ヰ112 再会
「すみませ~ん!ここ、今日やってますか~!」
「はいはーい!!」と無頼孔雀が、スリッパを履いた足を引き摺りながら駆け出す。
蓮台風花と、小野町悟もソファから立ち上がり、孔雀の後を追った。
3人が駆け付けると、診療所の入り口に、ロング丈のベージュ色のチェスターコートを着た女性が立っていた。
「うわっ!」と悟が大声を出す。
短い髪を、昔のハリウッド女優風にセットしたその女性は、
……そのまっすぐな白い鼻からダラダラと赤い血を流して、涙目で笑っていた。
「ど、どうしたのよ?!え、絵美理?!アナタ血だらけじゃない??」と言って、風花がワタワタと顔の前で手を動かす。
「……あのね?なんか、そこで、すんごい眩暈がして、アスファルトに顔からぶっ倒れちゃった♡テへ☆」と言いながら、絵美理はウィンクしながら拳で頭をゴッツンコして「……痛い……」と頬に涙をこぼした。
孔雀が、「と、とにかく入れ。今、治療してやるから……悟、風花!絵美理を奥へ連れてきてくれ!」と叫び、彼は踵を返すと慌てて中へ戻っていった。
「……だ、大丈夫か?」と悟が手を伸ばして、絵美理の腕を支える。
すると彼女は、自分のハンドバッグに手を突っ込み、ごそごそと漁り出した。
絵美理は中に入っていた小さなポシェットから、個包装された白い袋を取り出すと、
「……なんか、頭を強く打っちゃってさ…………ねえ風花?……この止血シート、どうやって使うんだったっけ?」
と、平たいクリオネシートを開いて、鼻に持っていこうとする。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ絵美理ちゃん??!」と風花は、アラフォーの女性に向かって叫んだ。「用途が違うでしょ?!……て、それ、ベタベタしてる方が外側だからね??大丈夫?!」
ボンヤリした顔の絵美理は、「……あ、そうだったっけ?」と言って、クリオネシートの裏表の向きを逆に変えて、鼻の穴にあてがった。
「大丈夫?歩けるか?」と悟が絵美理の背中を支えてやる。
風花は、絵美理の横顔を見ながら、
………中学1年のある夏の日の会話を思い出していた。
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「………え?で、このクリオネシートをパソシの中に付けるの??え?ホントに??冗談で言ってる?……だって異物感凄くない??」
「……まあ、そうなんだけど……付けないと困るから……」と、風花が言う。
「え?ホントに?それ、ホントに真面目に言ってるの??風花ちゃんの言うことを信じるのなら、世界中の全女性がもれなくパソシにこれを装着しているってことになるけど?」と絵美理が驚いた様子で言葉を返す。
「まあ、年がら年中付けてるってわけではないけど………でもね、概ねそういうことになるわね。」
「……ちょっと待ってよ………。じゃあ風花ちゃんも今付けてるの??」
「……え、あ、うん。そうね………今は丁度付けてるわ……お腹も痛いし。」
「……そうなんだあ……。それって我慢出来ないの?ほら、それってさ?風花ちゃんだから、付けなきゃイケナイってことはないの?風花ちゃんは4年生まで、たまにお内緒してたでしょ?風花ちゃんは昔からそういうの緩いから。」
「な?!ひ、人聞きの悪い!3年生までよ!3年生!」「いやいや、風花ちゃんが最後にお内緒したのは4年生だったはずよ。あれは確か5月の中頃だった……。風花ちゃんがもう大丈夫だって言うから、満を持して2段ベッドの上を使わせてあげたというのに……翌朝には雨漏りで起こされた……。うん、あれは4年の5月だった。…五月雨を集めて早し……最上川……私、記憶はいい方なんだよねー?だから間違いないわ!」
かかげた指のあいだから、瞳をキラーン!と光らせて絵美理が鋭く言い放った。
