ヰ30 QK回
『写メール見たよ』
と、設楽居睦美から返事が来たのはその日の夜のことだった。
……シュメールって…。うちのクラス…メソポタミア文明…、めっちゃバズってる……。
『↑↑→↛↹⇅⇄⇐⇚⇶ⅶ』楔形文字で返信しておきましょう……。
三浦詩は、素早くメールを打ち込み、
『アッカド語www』と睦美から返信が来たのを見て、ムフフ……と一人で笑っていた。
……とにかく良かった…。睦美の機嫌が直って。
……それにしても、あの変態転校生……。人の弱味につけこんで、とんでもないことを言ってきたわね…。自分の手は汚さず、犯罪を遂行させようとしてくるなんて、……あの男、思ったよりも邪悪だわ。
早く何らかの悪事の証拠を掴んで、奴を少年院送りにしなければ…。
三浦詩は、携帯の待ち受け画面にしている、ねこみみ睦美と、うさみみ詩のツーショット写真を見つめ…、地球防衛部部長としての決意を新たにするのであった。
****************
その頃、設楽居睦美は、自宅にある世界四大文明の一つ、モべンジョ・ダロで、いつものように陰出す文明をしながら、
…メソポタミアの半無裸美法典の状態で黄河を氾濫させていた。
やっぱり自宅は落ち着くわ……。
目に入るのは、見慣れた花柄ピンクのモべンジョ・スリッパと、U字型のふわふわカバー。これらの小物は、母、設楽居花織の趣味であった。
睦美は、まだ幼い非エログリフな体を仰け反らせて、……う~~ん、と伸びをした。
その瞬間、個室に持って入っていたアンドロイド携帯がブブブ、と鳴る。
またウタね。今度は何かしら。
睦美がスマホを手に取ると、画面には『めいずちゃん』と表示されていた。
あら、今度はめいずちゃんからの電話なの?
…今日のあの子の派手化けには心底驚いたけど、店を出たらまたいつもの忍者スタイルに戻っているんだもの…あれは、なかなかの妖術だったわね。で、いったい何の用かしら??
睦美は通話ボタンをタップし、飛鳥めいずからの電話に出た。
『もしもし?』
『あ、設楽居さん?遅くに申し訳ございません。今、大丈夫ですか?』
『あ?今?え、ええ、ダイジョウブよ。』と言った睦美は、いっけね……ちっとも大丈夫じゃなかったわ…と自分の体を見下ろしていた。
『本当に大丈夫ですか?……今、何をしていらっしゃいましたか?』と、めいずが心配そうな声で聞いてくる。
『え?ああ、今?……せ、世界四大文明について考えていたとこよ。』
『ああ、そうでしたか。それ、うちのクラスも先日やりましたよ。面白いですよね。…設楽居さんは、どの文明がお好きですか?』
『は?え、ああ、どの文明が好きかって?そうね……やっぱりメソポタミアかしら。』
『何故ですか?』
『え?……やっぱり語感?』
『ウフフ、設楽居さんらしいですね。私は黄河文明ですかね。』『そりゃまた何で?』
『実は私の母方は中華系なんです。』
『へえ、そうなんだ。』
『私、日本文化というものは全て元を辿れば中国から来ているという持論を持っています。』
『まあ、それはそうでしょうね。』と言って睦美は片手でカラカラカラ……とロール紙を器用に巻き取っていった。
『何の音ですか?』とスマホの向こうのめいずが言う。
『え?いや、気にしないで…。うちのハムスターが元気に走っているの……』
『へえ!設楽居さんち、ハムスターがいるんですか!今度、写真見せてくださいよ!うちの子は2年前に死んじゃって……。もうあんな悲しい思いはしたくないので、動物を飼うのはやめたんです。』
『そ、そうなの……。じゃあ、うちのハムちゃんも見ない方がいいかも………。』と、睦美は手に取った白いハムスターを俯きながら、体の下の方で優しく撫でると、ポイと水の中へ捨てた。
『名前は何ていうんですか?』『はい?』
『名前です。うちの子はムスタ大佐でした。』『え、えーっと、うちの子は……ハ、ハんムらび…ほうてん……。』『ウフフ、メソポタミアが大好きなんですね?……種類は何ですか?』
……ま、まだこの話題続くの??
