ヰ106 パラドックス・ハラスメント
向井蓮は、
自宅の子供部屋で、疲れた大人のようにこめかみを揉んでいた。
いつの間にかポケットに入っていた、誰から貰ったか分からない謎のチоコボールを口に放り込み、
多分、赤穂時雨がくれたであろう、Sagaのドバイばあちゃんチョコレートを見つめ、
毎日つけている日記帳に視線を落とす。
2月14日(土)と2月15日(日)のページが空白になっており、
蓮は、スマホアプリで管理している、1周目の世界の未来日記を開き、
それと照らし合わせながら、未確認の情報を手書きで書き入れていた。
コンコン…
「はい」
「蓮さん?ちょっといいかしら?」「どうぞ」と言って、蓮はアプリを閉じた。
扉が静かに開き、蓮の美しい母が現れる。
「なあに、お母さん?」と蓮が優しい声で尋ねる。親孝行をしたい時には親はなし………ではなく、前世での僕は過労死で先立ってしまった。……だから2周目ではなるべく親と関わりを持つようにしているんだ。
お母さんが僕のことを愛しているのは明らかだったから。
蓮は、母から貰った四つ葉のクローバーの栞を日記帳に挟むと、14日のページをパタン、と閉じた。
「大丈夫?」と、母が言う。
「大丈夫って、なにが?」と蓮が答える。
「……疲れているみたいよ。」
「ああ、お母さん。確かに疲れてるよ。」と蓮が言った。
母は、息子の閉じた日記に目をやりながら
「今、ちらっと見えたけど……、日記書けてなかったわね。」と言った。
「……あ、うん?ちょっと忙しくってね。」
「…そのこめかみを揉む癖、……大人になったあなたがよくしていたわね。」と母が言った。
「……え?今なんて言った?」と蓮が顔を上げる。
蓮の母は、何処か寂しそうに微笑み、
「……あなた、2月14日に時空の歪みを感じたでしょ?」と言った。
え?
「なんとなく気付いていたけど、あなた、6年生になってから前世の記憶がよみがえっているんじゃない?」
え?どういうこと?
「実はね。あなたが過労死した時、
私は、自木又したの。」
「……そしたら、私、セーブポイントに戻っていたのよ。」
と、向井蓮の美しい母、向井風花、…旧姓蓮台風花は言った。
「それでお母さんね、今度はあなたが死なないで済む人生を目指そうと思ったの。あなたは不幸な縁談をして、人生の全てを棒に振ってしまったでしょ?……だから私はね?もう一回人生をやり直して、あなたを助けようと誓ったの。」
40代になった元美少女、現、美マダムの風花は、
とある医大にあった教会で、少女時代にセーブした話を、息子に聞かせ始めた。
***************
「ちょ、ちょっと待って。その話……、僕なら信じることが出来るけど……え?セ、セーブっていつでも出来るの?他の教会ではダメなの?」と蓮が言う。
「……多分、ダメだと思う。」と風花が答えた。「ちなみにその教会は、私たちがセーブした直後取り壊されてしまったわ。で、私は2周目の人生では他の教会でも一応祈ることにしてはいるのだけど、他ではダメな気がしているわ…。何となく分かるの。あ、ちょっとそのノートを見せて。」と言って風花は、蓮の日記帳を開き、間から四つ葉のクローバーがラミネートされた栞を抜き取った。
「あのね……この四つ葉のクローバーに…なにか不思議な力が宿っていると私は考えているの。その原因のい恥部は、……もしかしたら私由来のものなのかもしれないのだけど……、
ちなみに何故か私は、あれ以来、人生で一度も四つ葉を発見したことがないわ。
お花摘みといい、四つ葉といい、……あの時、履いていなかった私といい、これはいくつかの条件が偶然重なって起こった奇跡だったのね。多分。」
「そ、そう言われてみれば、僕も人生で一度も四つ葉を見つけたことがないな………」
「それでね、あなたの不幸な人生と死を回避する為にね?私は2度目の人生では、あなたの許嫁を指名してくる宍戸家とはなるべく距離を置いたり、飛鳥家との交流もなるべく避けたりしてきたの。……でもね?宍戸家の影響力は思ったより強くて、この地域の有力者の家系であるお父さんと結婚する限り、宍戸家と関わらないようにすることは難しいのよ。…勿論お父さんと結婚しないとあなたは生まれてこないし…。で、関わりを避けるため、小学生の期間、海外留学に出していたあなたを、