「と、とにかく!これは我慢とか出来るものじゃないの!あきらめて!」と風花が言う。
「……でも、ちょっとこれ……固いわね?……これってこんなにゴワゴワしているものだったっけ?」と絵美理が平たいクリオネを横に引っ張りながら言った。
「……え?どういうこと?」と、
今度は風花が瞳の奥を光らせながら、友人を見つめる。
「いや、これじゃね、通気性や保湿性に問題がある為、敏感肌の方やかぶれ、又はかゆみが気になる方に適さないんじゃないかしら?」
「……な、何故そう思うのよ……?」
「いや、なんとなくよ。私の記憶に刻まれた何かが、そう訴えてくるの……」
風花は、
……やはり、絵美理は5回目の人生を送っている最中だ……でも何かの原因で未来の記憶を断片的にしか憶えていないんだわ……、
と考えていた。
……だって、オーガニックコットンスナプキンは、2000年代以降に普及したはず。この時代では、その存在を知っている中学生がいるはずはないわ……。
「……絵美理ちゃん?」「ん、なあに?」
「念のため聞くけどアナタ、とぼけてるんじゃないわよね……。ホントは全部分かってて、私を騙そうとしてるんじゃないよね?」
「…………。」
「ねえ、絵美理ちゃん?もし、絵美理ちゃんが全部憶えていて、自分には後がないと知りつつ、…それでも何らかのプランを持ってやり直し中だったとしたら……、ねえ、絵美理ちゃん?私だってそうなんだから、一緒に知恵を出し合って、作戦を立てた方が良くないかな?……それとも、私と協力出来ない何かの理由があるの?」
と、風花は勇気を出して一気に喋りきった。
絵美理は机の上に、平たいクリオネシートをそっと置いて、
大袈裟に溜め息をつくとこう言った。
「…風花ちゃん?安心して。私、全部は憶えていないわ。今すぐに思い出せるのは、風花ちゃんが2年生の演劇鑑賞の時、音入れに間に合なかったことと、3年生のプールの時間に中でしちゃったことくらいよ。」
「……な、何故それを……??!」
「フフフ……バレバレだったわよ。あの、身体の下を掻き混ぜる仕草は、通常の人間生活では決して行うことのない、特殊行動のひとつなの。でもね?基本、私、人のそういう失敗を気にしないタチだから。あ、そうだ!6年生の時、孔雀お兄ちゃんの大学にみんなでピクニック行ったよね?あの時風花ちゃんは結局、音入れどうしたんだっけ?はて?憶えてないわ……まあ、今言ったように、私、あんまりそーいうの気にしないから、途中から忘れてたんだけどねー。……今急に思い出したわ。でも流石に大学に着くまでもったよね~?あの日はNYO検査だったわけだし。
はあ…最近は、豊子さん体調悪そうで、楓姉ちゃんも忙しそうだから……ああいうピクニックとか行けてないよね……。懐かしいわあ。」
絵美理はそう言うと、「にしても、孔雀お兄ちゃんは、楓姉ちゃんとの関係、もっとハッキリさせればいいのに……ホントあの2人じれったいわあ……。」と言った。
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幸い、上着についた血はわずかだった為、汚れをアルコールティッシュで拭き取ると、
絵美理は毛布を敷いたソファに深く座り、鼻に絆創膏を貼った姿で「ふう。」と息を吐いた。
「いやあ。ビックリしたわあ……」と絵美理が言うのを聞くと、
「ヤレヤレ…ちょっと意識が混濁してたみたいだけど、もう大丈夫そうだな。」と無頼孔雀が言い、彼女の目の周りに出来た青痣に綿棒で薬を塗り始めた。
「……大丈夫か、絵美理……」と悟も声をかける。
「あら悟、あんたも来てたのね。あれ?この前はなんで屋上で会ったんだっけ?」
「……大丈夫か?そんなに強く頭を打ったのか?新しいドロップインハウスの子供達がクラファンを立ち上げたからって、俺にも協力するよう言いにきてくれたんじゃないか。