『ポ、ポテロン……いや、ジャンガリコ、…だっけ?』『ジャンガリアンですか?小学生が初めて飼うハムちゃんの、あるあるですね。』
『あるある、と言えば!!中国の人って、やっぱり語尾にアルって付けるの??』ここぞとばかりに睦美は架空のペットの話題を終わらせた。……ほら、また、こんな話してたら、めいずちゃんの時みたく、ハムスターが具現化してしまうわ……。
『普通の方はアルは付けないですが、最近、日本のアニメに影響されて、若い世代の間で、語尾にアルを付けるのが流行っていると聞いたことがあります。』
『へえ、そうなんだ。』……ホッ。ハムちゃんの話が終わったわ。
『ああ、それでですね。』とめいずが少し大きな声で言う。『今日、お電話したのは、設楽居さんの乙女淹れ事情に関してですね?もう少しお話ししたいことがございまして……』
『と、言いますと?』……そろそろ服を着たいんですけど……いつまでもこの格好じゃ風邪ひくわ…。
『和風、洋風と、設楽居さんはおっしゃいますが、……世界にもっと目を向けて、中国の乙女淹れ事情について、知っておいていただくのも良いと思ったのです。世界を知れば、今の日本がどれだけ恵まれているのか分かります。』と、めいずが言った。
『あ、その件ならもう……』と言いかけた睦美を遮るように、めいずが喋りだす。『…私が小さい頃暮らしていた中国の小都市では、』
……めいずちゃん……電話のお喋りが好き過ぎよ……。
『…中国の小都市では、まず、そもそも個室がありませんでした。』
『はい?』
『仕切り自体がないのです。穴が橫一列に並んでいるだけで、手摺すらありませんでした。』
『マジで??』
『本気です。女子達は並んでお互いの顔を見ながら楊貴妃をたしなみますので、その、挨拶出来るほどの距離感から、人々は親しみを持って、その施設をニーハオ乙女淹れと呼んでいました。』
『ムリムリムリ……!!!そんなの私には無理!』…だって私、外装パーツを全解除しないと致せませんし!!『どーなってんのよ?!その倫理観!!』と睦美は叫んだ。
『更に紙も設置されていませんでしたから、皆さん必ず持参です。……持っていない場合は……想像にお任せ致します。』
『わ、私、日本人で良かったわ……。』
『ですよね?』と、めいずが静かに言う。『世界情勢を鑑みれば、そうやって設楽居さんが…洋風だの、和風だのと選り好みをしていること自体が恥ずかしくなりませんか?』
……わ、私は今、絶賛ニーハイ乙女淹れ中よ……。これ、ビデオ通話になってないわよね……?
『あ、でも勘違いしないでいただきたいのは、これはあくまで昔の中国の話です。今は中国でも乙女淹れ革命が起き、大都市だけでなく、多くの農村部でもこれらの施設は整備されてきております。設備的にはすでに日本を追い越している部分も多いですよ。
まあ、それでも世界のことを考えますと、まだ発展途上国では似たような状況が続いているということを、忘れないでくださいね。』
『ちゅ、中国で革命って……、それ、話して大丈夫なやつ?』
『とにかく、ですね。明日からの乙女淹れ生活、設楽居さんは我が身を振り返って、しっかり考えて行動すべきだと思います。』
『いや、それはもういいのよ。解決したから。』と睦美が言う。『もう、卒業まで和風女子徒イレは使えなくてもいいわ。』
『え……あ、そうですか。私がご説明させていただいたこと、分かってくださったようで、なによりです。』
『いや……別にそういうわけじゃ…』
…でも、あの可愛い色の仮設乙女淹れ、入るのがちょっと楽しみ♪早く使ってみたいな……。
「おい!!むつ!いい加減にしろ!いつまでそこでお喋りしてるんだ?!早く出ろ!!」
ドンドンドン!!と激しく扉を叩く音がして、兄、設楽居海人の切羽詰まった怒鳴り声が聞こえてきた。
『設楽居さん??どうかしました?なにか騒がしいようですが?』とめいずが心配そうに話しかけてくる。
『あ、ごめんなさい、めいずちゃん、前に話した私の幼馴染みが、あなたとの長電話に嫉妬して……。』
「シットにしたって長過ぎるだろ!!」と海人が叫ぶ。「早くしろ!もう限界だ!!」
『設楽居さん、大丈夫ですか?なにか怒鳴り声が……束縛されてませんか?モラ男ですか?』と、めいずが声を潜めて言う。
『まあ、いつものことだから。モラ男じゃないわ。じゃ、切るね?また明日。』睦美はそう言うと通話を終え、脱いでいた服をゆっくりと着始めた。
「…モ、漏ラ男になる前に……は、早く……」と、扉を引っ掻く音が聞こえる。
……もう、お兄ちゃんったら大袈裟なんだから!
鍵を開けた瞬間、妹を押し退けるように海人が突進してきて、
鼻先で勢い良くバタン!!と扉が閉じる。
睦美は、やれやれお兄ちゃんたら……、と思った後、……あれ?スマホ忘れた、とあたふたとして、扉をノックした。
「なんだよ?今……う……後にして、う…くれ……」と中で兄のくぐもった声がする。
その時だった。
扉の向こうから、小さな音で『設楽居さーん?聞こえてますかー?なんかまだ繋がってますよー。変な唸り声が聞こえますけど大丈夫ですかー?』と鈴の鳴るような綺麗な声が聞こえてきた。
「め、めいずちゃん?!」と睦美が思わず大きな声を出し、設楽居海人が、ウギャ~~~~~~~~~~~~ッと叫び声を上げ、即死する音が聞こえたのだった………。
『 Quick-Kill episode』




