…助手をしているのよ。」

言い終わるとメジ子は、少女を縛った紐をほどこうと、片膝をついた。


「もしかしたら、それ、無頼(ブライ)孔雀(クジャク)先生……のことですか?」

「あら、知ってるの?裏稼業の割に、変に有名なのよね、うちの先生……。」


……鶴子は心の中で、……無頼(ブライ)孔雀(クジャク)。国内有数の惚けもんカードコレクターね。新宿ドロップインハウスの協力者であった時代から、資金源に不透明なところがあったと聞いている。……乃望楓(のぼう かえで)の娘、竹千代(たけちよ)と繋がっている可能性が高いと疑われていたが……今ようやくその証拠が掴めたわね…。


愛・不穏の転売が疑われるところには、必ず私達のようなエージェントが派遣される……。


メジ子が微笑みながら、鶴子の腕から縄跳びの紐をほどいていく。

「……あなた、大暴れしたようね?……ジャガー君が怯えていたわよ?」「………。」

「公私混同も大概になさい。」


鶴子は「?」とメジ子の顔を見上げた。


「もっと上手に立ち回りさない?002(ダブルオーツー)?」「え、な、なぜ、それを??」「何故かしらね?」とメジ子は笑い、「乃望竹千代は、まだ何処かに潜伏して、姿を現していないわ。あまり大騒ぎして完全に隠れられてしまうと厄介よ…」と小さな声で耳打ちした。

「あ、あなた、もしや倫護カンパニーの……?!」

と鶴子が言おうとした言葉を遮り、メジ子は彼女の口許に手をあてて、「しーーっ」と言った。

「あなたは、任務に戻りなさい。…そして、すぐにでもジャガー君と和解すること!」「え……でも、それは……。」

「ネルネちゃんに気に入られたいんでしょ?だったらジャガー君との喧嘩もおやめなさい。」「………」「返事は?」「……は、はい…」


「ところで鶴子ちゃん?…あなた、ネルネちゃんの健康チェックを(おこな)っていたとジャガー君から聞いたけど……、で、最近の彼女どうなの?薬物反応とかはあった?」

「いいえ、違法な薬物は検出されていません。」

「ふうん、そう?じゃあデキストロメトルファンとかは?あと睡眠薬の使用は?あったら個別に教えて。」

「申し訳御座いません。私が受けた訓練の範囲では、私の舌は覚醒剤や大麻等の危険なものしか見分けることが出来ません。そういった市販薬の細かい分類は専門外です。」


「あ、そう。まあ、そりゃそうよね。あなたの任務は別だもんね。…でもアリガト。参考になったわ。」とメジ子は言って、(いたわ)るようにして鶴子の肩をさすった。


「さて。……カンパニーは引き続き、乃望竹千代を探しているわ。」

「はい。何か分かったら御連絡致します。」

「やめて。私には連絡してこないで。」「……はい。かしこまりました。」と鶴子は頭を下げ、「……では任務に戻ります。」と言った。


「くれぐれも派手な騒ぎは起こさないようにね!…そしてネルネちゃん達の様子には充分気を付けてあげて。先生が心配してるから。」

メジ子はそう言うと、扉の外に待つジャガーに向かって「もう大丈夫よ!入ってきなさい!」と大きな声で呼びかけるのだった。


***************


翌朝。


「ふわあああああああ……よく寝た!」と言って、三船ルネはベッドの上で半身を起こして、大きなあくびをしていた。


そして、自分の体を見下ろし、ネグリジェ型パジャマに着替えていることを確認する。


ネルネは、右足をベッドから下ろし、ギプスをよっこいしょ、と横にずらした。

あら、松葉杖がないわね。


…………。


………。


……。


あ、そうか、思い出してきたわ。昨日、魔法を使った後、体中の力が抜けて、私ぶっ倒れたんだったわ。……それでも体は動かないけど、意識はハッキリしていたのよね。久々にシキン距離で結界(▪▪)が破られたわけだけど、……ザルター湿原の戦い以来ね。まあ、服が濡れることなんかに動揺してたら、戦場ではその場で首を刎ねられてもおかしくないから、別に構わないけど、……でもさすがに宮廷とかではやらないから、ちょこっと恥ずかしかったかも。だって今の私,…、女の子だもん!


