ヰ28 孤独なパイロット達
Aパイロット少女、設楽居睦美は、コックピットの座席が変形し、細い棒状の機械が突き出してくるのを、脚の間から見ていた。
噂には聞いていたけど、今押したのが戦場ボタンだったのね。刻一刻と変化する戦況に対応して、コックピット内の棒が前後に稼働するらしいわね。
うちにある機体は常時コンセントが抜いてあるから、家族は誰も使用したことがないのよ。
……て、ちょっと待って??
私が出した物はどのタイミングで流すの??……流す前に水が吹き出すの??洗ってから流すの??どっち??
だいたいどのボタンで流すのよ?当然、流すのと吹き出すのは別なボタンよね?
迷った睦美は両サイドから飛び出した手摺から片手を離し、素早く夢嫵と表示されたパネルをタッチした。
……その瞬間…ノズルからお湯がピューーー~ッと吹き出してきて、
股下を覗き込んでいた少女Aの顔に、勢いよく、びちゃぁぁぁぁと温かい液を浴びせかけてきた。
「うはっ!!」と睦美は叫び、コントロールパネルに片手を突いたまま、中腰で体を浮かせた。……一般的には『絶対領域』と呼ばれる範囲を首の下辺りまで拡大解釈した、ニーソとスニーカーのみを履いた、特殊編隊銭湯スタイルの設楽居睦美は、慌ててパネルを操作した。
ピ!『debit』機能作動。
びちゃぁぁぁぁ…………「ぬはっ!?」狙いの外れたお湯が、睦美の剥き出しの背中を激しく濡らす。
こ、攻撃を受けてるわ!!止めなきゃ!あ、…止まった!
体から水を滴らせながら睦美が立ち上がると、
コックピットを離れて数秒経ったことを感知したコンピューターが、ゴボォォォォォォ……水を内側に流し…、本日のフルーツ○ンチが回転しながら渦に飲み込まれていくところが、一瞬だけ目に入った。
睦美は自分の薄だいたい色の体が、壁の鏡に映っているのを見て……ふ、拭かなきゃ……とがに股になりながら急いで操縦席へ戻っていく。
……再びコックピットに座った睦美はタッチパネルをピ・ピ・ピ……と叩き、『1/fゆらぎ』周波数と自身の精神を共鳴させながら、
再度、座席を変形させ、「むほっ?!」と、次は正確に…ターゲットを撃墜した。
「紙、紙………」と、パイロット少女Aは、壁に設置された金色のカバーから三角形の先端を覗かせた、柔らかなシートを指で摘まむ。
それは二層構造の天然由来素材のシートで、睦美は該当の箇所と、濡れた背中とお腹、太もも周辺、そして勿論顔を拭いていった。
ふう。
よし……。
でもあれね。
なんか私、この機体の癖を掴めてきたみたい……。さてと、っと。……めいずちゃん?さあ見てなさいよ。この子の本当の性能を試させてもらおうかしら?ここからが本領発揮よ!
睦美は母ゆずりのピコちゃんスマイルで唇を軽く舐め、体の前で両手を擦り合わせた。
……ウフフ、この最新型機体とやら?私のアクロバット飛行についてこられるかしら??
ピ・ピ・ピ…
睦美は最初よりもリラックスした姿勢でコックピットに体を埋め、もう慣れた手つきで素早く液晶パネルを指で演奏するように叩いていった。
めいずちゃんは、この機体を和洋折衷と表現していたわね。丁度いいわ。さっきめいずちゃんが教えてくれた江戸時代の操縦方法、…試してみようかしら??
ピピ・ピ・ピ・ピ……
ウィーン……
睦美が押したボタンに反応して、生温かい風が下から吹き上げてきた。
ピ・ピピ・ピ・ピ……
手摺に置いた両肘に力を込め、睦美はふにゃふにゃの腹筋に力を入れると腰を途中まで持ち上げた。
……いくわよ! カタパルト強制射出!衝撃に備えよ!
ムツミ、いっきまーー~す!?(裏声)
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プシュー……と扉が開き、着衣の乱れを直しながら、設楽居睦美が赤い顔をして出てきた。
「どうでしたか?」と笑顔で飛鳥めいずが近寄ってくる。
「え……ど、どうって……まあまあね……。」「で、今後は洋風も使ってみようとなりましたか?」「…………。」
めいずは、返事をしない睦美のつむじをじっと見つめ……、首を傾げると扉のスイッチを、拳の側面で軽く押した。
「あ、待って…」と睦美が顔を上げながら手を伸ばしたが、
めいずはサラサラのストレートヘアを肩に散らしながら中へ入っていってしまった。
「…………こ、これは……」
と、絶句しためいずの横から睦美がちょこんと顔を出す。
びちゃびちゃになった床を見ながら、睦美が「…この機体、性能は申し分ないみたいだけど……まだまだ実戦向きとは言い難いわね……」と呟いた。
「……お掃除の方を呼んできますね…。」とめいずは言い残し、溜め息をつきながら歩き去っていった。
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白装束に幅広の白いカチューシャを、長い黒髪に付けた幽玄少女、三浦詩は、力なく机に突っ伏しながら、人生を悲観していた。
……むつみ……むつみ…むつみ……。
幼稚園の頃の設楽居睦美が、同じ組の男子に「なによ!わたしのなまえは、むつみよ!」と、プンプンと怒りながら足踏みしている姿が浮かぶ。
「きいてよ!ウタ!コイツわたしのことおむつってよんだのよ!」
それを聞いた男子が「だっておまえのなまえは、てあらい おむつ だろ~」と言ってギャハハハハ……と笑った。
