ヰ119 続・科学特捜部
憂いを帯びた瞳の美少年、向井蓮は、理科室の扉の前に立ち、
ノックしようとした手を一度止めると、緊張した面持ちで息を深く吸い込んだ。
……さて。
今度こそ失敗は許されない。
今生での睦美ちゃんとの邂逅は、何としてでも成功させなければならないんだ。
その為には、科特部の協力が不可欠だ。
…1周目の世界では、全てが破滅する方向に進み、
僕と睦美ちゃんの運命は悲劇的に交錯した。
逆に言うと、この危機は、僕が彼女と繋がりを持てる最大のチャンスでもある。
だからこそ今回は彼女を助けたい。
そして、僕は睦美ちゃんの信頼を得て、希望ある未来へと進むのだ。
そう、飛鳥めいずとの破滅的な未来ではなく……。
何となく蓮の心に、カーリーヘアの赤穂時雨の顔が浮かんだが、
……フルフル、と首を降り、
……気を散らしてはいけない。僕は睦美ちゃんを助ける為にこの世界に戻ってきたんだ……。と考えた。
まあ、何と言うか…僕だって冷血動物じゃないから、飛鳥めいずや時雨ちゃんにだって幸せになってほしいけどさ……今は目的を見誤ってはいけない……。僕の記憶には、ハッキリとした未来の事実があるのだから…。今僕が手を打たなければ、睦美ちゃんを待っているのは、ただ辛い、救いのない暗黒の未来だけだ。
そう。だからこそ、その辛い未来を経験したことのある者同士、今生の僕達は強い絆で結ばれて、輝かしい次の歴史を作り出していくべきなんだ……
がムばるぞ……
「ねえ、キダルトくん?入るの?入らないの?」
背中から声がかかり、蓮は危うくその場で飛び上がるところだった。
「……な、なんだよ、急に声をかけるなよ……」
と、蓮は汗をかきながら言う。
「あはは、アナタも諦めが悪いわね。科学特捜部への入部は諦めなさいよ?だいたいもうすぐ卒業じゃない??……そんなに部活動したいのなら、私のなぞなぞクラブに入れてあげるわよ?それじゃダメなの?」
と、セクシーこけしー少女、近藤夢子が言った。
「………」
蓮は黙って、夢子を見つめ返し、
「この際、なぞなぞクラブでもいいか……」と独り言のような小さな声で呟いた。
「じゃあ、入部試験よ。」
「………」
「『いっぱい』の『い』を『お』に変えると?」
「……おっぱお」
「じゃあ、『ちんちら』の『ち』を『ぱ』に変えると?」
「……ぱんぱら」
夢子がプッと吹き出す。「て、言うか『ちんちら』ってなによ……そもそもが『パンチラ』より数段ヤバいでしょ。もう、中身見せちゃってるじゃない…」
夢子は『なぞなぞ大百科』という、いかにも古そうな、セロテープで黄ばんだ小冊子に目を落とし、「え~っと。最初に『ま』がついて、最後に『こ』がつく、周りに毛が生えていて、感情が昂ると濡れるものなあ~んだ?…て、嘘?!これ大丈夫?BANされたりしない?さすが昭和の古書ね……ヤバ過ぎるでしょ。」と言った。
「………眼…か?……部室に入ってもいいかい?」
「待って待って!アナタ凄いわね?あと1個だけ!いいでしょ?最後にもうイチモン!
……最初に『ち』がついて、真ん中に『ん』がつき、最後に『こ』がつくものなあ~んだ?ウハ?!これ、そのまんまじゃん……うほほ……ごめんあそばせ、ちょっと先に答えを見てもよろしいかしら……」
「ちりめんじゃこ。」
「……正解。キダルトくん、アナタ…少し見直したわ。」と夢子が溜め息をつきながら言う。
蓮は「て言うか、今のなぞなぞ、全部定番ネタばかりじゃないか……ひょっとして君らαloha世代には新鮮なものなのか??今お前が言ったやつは全部古典だぞ?……なあ、もう入ってもいいかな……」
夢子は、「いいわよ。」と軽く答え、
「じゃあ、入ってUN(K)Oをしましょう。3人いれば競技として成立するから!」と嬉しそうに付け足した。
……ガラッ
「詩ちゃ~ん、デュエリストを1名連れてまいりましたよ~」
白装束の幽玄実行少女、三浦詩が、嫌そうな顔をしてこちらを見て、「はあ?」と言った。
蓮が「やあ。」と手を上げる。
「また、そいつを連れてきたの?