そうそう、で、おジャガに介抱してもらったんだっけ。腰に革ジャンを巻いてくれて……、

……まさに腰巾着を地でいく男おジャガ……。


その後……、なんかおつうとのバトルになってて……ああ、そうだ。あの時、私の白蛇の杖が折られちゃったんだったわ。


…………。


う~ん。白蛇の杖か……。骨折した時にもらった杖が、大きさ的に丁度良かったから、鈍器(ドンキ)のバラエティーグッズコーナーで買った、オモチャの蛇で、なんとなく飾って作ってはみたものの……。

どうも、あの杖のクオリティが、そのまま今の私の魔力量に影響してるなんてこと、あるのかしらね??


…………。もっと腕のいい職人に作らせられないかしら。


ネルネは腕を伸ばし、猫足のサイドテーブルに乗った愛・不穏を右手で鷲掴みにすると、

プルっとワンコールで相手が電話に出た。


「ネルネ様!御無事で御座いましたか!!」

「ええ。ご無事よ。」とネルネが言う。 「昨夜、服を着替えさせてくれたのはあなたかしら?途中から完全に意識を失っていたの。ありがとう。」

「いいえ、……残念ながら…私ではありません。」と電話口で鶴子が言う。

「そうなの?じゃ誰が?おジャガ?」

「そんなまさか。ご、御冗談でも御止(おや)め下さいませ。メジ子様という(かた)がネルネ様の御世話をして下さいました。」


「ああ、メジ子さんね。」

「メジ子様は明け方まで、付きっきりでネルネ様の御側(おそば)に居て下さいましたが、何か、無頼(ブライ)孔雀(クジャク)先生という方が(おこな)う、某芸能人の緊急オペが入ったとかで、慌ててお帰りになりました。危険な切除手術をするらしいですよ。この手術を皮切り(▪▪▪)に、立て続けに予約が入っているらしいですし……。」


「ふうん。先生も大変ね。」とネルネは言い「ねえ、おつう?今すぐここに来れない?」と言った。

「はい。ただいま。」


その瞬間、コンコン、とノックの音が聞こえ、「どうぞ。」とネルネが言った。


「失礼致します。」と(こうべ)を垂れながら、鶴子が入ってくる。


「おはよう。」「お早う御座います。」


ネルネは大きなふかふかのうみうしのような枕に背中を(うず)め、ギプスをした左腕の上に、上品に右手を重ねながら、鶴子の顔をじっと見つめた。


しばしの沈黙の後、

「おつう?もう分かっていると思うけど……おジャガに空気ドロップを食べさせるのは、やめてあげて。」とネルネが言った。


「はい……。承知致しました。ネ、ネルネ様は私の事を何処まで御存知なのでしょうか。」


「貴女、倫護カンパニーの人間でしょ?」


「……何もかも御見通しで……御見逸(おみそ)れ致しました……。」

「何もかもってわけじゃないけどね。…まあ、でもなんか事情があるんでしょ?

知ってる?

豊子(とよこ)キッズはね?

……困っている(▪▪▪▪▪)子供を見捨て(▪▪▪▪▪▪)たりしないの(▪▪▪▪▪▪)。お分かり?」


ネルネが偉そうにそう言うと、鶴子の目から、つぅーーっと涙が流れ、頬を伝った。


「おつう?私が貴女を助けてあげるから、…貴女も私を助けて、ね♡」とネルネが眼帯ウィンク(つまり視界ゼロ)をする。


「……は、はい(グスン)…なんなりとおもうしつけください……。」


「じゃあ、早速だけどお願いがあるの。貴女の高度なコスプレ能力を見込んで……実は、この杖を作ってもらいたいの。」

そう言うと、ネルネはノートの切れはしに描いた、ふにゃふにゃの杖のイラストを見せた。

「こ、これは……新しい松葉杖ですか……。こんなに波打ったデザインで………。これで体重を支えるのは……至難のわざかと……」

「任せたわよ。」とネルネは言った。「近々、鈍器法廷で『呆痴彼女』とかいうアプリのイベントがやるらしいの。それにまた全国のアホなお友達が集まると思うから、我が教育教に教化させる為に出向こうと思うの。……それまでに仕上げて!!」


「かしこまりました……。この命に変えてでも……」と鶴子は言うと、深く一礼をし、すぐに(きびす)を返すと、姿勢を低くしたまま退出していったのだった。

『Assassí de la Companyia』


評価を入れるのに勇気がいる小説かとは思いますが、…良識が疑われるのは作者だけですので、ご心配なく!是非☆☆☆☆☆評価をお願いいたします!


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