ヰ118 決着!さつき公園
「やあ、こんばんはお嬢さん。」
突然、背後から声をかけられて、シンブンブンの土田優茉は、飛び上がって驚いた。
「……いやあ、驚かせてしまって申し訳ない。君は………、僕に電話をくれた子かな?」
「あ、いいえ。違います。」と優茉は、答えながらカメラの紐に手をかける。
男は低い落ち着いた声で「ふうん」と言って、目の前の少女のことを上から下まで、舐めるように観察した。
「あ、あなた様は……ベ、ベンクシーさんでしょうか……」
ダークブラウンの中折れ帽を被った男は、帽子のツバを摘まんで、キュッキュッと位置を少し直し、次にコートの襟をスッと縦に引っ張って背中側のよれを修正した。
「……そういうお嬢さんは誰かな?人に名前を聞く時は名乗らないと。」
「は、はい。申し遅れました。……自分は…星明第二小学校5年3組16番、土田優茉と申します。以後お見知り置きを。」
「……ふうん」と男はまた言って、少女の顔をじっと見つめてくる。
少女は、イケオジに見つめられて、いたたまれなくなったらしく、思わず顔を逸らした。
「……5年3組か……。」と男が呟く。「…さわやか3組、触らぬ神に祟りなし…」
「何故それを?」と優茉が驚いた顔をして男を見上げる。
アハハ……と男は無邪気そうに笑い、すぐに真面目な顔になると「……いかにも。僕は世間で騒がれている、神出鬼没、正体不明のアーティスト、ベンクシーだ。」と幾分、胸を張りながら答えた。
優茉のせわしない表情が一瞬だけ落ち着きを取り戻し、ピンクのスケルトン眼鏡の奥で、瞳が光ったように見えた。
「…写真を撮らせていただいても宜しいでしょうか?」
「……いや、撮影は御遠慮願おうか。」と男は言うと、シトラスの薫りがする口臭を、そっと少女の顔に吐きかけた。
「……君、新聞部の子だよね?」
「何故それを?」と優茉が再び同じ質問をする。
「……ふふ。まあ、もう隠してもしょうがないか……。実はね。君が『ちくり屋』と呼んでいた謎の人物はね?……何を隠そう、この僕なんだよ」
「……何故、世界的アーティスト、ベンクシーであるあなたが、そのようなことを…」
男がニヤリと笑う。「………いやあ、君、遠目で観察させてもらった時は、そうでもないと思っていたけど………さすが星明小の5年3組。なかなかの美少女じゃないか。もしかして眼鏡を外すと美少女に化けるタイプかい?……正直、あのクラスは化け物級の美少女がひしめいているから……君のような、なかなかの上物でさえモブになってしまうのかな?……いやあ楽しみだよ。」
「なにが……ですか?」優茉は両手を体の横に垂らし、無防備とも思える姿勢で地面を見つめながら言った。
「……いや、こっちの話。……ところで優茉ちゃん?ベンクシーの作品を見る?男子音入れの方にあるから、僕が連れていってあげようか。一人じゃ入れないでしょ?」
「…ベンクシーの……って、あなたがベンクシーじゃなかったんですか?」
「あ、そうだったね、ごめんごめん。さ、行こうか?作品の方ならカメラで写しても構わないよ。」男はそう言うと、優しい手付きで優茉の背中をそっと押した。
その時、男は、ん?と首を傾げ、微かにクンクンと空気中の匂いを嗅ぐ。
彼は、少女と音入れの入り口を代わりばんこに見比べると、訝しげに眉をしかめた。
その様子を見た優茉は「さ!行きましょ!行きましょ!案内してください!」と早口で捲し立て、逆に男の背中を押すと、
彼を男子音入れの入り口に向かわせた。
「あ、ああ、……君……、いや、なんでもない。じゃ、行こうか」
気を取り直した男は、少女をエスコートするように3番目の個室前へと案内していく。
「ほら、これがベンクシーのアートだよ。通称、『弁証の烙印』。テーゼと○ンチテーゼからジンテーゼを導き出すアウフヘー便だ。意味は自分で調べてね♪屁ーゲルの考え方を元にした哲学的アートだよ。ほら、もっと近くで見てごらん?」
男はそう言うと、少女を個室の中へ導く。
優茉は興味深そうに、中へ首を突っ込み、カメラのキャップを外すとファインダーを覗き込んだ。
男は彼女の後ろに回り込み、狭い個室に一緒に入ってくると、
微笑みながら後ろ手に扉の鍵を施錠する。
