表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/45

ヰ31 地球温暖化会議


その夜、設楽居(したらい)家では、地球規模の緊急兄妹会議が(ひら)かれていた。


「つまり俺は…、むつのクラスメイトに脱炭素運動(略して*脱運*)する音を聞かれてしまったということで……、いいんだな?」

絶望にも似た表情で、設楽居睦美(したらい むつみ)の兄、海人(かいと)は一言一言を噛み殺すように言った。


「……お兄ちゃん、めいずちゃんはクラスメイトではないわ……。隣のクラスよ。」


「……そうか。それは良かった……とはならないだろ?」と、海人は静かに言った。


「安心して、お兄ちゃん。めいずちゃんはね、幼い頃、高度成長期の中国で修行(▪▪)をしてきた忍者だから、high-sets-onくらい聞こえても、気にしないはずだわ……」と睦美が言う。


「中国で修行してきた忍者ってなんだよ。忍者は日本のものだろうが…。」

「お兄ちゃん?日本の文化の多くは中国由来なのよ?もっと国際的な観点を…」「ちょっと待った!話の論点がズレまくってるぞ!」

「ごめんなさい!お兄ちゃん、怒らないで!!」と睦美が頭を抱えて縮こまる。


目をギュッとつむって小さく震えている妹を見て、設楽居海人は溜め息をつき、「……わかった。もういいよ。…電話の向こうの子も、こちら側の状況がハッキリとはわからなかっただろうし……むつ、今度から個室に携帯は持ち込むなよ……今度やったら……。俺だって手洗(てあら)なマネはしたくない。」

「怒らないで…お兄ちゃん。」

怯えた顔の睦美を見て、海人は少し笑った。


「アハハ。妹相手に腹を勃てる兄はいないよ。」

「全然、勃たないの……?」と睦美が上目遣いで聞いてくる。

「ああ。それにまだ、むつは子供だからな。全く勃たないよ。」と言って海人が微笑む。

「…嘘よ。殺気(さっき)、音入れの前で、すんごく怒ってた。」

「まあ、そりゃ、あの時は音が入ってた(▪▪▪▪▪▪)から…」「嘘!その前から腹を勃ててた!扉を開けた時お兄ちゃん、今思えばなんか怖かったもん!いつもの優しいお兄ちゃんじゃなくて……知らない男の人みたいだった…」

「むつ?だって、あの時はもう今にも出そうだったし、…ほら、それに我慢し過ぎると固くなって後で出にくくなるだろ?出したい時に出さなきゃ。」

「…固くなるの?」と、睦美が小さな声で言う。


「いや、この話はもうやめよう。兄妹でする話じゃない。もっと、その、爽やかな話をしようよ……。」

「ねえお兄ちゃん?」「ん、なんだ?」

「妹相手に腹を勃てないとしたら、……その…違う女の子に対してならどうなの?例えばクラスメイトの女の子に、普段は見せない嫌な部分を見せられたとしたら…」と、睦美が言いにくそうに言葉を(しぼ)り出す。「腹が勃っちゃうの…?」


「え?なんだよ、その質問、…気になるのか?」

ん。と睦美が黙って(うなず)く。


「まあ、そりゃさ、相手が他人で、それなりに対等な関係であったならさ、普段隠している素の部分を見せられたりたら、そこが、まあ、あれ(▪▪)なら…腹を勃てたりもするさ。まあ、いけないと分かってはいても、…こういうのは理性で抑えられないものだからな。でも腹を勃てたりしても、実際は態度に出したり、それこそ行動に移すことはないかな。でも、むつ?だいたい俺は家族以外の女子の、そんな部分を見たことないから。」

