ヰ20 復讐
………兄妹が迷い込んだ森には、お菓子の家がありました。
そこには三匹の子ブタが住んでいて、一緒に住んでいた魔女が全部の子ブタを食べてしまいました。
そこへ狼がやってきて、扉の郵便受けから毛むくじゃらの手を出してきます。
魔女は兄妹の制止を聞かず、『ママが帰ってきた!』と扉を開け、
狼にペロリと食べられてしまいました。
ばーん!
後ろから鉄砲を持った猟師が狼を撃ち、狼のお腹を切り裂くと、赤ずきんを被った魔女が出てきます。
猟師は代わりに狼のお腹の中へ石を詰め、糸で元通りに縫い合わせました。
………。
………。
………。
お腹の中にある固い石の手触りが、妙に現実的に感じられて……、
……睦実はうっすらと目を開けて、部屋の天井を見つめていた。
窓からは朝の光が射し込み、外で鳥のさえずる声が聞こえる。
睦実はまだしばらく夢の続きを見ながら、狼のお腹の中にある固い石を、温かいジャージ素材の上から片手でずっと触っていた。
………。
睦実の顔の横で、兄、海人が目を開けるのが見えた。
………。
………。目が合うと反射的に海人は……、優しく笑った。
睦実も口の動きだけで(…おはよう)と言って微笑む。
………。
………。
ん……??
んん……??
「うぎゃああああああああ!!!!」設楽居海人は悲鳴を上げながら飛び起き、そのままベッドから転げ落ち、その拍子に足元にあったバケツを蹴飛ばして、床に倒れ込んだ。
「ど、ど、ど、どうしたの?お兄ちゃん?!」と睦美が驚いて声を上げる。
「あわわわわわわわわ……」
海人は、尻餅をついたまま顔を真っ赤にして、お腹の下にバケツをあてがって「く、来るな!!」と叫んだ。
「どうしたの?お兄ちゃん?また網羅しちゃった??」
また、ってなんだよ?ダメだ、ダメだ、ダメだ!!妹と寝るのは危険過ぎる!!て言うか!もうすでにアウトだ!!俺は終わった!!刑務所行きだ!!いや、逆か!むつが刑務所行きだろ??
「むつ?!今の……わ、わざとか?故意なのか?」
え……。恋…なのかしら……。
お兄ちゃん……私の心を乱さないで……。私は自分に言い聞かせた……これはただの兄妹愛。そう……私は愛に逃げたい……でも、わかってる。これは、本当は、
……恋。
………設楽居家が朝から大騒ぎしている頃、
設楽居睦実のクラスメイト、赤穂時雨は、持っている服の中でも飛びきり可愛いと思われる、韓国風の白のハイネックのセーターとブルーグレーのチュールスカートを着て、
玄関の全身鏡の前で軽くアイシャドーを入れた吊り目を、挑戦的な流し目にしながらポーズを取っていた。
……両親に新宿へ行くことは伝えていない。
ネッ友とは今日初めて会うことも内緒だ。
別に密室で会うわけじゃないし、お昼もムーンバックスの軽食で済ませる予定。そして3時には解散。
……後ろめたいというわけではないが、親に話すと100%止められそうな気がする。
でもさ、今日行くゲリライベントは、大手出版社の雑誌ミコ☆ポチが関わっているんだし、怪しいものではないよね。……確かに豊子キッズとか怖いけどー??……でも遠くから見る分には、ちょっと楽しみかもー。
赤穂時雨は、緑のベレー帽から出したカーリーヘアの房を、肩の前に出したり、後ろに流したりしながら、
最後にピンクベージュのキルティングバッグを肩から提げた。
そして「いってきまーす。」と大きな声を出すと、玄関を開け朝の光の中へ消えていった。
***************
新宿東口を出てすぐの所にある、日本有数の歓楽街、コトブキ町の入り口近くに、
巨大なビル、鈍器法廷が聳え立っている。
ここでは日々、大量に罪上げられた食料品や雑貨がさばかれ、入り口はいつも人でごった返していた。
最近では日本に来た異邦外国人が、ここを訪れ、免税された後強制送還されていると聞く。
この建物自体の経営に後ろ暗いところは全くないのだが、近年、周辺に『豊子キッズ』と呼ばれる少年少女達がたむろするようになり、一種の社会問題として、メディアに取り上げられるようになった。
『豊子キッズ』
全ての始まりは、コトブキ町に集まる家出少女を保護する為に作られた『新宿ドロップイン家』の倒産からだった。やがて家の代表、故・乃望豊子の博愛思想に感化された、行き場のない未成年の子供達が、SNSのネットワークを介してこのエリアに集まってきて、
いつの間にか彼らは豊子キッズと呼ばれるようになっていた。
……しかし、すでに閉鎖されて久しい同施設の跡地に建てられたこの商業施設に、傷付いた少年少女達を癒す力などあるはずもなく、