優茉は、ギョッとして振り返った。
男の大きな手が一眼レフカメラのレンズを覆い、そのまま少女をグイッと押し倒し、
無理矢理に蓋の開いた便THEに座らせる。
「……間抜けな子だね……」と男は言った。
男はカシミヤのコートの前をゆっくりと開いていき、縦にストライプの入った仕立てのよいグレーのスラックス姿になると、優茉の目の前に立ちはだかった。
そして、カチャカチャと音を立てながら自分のベルトに手をかける。
優茉は黙ったまま顔を正面に向け、男の動作を見守っていた。
「……待ってください。」と優茉がポツリと言う。
「ん?」男がいったん手を止める。
「……私が先に脱いでいいですか……?」
「はい??」
「あの、……ベンクシーさん……私、あなたの大ファンなんです……。だから、私が先に出しますので、……そのままベルトを弛めてお待ちいただいても宜しいでしょうか……」
「あ、ああ……いいけど……き、君、結構大胆だね……僕が怖くないの?」
優茉は返事をせずに、黙って自分の黒いジーンズに手をかけ、お腹のボタンを指で弾くようにして外した。
……ゴクリ…と、男が唾を呑み込む音が聞こえる。
やがて静かにゆっくりとしたスピードで、優茉の体が便THEの上で沈み込むように踞っていったかと思うと、
次の瞬間、シュパッ!と空気を切り裂くような音がして、少女の体が上に向かって飛び上がった。
男は便THEに残された、黒いジーンズの抜け殻を瞬時に視界に収め、次に慌てたように頭上を見上げた。
個室のパーティションに跨がり、天井を覆っていたのは……
汚れたミントグリーンの布を、肌色の下半身に纏った少女の姿だった。
「お、お前!!?」と男が叫ぶと同時に、少女の体が急降下してきて、
彼の頭を脚で挟みながら、お腹をその顔に押し付けてくる。
「フガ?!」と男は呻き、暴れた拍子に、中折れ帽が床に落ちた。
……彼の頭は、綺麗に円形に禿げあがっていた。
強烈な匂い袋の薫りが、彼の脳髄を直撃し、まるで猫がマタタビに反応するように、男の表情が瞬時に恍惚としたものに変わる。
「山神!!」と、ピンクのスケルトン眼鏡をかけた五十嵐葉南が叫んだ。
そのまま葉南は、山神の首を袋ッチで挟んだ姿勢で、背中側から仰け反り、
床に向かって勢い良くぶら下げた両腕を使いながら、彼のスラックスを膝まで脱ぎ落とした。
「お前!五十嵐葉南か?!!」と叫んだ山神の顔面を、忍者少女は遠心力を利用して便THEの固い淵に向かって叩き付ける。
パキーン!と彼の前歯が横に飛んだ。
続く一連の動作で、葉南は体操の選手のように背中を海老反りにすると、山神の股の間を潜り抜け、彼の背後に回り込み一気に体を反転させる。
そして、目の前にある白いブリーフを、ゴムを引きちぎる勢いで太ももまでずり落とすと
「喜びなさい!あなたの望みを全部叶えてあげるわ!」と怒鳴った。
口から血をボタボタと垂らしながら「うぐっ」とうめく山神を尻目に、
五十嵐葉南は緑色のリュックに移し変えていた、大小様々な白い玉を取り出し、
「これ、全部うちの倉庫にあったやつよ!喰らいなさい!!」と叫んだ。
「禁じ手!喝波忍法!尻子玉差し!」
葉南は山神の穴へ、手に持った白い玉を全部を突っ込んでいく。
「ウグググぐぐ………」と山神は目を血走らせて、口の端から血の泡を吹きながら体を痙攣させていった。
「これで仕上げよ!!お返しするわ!!」
葉南は、えいや!と両手を使って、最後に残った特大の尻子玉を山神のオシリスのアナンダに捩じ込んでやった。
「ウギュギュギュ…………??!」と山神は涎と鼻水を垂らしながら悶え、
それを見た葉南は、素早く自分の匂い袋を脱ぎ捨て、
彼の頭の上からガバッ!と被せた。
『₪¤₮₮₳££₹₨☆★………!!』
意識を飛ばした山神が意味の分からない言葉を叫び、同時に個室の壁に自分の体を打ちつけて暴れ出す。
葉南は、身軽になった下半身を、深く沈み込ませ、バク宙しながら鍵のかかった個室を脱出した。
ガタン!バタン!ドタン!
揺れる壁を見ながら五十嵐葉南は、慎重に後退りを始める。
「念!、禁!、退!、脳!!」
印を結びながら葉南は、静かに精神を集中させ、次に来るであろう衝撃に準備した。
ズバァーーーーン!!!