…宍戸家の当主、宍戸かぐやの命令で、どうしても日本に呼び戻さないわけにはいかなくなったの。そうしないとお父さんが困ることになるから。……情けないことに今の私はお父さんの稼ぎに頼るしかないのよ……。
セーブしたところからやり直しになったせいで、私の生涯賃金は半分になってしまったからね。だから選択肢はないの。」
「……ぼ、僕はこっちに転校したタイミングで6年生の自分の体に転生してきたと思っていた……。」
「……多分、それはね、あなた自身が、自分の人生に対する強い後悔の念があって、
一番思い入れのある6年生の自分になった時、一気に前世の記憶がよみがえったのではないかしらね?だから6年生からやり直しているように感じているのよ。でもどうしてそうなったかは分からないわ。……私の血を分けた息子だから、なにかしら私の転生と連動してるのかもしれないわ。」と風花は言った。
風花の、少女の頃は長かった黒髪は、今は茶色く染め肩までに切っているが、昔と同じくその一本一本は艶やかで滑らかな質感を保っていた。
「お母さんは、何回でもやり直せるの?」と、蓮が唾を飲み込みながら尋ねる。
「これを見て。」と風花が言った。
「この四つ葉のクローバーの葉、1枚黒くなっているでしょ。多分ね……あと3回しかやり直せないと思うのよ。でも保証はない。一か八かの賭けで、もう一度死ぬことはできないわ。それに甦ったとしても、次は更に資産が半分になるのよ。それ怖くない?こんなこと言うのなんだけど、お父さんが先に亡くなった場合の遺産も含めて、生涯資産が半分よ?次はお父さんの収入も減る可能性があるわ。」
「でもなんでこのタイミングで歴史が戻ったんだろう?お、お母さんが死んでないのに?……実はね、14日の時空の歪みは、僕が1周目の世界に戻されていたせいなんだ。今の話を聞くまで、僕はてっきり設楽居海人と豊子キッズが接触したせいかと思っていた。……これは原因ではなくて、結果だったのかな……」
「そうね。考えられる可能性は……」と風花が考え込みながら言った。
「子供の時、一緒にセーブした、私のお友達絵美理か、悟のどっちかが死んで、セーブポイントに戻ったせいで歴史がリセットされてしまったのかもしれないわ……。
お母さんね、多分、あの2人のどちらかが亡くなった瞬間、時空が歪んで一気にこの時点までの歴史が塗り変わったのではないかと考えているの。あの日、私も眩暈を感じたわ。あなたもでしょ?実はお母さん、丁度その時、家の音入れでご用事をしていたのよ。
ところが眩暈がして、何処かに落っこちていくような感覚の後、気がつくとお風呂場でしゃがんでご用事をしていたわ……。
時間と空間が歪んだのね。」
「え、お母さん、それでどうしたの……」
「勿論掃除をしたわ……今は昔、竹取のお翁ほうといふものをしていたから、お掃除が大変だったわ……。
…でね、これは何か異変があったな、ってお母さん、すぐに気付いたの。」
蓮は、無言で母の顔から目を逸らした。
「あら?大丈夫よ!念入りにお掃除したから!風呂椅子は勿論のこと、念のためにシャンプーとコンディショナーのボトルも変えたし、タオルも全部変えたわ!今夜は浴槽に椿の花も散らしてあるから。……リラックスできるから、後でお入りなさい。」
母は強し……。この年になっても風花の見た目は世間知らずのお嬢様タイプに見えたが、
一度死んで戻ってきただけある、逆境に負けない強さも、今の彼女は兼ね備えているように見えた。
て言うか、女は一度出産を経験すればね?例えそこらへんでウソコのモラリストになろうとも、平気なのよ☆。
「まあ、でも元通り2周目の世界に戻ったみたいね。…机にあるそのチョコ、飛鳥めいず嬢以外から貰ったものが置いてあるわよね?あなたがこの世界を元に戻したの?」と風花が言った。
「…いや、それがよく分からないんだ。でも、うまいこといつの間にかこの世界線に戻ってきていたんだ。」
「そう?なら逆に、もしかしたら誰かがこのタイミングでセーブポイントに戻ったことで、今の世界線に戻ってこれたのかも知れないわね。複雑過ぎて何処に因果関係があるのか、私にはサッパリだわ。……でも気になるのはね、もし、セーブポイントに戻ったのが絵美理だったとしたら…って思うと…。あの自分勝手な絵美理のことだから、あの人の好きにやらせると、世界が大変なことになる気がするってことなのよ。…なんか、ちょっと不安なのが、私がセーブポイントに戻った世界より、世界が酷くなっているような気がするのよね……。
