ヰ25 バレ変態んデー♡
また、あの日が近付いてきたわ……。
中学デビューの漆黒のポニーテール女子、木下藤子は、自室の卓上カレンダーを見つめながら、深く瞑想していた。
……年々、多くの昭和の風習が廃れていくなか、この有名なチョコレート記念日のインパクト自体も、薄まってきているような気がするわ……。
そう。#2月14日。セント・バレンタイン・デー。
……今年の初めには、同じく昭和の風習、年賀状というものがすでに消え去っており、お正月の朝、ポストをチェックする伝統が無くなっていたことを確認したばかり。
そして、バレンタインですら、時代に逆らえず、
無くなりこそしないが、かつて漫画やアニメで見た内容から変化してきてしまっているように見える。ボヤボヤしていると、『異性(♂)に想いを伝える』というコンセプト自体が曖昧な今、チョコを渡したところで友チョコに区分されかねない……。
「こ、これ、義理だからね!勘違いしないでよね?!」……というツンデレムーブすら伝わらない可能性大……。
……かと言って一年遅らせる毎に、バレンタインの意味は遠のいていくばかり。
くっ…。中学デビューの弊害ね。小学校時代、きちんとこの国民的イベントにライドしてこなかったせいで、圧倒的に経験が足りないわ……。あの頃から、周囲は友チョコだらけだったけど、……私は知っている……。親公認の関係の男子と女子は、ホワイトデーを待たずチョコと愛を交換していたことを……。
オホン。し、調べた感じ、手作りであることは必須よね、…多分。
手紙は付けた方がいいのかしら。3月14日まで返事を待つということは、一般的に言って…考え辛い。ホワイトデーのお返しは、付き合った後の儀式でしかない。全てはバレンタインの日に決するのよ……まあ、まず、あれね。試作品を制作し、予行演習も重ねておくのがいいわね。だいたい去年はデパートで市販のくまちゃんチョコを買った挙げ句、結局渡せもしなかった。
……私の意気地無し……。そのまま机の奥に仕舞い込んで、夏に発見した時にはドロドロに溶けて、身元不明の死体になっていたことは記憶に新しい……。まさに引き出しに潰された黒轢死。
………。
今年こそ。
私はカイトに告白するんだ。
もう友達以上、恋人未満は卒業よ。
でもよく考えたら、私、カイトとは小学校の時から一緒だったわけじゃない?それなら幼馴染み以上、許嫁未満と言ってもいいんじゃないかしら。
もし、もしもよ?バレンタインでの告白が成功したら……。そう、私達は、婚約以上、結婚未満になるということではないかしら……??
木下藤子は学習デスクに頭を打ちつけて悶えつつ、
明日のチョコレート研究に向けて買い揃えた食材と調理器具を並べ、……ガンバルゾ……と拳をグーに握るのだった。
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翌日。
日曜の朝から両親は揃って外出し、藤子は家に一人残って、家庭科で使う黄緑色のエプロンと三角巾を付け、台所に立っていた。
よし。やってやるわ。
藤子は腕をまくり、スマホで、cock-paccoのページを開いた。
『cock-pacco 』女性利用者が70%を占める、日本最大の素人投稿サイト。自己顕示欲と承認欲求から、ここへ投稿されたお料理の秘ケツを見て、女性達は自分の独り暮らしや毎日の夫婦の生活に役立てている。
藤子は『彼氏が喜ぶ棍勃て』というカテゴリーから『簡単!忙しい時に片手で出来る手抜き料理』というのをチラッと見て、
……いつか私も…好きな人の為に、こういうのを出してあげたいな……と顔を赤くして考えていた。カイトはいっぱい出したら満足してくれるかな?男の人を落とすには、2つの袋を掴むといいって聞いたことがあるわ。
……お袋の味と、胃袋。
熱いヤツに、息を吹きかけて、お口に入れてあげたら、カイトはどんな顔をするだろう……。
私の……出したもの、全部食べてくれるかな……。「え?藤子!?これ、イケるよ!お前、凄いな!初めてとは思えないよ!モリケツも綺麗だ……」とか言っちゃって……。(誤字)
ムフフと藤子は1人で笑いながら、…今日は違ったわ、と手作りチョコレートのレシピの項目を開き直すのだった。
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えーっと。まずは『市販のチョコレートを細かく砕く』、と。
『その後、温めて滑らかに溶かす』、と。なるほど。
cock-paccoに書かれている通り、藤子は、買ってきた板チョコの包み紙をビリビリと破くと、
誰もいないガランとした家の台所で…一枚のチョコを全部を剥き出しにしたことに軽い罪悪感を覚えながら、エプロンの紐を少し緩めた。
指についた細かい粉状のチョコを軽く舐め取る。
一旦ダイニングのソファに移動した藤子は、リラックスした姿勢になると、
外に出した自分の白いまな板の上に、ふわりとクッキングシートを乗せ、そこへ板チョコを置いた。
カイトは……やっぱり男の子だし…こんなまな板よりも大きい方がいいよね……きっと。
心臓がとくとくと動くのを見ながら、微かな体温の高まりと共に、板チョコが柔らかくなっていくのを藤子は感じていた。
このくらいでいいかしら……。面倒なので、そのままの姿でエプロンをかけ直した藤子は、ビニール手袋をはめた手で温もったチョコを掴むと……、
4ピース分の板チョコを割り、一気にそれを口へ放り込んだ。
……飲み込まないように気を付けながら、口に含んだチョコの固まりを舌の上で転がし、徐々に滑らかになっていくのを感じると…甘い匂いが鼻に抜けていく。
藤子は、スマホの画面を横目で見ながら、指示通りに牛乳の中に生クリームを垂らした物を作り、小さなコップ内でよく混ぜ合わせると、少し上を向きながら一気にそれを口に入れた。
そしてゆっくりと口をゆすぐ。藤子はテーブルの上に用意されていた銀色のボウルに両手を添えて、中に俯いたかと思うと、静かに、泡立てないように、唇を小さく開けて、それを中に注ぎ入れていった。
成功ね。書いてあった通り牛乳と生クリームを入れたから、滑らかに出来たと思うわ……。
……作り方、これでいいのよね?前にアニメで見た『あの日見た君の酒の名を僕達はまだ知らない。』方式よね、これ。世界的にヒットした映画だから、倫理的に間違っているはずはないわ。ヤダ!カイトと私の体が入れ替わっちゃったら、どーしよー?!
