ヰ114 超勉強法
駅に繋がるペデストリアンデッキから直結するホテルの最上階で、豊子キッズのネルネとジャガーは、1回目の打ち合わせをしていた。
「いいなあ。お前の部屋は。俺もこっちの方が良かったなあ。」
ジャガーは、無駄に広い寝室のキングサイズベッドに体を半分埋めるネルネに向かって、「……なあ?こっちの部屋に予算をかけ過ぎじゃないか……?それなら、予算をきちんと等分してお互い中くらいの部屋に泊まった方が良かったのでは……」と言う。
「は?カプセルホテルにしなかっただけ、有り難く思いなさい?」とネルネは言うと、台の上に乗った『世界12種のフルーツミックスジュース』に刺さったストローを咥え、「で、カンニングの準備は順調なの?」と静かに尋ねた。
ジャガーは、ネルネの後ろに掛かった謎の名画を見上げると、「…ああ、ちょっと最初はコツを思い出すのが大変だったけどさ、まあ、あれかな。順調と言えば順調かな。やっぱりカンニングペーパーは、PCやスマホ上で作るより紙の方が捗るよな。」と言う。
「ふん。」とネルネは、自分のまだ治らない、紙で切った指の切り傷をチラ見して、
「貴方も早くデジタルに移行しなさいよ?うちは来年度までに紙の使用をゼロにする計画なんだからね?」と言った。
「紙の使用ゼロって……。じゃあ、お花紙や音入れのもか?」とジャガーが怯えたように言う。
「……そうしたかったら勝手にそうなさい」
「……まあ、何でもかんでもデジタルに移行するのも考えものだよな。」とジャガーは安心した様子で言うと、リングのついた単語カードを捲り、宙を睨んでブツブツと口の中で英単語を唱え始めた。
「フフフ……」とネルネが笑う。
「……何だよ?」とジャガーがカードから顔を上げる。
「そのカンニングペーパー、懐かしいわね。濡れても大丈夫なお風呂で使えるやつもあったわよね。それ、土砂降りの中でもカンニング出来るんだから、なかなかのサバイバルグッズよね。…豊子キッズの売店でも、耐火、耐衝撃性に優れたセラミック単語カードを置いていたことがあったけど、時代の流れと共に消えていったわ。あれはね?1000度まで耐え得る想定になっていたのよ。」
「逆にそれ、今欲しいな……」とジャガーが言う。
「あら、もっと早く言ってくれれば良かったのに。あそこら辺のグッズは全部、葉南が持って帰ったわ。あと、暗記ブックに付いてた赤と緑のセロファン。あれも、葉南が全部持って帰ったわね。何やらあの原理を応用して、敵の目から完全に見えなくなる方法を研究するんだとか……。あの子、いつも面白いことを考えるわよね?殺傷能力の高い、ダイヤモンド粒子入りのシャー芯も全部持ち帰ったみたいよ。」
「えー、そういうグッズ、俺にもくれよ~」
「ほらほら、貴方は遊んでいる暇はないはずよ?ジュースを買ってきてくれたから、今日はもう用はないわ。さっさと帰ってカンニングの続きをしなさい。」
「いや、ちょっと待ってくれよ。」「なによ?」
「……いやさ?俺、ネルネに前から聞きたいことがあったんだ。」「だからなによ?」
「……お前さ、その……前世でさ?……どうやって大量の呪文を覚えていったんだ?確か前に、一流の魔法使いなら少なくとも7500個の呪文を覚えてなきゃいけない、って言ってたよな?そこから、その活用形とか、呪文体系とか、枝分かれすると結局1万じゃきかないとは言ってたけど……ネルネはどうやって勉強してたんだ?」とジャガーが言った。
「……ああ、それね。今の人生には1ミリも役に立たないから、もうどーでもいいんだけどね?
…正直、呪文てのはね、どこまで短く出来るかが勝負なのよ。ほら、実戦では詠唱時間が生死に直結するからね。
そして強力な魔法は、だいたいが滅茶苦茶長いのよ。で、その証明をすっ飛ばして『E=mc²』みたいに纏める必要があるんだけど……勿論、術者は原理を理解していないとダメよ?
