ヰ27 出撃!
「ま、まだでしょうか……」
「まあだだよ。」
規制線の張り巡らされた和風個室の中で、アンドロイド少女、設楽居睦美は、薄だいたい色の体にあるいくつかの大切な部分を、
交差した赤いビニールテープでうまく隠しながら、辛うじて放送コードぎりぎりのアングルでyo!をたしていた。
「誰か来てしまいますよ?早くしてください。」と、黒ずくめの忍者少女、飛鳥めいずが、細いピンク色の指で鍵の無い個室の扉を引っ張りながら言った。「……持つ所が小さいせいで、あまり力が入らないので、なるべく早くしていただけますと助かります…ちょっと休んでは駄目でしょうか…」
「ちょ、ちょっと待って!ダメダメ!私のしゃあはね!通常の3倍時間がかかるのよ……」
めいずは、扉の向こうから聞こえるガサガサとした衣ずれの音を聞きながら、
……着替えをているわけでもないのに、何を暴れているのかしら……、と考えていた。
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放課後、話しかけてこようとするクラスメイトの三浦詩のことをわざと無視して、
睦美は一直線に3組の教室に向かった。
「めいずちゃん、行こ!」と嬉しそうに忍者少女の手を引く睦美のことを見て、
詩は絶望に近い表情をして、そのまま机に突っ伏してしまった。
学校を出るとめいずは、「通学路から少し外れますが大丈夫ですか?」と言い、それに対してウンウンと子犬のように頷く睦美を見て
「…あまり期待しないでくださいね。今から行く所が、設楽居さんの和風嗜好問題を解決出来るというわけではないですから。」と続けた。
「わかってるわ、めいずちゃん。学校の件については、私、考えがあるの。早速明日から署名運動を開始することにしたわ。これは多分なんだけど、柔道部と剣道部と、後かるた部辺りは、私達の和の心に賛同してくれるのではないかと思っているの。」
「……そう、うまくいきますでしょうか…」
めいずの案内で、睦美は国道を横断し、大きなマンションの谷間を抜け、
歯医者とクリーニング店をいくつか通り過ぎた後、駅前にある商業施設に入る為のエスカレーターに乗っていた。
「へえ。こっちからも上れたんだ。」と睦美は感心しながら、エスカレーターの片側を覆うイチョウの枝を眺める。
ベルトを掴んだ2人が上まで昇り切ると、そこは駅ビルに続くコンコースに繋がっていて、「ああ、ここに出るのね」と睦美が隣で呟いた。
「こちらです。」と言ってめいずが先に立って歩き出す。
迷い無い足取りで、めいずが入っていったのは、駅ビルではなく、大きな回転扉が付いた垂直な壁の建物だった。
「ここ、ホテルでしょ?」と睦美が少しおっかなびっくりした様子で、めいずの腕を掴んで背中に隠れる。
「はい。でも今日はホテルに用事があるのではなく、ここに併設されたフルーツバーに行きます。」
「…フルーツバー??」「はい。ご存知なかったですか?ここでは通年、季節を問わずあらゆるフルーツのジュースを飲むことが出来ます。最新のビニールハウス栽培の物を仕入れているか、または輸入しているのでしょうかね?季節外の物を頼むと、とにかく高いですが、店先に無いような種類を頼むことが出来ますよ。」「え…私、お金持ってないわよ……。み、水でいいわ…。」
「安心してください、設楽居さん。今日の私はポイントカードを持っています。お好きな物をご注文してください。」と言うと、めいずは濃い灰色のフードをバサッと下ろし、眼鏡とマスクを外すと、最後に三つ編みを、……ふわん、とほどいて…首をふるふると振って髪を左右に散らした。
そして、ランドセルの横に掛けた巾着からウェットティッシュを取り出すと、鼻の頭に描いてあった毛穴のぶつぶつを丁寧に拭い去った。
その姿を見た睦美は「て……あんた誰よ……。なにそれ?ほとんど別人じゃない……」と言って、思わず後退りをした。
「ごめんなさいね、設楽居さん。私、こういう派手なお店に入る時は、逆に派手に変装することにしているんです。だって、いつもの格好で入店したら、せっかく今まで地道に作り上げてきた地味な人格が、一気に派手バレしてしまいますでしょ?」と、めいずが言って白い歯を見せて笑った。
一日中三つ編みをしていたにもかかわらず、髪にあまりウェーブのかかっていない、怒ストレートヘアの飛鳥めいずは、慣れた様子でスタッフに声をかけ、瞳をきらめかせながら、ナチュラルな微笑みで「こちらです」と睦美を促した。
