ヰ15 それぞれの事情
「そちらのお方は、……どなたでしょうか?」
と、黒い忍者少女、飛鳥めいずが、おずおずとした口調で声をかける。
設楽居睦美の腕の中で、匂いを充分に嗅いで元気を取り戻した三浦詩が、
「6年2組、出席番号26番、三浦詩……。」と名乗った。
「私はあなたのこと知ってるわよ。飛鳥さんでしょ?……ちなみにあなた、愛・不穏持ち?」と詩が言う。
「いいえ。正直、愛・不穏はダメです。私、スマホは地味なアンドロイドと決めていますので。母は、機種変しろとうるさいんですけどね。愛・不穏にするくらいなら解約すると言っておどかしておきました。」
「そ、そうなの……?ところであなた、どこかのクラブに所属しているの?よかったらうちの科学特捜部に入らない?今日、丁度空きが出たところなのよ。」
「いいえ。私、地味~な美化委員などという所に所属しておりますもので、兼部出来るほどの暇はありません。」と何処か誇らしげに、めいずが言う。
今まで黙って聞いていた近藤夢子が、前に進み出てきて「ねえ、美化委員っていつも何してんの?徒イレ掃除とか?」と聞いてくる。
「はい。美化委員にとっては徒イレ掃除も主な活動内容の一つです。…陽キャは部活でプール掃除、陰キャは委員会活動で徒イレ掃除。日陰者の私は、誰も好まない、見向きもしないお仕事を率先して行っております。」
「ふうん。まあ、そうね。アンタ、ミニスカ以外なんか地味な格好してるし。あ、そうだ、アンタさ、校内でウコンエキスhyperの空き缶見なかった?」
「……それは校則で禁止されている範囲を超えているのでは……」
そう言っためいずは、地味と言われて少し嬉しそうな顔をしていた。
……おっと気を付けないといけないわ。母曰く、私は笑顔になると韓流アイドルっぽくなるんでした……。say-K☆していないのにもかかわらず、この容姿……瓶底眼鏡越しに、瞳の中に輝く銀河系帯がバレてしまう。
あくまで、地ん味んの、地ん味んによる、地ん味んのための生活が、私のモットーですから。
「あれ?睦美は?」と三浦詩が声を上げる。
いつの間にか設楽居睦美は、この場からいなくなっていた。
「こら!そこの女子達!いつまで残っているんだ!帰りなさい!!」と男の先生の声が、廊下に響き渡る。
「いっけね!」と言って夢子は舌を出し、
……世の変態は下を出し、コスプレイヤーはほぼ下着だし……、と考えて……はい、おあとがよろしいようで、とレッドカードを出されて退場するのだった。
**************
一人先に下校したアンドロイド少女、設楽居睦美は、自宅に到着すると、「むーちゃん、おかえり~遅かったね」という母の声に「ただいま~」と返して、
すぐに階段を駆け上がっていった。
いやあ、大変な1日だった……。
自室に戻った睦美は、まず、換気の為に開け放しになっていた窓を閉め、改めてけろっぴ臭さが残っていないか、クンクンと鼻を鳴らした。
……もう大丈夫なようね。どちらかと言うと兄上のお部屋のアンモナイト臭の方が気になるわ……。後で確かめにいきましょう。
睦美は緑色のランドセルから、ビニール袋を取り出すと、口を破いて、中に入っていた湿った縞々パーツを取り出した。
いったんヒトハダで温めておきましょう。お風呂に入るまでなるべく乾かしておけば、怪しまれることはないわ。
睦美はデニムのジーンズからボディを離脱すると、まだ濡れた下部パーツに*シャキーン*と脚を通した。
ち、ちべたい……。
なんかプールを思い出すわね……。
設楽居睦美は遠い夏の日に想いを馳せながら、下半身のみ下着姿のまま、
学習机に座って宿題を始めるのだった……。
*************
アンドロイド少女、睦美の兄、設楽居海人(14)は、
クラスメイトの木下藤子と、段差のある肩を並べて一緒に歩いていた。
2人共、深緑色のジャージを着て、学校指定の黒い大きなリュックサックを背負っている。
寒さは一層厳しさを増し、時折、電線を揺らす突風が、縄跳びを飛ぶ音のようにひゅんひゅんと鳴る。藤子は、ジャージの袖の中に小さな手をしまって、白くなった爪でゴムを引っ張りながら、「寒いね」と言った。