あの報せは、本当にいいバレンタインプレゼントだったよ。」
悟は少年の頃に戻ったように無邪気そうに笑った。「……今更だがハウスに恩を返せるよ。今まであそこは秘密主義で、あまりいい噂を聞かなかったからね。それが今回、塾を始めたということで、新設されたHPを見たら、明かされた事業内容なんかもとても健全なもので、尚且つ理想を持った経営理念に基づくものだったしね。
……勿論、絵美理ほどの金額じゃあないよ?……それでも俺には意味のあることだ。
豊子さんの意志は、まだ生きている。……そして楓姉ちゃんの想いも。」
「…悟……。」と孔雀は、包帯を持った手を下ろしながら呟いた。
「あのな、悟、絵美理?楓には、娘さんがいるんだ。」
「「そ、そうなの??」」と2人が同時に声を上げる。
「竹千代くんという名前なんだが……、彼女は多分、蔭でハウスの援助をしているようなんだ。」
「………でもなんで蔭で行っているのかしらね?」
と、今まで黙って話を聞いていた風花が、考え込むような顔をして言う。
「……何故だろうね?」と孔雀が言うと、悟が「……噂では、以前の豊子キッズは、結構危ない商売をしていて、倫護カンパニーに睨まれているとか聞いたことがありますよ。」と口を挟んだ。
「……それは俺も聞いたことがあるけど、デマだろ?彼らがあんな世界的大企業に喧嘩を売っているとは、到底思えない。だいたい何をすれば倫護カンパニーから睨まれるレベルでマークされると言うんだ?」と孔雀が言った。
「……倫護カンパニーねえ……」と絵美理が鼻の絆創膏を触りながら呟く。
「それが本当なら、一度、竹千代さんと会って話がしてみたいわね。私だってさ?楓姉ちゃんへの恩があるし…、楓姉ちゃんの娘さんの力になってあげたいからさ。ねえ、孔雀兄ちゃん?竹千代さんに連絡は取れないの?」
絵美理はじいっと、老けた孔雀の顔を見つめた。
孔雀は「ああ、彼女、ブイチューバーだし、こちらから連絡を取る手段がないことはないが…、向こうが俺の身元を知ったら嫌がられると思うな。」と言った。
絵美理は何か言いたそうに口を開きかけたが、風花に背中をつつかれて、「なによ?」と振り返った。
消毒薬を取りにいった孔雀の背中を見送ると、風花は小さな声で絵美理に耳打ちをする。
『……楓姉ちゃんの娘さん、どうやら孔雀お兄ちゃんを許していないらしいのよ……。』
「許すもなにも……言ってみれば他人でしょ?」
『さっき悟が来る前にね?孔雀お兄ちゃんから話を聞いたのよ。……竹千代さんはお母さんのことで、孔雀兄ちゃんを恨んでいるって。』
「……ふうん。」
そこで悟が割って入り、「それが本当なら、俺達で2人の仲を取り持ってやらないか?」と言った。「無頼兄ちゃんと楓姉ちゃんのこと、俺達も心残りだっただろ?
……あの頃はさ、豊子さんの病気のことで、2人共いっぱいいっぱいだったんだよ。まだ20代半ばだったんだよ、楓姉ちゃん達は……。今更、2人が道を間違えたとは言わないが、このままじゃ無頼兄ちゃんが可哀想だよ。」
風花は目を逸らし、バッグの中に入れている栞を、更に隠すように手で覆った。
「それもそうよね。よし。分かったわ!私達で竹千代さんにコンタクトを取って、孔雀兄ちゃんと話し合える機会を設けましょうよ!……風花?なんか気の進まない顔をしてるけど、どうしたの?」と絵美理が、お馴染みの疑り深い表情でにじり寄ってくる。
そこで孔雀が戻ってきて、絵美理の傍に寄り、額の擦り傷をもう一度確認した。
「いやあ、まさか今日、お前らがこうやって全員集まるとは思わなかったよ。」と孔雀が言う。「これから食事にでも、と思っていたんだが、絵美理がこの様子だとな……。血は止まったようだが……なあ、みんな、どうする?」
「ウー○"ーイーツでいいんじゃない?」とすかさず絵美理が言い、
他の3人は、そこはかとなく……ウザい……と思うのだった。
『Reunion』




