ヰ13 ノイズキャンセラー
「廣川先生?」と設楽居睦美が、ブラウスの袖を引っ張ってくる。
「なあに?」と廣川満里奈は小声で返事をした。
「先生?ここは生徒だけで話をさせてもらえませんか?先生がいると、その、話し辛いと言うか……」
「ま、まあ分かるけど、でも先生もいた方がよくない?」と廣川先生が囁く。
…………。
「先生?……まだスラックス補修してないんですよね?」
「そうだけど……」と言って廣川先生は、チラッと、飛鳥めいずと名乗った少女のことを見る。
……致し方無い……。と睦美は目を閉じると、
ひと思いに、えいやっ!と
廣川先生の腰に巻かれたジャケットを、鋭い手刀でバサッと捲り上げた。その拍子に引っ掛かった指先で、☆ビリッ☆と新しい音が鳴る。
「うぎゃ?!」と悲鳴を上げ、先生がmyっちんぐなポーズを取った。
設楽居さん??スカート捲りとか…Hey! Say!レトルトを超えて、一桁昭和ホットケーキですか?!!スカットジャぱんの捲りズム。アタシは50year~んずagoの、チキチキマシン猛レーーツか~~い!!?……うぉぉぉ♨₢₡₦฿₫₭₮~人がイッパイ○んでんだぞー(?)!!※Z世代の心の叫び
廣川先生は、《ガンプラ、ポリゴン、SDG~s~~》と心の中で叫びながら、さっきよりも大きく裂けてしまった才シリを押さえながら、ひぇ~~と走り去っていった……。
先生……スミマセン……。今回は、ソウホウにジンダイなヒガイをモタらしました……。
…………。
そこまでの様子を唖然とした顔で見ていた、飛鳥めいずが「わ、私…お邪魔だったでしょうか…」と言いながら、自分のスカートを押さえた。
「いいのよ、いいのよ、あなたは悪くないわ。……ところで、その、飛鳥さん?わ、忘れ物って…なあに?ひょっとして、……最初にパがついて、最後にツがつくもの?」と睦美が言う。
「パ、パイロットシャツ……ですか?」
睦美は、心の中で…
肩章の付いた白い半袖シャツに、黒いネクタイをした機長が、胸ポケットの片方にブラウンのサングラスを差した姿を思い浮かべ、
レトロな男前が、フッと笑う顔を想像し……、だ、誰よ、あんた??と素早く掻き消した。
「で……、忘れ物はなに?」と睦美は再び尋ねる。
「……眼鏡です。」
「パンツではないのね?」
「ぱ?……そんな訳ないじゃないですか??……まあ、確かに某有名人の方なんかは、サングラスでしか人前に出ないから、それ無しだとパンツを履いていないかのような気分になる……というのは聞いたことがありますが……。」
「でも眼鏡を忘れるってことは、あなた、伊達眼鏡なの?」と睦美は、自分の嘘から出てきた謎の少女の言葉を聞いて、少しホッとしながら言った。
「はい。お恥ずかしながら……。私は、地味をモットーとしておりますので、普段は眼鏡をかけております。……美や可愛さは、生きるうえでノイズでしかありませんので。」と言って、飛鳥めいずは顔を伏せた。
……美や可愛さって……。あなた、どこまで自分の容姿に自信があるのよ……。そ、そりゃ何となく?マスク越しでも整った顔をしてそうだけど?……ソバカスだらけじゃない。
「顔にはソバカスを描いてます。……髪も毎朝、地味オブ地味な三つ編みにするんですけど……。私、さらさらな髪質なせいで、うまくまとまらないんですよね……。正直、貴女みたいな髪質、羨ましいです。地味になるって大変ですよね……」
おっとぉ、めいずちゃん??それ以上言ったら、私の二度目の手刀が飛び出すかもよ?!
必殺ロケットパンチが火を吹くからね。
睦美は、飛鳥めいずが3組の教室に入り、眼鏡を取ってくるのを、何となく廊下で待っていた。
やがて、キャップ、眼鏡、マスクと顔に完全装備をして戻ってきためいずを見て、睦美は、……地味というか忍者みたいね……。と思っていた。
「ごめんなさい。私、自分のことばっかりお話してしまって……。貴女のお名前をまだ聞いていませんでしたね。え~っと、2組の方ですか?」
「2組、出席番号14……設楽居睦美……」とブスッとした表情で睦美が答える。
「あの……ひょっとして貴女も、同じですか?」とめいずが、瓶底眼鏡に隠された瞳を睦美に向けてくる。
「同じって?」と言いながら睦美が、警戒したように自分のデニムジーンズの前を、さりげなくチェックする。
「その垢抜けないジーンズと白いパーカー。胸に書いてある文字も“Nice friend”と、ポイント低いですわ。参考になります。また、あまり現実では見たことのないSFな襟足ポンポンカールヘアも、なんだか昔懐かしい感じで、絶妙に地味です…」そこまでめいずが言ったところで、睦美の手がシュパッ……と動いて、
黒ずくめ忍者少女のプリーツスカートを切り裂いた。
はい、黒のペチパンツ!アクリル毛糸製!そして、ちゃんと履いてるわね!!