音入れの壁が吹っ飛び、中から、ボロボロになった服を纏った、
ブヨブヨの体をした巨大な生物が出てくる。
彼の頭はてっぺんが禿げていて、濡れた長髪が横顔にぺったりと張り付いていた。
垂れた女の胸のような脂肪の固まりの中心には、長い毛の生えた真っ黒なビチクが突き出し、
辛うじて布の切れ端で隠された股間からは、何か異様な皮の帯がユラユラと揺れながら、辺り一面に、ナメクジの這ったような跡を撒き散らしている。
「……無様ね……」と葉南は言った。
「もはや人の形を留めていないあなたに、ボクの言葉が理解出来るかどうか怪しいけど……」そう呟くと葉南は、
「せめて楽に包むってあげるわ
蛮!、醍!、南無!、弧!」
と呟き、両手で円を描くように腕を回転させながら、
「五十嵐流忍法……術波全開!真理木霊抜き!」と高らかに叫んだ。
しゅ。
ぷぉぽぉぉぉぉぉぉんん……………………
液を飛び散らせながら、バレーボールのように細胞分裂した白い玉が、
男子音入れの天井すれすれを、回りながら飛んでいった。
2本の指を眉間にあてがった葉南が、「忍、典、慟。」と唱えると、シュタッ!と跳躍する。
クルッと空中で無駄に回転した葉南は「トウ!」という掛け声と共に着地し、
……その手にはしっかりと大きな尻子玉が抱えられていた。
「びぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
断末魔の悲鳴が上がり、ブヨブヨの肉塊と化した山神仁花の身体が、地響きを立てて崩れ落ちる。
葉南はとどめとばかりにその姿を一眼レフカメラで連続撮影し、
不信者の皮膚に水疱が出来て、すぐに黄色い汁を出しながら破裂していくのを、無表情で見守りつつ、半歩下がって避けた。
……ふう。
五十嵐葉南は、乱れた髪を濡れた手で梳かし、もう一度、満足げな溜め息をつくと、ひとまずリュックに新しい尻子玉を入れた。
彼女は、ピクピクと震える肌色の山を跨ぎ、壊れた便THEの周辺に残された黒いジーンズを回収する。
最後に意識を失った、元山神の禿げた頭から破れた匂い袋を剥ぎ取り、大切そうに密閉式ビニールにそれを戻した。
次にリュックの外ポケットから土田優茉のスマホを取り出す。
では、百、討、BANG♡……っと。
「シモシモ~、チンカン、ポンカン、ヘンシツシャ~、子宮、二丁目のさつき公園に急行していただけますか~??こちら謎の少女探偵、イガラシコナン!オボカタ警部に繋いでくださ~い!山神を捕まえたと言えば通じると思いますよ~~」
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土田優茉が目を覚ますと、
彼女はカメラを胸に抱えたまま、漫画喫茶の1室に座らされていた。
何故か服には若干の汚れが付いていて、目覚めた瞬間は、動物園のような異臭を感じだが、
それもやがて気にならないくらいのものになって消えていった。
……あれ……私、どうしたんだっけ……。
ハッ!
ベンクシー!
あれ?私、あれからどうしたのかしら……。誰かとさつき公園で会って……その後……、あれ?記憶が……?あれ?あれ?
優茉は、カメラをひっくり返し、急いで裏蓋を開くとSDカードを確認した。
…………。
……SDカードが入っているべきところには、何重かに折り畳まれた小さな紙が差し込んであり、
優茉が眉を寄せながら、それを引っ張り出すと、
…そこにはこう記されていた。
『ご協力に感謝します。でも何だか可哀想だから、あなたに特ダネを一つ提供してあげるわ!』
『学区内の不信者は、本日を持ってほぼ壊滅しました。よって明日からは、女性の下着は外に干しても大丈夫!皆を喜ばせてあげてネ♡』
小さい字で狭い面積にびっしりと書き込まれたメモを、目を細めて読もうとする優茉は、
ふと、眼鏡にレンズがはまっていないことに気付いた。
こ、これは………。
ガセネタね……。フェイクニュースよ。デマよ、でっち上げ、根も葉もない噂よ……。いくら日本が安全だからって、……これを信じるバカはいないでしょうよ……。
我がシンブンブンも甘く見られたものね……。
ったく……。これだから報道稼業からは足を洗えないのよ……。星明小学校新聞部編集長、ツッチーこと、わたくし土田優茉は、
今後も真実のために検を便に変えて戦い続ける所存でありマス!
優茉はすくッと立ち上がり、……6年生達が卒業しても、この学校の報道倫理は私が守る!と固く誓うのであった。
『Showdown at Satsuki Park!』