義務教育からドロップアウトした不登校児達が享楽的にお互いの傷を舐め合い、刹那にたむろっているだけだとルポ記事は伝えていた。
それでも巷では、このコミュニティが空中分解しないのは、
……誰かが強力なリーダーシップを取って、子供達を纏め上げているからではないか…、
とまことしやかに囁かれていた。
子供達は転売の為にヤッピーセットの初日に並び、ニテイルケド不一致2の列に並び、何かしらの自給自足(?)で生活をしているようだったが、
未成年が大人の餌食にされる闇の部分については、ハッキリとしたことが分からず、一番懸念されている☆売リハライ奴☆に関する全ては、噂の域を出る情報がなかった。
メディアが面白おかしく伝えるのはイマドキの子供達の生態。
リアルな悲劇さえも、エンターテイメントと化し、そこに登場する子供達も、世相の1ページとして、ワイドショーに消費されているだけのように見えた。そう、表向きは……。
………。
6年2組の自称お洒落番長、赤穂時雨は、遠巻きに豊子キッズと思われる青少年達を見物している人々に混ざって、
ネッ友の『ねりけしちゃん』が来るのを待っていた。
凄い人混みね……本当にカリスマモデルの煉獄ちゃんが、こんな所に姿を見せられるのかしら……。
よく見ると、時雨の周りには、同年代くらいの女子が何人かいることに気付く。
……この子達、絶対に煉獄ちゃん待ちでしょ。それにしてもこの情報ってどれくらい拡散してるのかしら……。
ああ、ねりけしちゃん早く来ないかな。やっぱこんな所に一人でいるのは不安だよ。
時雨は愛・不穏を覗き込み、……でも今朝から全く音沙汰無しってどういうこと?と少し心配になり始めていた。
……待ち合わせの目印として、ねりけしちゃんは、白のロリータ服に黒の翼をつけて、最近骨折して左腕を吊っていると言ってたから、超分かりやすい見た目なはず……。
……ふと、鈍器法廷脇のガードレールに座る豊子キッズ達の中に……、
白いロリータ服の少女の姿を捉える。
おや?おやおや?
あの子、黒い翼つけてない??
もしかして腕も……吊ってる?
て言うか脚にもギブスしてるんですけど……。大怪我?交通事故にでもあったの?
人混みの中、時雨の2人前にいる女子が、やはり同じ少女をじっと見て、なにやら戸惑ったように、スマホを確認しているのが見えた。
そして……この女子がスマホに表示していたのは……ねりけしちゃんのインスタントぐらしだった……。
あれ?この子も、ねりけしちゃんのお友達?この子が、ねりけしちゃんじゃないよね?あれ?待ち合わせしたのは私だけだよね?どうなってるの??………もしやここにいるJSっぽい子、全員、ねりけしちゃんと知り合い?
え?どういうこと?
女子達の視線に、今さら気付いたとでも言うように、豊子キッズの白リ少女が顔を上げ、有象無象の群衆に目を向けた。
真っ赤な口紅を塗った少女は、ニヤリと笑うと、近くにあった松葉杖を掴み、隣にいる中学生くらいの歳に見える、金髪の男子の手を借りてヨイショッ♡と立ち上がった。
「うふふ、見てみなさいよ、おジャガ?
煉獄ちゃんが来るっていう贋情報に釣られて、おバカな女の子達がイッパイ集まってきたわ。」
おジャガと呼ばれた金髪の男子は、「なあ、いつも言ってんだろ?俺のことはジャガーって呼んでくれって。」と言って、ニキビだらけの顔をしかめた。
金髪に黒い革ジャン、厚底ブーツに鎖を絡ませたジャガーが「なあ、ネルネ?あんなガキ達を集めてどーすんだ?それも女子ばっか。」と言う。
ネルネと呼ばれた白リ少女は、ククク……と笑いを噛み締めて、「貴方こそ、今日は私の真名を呼ぶのはおやめなさい。今日の私は、ねりけしちゃんよ!」と言って、怪我していない方の右手で松葉杖をズズズ……とアスファルトに引き摺った。
彼女の別製松葉杖は、鈍器法廷で購入した蛇のオモチャが巻き付けてあり、その上から更にラメ入りの白い塗料が塗ってあった。
「はあ、どっちでもいいけどよ?で、今日は何をするんだ?これから。」とジャガーが言う。
「……あの中から何人かを豊子キッズに引き入れるわ。」「え?何のために?もう俺達充分に沢山いるじゃん?分け前が減るのは嫌だよ。」
「おジャガ?……だから貴方はいつまで経ってもナンバー3止まりなのよ。」
と、ガードレールに寄りかかり直したネルネは、杖の先で、ポカンと彼の頭を叩いた。
「あ~、どう考えても貴方じゃ役不足よねえ。私、もっと優秀なブレインが欲しいわあ。成績が学年トップくらいの、めちゃイケメンとかが……」