「きゃっ!!」とめいずが声を上げ、すぐにスカートを押さえて廊下に踞る。
「な、なんですか?!急に……。」
……わ、私としたことが。アンドロイドなのに感情をコントロール出来なかったわ……。
「え、え~っと、ちゃ、ちゃんと、そこも地味にしているようね……感心、感心……」と睦美は目を泳がせながら言った。
「……え?そ、そういうことでしたか?なんだ、私ビックリしていまいました。そうです。おっしゃる通り、私は見えない所にも気を使っています。」と言って、立ち上がっためいずは今度は自分からスカートを軽く捲ってみせた。
「設楽居さんはいつもジーンズなんですか?……ジーンズは正直、脚の型が綺麗に出過ぎていまいますから、……なかなかうまく、そのように地味に履きこなすのが難しいんですよね……。羨ましいです。」
地味、地味、ってさっきから何よ!!私ってそんなに地味??ウタは、いつも私のこと可愛いって言ってるわよ?!
……………。
「……飛鳥さん?」
「はい」
「いいこと教えてあげるわ……。あなたが今よりも、もぉ~~っと、地味になれる方法を……。」
「え?よろしいんですか??是非教えてください。あ、でも、髪を切るとかはダメです。母がそれを許しませんから……。」
睦美はオホンと咳払いをすると「じみはじみでも、幼なじみというものがありまして……。これはよく、負けヒロイン確定とか言われているわよね?」と言った。
「は、…はい。」
「あなたには幼なじみがいる?」
「いいえ、残念ながら。」
「おほほほ……私にはいるわよ。赤ちゃんからの幼なじみで、ひとつ屋根の下で暮らしていて、まあ、言ってみれば?同居の長さから事実婚状態の男の子がいるわね。」(実の兄)
「へええ……。そんな漫画みたいなことがあるんですね……と、言うか、幼なじみは負けヒロインという話ではなかったのですか?」とキョトンとした様子のめいずが言う。
「うっ……。あなた痛いところを突いてくるわね……。まあ、負けヒロインに関しては諸説あるから、あまり気にしないで。
幼なじみがいないあなたには、別なアドバイスを…」
「あ、私、許嫁だったらいます。」と言ってめいずが挙手をした。
「は?」
「許嫁です。」
「いいなずけ……て、あの、いいなずけ?……実は井伊直弼でーす、とかいうギャグじゃなく?」
「……そんなギャグ、聞いたことありませんけど…。
私まだお会いしたことがないのですが、18才になったらその方と結婚するそうです。」
「け、結婚するそうです……って、そんなテンションでいいの??会ったことないって、あなた、変な男だったらどうするのよ?!それこそ井伊直弼みたいなのとか……」
「日米修好通商条約に安政の大獄、そして桜田門外の変。暴政で暗殺されてますけど、まあ、歴史に名を残した方ではありますね。」とめいずが言う。
「ボーセーでアンサツ……井伊直弼って誰だっけ?」
「語感だけで記憶されている歴史上の人物ですね。小野妹子とかジョン万次郎とか……。」
その時、後ろから声がかかった。
「お、アンタ達、なんかエロ話してる?」
振り返ると、そこには赤いランドセルを背負った、くびれ形こけし少女、近藤夢子が
よっ!と片手を上げて立っていた。
その後ろからは、ぐったりとした様子の三浦詩が、長い黒髪をサ(ラ)ダ子のように前に垂らして歩いてくる。
その様子を見かねた睦美が「……ウタ?どうしたの…」と声をかける。
「あの、変態ボーイめ……」とだけ言うと、詩はガクッと睦美の胸に倒れ込んできた。
「何があったのよ?」と睦美が、親友の肩を支えながら言う。
「アハハハ……。」と夢子は笑い、
「あれ?そこの子は誰?なん組?」と言った。
声をかけられためいずは、背をピンと伸ばし、「初めまして、6年3組、出席番号2番、飛鳥めいずと申します!」と言ってペコリと90度のお辞儀をした。
「アンタさ、……なんか黒ずくめで忍者みたいだけど、……それ、くのいち目指してんの?それならもっとエロくしないとダメよ。まずね、赤いマフラーとスリットの入った前掛けみたいなスカートは基本だかんね?
……あとバリエーションとして鎖かたびらを模した網タイツを履いたりするのもありね。でもまあ、そのミニスカートは…合格点ね。男子は釘付けよ。」と夢子が言って、グッ!と親指を立てる。
「いえ、別に、くのいちを目指しているわけでは……。私、地味で目立たないのことを信条としておりますので。」
「なるへそ。隠密行動ってやつね。隠れて何するつもりなの?」
「……特に何かをするわけではないですが……でもなるほど。言われてみれば、目立たないようにするって、忍びみたいですね。ちょっと今後の参考にします。ありがとうございました。えーっと……」
「近藤夢子よ。6年2組。出席番号10番。……エロいことなら何でも相談に乗るわよ。」
「なにカッコつけてんのよ?!あ”ー、この学校、変な奴ばっかりでウンザリ!!」と詩が、睦美の腕の中で叫ぶ。
「いったい何があったのよ……?」と睦美がもう一度呟いて、ため息をついた。
『Noise Canceller』