だからね、覚えること自体は簡単なの。先人が発見した原理を借りるだけだから。よく魔法学校では黒板にどれだけ美しい術展開を描けるかを皆で競い合ったものだわ。赤いチョークとか黄色いチョークを使って派手に見せるのが好きな人もいたけど、
……そういうのは見せかけの美しさね。見る人が見れば呪文の美しさは、文字列の配置の仕方で分かるのよ。
あとね?面白いことに、ある程度の高等呪文になると、それが将来間違っていたことが証明されたとしても、ある範囲、ある分野ではまだ問題なく使えたりするのよね。例えばセプテルミヌーヴァ。
世界を破壊する呪文だけど、これ、ホーケイング博士が魔界の特異点を呪文式で示唆したことにより、創世の呪文の可能性を初めて提示することに成功したから、破壊の呪文の有効範囲の限界点を理論上で仄めかしたのよね。
まあ、実戦では相殺呪文の研究の方が重要だから、私はどっちかと言うと、それの専門家で……だからこそ世界を救う勇者となれたわけだけど……ペラペラペラペラ……」
「お前は前世で、魔王と相討ちになったんだよな?どうして相討ちになったって分かるんだ?……だって自分も死んだら、相手の死を確かめられないじゃないか。」と、ジャガーは、単語カードを手にすることで、自分のIQがすでに上がり始めているような気持ちになりながら質問をした。
「おジャガ?私は相殺呪文の権威だって言ったでしょ?」とネルネが、残ったスムージーエキスをジュルジュルジュル……と音を立てて飲み込みながら言った。「……ねえこれ、リンゴ系、ホントに入ってないわよね?」
「ああ。あの店はアレルギー表示は完璧だからな。大丈夫だ。」
「でね、私が最期に使った呪文は、魔王を罠にかけるものだったの。理論を説明しても、貴方にはチンプンカンプンでしょうから詳細ははしょるけど、私は共倒れになるように術を展開したのよ。で、なんやかんやで世界は救われた。
……まあ、だからね?最初の質問の答えに戻ると、暗記のコツは短く纏めること。あとは口に出して言ってみることかしらね?まあ、今の私は呪文を口には出さないわ。よく晴れ霧フォレストのエロフ達の口には出していたけどね。全員呑み込みの早い子達で、私も教え甲斐があったわ。懐かしいわね。
そうそう。私、エロフの学校で教えたこともあるんだけどね、フォレストの自治の為に、自分で自分を守る方法を伝授してあげたのよ。そしたらさ、自治が流行っちゃってね。ほら、私もたまにしかフォレストに立ち寄れないから、その間、自治の内容が独自の進化を遂げてイッて……。久しぶりにタチ寄ったら、みんな、そこらじゅうに金属の柱を立てて、自恥に励んでいたわ。まあ、言ってみたら王国の性治が様変わりしていたってわけよ。……あの柱は外敵から国を守る機能もあったと思うし…、私がいなくなった後もフォレストが未来永劫存続してくれたことを願うわ。」
上機嫌で喋るネルネに、途中から話を聞いていなかったジャガーは、
「あ、うん、へえ、そうなんだ……」と曖昧な返事をし、再び単語カードを捲りながらブツブツと呪文を唱え始めていた。
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その頃、恋に変する乙女、木下藤子は、
変に蛮する甲女、伏木亜理沙と電話で話していた。
「……え??マジで?ガチで?それホント?!それ……ほとんど、『お前は俺のもの』発言じゃん??海人くんがそう言ったの??マジで?『……テストの結果に女子を賭けるのは、あまり感心しないな………』」亜理沙が声色を使って、藤子から聞いた台詞を繰り返す。
「「きゃ~~~~」」と2人は叫び、電波上で抱き合って、目をバッテンにしながらピョンコピョンコした。
「は、鼻血が出そうよ……」と亜理沙が呟く。
「……あ、私、もう出ちゃった……」と言って藤子がティッシュを取りにいく音が聞こえた。
「だ、大丈夫、藤子ちゃん?」
「やだ。部屋着汚しちゃった……」
「あ~あ。ちゃんと付けてなかったの?」
「…だって、こんなに急に出ると思わなかったんだもん……。」
着替えるために、しばらく通話に間が空いた2人だったが、その間も彼女達は電話を繋ぎっぱなしにしていた。
「でも、あれだね、藤子ちゃん。」と、すでにパジャマに着替えて、ハンズフリー、ブラフリー、パンフリーの状態になった伏木亜理沙が声をかける。
