ヰ116 事故現場
タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ………
遅刻、遅っ刻~~!
食パンを咥えたセーラーポニテ女子、木下藤子は、
まだ寒さ残る冬の朝に、汗をかきながら通学路をひた走っていた。
今日は、カイトは部活だから一緒の登校ではないのよ!いつも朝は迎えにきてくれるから、うっかり出遅れてしまったわ!
それにしてもこんな試験ギリギリまで朝練とは、サッカー部も練習熱心なことね。
……小学生の時のカイトはテニスに打ち込んでいたけど、今はサッカー部。…小学生の頃のカイトのテニスは凄かった。周りの子達が軟式なのを尻目に、カイトは硬式をプレイしていたし、テクニックも大人顔負けだった……。
カッコ良かったな……カイト。またあの男らしいテニス…、見せてほしいな……。でも本当は私……、カイトを夢中にさせるテニスサッカーの代わりになれたらなあって、いつも思うの……。
うわ、マズい!マジで遅刻!
藤子は、食パンを噛み切った先の、腕に巻いた時計を横目で見て、更にスピードを上げて走り出した。
タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ………
遅刻する~~!
慌てた藤子が曲がり角を曲がった瞬間だった。
☆☆★★☆☆♡♡!!??
気が付くと藤子は尻餅をついて、アスファルトの道路に倒れていた。
「ご、ごめんなさい!!」と藤子が叫ぶ。
一瞬痛みで目が眩み、閉じていた瞼をこすりながらゆっくりと開くと、
涙で覆われた視界の先に、白い花びらが開いて、パカッと2つに分かれたピンクのニーソックスを履いた脚と、ギプスを巻いた脚が野原に咲いているのが見えた。
その中央には、黒いフリフリのパ煮えカボチャ泥ワーズがこんもりと実っている。
「ご、ごめんなさい!あなた大丈夫?!」藤子が慌てて駆け寄る。
大股を開いてひっくり返った白セーラー服の少女は、「あ、あなたね~……よそ見してた私が悪いんだけどさ……」と途中まで言いかけ、
「……う……ちょっと動けないから肩を貸して……あと、私の杖を拾ってちょうだい……」と寝転んだままの姿で言った。
藤子が、顔を青ざめさせながら白セーラー少女の上半身を支え、ブロック塀に背中を付けて座らせてやると、少女は
「…………あなたねえ……、曲がり角でゴッツンコは、学校初日に男女でやるものでしょ?!」と痛そうに眉をしかめながら言った。
少しずれた眼帯からは腫れた瞼が覗いている。
「あのね、私は女、貴女も女、分かってる?!ぶつかったって恋とか始まらないからね??貴女こそ大丈夫?だいたいこの世界には男と女しかいないんだから、間違えようがないでしょ?貴女バカなの?」そう言うと、少女は持ってきてもらった白い杖で、藤子の頭をポカポカと殴った。
「せめて、おジャガとぶつかってやりなさいよ。ホンッとアイツも役に立たないわね……何で転入早々サッカー部なんかに入るのよ……学園生活をエンジョイしようとするんじゃないわよ……」
「ごめんなさい、三船さん……あ、あの動ける?」
名字を呼ばれたネルネは、よいしょ♡と体を動かそうとして、「やっぱりダメね」と呟いた。
「これは、首をやっちゃッたわね……。前にも一度やったのよ。……むち打ちってやつね……前世ではよくエロフ達を鞭打ちしてあげてたから……因果応報か何かなのかしらね……」
「……あ、あの、救急車……呼ぶ?」
ネルネは、藤子のことを流し目で見て「いえ……。私の鞄からスマホを出して。召し使いを呼ぶから。」と言った。
藤子は、ネルネの白い鞄を開け、中に詰まった化粧品の山と、最新のひ孫ッチと、いくつかの未開封のカプセルトイを掻き分けて、愛・不穏を取り出した。カバーにはボソボソ泥団子シールが貼られている。
「……三船さん、流行に敏感なのね……」
「ありがと。あとアナタ、そこに入っているコンポタ缶飲んでいいわよ。捨てるほどあるから」