「バーカ。そんな奴が俺らの仲間になるはずがないだろ。」とジャガーが笑う。
「なるほど…そういうことか…。」
透き通るような少年の声を聞き、ネルネとジャガーが、ん?と振り返る。
「睦美ちゃんのお兄さんがお前らの仲間になる未来はまだ回避し切れていないようだな。何故だろう…呆痴彼女はアンインストールしてもらったはずなのに……。1周目の時は、こっちに関わることはなかったが……念のため一度見に来ておいてよかった。」
「だ、誰だお前は?!」とジャガーが叫ぶと同時に、
「向井くん??なんでアナタもここに来てるの?!」といつの間にか近寄ってきていた赤穂時雨が、すぐ側で叫んだ。
「あ、あれ?き、君は、え~~と…」と転生美少年、向井蓮があやふやな様子で彼女の顔を見つめる。
「6年2組、出席番号1番!赤穂時雨よ!!」と時雨が胸を張って叫んだ。
「そこのあなた、もしかして、ねりけしちゃんじゃない?どーなってるの??ねえ、煉獄ちゃんはまだ??」
時雨の大きな声と共に、人混みのあちこちから
「え?煉獄ちゃん?」「ウソ、どこ!」「闇の煉獄ちゃんが来てるらしいよ?!」「マジ!?」「誰、煉獄ちゃんて?」「え?知らないの?ミコ☆ポチよ!!」「やばい!どこ?見えない!!」と怒声と悲鳴が上がり始めた。
「マズイわね……」とネルネがガードレールから立ち上がり、大きなつけまつ毛をバチバチとさせると、「おジャガ?撤退よ!他のメンバーに伝えて!」と言った。
「逃がさな……」と蓮が言いかけたところで、「え!!煉獄ちゃん来たの??キャーーどこ?どこ?」と言う時雨に押し退けられて、美少年は尻餅をついていた。
興奮した女子達にもみくちゃにされる中、倒れている蓮に気付いた時雨が、「あ、大丈夫?(ぽ♡)」と彼の腕を引っ張り上げる。
イテテ……と立ち上がり、顔をしかめても尚、美少年オーラを発する蓮が、「オホン、き、君、早見恋歌が好きなの?」と聞いてきた。
「え?そうでもないんだけどね、やっぱナンノカンノ言って芸能人じゃん?会えたらいいなあ……て。」と顔を赤くした時雨が答える。
「そ、そうなの?まあ、なんでもいいけど」と蓮は言い、
見えなくなった白リと黒金髪の姿を探すのだった。
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「なあ、ネルネ?」
「なに?」
鈍器法廷横の雑居ビルの踊り場で、ネルネは自分の腕の三角巾のひじの所に、
ピンク色のサインペンでハートを描きながら黒い翼をピコピコと動かして不機嫌そうに答えた。
「さっきの女子、ちょっと可愛かったな。」とジャガーが、革ジャンの襟につけたゴワゴワの毛皮で、自分の顎を擦りながら言う。
「は、誰?誰のことを言ってるの。」
「ほら、……あのアコウシグレちゃん…」
「は?なに、貴方、ああいうのが好みなの?吊り目の流行追従型モブ女。そこはかとなく消化しきれていない韓国風ファッションがダサかったわ。」「おい、相変わらず手厳しいな。あれはあれで可愛かったぞ。」
「……ねえ、おジャガ?」「ん?」「私達の目的を忘れてはダメよ。」
「……わかってるよ。」と金髪を掻き上げつつジャガーが言う。「社会への復讐だろ。」
「そうよ……。でも、それだけじゃないわ。国語、算数、理科、英語、化学……その他、歴史や保健だってそうよ。復習だけではなく、予習だって必要なのよ。……私達、毒親のせいで学校に行けてないんだからね?わかってる?高卒認定を取って、大学に行くのよ??遊んでる暇はないのよ?!」「はいはい。」
「今日だっておバカな女子を集めて、強制的に勉強をやらせるつもりだったのに!!とんだ邪魔が入ったわ!」とネルネは悔しそうな表情をして、雑居ビルの一室に隠された自習室に入っていった。
「私達が、新宿ドロップイン家の意志を継ぎ、教育弱者の子達に手を差しのべるのよ!変態しかいない塾や学校の先生なんかに、子供の未来を委ねてはいけないわ!」ネルネがそう叫ぶと、
ジャガーは「へいへい。じゃあ俺、これから奈良の仏教と朝鮮半島の関係についての勉強をするから、なんかあったらまた呼んで。」と言い、ネルネは机の上に松葉杖を横向きに置くと、
……さっきのあの美少年、私達の新しいブレイン候補に、なにか心当たりがあるようだったわね……。6年2組、アコウシグレとか言ってたっけ?あの美少年と知り合いっぽかったわね……。もう一度接触してみる価値がありそうだわ………、と心の中で考え、一度、深呼吸をすると……英検準2級の過去問に集中するのだった。
『Review』