「……じゃあ、私のそういう部分って……(いや)?…(きたな)ない?……醜い?」と睦美は言って、少し目に涙を溜めた。


海人は(かす)かに驚いたような顔をした後、優しく微笑むと、「いや、むつ?そんなこと言うものじゃない。……むつのそういった部分は、本当の意味では(きたな)くなんかない。人間の、……女の子の、そういった部分は、確かに人に見せるようなものではないけれど…、(きたな)いなんてことはないよ。むしろ自然で、人として魅力的に感じる部分かもしれない。」「ほんと……?」「ああ。本当だ。特にむつは、お兄ちゃんが見たことのある限りでは、まだ毛がれ無い、綺麗でまっすぐな、子供のままの心を持っている。……今でもそうなんだろ?」「……うん。そうだよ…。」


「かと言って、むつがこの先、色々なことを経験し、表面上、変わってしまったとしても……お兄ちゃんは本当のむつを知っているから。だからね、むつは(きたな)いなんて自分のことを言っちゃ駄目だよ?」

海人がそう言い終わると、「お兄ちゃん!!」と言って、睦美が胸に飛び込んできた。

ぎょっとした様子の海人ではあったが、一度目を閉じた後、思い直し、………そっと妹の頭を撫でてやった。


「お兄ちゃん…」「なんだい?」

「ここ、凄く固くなってる…………腹筋。」

「ああ、中学に入ってから鍛えているからな。」

「カッコいい……」と睦美は(つぶや)き、そっと兄のお腹をトレーナーの上から触った。


「かいとく~ん、むーちゃん?湯たんぽ使う~?」と、彼らの母、設楽居花織(したらい かおり)がピョコンと顔を出し、

慌てた兄妹が飛び退()くように体を離した。

「あら?あなた達、ほんっと~に仲良しこよしねぇ。ママ、ちょっと嫉妬しちゃうわあ。」

そう言ったかと思うと、かいとく~ん、と花織が、息子の体にしがみついてくる。

「ダ、ダメだよお母さん!?私のお兄ちゃんなんだからね!」と言って、睦美も海人に抱きついてくる。


富士屋のピコちゃん大、小に挟まれた設楽居海人(したらい かいと)は、「待った、待った!いったいうちの女子はどうなっているんだ?!」と叫んだ。

「え?かいとくん、ママのことも女子って言ってくれるの?うれし~」

「……ほら、ほら、もう、定期テストも近いんだ!そろそろ俺も勉強したいから、2人共出ていってくれないか?!」と海人が大きな声を出す。


「ちぇぇぇ…かいとくんのいじわるぅ」と言って唇を尖らせた花織が、体を離した。

「母さん?確か母さんも薬剤師の勉強するって言ってなかった??ほら、こんなとこで怠けてないで、部屋に戻って!」

「そうよ?お母さん。出てって!ヤクザ医師の無頼(ブライ)孔雀(クジャク)によろしくね!」と睦美が手を振る。


「コラ、むつ!お前こそ最近、小テストの成績悪くなってきてないか?お前も勉強しろよ。」

「いやーんお兄ちゃん、怒らないって言ったじゃない?うぇ~ん」


「わかった、わかった。少しだけお兄ちゃんが勉強を見てやるから。それが終わったら今日は出ていけよ?最近、毎晩のように部屋に来るから、こっちも勉強が進んでないんだ。」

「うぇ~ん」


***************


「さて。」

と、設楽居海人が、妹を自分の学習机に座らせながら、背中側からノートを覗き込んで言った。


「むつの苦手が見えてきたな。……社会と理科は比較的得意。国語と算数がちょっと怪しいな……。算数はね、文章題があるし、国語の能力も求められるんだ。問題を読み解く力と、それを説明する為には国語の勉強も必要になるんだよ。よし。課題を何個か作っておくから、明日からやっておくように。どうせ毎晩部屋に来るなら、ここで採点と解説をしてあげよう。」