三浦詩は素早く移動し、男子の耳元に顔を寄せると……「さとうくん?きみ、きのうおふとんに夢ーたいりくをつくったってきいたけど?」と小さな声で言った。
「な、なんでそれを?!」と男子が赤面する。
「いきなさい……きみのようなThe・子にようはないわ…」
「お、おぼえていやがれ?!」
真ん丸の顔をした睦美が近寄ってくる。
「ウタ?ありがと。ふりょうをおいはらってくれて。」
「おやすいごようよ!」と詩が胸を張る。
「ねえ、ウタ?」「ん?」「ダイスキ!」
☆☆☆☆☆☆☆☆♫♪♡♨☆☆☆☆
詩は目を閉じて、その場で勢い良く昇天すると、すぐに天井に頭をぶつけて、枯れ葉のようにヒラヒラと舞い落ちてきた。
「ねえ、詩ちゃん。」
聖歌隊の少年のような声がして…、遠い過去の記憶から目覚めた詩が面倒くさそうに顔を上げると、
机の前には恐るべき美少年、向井蓮が立っていた。
「……なによ……あなたに詩ちゃんと呼ばれる筋合いはないわ……。」
「元気ないね?大丈夫?」
「うるさい……向こう行って……」そう言いながら上げた腕が、力なく椅子の横に垂れる。
「……分かるよ。睦美ちゃんに嫌われたんだろ?一周目の時から僕も苦労しているから……同情するよ。」
「向こう行って。」
「まあまあ。……詩ちゃん?あのさ?僕、君が睦美ちゃんと仲直り出来る…とっておきのアイデアがあるんだけどな……聞きたい?」と、蓮が床に膝を付いて顔を近付けてきた。
詩は返事をしない。
「…じゃあ、聞くだけ聞いてよ。……今朝のあの様子だと…睦美ちゃんはきっと和風が無くなってしまうことに困っていたみたいだよね。
睦美ちゃんが和風好きとは、勿論僕は知らなかったけど……詩ちゃんがそれを知らなかったってのは意外だね。」
「うるさい。」
蓮はクスクスと笑い、「僕に良いアイデアがあるんだ。本当は僕が睦美ちゃんの為に動いて、点数を稼ぎたいんだけど……正直こればっかりは男の僕には無理だからね。」と言った。
「なによ?また、あなたエロドロップでもするつもり?」と詩が微笑年のことを睨む。
「ええっ??な、何で僕がエロドロの犯人になってるわけ?おかしくない??」と蓮が言う。
「とぼけないで!!あんたがヤッたってことは分かってんのよ?!こっちには証拠だってあるのよ!」そう言って詩は机の中に手を突っ込み、密閉式ビニールケースを引っ張り出した。
「こ、これは………」と、そこに閉じ込められた一本の巻き毛を見て、蓮が体を仰け反らせる。
「2階の女子部屋の和風個室に落ちてたのよ。これ、あなたのでしょ?」
「な、何を言ってるんだ君は……。ニ周目の僕はまだお子さまだからね♡……ハえてもいないし、ムけてもいないハムよ♪……」「そ、そうハムか?……て、アンタ、何言ってんのよ?!急な変態カミングアウトはやめてよね!!」
「う、詩ちゃん??何か誤解しているようだけど、……僕は犯人じゃないよ?」(犯人だけど……。)「だいたい、何で僕が女子徒イレに侵入出来ると思っているんだ、君は?!」
「さあ?アンタほどの美少年(笑)なら、そこら辺の女子のガードを緩くするなんてお茶の子さいさい(死語)じゃない?」
「それ本気で言ってる??…・と、とにかく、今僕が言いたいのは、睦美ちゃんの為に和風を復活させる手段があるってこと!!」
「え?なに?どういうこと?」と詩が食い付いてくる。
「……でもね、これは僕には到底出来ないことなんだ。だから君にお願いしたい。」
「何をよ?」
蓮が周りを見回し、小さな声で囁いた。
「校内の全女子徒イレの洋風を詰まらせるんだ。」
***************
…………。
一人になった三浦詩は、じっと考え込んでいた。
睦美に送っておいた、仲直りしよ♡メールには返事が返ってきていなかった。
……洋風を全部詰まらせるですって?
そんなことをしたら、みんなが御手洗いに行けなくなっちゃわない?
……まあ、私にはこの秘密の四次元ショーツがあるから大丈夫なんだけど……。
迷った挙げ句、詩はガラパゴスケータイを取り出して、親友に電話をかけていた。
プルルルル……
プルルルル……
(ガチャ)
『あ!むつみ!』
『……なあに。今私、忙しいの。』
『待って、待って!切らないで!……あのね、私ね、むつみの為に!和風部屋を何とか復興しようと思うの!だ、だから許して!仲直りしよ!私が岡倉天心、あなたがフェノロサよ!』
ツー、ツー、ツー………
切れた………。
「フェノロサ……って。ねえ、それって…やっぱりエロいやつ?」
振り返ると、安定のずんどうエロハンター、セクシーこけし少女、近藤夢子が立ってこちらを見ていた。
「どういうこと?和風復興ってなんのことよ?」と、夢子がこれみよがしに組んだ腕の上に、脂肪の塊を乗せながら尋ねてくる。
「なんでもないわ……」と詩は言い、ランドセルをひっ掴むと、スカートを開いて体を回転させ、夢子を置いて教室を出ていった。
最後に残された近藤夢子は、う~ん、あれは何か良からぬことを考えている顔ね。と乳タイプらしい鋭い感覚で結論し、自分のWパイロッツの位置をきゅっ、きゅっ、と修正すると、三浦詩の跡を尾けるために……、服の下から吹き出しそうな自慢の裸ムネを揺らしながら走り出していた。
『The Lone Pilots』