ネルネはスマホを太ももの上に置き、一度こちらを見上げた。
「あら、貴女、誰かと思えば、メサイア設楽居海人の妾じゃない。……ハッ!……貴女、わざとぶつかってきたんじゃないわよね?」
「そ、そんな、わざとじゃないよ!……本当にごめんなさい」と言って藤子はショボン…とした。
「……まあ、いいわ。わざとだとしても、これは私の甘さが招いたこと。こういった形の妨害も考慮に入れるべきだったわ……」
「ち、違うの……本当に信じて……」と言う藤子の瞳には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになっていた。
「いいのよ。気にしないで。ボディーガードの葉南とおつうを不信者退治に向かわせたのが失敗だったわ。この体じゃ……明日の試験を受けるのは厳しいわね……。」「本当にごめんなさい……」
藤子の頬を涙が伝い落ちていった。
メソメソと泣く漆黒のポニーテール女子を見つめるネルネは、
「……そんなに悪いと思ってるなら……貴女、ちょっとうちでバイトしない?」と言った。
「えへ?」
ティッシュで鼻水を拭いた藤子が変な声を出す。
「いやね、今ちょっと貴女のメ(旧ツイスター)を確認させてもらったんだけどね……#勉強垢のやつ……これ、面白いわね。」
ネルネは興味を惹かれたようで、スマホ上で木下藤子の勉強ノートを右手の指でスライドさせていった。
「………貴女さ、罪滅ぼしに、春休みの間、うちの塾で教えてよ。めっちゃバズってるじゃない、貴女。……で、貴女が来れば設楽居海人が、もれなくついてくるってことはない?」
「……ええ?」と藤子は泣きながらも、みるみるうちに頬を赤く染めていき、「……そ、そ、そ、そんなこと……」と言いかけて黙ってしまった。
「よし、決まり!貴女、春休みに新宿に来なさい。約束よ?そうでなければ今日の事故、訴えるからね?」
「…………」
「返事は?」
「……は、はい……。で、でもカイトに聞いてみてからで…いい?……私の勉強垢……全部カイトの指示通りにやってるだけだから……」
「さすがメサイアね……さすメサ、鮫肌、角栓ケア!」
「……三船さん、二の腕や太ももの「毛孔性苔癬」には、にょう素クリームで保湿するのがいいわよ……見た感じ三船さんはお肌がデリケートっぽいから…」
「……にょう素って、あのにょう素?どさくさに紛れて変な民間治療を布教してこないでよ?最近はフェイクニュースを見分けるのが大変なんだからね?貴女も気を付けなさいよ?」
ネルネはスマホを数回叩くと「……さて。おつうを呼んだから3分以内に避難しなさい。」と言った。
「この現場の様子を見られたら、貴女、殺されかねないわよ?……まあ、護衛をサボったおジャガは半殺しの目に合うことは確定でしょうね……てことは私達2人とも試験どころじゃないわね。……私とおジャガ、今日で学校を中退するわ。短い間だったけど今まで楽しかったわ。ほら、行きなさい?貴女も相当な遅刻でしょ?」
「……で、でも……」
「いいから早く逃げなさい!でないと叫び声を上げるわよ!」
そう言うとネルネは杖の先端でピシッと藤子のオシリスを叩いた。
藤子は「……でも……」とまた言い、赤い頬をして叩かれた自分のオシリスをそっと撫でた。
「ああ、遅かったか……」
急に辺り一面に砂煙が舞い上がり、深紅のコートを翻した女性が!ズザザザザ……と、黒いパンプスを地面にスライドさせながらネルネと藤子の間に停止した。
そのまま、流れるような動作で手に持った銀色のかんざしを藤子の首もとに突き付けて、背中をブロック塀に叩きつけると「……ネルネ様に何をした?答えによっては、この場でお前の喉を切り裂くぞ!」と強い口調で言い放った。
「おつう、やめなさい。」とネルネが静かに言う。
「ネルネ様!お怪我は?」と難波鶴子は言いながらも、藤子の頸動脈にあてがった鉄の針に、グッと力を込めた。
も、も、もらる崩壊、湿気いしっこう……