「ん?」
「その話ってさ、どこまでガチなの?だってほら、期末試験で、その編入生達に勝たなきゃいけないんでしょ?」「……あれってやっぱり勝負に乗ったことになってるのかな……」
「え?だってそうでしょ?」と亜理沙が素っ頓狂な声を上げる。「もし、万一、藤子ちゃん達が負けたら、その変な金髪メッシュと突き合わされることになるばかりか、……海人くんがその毒ロリ少女に取られちゃう可能性だってあるんじゃないの??」
「……え、でもカイトは……ああいう子、好みじゃないと思う……言っちゃ悪いけど、お無念も無さそうだったし……あと、地雷系って言うの?校則どころか国際条約違反でしょ、あれは。……でもそう言われると確かに、カイトは、この条約はロシア、アメリカ、中国が未加入な時点で意味をなしていないと言っていたわ……」
「オワタ\(^o^)/条約……」
「でも、今回はさ、カイトに火がついちゃったみたいでね……あれから、もう、ほとんど、付きっきりなの。ずーっと私の傍にいて勉強を教えてくれてるの……なんか、もう、離してくれないのよ……。今日も別れるのが大変だった……」
「へえ。海人くんって意外に束縛系彼氏なんだね……」「……まだトモダチ認定だったけどね。」「いやあ、それは順序を踏んでるだけだと思うよ?ほら、ホワイトデーのお返しで本当の彼氏になるとか?海人くんって真面目なんでしょ?そこら辺は礼節をわきまえてるんじゃない?」
「…そうならいいけど……」
数秒の沈黙の後、亜理沙が再び喋り出す。
「あのさ。海人くんが束縛系だとしてさ、藤子ちゃんは何系なの?」
「なに系…と言うと?」
「ほら、全ての人間はSかMのどちらかに分類されるって言うじゃん?」
「それ、よく聞くけど、そもそも、それってなんの略なの?」と藤子が言いながらスマホを肩に挟み、鏡に向かって前髪を直した。
「ああ、『S』はScience、『M』は……HuManitiesのMかしらね?いわゆる『理系』、『文系』ってやつ。海人くんは勿論Sでしょ?」
「……うん。それなら私はMかな。で、亜理沙ちゃんは?」
「私もやっぱりMかな。女の子はMになる人が多いって言うよね。藤子ちゃんは何が得意なの?英語?国語?社会?」
「う~ん。今のところ特にどれが一番ってことはないかなあ……でも、私ね、どれか一つに絞って、縛りを設けるやり方が向いていると思うの。」
「縛りかあ……。古典的Mね。」
「私、古典だけじゃなく、現代文も好きだけどね。」
「……まあ、とにかく。試験頑張ってね。応援してる。」
「うん……。ありがと。あとあのさ亜理沙ちゃん、実はね?カイトがね……、ウフフ……私がべんき(ョー)に取り組む時間をね?アプリでしっかり管理してくれるようになったんだ。」
「…………。」
「……え、そ、それは、さすがにイき過ぎじゃない……かしら?」
「そうかしら?今まで自分のペースでべんき(ョー)部屋に入っていたけど、管理されることによって、強制的にその時間だけにアウトプットする癖がついたのよ?」
「……え………で、でも、もし藤子ちゃんがそれ以外の時間にべんき(ョー)部屋に行きたくなったらどうするのよ……?」と亜理沙が言った。
「我慢よ我慢!そのおかげで、べんき(ョー)に向き合った時の喜びを一層感じられるの!なんなら、最近の私、他の時間でもずっとべんき(ョー)のことしか考えてないくらいよ!早くべんき(ョー)部屋に行きたい。早くべんき(ョー)部屋に行きたい。ってね。カイトの管理アプリのおかげで、私、べんき(ョー)中毒と言ってもいいわ。ベんき(ョー)椅子に座ってないと落ち着かないって言うか……。これは凄いことよ?
…私、期末試験までにべんき(ョー)大好き人間になりそうよ……」
「……凄い調教ね……。お、お幸せに……」と亜理沙は言うと、「お休み。」と電話を切った。
その後、亜理沙は、自分も試験勉強のために教科書を開いたが、すぐに閉じてしまった。
そして、友人に対して少し羨ましさを感じながらも、
……私はそこまでド文系じゃないからなあ……、と若干引き気味に、古典の教科書を開き直し、ボンヤリと木下藤子の恋の行方について想いを馳せるのだった。
『Ultimate Learning Method』