「ず、ずるいわ、あなた……その身のこなし、なんなのよ……どこのお嬢様よ……。よく見るとその黒髪、ひょっとして染めてるの?頭頂部が若干栗色よ?地毛はまさかのチャパツなの?!で、あなたの肌と唇……その透明感、どうなってんのよ?!ほとんど透けて、向こうが見えちゃってるじゃない……。」
そう言いながら睦美は慌ててスマホを取り出し、カメラを反転させて自分の顔を映しながら、襟足のカールをポンポンと叩いて形を整え始めた。
「設楽居さんも、もう変装を解いても構いませんよ?こういった小洒落たお店では、逆に地味な方が目立ちますから。」
「……それ以上言ったら、再び私のロケットパンチが火を吹くわよ……。」
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「で、ここでジュースを飲むのが今日の目的なの?」
小さな白いテーブルについた2人は、向かい合わせに座り、それぞれに運ばれてきたジュースを飲み始めていた。
足元の藤の籠にはランドセルが収納されている。
睦美は注文したメロンジュースが、知っているメロンジュースの味がしないことに戸惑いながら、
……なんだか瓜臭いわ…と、無表情でオーガニックな紙ストローのパサパサとした食感を味わっていた。
めいずは、見た目のドロッとした苺のスムージーを頼んでいたが、一度口をつけた後は……なかなか飲み進めず、膝の上に両手を伏せて背すじをピンと伸ばして座っていた。
あっちのもマズいのかしら……と、自分のを20秒で飲み干した睦美は、改めて豹変した友人のことを眺める。
……この子……まるで、そう、キラキラクールクルビューティーね……。韓流っぽいわ……。で、でも私だって負けてないんだからね?!わ、私の魅力は子犬のような可愛さよ……か、被っていないし、私だってイケてるんだからね……多分。
一瞬、頭の中で三浦詩が『カワイイ!むつみっち!サイコー!』と言っているのが聞こえたが、
……ブンブンと首を振り、裏切り者の残像を追い払った。
「……いいえ。今日の目的はジュースではありません。実はこのお店はですね?飲み物を専門に扱っているだけあって、美味しくて健康的なだけではなく、飲んだ後のケアもまた素晴らしいんです。」と言ってめいずは、静かに茶色い紙ストローを口にくわえ、Chu☆と軽く吸い上げてから、店内にあるプリザーブドフラワーの入った額を見上げていた。「もう、お腹いっぱいです。私はテイクアウトにしますわ。設楽居さんの方は……ジュースも飲み終わったみたいですし……気に入っていただけましたか?さあ、そろそろ行きましょうか?」
飛鳥めいずの地味なパーカーは、いまやシックな雰囲気の流行のジャージのように見え、先日と違い脚を隠した黒のロングスカートは、…よく見ると滑らかで柔らかそうな質感をしていて…、そのうえ皺一つ付いていなかった。
「行くってどこへ?」と睦美が月賦を我慢して、飲み込みながら言う。
「もちろん、レストルームへです。」
「れすとるーむ?」
「はい。実はこのお店、夜は果実酒も出していて……、お酒を提供するお店として、ほろ酔いのお客様から泥酔してしまうお客様までの、酔っぱらいお世話レベルを審査した『看酒乱ガイド』で、星3つを取った凄い御手洗いがあるんですよ。」
「そ、そうなの……。でもそれって洋風なんでしょ……?」と睦美が疑わしげな目をして聞き返す。御手洗いと聞いて、睦美は先程一気飲みした女炉ん呪うすが、健康な超内を掻き回しているのを感じていた。
「はい。洋風です。ただ勘違いしないでほしいのは、ここのお店の洋風は、他の物とはレベルが違うということです。まさに海外にも誇れる、ネオジャポニズムの和洋折衷…そう、……技術立国ニッポンのおもてなしの真髄とも言える、排テクノロジーのスカイトリロジー体験が出来るのです。
これを機会に設楽居さんには、洋風の良さを認識していただき、
学校でも抵抗感無くご用事が達せられると良いと思い、この場所へお連れした次第です。」
「な、なんか良く分からないけど、ありがと……。じゃあ、早速案内してくれる?そこまで言うなら試してみたくなったわ。」
睦美はそう言うと、すくっと立ち上がった。
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めいずが軽やかな足取りで、頭を一定の高さに保ちながら颯爽と先を歩き、
睦美は、前を歩く少女の髪の毛が…ふわさっと、こちらにかかるのを鬱陶しそうに手で払い除けながら後ろをついていった。
「ここです。とりあえず一緒に入りましょう。」