涙目の藤子が今にも意識を失い、パソシ内に決壊しそうになった瞬間だった。
「おつう!」と鋭くネルネの叫ぶ声が聞こえた。
辛うじて意識を保った藤子が、白セーラー少女の方を見やると、
……ペタンと座り込んだ三船るねの白いスカートの前が、黄色に染まっていきながら、道路を黒く濡らしていくのが目に入った。
「ネルネさま???!」鶴子の顔が真っ赤になり、次に緑色になり、最後に水色になる。
「おつう!貴女のせいよ!先に私を救護しなかったから、マニアわなかったじゃない!貴女どうしてくれるの!」
鶴子はかんざしをカラン!と足元に落とすと、ズザッとネルネの前に跪き、
「……も、申し訳御座いません!この命と引き換えに、……お詫びをさせて頂きます!!」と震える声で言った。
頭を地面に擦りつける鶴子の肩越しに、
ネルネは、(ほら、早く行きなさい)と藤子に目配せを送った。
その表情は、(借りは返しなさいよ)と言っているようにも見えた。
セーラー服のポニテ少女が走り去っていくのを見届けると、
ネルネは「ほら、おつう?顔を上げなさい?」と言う。
「あなたは頭に血が昇ると見境がつかなくなるからダメね。ほら、よく見なさい。」
そう言ってネルネが、自分の白スカートを半分捲り上げると、そこには横倒しになったコーンポタージュ缶が転がっていた。
「ほら、よく見て。この黄色いのはコンポタよ。……まあ、しかし…冷静に見ると…このシチュエーションだと…コーンが未消化に見えてキモいわね……」
「ネルネ様………」鶴子は額から血を流しながら立ち上がり、
主の背中を支えた。
「私むち打ちみたい。おつう、応急処置して♡」「はっ!」
鶴子は身動きの取れないネルネを支え、
……ネルネ様……首にギプスを巻かせて戴いた後、どんなお洋服を着せて差し上げようかしら……と、少し楽しみに感じながらも、彼女の体にコートをかけ、
大きなお無念の前に、小柄な少女を抱えると事故現場から離脱したのだった。
***************
その夜、現代の忍者少女五十嵐葉南は、お受験風ファッションに身を包み、国道に跨がる歩道橋の手摺の上に立って、
眼下を行き交う車の明かりを見つめていた。
……不信者の親玉、山神仁花の行方が掴めない。
葉南は、自宅から持ち出してきた山神の尻子玉をポシェットから取り出し、夜の空気に晒した。
彼女は、虹色に輝く尻子玉を片手に乗せたまま、それを空高く掲げ、
唇の端からピィーー~ーー~と高い音を漏れさせる。
そして目を閉じ、しばらくその場で待っていると、
歩道橋の両端の階段から、わらわらと黒い四つん這いの影達が登ってくるのを感じた。
ぞわぞわぞわ………
腐臭と栗の花の匂いの混ざったものが空気中に伝わってくる。
葉南は、素早く茶色いポシェットにシリコンボールをしまうと、
一番最初にたどり着き、足首に手を伸ばしてきた40代の短髪男性の攻撃を、ギリギリのところでかわし、
橋の細い手摺の上で側転しながら、白い形代を三方向に投げつけた。
襲いかかってきた一匹の不信者が、バランスを崩して、手摺を乗り越えて道路に向かって落ちていく。
間一髪のところで、下を通りかかったダンプカーの荷台にその人影は落ち、
葉南は車がそのまま走り去っていくのを見送った。
彼女は、ふん、と鼻を鳴らすと、今度は自分が、続けて次に走ってきたコンテナトラックの上にジャンプし、歩道橋上で気味の悪い動きをする影の集団から時速50kmのスピードで離れていった。
山神はどこにいる………。
多分、奴を叩けばこの町の不信者は、頭を失って四散するはずだ。
葉南は信号で止まったトラックから飛び降りると、何事もなかったように歩道を歩き出す。
……さて。
今夜中に、とっとと山神を見つけ出して退治しようかしらね。
でも、コロス訳にはいかないから、警察に引き渡すことになるんだけどね…。
そう考えると、葉南は再び夜の住宅街に足を向け、すぐに次の行動を開始することにした。
『scene of the accident』