ほら、戦争とか……中国との関係悪化とか…
お母さん、政治とかあんまり詳しくないけど、ここ最近おかしくない?大国のトップが暴走しているみたいだし……。」
「そ、そこまで歴史が変わるものなのかな……僕らごとき一般人の動きで。」
「さあ、分からないわね。あの子は昔から無茶苦茶やるタイプだったから……」
****************
時は戻り、
バレンタインデーの夜。
元、新宿ドロップインハウスのキッズ、榛葉 絵美理は、
長年音信不通だった小野町悟をようやく見つけ出し、
とあるビルの屋上で、2人は向かい合っていた。
……年甲斐もなくバレンタインのチョコが貰えるかもと期待してしまう。俺ってバカだな……。と40代になった悟は考えていた。
「お久しぶり。」と絵美理が言う。
続けて「私、これで4度目の人生なの。」と唐突に彼女は言った。
「は?」
「悟?あんたもこの四つ葉のクローバーまだ持ってる?」
そう言うと絵美理は、カードケースにしまわれたクローバーの栞を取り出し、セーブポイントでの復活のことを話し始めた。
「……私、1周目は、株で大儲けしたんだけどさ?傍若無人に生き過ぎて、18歳で騙した男に殺されたのよね。で、セーブポイントに戻ったわけ。そのあとの2周目はもっとうまくやって、所持金半分でも充分大金持ちになれたんだけど…、27歳で乗っていたヘリコプターが爆破されたわ。で、次の3周目は毒殺された。で、今は4周目。更に資産が半分になったけど、今度はそれなりの幸せを手に入れながら順調に、こうやって40代まで生きてきたの。そしてまだお金は充分にあるわ!……だけどね、ふと、後悔があってね……。
……孔雀お兄さんと楓姉ちゃん。あの2人にはもっと幸せな未来があって良かったんじゃないかって今になって思うのよ。なによ?私だって自分のことばっかり考えているわけじゃないのよ?3回生きて、色々働きかけてみたけど、あの2人を結びつけることは一度も出来なかった…。
悟?あんたもこの四つ葉のクローバーをまだ持ってる?私のはもう3枚黒くなっちゃったの。てことは多分生き返れるのはあと一回っぽいのよねー。」
悟は無言で、自分も御守りに持っていた四つ葉のクローバーの栞を財布から取り出して、
「……お前、頭が狂ってるのか?今の話はなんなんだよ……ハッピーターパンでもやり過ぎたのか?」と言った。
絵美理は、悟の言ったことを無視し、「あら?あなた、まだ4枚ともキレイじゃない。じゃあ、あと4回死ねるわね?」と言った。「……見たところあなたの人生、うだつが上がらなさそうだし……だいたい、あなた、プロ野球選手を目指すんじゃなかったの?今すぐそこから飛び降りていっぺんやり直してくれば?…いや待って、ああ、そうか、代わりにあなたの生涯賃金は半分になるわけだから、今更プロ野球選手はもう無理そうね。今、いったいいくら稼いでるのよ?
あ、言わなくていいわ。その顔が全てを物語っている。どうせこの世に大した未練はないんでしょ?だったらもう一回生きて、なんならお金で買えない違う幸せでも掴んでくれば?ついでに孔雀お兄さんと楓お姉さんをくっつけられるか、あなたもチャレンジしてきてよ。お願い!私じゃうまく出来なかったから!
……勇気がなかったら押してあげよっか?死ぬのって意外と簡単だったよ?3回死んだ私が言うんだから間違いないって!気付いたら、大学の教会で目が覚めるから!若くなるって最高だよ!!あんたなんて、あの頃が人生のピークでしょ?どうせ。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!セーブってあれか??無頼兄ちゃんの大学の先生のとこの教会のことを言ってるのか?」
「そうよ。今まで何を聞いてたのよ?あの時セーブしようって言ったのはあなたでしょ?大丈夫だって!一瞬痛いだけだから…」
そう言いながら絵美理は両手を付き出して、悟の肩を押そうとする。
「待て待て待て!お、俺は、あの時セーブしていない!!」……性撫しかしていない……
「は?あんたもセーブしたって言ってたじゃん?じゃあ、あんた、あの時何やってたのよ?!