アンタはクビだって言ったでしょ??科特部には入れてあげないわよ??」
「……いや、この際、それはもうどうでもいいんだ。…緊急事態が迫っている。僕は今、なぞなぞ倶楽部に入部させてもらったから。……この部室を遠慮なく使わせてもらうよ。」蓮はそう言うと、ドカッと理科の実験椅子に腰を下ろした。
「近藤夢子?今コイツが言ったことは本当なの??」と詩が言う。
「まあ……そうね……たった今、キダルトくんは、数々の厳しい試験を通過して、この場所に座る権利を獲得したのよ……」
「私は認めないわ!!」と詩が叫んだ。
「でもウタちゃんは、なぞなぞ倶楽部じゃないよね?」「ウタちゃんって呼ぶな、ヘンタイ!!寝言は寝てから言え!!そうしたら、夢判断してやるから!」
いきり立つ詩を見て、夢子は満足そうに頷いていた。
「ウフフ。夢判断……ようやく、なぞなぞ倶楽部らしくなってきたわね……三浦詩?私もね、19世紀の知の巨人、ジークムント・フロイトはリスペクトしているのよ。あの、全ての精神活動をエロに結びつける手腕……。エロじじいとは彼の為にある言葉よ。」
詩は、夢子のことをキッと睨み、「アナタはアナタで黙っていなさい!?!」と怒鳴った。
「おーこわこわ。」と言って夢子は、無駄にオシリスをフリフリ振りながら壁際に引き下がっていく。そして、太陽系のポスターに寄りかかると、ニヤリと笑ってから自分の唇に、
…小指を立てて右から左へチャックをした。
詩は、美少年を再び睨み、
「噂によると、アナタ、まだ設楽居のことを諦めていないらしいじゃない!このヘンタイストーカー!!」と鋭く言った。
「……何と言われても構わない。」と蓮が答える。「……ただ、君には僕が今から言うことを一度聞いておいてほしいんだ。これは…、君にとっても重要なことだと思うから。」
「聞く耳持たないわ!!」と詩は叫び、長いストレートの黒髪をぶわん!と振って反対側の壁を向いた。
「……あのね、僕がこれから話すことは、睦美ちゃんを助けるために必要な情報なんだ。……そして、それには君の協力が不可欠だ。だから冷静に聞いてほしい。」
「………」
詩は黙ったまま、白い幅広のカチューシャを一度外し、
耳の上に髪を掻き上げながら、艶やかな黒髪を前髪ごと後ろに向かって纏め直した。
真っ白な顔に、涙袋が化粧をしたように映えている。
前髪を上げると、眉が天然で薄いせいか彼女は古典的なお化け美人顔であった。
「……あなた、もっと食べて、日光に当たりなさいよ…」と健康土偶セクシー少女、近藤夢子が言う。
キッと詩が彼女を睨み、
夢子は微笑みながら、お口のチャックをもう一度締め直した。
蓮が静かに口を開く。
「……庶務の遅れで卒業間近に行われることになった今回の社会科見学……。人生2周目にリープした僕はね、一度この悲劇を経験しているんだ……。聞いてほしい。
あの国会議事堂へ向かうバスの中で……、
僕らのアイドル設楽居睦美ちゃんは、エチケット袋に元老がマニアわず、隣にいる人間に全てをふちまけることになるんだ。
それと同時に……睦美ちゃんはバスで音入れに行かなくて済むように、朝からボンタンモチを食べ過ぎていて…、そのせいでお腹を壊して、下の方も絶望的なゲリラ豪雨に見舞われてしまう……そしてバス内は、もらい泣き(他)で地獄の様相を呈することなる。」
「………でたらめを言って私を脅そうたって無駄よ……エイプリルフールはまだでしょ?で…念のため聞くけど、隣にいた人間って………?」
「そう。僕だ。……1周目の僕は、睦美ちゃんの下僕となり、途中のパーキングエリアで下ろされ、隔離された。そして、そこで睦美ちゃんと初めてまともな会話をするんだ。だが会話したのはその一回きり。
…後の人生は、体の全内容物を見られた男子に、その少女が半径15m以内に近付くことはなかったという………」
蓮は涙を溜めた瞳で、理科室の天井を越えて遠い空を見上げた。
「……だから今生では……彼女を救いたい。そして、この小学校最後の社会科見学で良い思い出を作り、
…睦美ちゃんと友達になるんだ!あのパーキングでの2人きりシチュは、歴史の必然であるはずなんだ。あれは…今まですれ違ってきた僕と睦美ちゃんの人生が……神の操り手に導かれ交錯した瞬間だった。今でもあの日のことを鮮明に覚えている!2周目の今だから僕には分かるんだ!あれは運命のターニングポイントだった!あの日の睦美ちゃんとの出会いが、その後の人生を変える分岐点だ。何故それが分かるかって??