「ああ、去年の暮れは暖冬だっからな。揺り返しで今年に入ってから一気に寒くなったよな。」と海人が言う。
「早く春にならないかな。」と藤子が鼻をすすって言う。艶やかで毛量の多い髪をポニーテールにした彼女は、重たそうに頭を振り「……結局、スマホの充電切れちゃったね。」と言った。
海人はポケットから愛・不穏を取り出すと、「いいんだ。全部放電し切って、スッキリしたよ。」と言って笑う。
「ねえ、海人?また(luin )出来るようになったら…すぐシてね?」
「え?…ああ、充電しながら操作するのはバッテリーに負荷がかかるからな。しばらく溜まってからにするよ。てか、わざわざluinで何か話すことあるのか?今話せよ。」
「え……もう……カイトは分かってない……」
「なにがだよ?」
「夜、お布団で、カイトの顔を思い浮かべながら裸陰するのがいいの!もう、バカ!女の子にここまで言わせて!……鈍感!」
「木下、お前さあ……。いつも思うけど、女子は連続で出来るのかしんないけど、……男は一回送ったら、それで充分なんだよ。次に出すまで時間がかかるもんなの!」と海人が立ち止まって言う。「だいたい中学生がこんなことばっかししてたらバカになるぞ!メッ精ジを出すごとに脳が緩くなる気がする。……なあ、俺達、もっと勉強しない?お前さ、この前の定期テスト9位まで落ちてたじゃん」
「分かったわカイト。」と向き合った藤子が真剣な目をして言う。
「あなたがそう言うなら…次の定期テストまで、私、我慢する。それで今度の発表の時、おな中の奴らに見せつけてやるわ!それまではね、私は、不甲斐ない自分を自分で慰めたりしないから!私ね……発表の時、自分を偉いねッて褒めてあげられる自分になってみせる。」
「よく言った!木下!そうだな、でもさ、おな中の奴らはどうでもいいんじゃないか?所詮、狭い世界の、おな中ということでしかないんだし……。これは、今お前も言ったように自分との戦いなんだ。どこまでヤれるか。全力を出し切った後の満足感は、きっとなにものにも変えがたいものになるはずだ。
……まあ、あれだな…、結果を出した暁には……一緒にカラオケにでもイこうか?……アハハ、お前がさ、一人で気持ちよく声を出してるとこ、俺見ててやるよ。なんか目に浮かぶよ。お前、意外に激しいの好きじゃん?マイク放さなさそ~」
藤子は海人の言葉を聞いて、恥ずかしそうに俯いていた。「……約束だよ……テスト終わったら一緒にイくって……。でも、私、見られるだけじゃ嫌だからね。カイトもマイクを持って歌うカッコいいとこ見せてよね?カイトってさ…合唱コンクールの時思ったけど、結構(声が)太くて、(息が)長いんだよね……1年生の時と随分変わったよね……。大人になったって言うか。(声色も)凄く艶があって…張りもあるし。カイトくんが私のことを見て、う勃っているところを想像すると………私……、なんだか我慢出来なくなってきちゃった。
……今すぐイきたいな……カラオケ。
アハハ、冗談だよ?分かってるって!まずは勉強、勉強!よーし!ガンバルゾ~!先に楽しみがあるから、なんか生きる力が沸いてきた!!」
そう言った後、藤子は顔を上げ、海人と目が合ったのでニコっと笑って首を傾け、漆黒のポニーテールを片方にぶんと振った。
「そうだぞ、学生の本分は勉強だからな。」と海人が言うと、藤子が「カイトも呆痴彼女だっけ?あれしちゃダメよ?」と言った。
「呆痴彼女だって??!」
と唐突に、背後で澄んだ声がして、中睦まじい中学生カップルは同時に振り返った。
そこには、ランドセルを背負った巻き毛の美少年が立っていて、
……青ざめた顔をこちらに向けていた。
「えーっと……君は……?」と木下藤子が戸惑いを隠せない様子で聞き返す。
………。
………呆痴彼女……。1周目の人生で、悪名を轟かせた害悪アプリ……。小中学生の課金が社会問題になった、地獄のガチャゲーム。
大人でも、これで人生を狂わされた者は数知れず……。
正史では、睦美ちゃんのお兄さんがこれに怒ハマリし、父親の貯金を遣い込んだことで、一家離散のきっかけを作った元凶……。