もう!相変わらずあんたは使えないわね……ホントにしなかったの??アンタ、バカなの??」
「……あ~、アンタに頼もうとした私がバカだったわあ。やっぱり風花にお願いしてみるわ。」
「お、お前、風花を殺す気か??」
「いや、勿論強制はしないわよ。」
「……お前今、俺に強制していたような……で、でもさ?よく考えてみると、風花は風花なりに自分の都合のいいように歴史を変えようとするだろうし、もし、風花がセーブポイントに戻ったら、お前に不都合が生まれる可能性はない?だいたい2人がずれてセーブポイントに戻った場合、パラドックスとか起こらないのか?まあ、そもそもこれが事実なわけはないけどさ……」
「あなたは難しく考えすぎよ。だから男ってのはダメなのよね。すぐ難しい言葉を使いたがる。よく聞くけどパラドックスってなによ?」と、絵美理は鼻を鳴らした。お金を持っているだけあって、彼女は歳の割にはまだ若々しく綺麗に見えた。
「この場合はタイムパラドックスかな。時間の逆説、か?」
「は?何よそれ?」
「つまり、お前がセーブポイントに戻った時に、すでに風花がセーブポイントに戻ったことがある状態になっていた場合を考えるとだな?
……例えば、その時点で40歳まで人生をやり直していた風花はどうなるんだ?そもそもお前がセーブポイントに戻った時点の風花は未来の記憶がある風花になるのか?よくわからないぞ。これ、ホントに辻褄が合ってるか??」
「は?知らないわよ、そんなこと。だいたいね?この世界ではね?至るところで『我こそはこの世の主人公だ』と名乗る者達が、勝手にタイムトラベルしたり、タイムリープしたりで、日々大渋滞しているのよ?交通事故の2、3件は日常茶飯事よ!これはカオス理論よ!知ってる?まあ私も詳しくは知らんけど。
……そもそもね、歴史を変えるのって意外に難しいものなのよ。
今回は教会でセーブをした直後、お兄さんとお姉さんもセーブさせようと教会に引っ張っていってみたんだけどさ、大学の人に止められて中に入れなかったのよ。で、挙げ句の果てにはその夜に教会は火事になって取り壊されちゃうし。
ダメ元でこの四つ葉のクローバーは2人にも配ったけど、少なくとも亡くなった楓お姉さんは幸せな人生に辿り着けていないと思うの。
まあ、でも、私が大金持ちになるってことはそれなりに決定事項っぽいから…細かいことは違っていても、どのみちそうなるみたいなのよね。……ただ毎回死に方がね……次はもっと平和に死にたいわよ。でもね?4周目では、私なんとか殺されずにここまで生きているんだからね?私偉くない?て、ことはまだ歴史は変えられる可能性はある!てこと。出来れば次回は楓姉ちゃんを幸せにしてやりたいわあ~」
い、因果関係と連鎖反応……そしてバタフライ効果か……。に、にわかには信じられない話だが…………もし、こいつの言うことが本当なら…俺も…あの時、お祈りしとけば良かったのかな……。
と、悟は考えていた。
……ああ男ってなんでこんなバカなんだろう……まあ、でも、男とはそういうものか……。一時のエロに流されて人生を棒にふる……棒だけに……
悟は悲しい男の性に思いを馳せながら、
……まあ、あの少年の日に味わった性撫は、その後の人生あれ以上のものを経験出来なかったわけだし…あれはあれでよかったのかな………
と考え、無駄に渋い表情で夜景を眺めていた。にしても絵美理……歳の割には可愛いな……。
「なあ、絵美理?」と悟が声をかける。「ところでお前、結婚してんの?」
「は?してないわよ?それがアンタと何の関係があるのよ?」
「……いや、その……今日ってバレンタインじゃん?……チョコとかくれるために俺を呼び出したんじゃないの?」
「はあ???」と絵美理が心底驚いたような顔をして叫ぶ。
「お前ってさ?子供の時、なんのかんの言って俺のこと好きだっただろ?」
「な、なに言ってんのアンタ??!」
「だからさ、今更だけど、……3月3日と5月5日で男女のお節句をしませんか?」
「い、い、いっぺん死んでこい!!!!」
ダッ……と絵美理が腕を伸ばして突っ込んできて、咄嗟に悟が体を斜めにしてよけると、
……彼女の体はバランスを失って、低い手摺を乗り越えていった。
そのまま、ピューーーーー、と
絵美理の体は落下していき、
☆☆☆☆★★★☆☆☆##!!
と、お花畑が弾け飛んだ。
と、同時に絵美理は、教会の祭壇の前で目覚め、辺りを見回した。
しかし、5周目の彼女は、直前の死因が頭の強打だった為、
……前世の記憶を全て失っていたのだった。
『Para hara』
バレンタイン編終了です。面白かったですか?面白かったら★評価してね。
まだまだ続くよ!