それは、空気中に宇宙のストリームが流れ、それが僕の体の中を通っていくような感覚があったからだ……。ほとんど酸っぱいものが喉まで込み上げてくるくらいにね…。
僕はね?あの状況を、今度は穢れのない綺麗なままの自分で迎えたいんだ!」
「………キモ。今すぐここで吐いていいかしら……」と詩が言った。「……でもまあ、言いたいことは理解したわ。じゃ、解決するのは簡単よ。……アナタ、バスの席を私と変わりなさい。設楽居の元老くらい、私がいくらでもかぶってやるわ。」
「いや!それは駄目だ。睦美ちゃんの隣の席は譲れない!僕が君に協力をお願いしたいのは、………↓の方のお世話なんだ。エチケット袋の方は、僕が何とかする。」
「は??」と詩は言いつつ、興味を惹かれたように体の向きをこちらに向けてきた。
「……僕は知っている。未来の君は、オムレツ業界の第1人者になるということを……」
「そ、そうなの?ま、まあ、あり得ない話ではないけど?」と詩は何処かソワソワとしながら、机の下で白いスカートのよれを引っ張った。
「君には睦美ちゃんを、当日までに何としてでも、高性能オムレツを履かせるよう仕向けてほしいんだ……方法は問わない。頼む!一生のお願いだ!!僕を信じてくれ!君は睦美ちゃん防衛部なんだろ!?僕が言った未来の可能性に、少しでも信じられる点があるのであれば……協力しない選択肢はないはずだ!!」
蓮はそう言うと、理科室の黒い机に両手を突いて、「頼む!!」と力強く頭を垂れた。
ぶるぶると肩が震え、巻き毛から覗いた耳が真っ赤になっている。
「………」
「………」
沈黙を破って、近藤夢子が「……その話さ、私は何かすることあるの?」と聞いてきた。
「え。君は、しおり委員だろ……。こんなところで油を売っていないで、委員会にいかなくていいのか?」と顔を上げた蓮が言う。
夢子はオホホホ……と笑い、
「私は油よりも手ブラを売るわ…」と、深緑色のパーカーの上からお無念を触り、
左右に揺らしてみせた。「……まあいいわ。でもアナタ達ってさ……、どうもこうも、んせーあい的なのよね……フロイト先生も臭葉の陰で喜んでいらっしゃるわ……。」と呟き、「股姉~」と手を振って理科室を出ていった。
出ていく夢子を見届けると、「……頼んだからね」と蓮が言い、
詩が無言で、考え込むような表情をするのを見ていた。
***************
去年の春に入社し、夏に研修を終えたばかりの新人バスガイド舘科 芽楼 (20)は、
今回の星明小学校の社会科見学が、初めての小学生相手の仕事だった。
自身が6年生の時に見た、綺麗なバスガイドさんのキラキラとした姿。
それが、彼女をここまで連れてきたのだ。
小さい頃から車酔いしがちだった芽楼は、この時のバスガイドさんの楽しいトークと、優しい笑顔、可愛い制服に夢中になり、
初めて吐かずに社会科見学を終わらせることが出来た。
その日から芽楼は、将来に向けて、車酔いしない為の猛訓練を開始した。
出来るだけバスに乗る機会を増やす為に、高校はバス通学になるところを選択したし、三半規管を鍛える為に、目を瞑っての片足立ち、後ろ向き歩き、でんぐり返し、寝返りを毎日繰り返した。
……そして高校を卒業するまでには、乗り物酔いを克服することに成功していたのだった。
さあメロウ。明日は私の原点である、小学生達のバスガイドになれるのよ……。メロウ?あなたは、昔の自分が憧れた、あの可愛くて、楽しくて、教養豊かなバスガイドさんになれたのかしら?
小学生の私、……見ていてね。きっと私は明日のガイドを完璧にやり遂げてみせる。この日の為に私はバスガイドになったのよ……。
芽楼は、鏡に向かってチャーミングに微笑み、ともすれば顔が整い過ぎて、冷たく見られがちな弱点をカバーするように、目を細めてみせた。
……バスガイドは私の天職。
芽楼はバスで死ねるのなら、それで本望だったが、
それではさすがに乗客に悪いので、お正月に地元の神社をはしごして集めた交通安全の御守りを制服の裏に縫い込んで、バスガイドの神に祈りを捧げ、
晴れの舞台に向けて決意を新たにするのであった。
『Science Special Search Club/part 2』
さあ、始まりますよ。地獄のバスガイド編。
皆さんには社会科見学にトラウマがありますか~?フロイト先生に相談してね♡