「カイト?この子誰?知ってる子?」と木下藤子が耳元で囁く。
「さあ……」と海人が言うと、
「あ、あなた、もしや、設楽居海人さんですか?!」と美少年が大きな声を上げる。
「え?ああ、そうだけど?……君、会ったことあったっけ?」
「あ、いいえ……1周目では…あなたの噂を聞いた時はすでに、あなたは豊子キッズの仲間入りをした後でしたから……。」
「人聞きの悪い……。誰が豊子キッズだって?」と半分笑いながら海人が言う。
「そうよ、ここにいる設楽居海人くんはね、三丁目の豊子さんとは全く真逆の存在。て言うか……きみ、ちょっと失礼だよ?」と藤子が言う。
「あ、す、すみません……。あの、僕、設楽居睦美さんのクラスメイト、向井蓮と申します。突然、お声をかけてしまって申し訳ございません……」と背後に薔薇のような気配を散らしながら、美しい少年が言った。
「ふうん、君、むつの同級生か。むつが僕のこと話してたの?」と海人が言う。
……睦美ちゃんの精神が壊れる原因の1つが、このお兄さんのゲーム依存性にあることは間違いない……。ま、まずは、お兄さんのスマホから『呆痴彼女』をアンインストールせねば……。
「は、はい。睦美さんから、お噂はカネガネウカガッテオリマス……。」
「そうなんだ。いつも妹がお世話になってる…のかな?で、呆痴彼女がどうかした?……えっと蓮くん、でよかったっけ?ひょっとして、君もやってるのかな、あのアプリ?」と海人がおかしそうな顔をして言う。
「カイト?こんな小さな子を誑かしちゃダメよ。」と言いながら藤子が軽く背中をはたいてくる。
「逆です。僕はお兄さんが呆痴彼女で遊ぶのには反対です。睦美ちゃんが悲しむから……やめてください。」と蓮が言った。
「お兄さん呼び……。きみ、カイトの妹さんとどういう関係なの?」と藤子がキツくならないように、柔らかい声で言う。
「お姉さん。お見受けしたところ、あなたはお兄さんと近しい関係にあるお方。可能であるならば、あのアプリを消却するよう、お姉さんからも言ってあげてください。」
「ち、ちかしいかんけい??」ムフーっと藤子は鼻息を荒くして、赤い顔で海人のことを振り返った。
「ほら、カイト?小学生に言われてるわよ?私に我慢を強いるなら、カイトも呆痴彼女を消さないとダメよ?」
「わかった、わかった。」と設楽居海人が言う。「充電したら、すぐにアンインストールするから。」
「約束ですよ?」「約束よ?」と蓮と藤子が同時に言う。
……よし。これで設楽居家の一家離散は食い止めることが出来た……はず。
「突然、変なことを言って申し訳ございませんでした!……後はお姉さんにお任せ致します!……では僕はこれで!」
と言って美少年は走り去っていった。
「なんだったんだ、あの美少年……」と海人は言い、後頭部をポリポリと掻いた。
「そういえばカイト?」「ん?」
「妹さんの話、あんまり聞いたことないけど、どんな子なの?」「あー、うちの妹?アイツは結構な変わり者だぞ。」
「ふうん。……今度会ってみたいかも。」「どうだろ?アイツ人見知りなとこあるし……。」そう言いながら海人は、
……呆痴彼女か……。高齢化は先進国の社会問題だからな。また高齢化と対になる少子化についても、国は有効な対策を立てることが出来ていない。年金はどうなるのだろう……。若者は将来に不安を抱える中、不登校、ひきこもり、転生、など、見ようによっては現実逃避とも取れる解決策を選択している。
『新宿ドロップイン家』代表、故・乃望豊子の思想に感化されて、鈍器法廷前に集まった、通称、豊子キッズの登場も、こういった世相を反映してのことだと思われる……。違法空気ドロップも蔓延していると言うし、最近はいいニュースを見ないな……
と、つらつらとあてもなく考え、かじかんだ手をポケットに突っ込むのだった。
『Various circumstances』
皆様の『続きが読みたい』という気持ちが、カレイドスコープ先生のパワーになります。
先生にその思いを伝える簡単な手段があります。……そう!評価とブックマークです!
皆様の応援を受けて、今後も先生は社会問題に切り込んでいきますので、ご期待ください。