めいずはそう言うと、壁のスイッチを押し、音も無く扉が開くのを黙って見ていた。
睦美が、その個室に足を踏み入れると、めいずもすぐ後ろから入ってくる。彼女は内側のボタンを押して、扉を使用中にロックした。
室内は落ち着いたブルーグレーの壁で、金色の手摺が付いている。清潔な白い床にはグレーの線で、円と四角を組み合わせた幾何学模様が引かれていて、
部屋全体にラベンダーの香りが漂っていた。
「広いわね……」と、睦美が落ち着かなさげに周りをキョロキョロと見回している。
個室には敷居と曲がり角があり、その奥にはめいず(第二形態)の、輝く歯のように真っ白な座席があった。
めいずが黙って睦美を先に歩かせると、
コックピットの蓋が自動で開く。
「さあ、貴女がこれのパイロットですよ。」とめいずが言った。
「……ちょっと待って……。私にこれを操縦しろと……?」
「はい。」
「……いきなり実戦なの?」
「はい。これは1人用ですから、後は貴女にお任せします。私は外でお待ちしますわ。」
「い、嫌よ……。座りたくないわ。」
めいずは微笑み、「大丈夫ですよ。この最新型機体は、従来型とは違いアクアセラミックを採用しています。表面は清潔に保たれていますし、細菌の繁殖も防がれていますから。」と言った。
「更にプラズマクラスター粒子で、空気中の除菌もでき、防臭機能も完備しております。」
「そ、それは分かったけど、説明書もなしに、私がこれを動かせると思う?」
睦美が白いコックピットの片方に突き出た、複雑そうなコントロールパネルを指差しながら言った。
「学校のはTOTO-LO製。うちのはLOXLI製。 でもこれは……PANTSONICって書いてあるわね。このタイプは初めて見たわ。」と睦美が言う。
「はい。そのメーカーの参入は比較的最近らしいのですが、この機体『アウラーノ』は試作機の段階から完成度が高かったと聞いております。有機ガラスのタイプも有名ですね。」「無駄に詳しいわね、あなた…ひょっとしてメーカーの人?」
「いいえ。……しかしながら直近の調査では女子の平均搭乗時間は、男子の約250%。平均約11分とされています。女子は人生の多くの時間をこのコックピットで過ごすということを考えると、詳しく知っておいて損はないですからね。」
「そ、そういうものかしら……。」と睦美が言うと、「では。…後はご自身との戦いです。私は外に出ますね。万一何かあったらお呼びください。」と言ってめいずが若干、可笑しそうな顔をしながら壁のスイッチを叩き、背中に髪を靡かせて去っていった。
な、なによ……偉そうに……。
わ、私だって、足腰に負担がかかるということで有名な、和風機体のパイロットなのよ。見てなさい……、最新型ですって?!私にだって、操縦できるわよ、こんなもん!!
睦美はアーチ型の鏡が付いた棚の所へ歩いていき、置かれたアロマのボトルを脇にずらすと、
いつものように上着のボタンに手をかけ、カラシ色のカーディガンを脱いでいった。
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…………。
………。
アンドロイド少女、設楽居睦美は剥き出しのボディをコックピットに融合させて、
片手をコントロールパネルの上に置いて緊張した様子でボタンをタッチしていた。
ピ・ピ・ピ……
タンクレスね。睦美は肋骨を浮き立たせながら後ろを振り返り、顔をしかめた。
省スペース。……わんぱく相撲式の搭乗を拒否するデザインね。
小鳥のさえずりにも似た、環境音とインストロメンタルの中間のような音楽が流れている。メンタル面での兵士へのケアも万全というわけね。戦いに集中できるように考えられているわね。
睦美は臀部に循環式温水の温かさを感じながら、まだ落ち着かない様子で、少し脚部を展開して、恐る恐る座席の中を覗き込んだ。
睦美は、深呼吸をすると……腰を引いて深く座り直し、息を止めて拳を握った。
ポッとん……とん♪
……ふう。どうよ?めいずちゃん。私だって人並みのパイロットよ。なめないでよね……。さて……。これ、初めて見る機械だけど……集中、集中……。
睦美は目を閉じて、人間工学的に最適な位置に配置されていると思われる箇所、操作パネルの「Osiris」と表示されたボタンを直感で押した。
扉の向こうでは、壁に寄りかかった飛鳥めいずが………、さて、お手並み拝見といきましょうか……と、ふふ、と笑っていた。
『Sortie!』
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