「お兄ちゃんは、家庭教師か、塾の先生に向いてるのかもね……。」

「ああ、我ながら向いてるんじゃないかと思うよ。どこかに困っている人達がいたら助けてあげたい。」

「呆痴彼女のお世話も好きだもんね。」

「そうそう、そうなんだよ。尾刀(おがた) 水鳥(みとり)(122)の週末医療はお世話のしがいがあるよな? 」

「今からする?」と睦美が期待を込めた目で振り返りながら言う。

「バカ。しないよ。試験が終わってからって約束だろ?」

「ちぇぇぇ…」

「全く。うちの女性陣は……。あ、そうだ、むつ?試験が終わったら一緒に新宿に行かないか?」

「新宿?急にまた、なんで?」

「丁度バレンタインデーに合わせて、新宿の鈍器法廷で、呆痴彼女のチョコが出るんだよ。」と、恥ずかしそうに海人が頭を掻きながら言う。

「え……二次元彼女のチョコって……。お兄ちゃんたら意外に我恥(ガチ)勢……。そ、それ大丈夫なやつ?アウトなやつじゃないの?…チョコなら毎年、お母さんと私があげてるじゃない。それじゃダメなの?」

「いや…、それはそれ、これはこれ。」

「…お兄ちゃんてさ、妹の贔屓(ひいき)目を差し引いても、結構カッコいいと思うんだけど…、今まで他の女の子からチョコもらったことないの?」と睦美が何気ない素振りでシャーペンを机の上で転がしながら言う。

「いや、ないよ。」と海人も何でもなさそうに答える。「だいたいさ、むつ?こういうのって、実際に貰ったっていう人に会ったことあるか?聞いたとしても、大抵知り合いの知り合いが貰ったとかさ?……そもそも女子が好きな男子にチョコをあげるとかって、本当にそんな行事が行われているものなのかな?俺達チョコレート会社になんか騙されてない?少なくとも俺は自分の目では見たことがないな……。」


……可哀想な兄上……。


睦美は涙ぐみながら「わかったわ、新宿に一緒に行ってあげる。一人じゃ流石にAI彼女のチョコとか買いにいけないでしょうから……」と言って、兄の腕を触った。


「ありがとう。悪いな、むつ。でもお前も呆痴彼女、楽しんでただろ?

チョコは個数制限があるからさ、2人で行けば2倍買える。」

「そ、そんなに買ってどうするの?」


「俺、ゲームに課金してないからさ。いつも基本無料で遊ばせてもらってる分、今回のチョコを沢山買うことで、運営に感謝を伝えられるんじゃないかと。」

「まあ、そういうことなら……」と睦美は(つぶや)き、……や、やった。図らずも兄上とデートの約束を取り付けてしまったわ。棚からボンタンモチ……。と心の中でガッツポーズを取っていた。

……ところでボンタンモチと言えば、食べると音入れ(▪▪▪)に行かなくて済むようになる、ってバズってたけど、本当かしら?

……でもよく考えたら学校の和風、2つだけになっちゃったわけだし、全校生徒で和室の取り合いになる可能性を考慮して、万一行けなかった時のために、念のため朝、ボンタンモチを食べていった方がいいかしら……。確かお菓子籠にあったような……。


「じゃあ、むつ?そろそろお仕舞いにしようか。もう自分の部屋に帰りな。これからお兄ちゃんは夜遅くまで勉強するから。」


睦美は、椅子をくるりと回し、兄の部屋の中央にある緑色の丸いカーペットを見つめた。

……あの下にある秘密の(▪▪▪)沁み(▪▪)の効果は継続しているはず。ここは私のなわばり(▪▪▪▪)よ…。「…お兄ちゃん?……睦美もここに机持ってきて勉強しちゃダメ?分からないところがあったら聞きたいし……。」


「へえ。感心だな。まあ、あんまり遅くなり過ぎないならいいよ。」と海人が言う。「じゃあ、そこのホットカーペットをつけなよ。夜は冷えるから。」


睦美は緑色の丸いホットカーペットから伸びたコードを引っ張り出し、

壁のコンセントに差し込んだ。


そしてスイッチを入れると、数分後に…、

……温められた空気と共に、カーペットの下に隠された睦美のマーキングから、……(かす)かな残り香が、ゆっくりと立ち昇ってくるのに気付き、

兄妹は無言でペンを動かし続けていた……。

『Climate Change Conference』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