藤子はこれと同じ作業を、板チョコ1枚分、計6回繰り返して行っていった。
なになに……次は『テンパリングしてブルームを防ぐ』と。え?今からテンパるの?テンパるのは作る時じゃなくて、チョコを渡す時のような……。まあ、確かに私、今から若干テンパってますけど?
でもブルームしちゃうと味や食感が損なわれるって書いてあるわね。じゃあ今からちゃんとテンパリングしておきましょう。
目を閉じて、カイトにチョコを渡す自分を想像し、藤子は、小さな胸を飛び出してくるくらいにドキドキとさせ始め、しまいに喉に胃酸が込み上がってきて、口の中に酸っぱいものが戻ってきた。
頑張ってテンパリングしなきゃ。
藤子は、そのまま2枚目の板チョコに取り掛かり、立て続けに口の中に含んだものを、くちゅくちゅと咀嚼しては、銀色のボウルの中に垂らし込んでいった。
おえっ……なんかキモチワルくなってきたわ……。美味しい手作りチョコの作り方…これ、ホントに合ってるのよね??
涙ぐみながら藤子は、唇に挟まった髪を小指で引き抜き、そのまま手の甲で額の汗をぬぐった。
さてと、と。後は溶かしたチョコを、型に入れれば完成ね。簡単、簡単♪
動画でやり方をチェックした藤子は、キッチンペーパーを筒状に丸めて先を尖らせ、即席のコルネを作ると、その中へ緩いチョコレートの液体を流し入れていった。
よし。準備オッケー♡
黒髪のポニーテールを揺らし、藤子は一度深呼吸をすると……、
可愛らしいタンポポの形をしたシリコンの窪みを、ビニール手袋をした指で慎重に押し開いて、
こぼさないようにソファの上で膝を立てて前屈みになると、コルネの先端をそこへ差し込み、
ちゅぅぅぅぅ………と注ぎ入れていった。
おっとっと、あふれそう……。藤子は慌てて口を閉じて、危うく零れる寸前で止めた。
え?待って?このまま20分くらい冷やすの?そんなに我慢できるかしら、私。私ってせっかちなのよね。
まあ、いいわ。待ってる間、先に型から外す際のコツを読んでおきましょう。
藤子は、ソファの上で正座をすると、自分の踵を立てて臀部を支えながら背を伸ばして愛・不穏の画面を見つめた。
『シリコンは裏を軽く押しながら取り出しましょう。』
『うまく出せない時は引っ張ってオーケー。』
『でも、出来たら無理に掻き出したりせず、自然に取れるのを待ちましょう』…………って……私、なんか怖くなってきたわ。うまく出来るかしら。
20分後。
用意したお皿の上に、藤子はシリコン型から抜いた手作りチョコレートを取り出していた。それはまだ柔らかいソフトクリームのような見た目で……、
……作るのに失敗したことは明らかだった。
……これだからcock-paccoは。やっぱり素人の投稿サイトは信頼出来ないわね。レシピ通りに作ったら味が薄かったとか、前に聞いたことがあるような気がするし……。
次はちゃんとレシピ本を買ってこようかな。
て言うか、私、体がチョコまみれじゃない……。
カイト?
バレンタインはね?チョコまみれの私を、あ、げ、る♡
な~んつって☆
ペロリと舌を出した木下藤子は、
……白い皿の上に乗った邪気・魔気具・咀腐吐くりい夢を見つめ、
捨てましょう……なんかバッチいわ……。と急に夢から覚めて真顔になったのだった。
『S○○t. Valentine's Day♡』




