ヰ102 運命の歯車
波浪~。皆さん、お雛祭り楽しんでますか~?
スペシャル編をどうぞ!
要塞のように聳え立つ、新宿鈍器法廷ビルを見上げる向井蓮と、木下藤子は、
暗雲たちこめる空に、小さな雪が舞っているのを確認した。
それとも、あれは灰だろうか。コトブキ町の一角からは焦げ臭いにおいがし、数日前に起きたブルセラショップのビル火災の余波が、
まだ新宿には残っているようだった。
「……行きましょう」と、蓮がごくりと唾を飲み込みながら言う。
2人は鈍器の横を曲がり、脇道からコトブキ町に繋がる通りにある、白いビルの前に立った。
「普通に行っても、ここにはオートロックがかかっているから、中には入れないと思います。」
「君は、ここに一度来たことがあるの?」
「はい。」
蓮は、電車に乗っている時に、ネリケシちゃんのインスタントぐらしを探していたが、とうとう見つけることが出来ないでいた。……あれ?豊子キッズのボスの名前はネリケシちゃんじゃなかったっけ……?
「隠れて待ちましょう。中から誰かが出てくるところを狙って、潜入出来るかもしれません。」蓮は、藤子を引っ張っていくと、消火器の置かれた廊下のへこみに身を隠した。
…………。
………。
しばらく、冷たい空気の中で、手を擦り合わせて待っていると、
……エレベーターの動く音がして扉が開き、ロビーに金髪の男子が下りてくる。
「あ!奴はネリケシちゃんの付き人だ!行きましょう!潜入するチャンスです!あいつにはモテない男子特有の隙があります!」と蓮は小声で叫び、素早く移動を開始した。
****************
ジャガーは、ふてくされた顔をして、ロビーに設置された自動販売機の前に立っていた。
そして、並んだ缶を左から右に見ていって、
『ホっとチョコ』という缶のところで一旦指を止めて、……迷った挙げ句にコーラのボタンを押した。
くそ!
今日はバレンタインデーだぞ……。なんで誰も俺にチョコをくれないんだ……。この日を目指して、必死に《図解》女子の取説を読み込んできたのに……。
うちの女子は誰一人として、チョコをくれなかった……。おーい、もうすぐ今日が終わっちゃうぞー………。お前らにホワイトデーなんか、な~~んもあげないからな!!ふ~んだ!
ジャガーは、革ジャンのポケットから、細かく砕いた空気ドロップの欠片を取り出すと、別のポケットからハッピーターパンの粉も取り出し、
それらをコーラの中に注ぎ入れた。
……こういうむしゃくしゃする時は……。これでネバーランドへひとっ飛びっ、と……。
ジャガーが缶に口をつけようとした時だった。
ロビーのガラス戸の向こうに、紺色のダッフルコートを着た、漆黒のポニーテールの少女の姿が見えた。
こちらと目が合った少女が、静かにコートを脱いで、腕にかける。
な………??
ジャガーは絶句して、コーラの缶を体の横に下ろした。
せ、せ、せえらあ服?!………ま、まじか?ニセモノ…、じゃないよな??ほ、ほんものか?ほんものなのか?ほ、本物の船乗りなのか??………初めて見た…………。
セーラー服の少女は、後ろから何かに押されたように、おっとっと…と足を踏み出し、
ジャガーの顔を見ると、ニコッと微笑んだ。
ま、まさか………出待ち?
バ、バレンタインの出待ちなのか??
誰か知らないけど俺のファンか??
ジャガーは自分の顔がにやけていくのを感じ、慌てて頬をビタン!とビンタすると、フルフルフル……と首を振った。
彼はコーラを背中に隠し、気持ち顎を引いて流し目を作りながら、真顔でガラス戸に近付いていく。
少女はペコリとお辞儀をした。
「ちょっと待ってて。今、開けるから。」とイケメンジャガーは、心持ち声を低くして言った。
シュウィィィィィン………
静かに扉が開く。
ポニーテールの少女が、どこかすまなそうな顔をしながら前に進み出てきた。
そして、一瞬不本意そうな顔をしながら、鞄を開け、
名残惜しそうに薄桜色の包みを細い指でなぞる。
期待に満ちた目で覗き込んでくるジャガーの様子に気付き、藤子は軽く溜め息をつくと、
チラッと後ろを振り返り、廊下の窪みを見やると……、
「あの、……これ……、どうぞ……」と言って、
シゴデキお姉さんからもらったチョコをそっと差し出した。
「え?なに?これなに?え?なに?え~チョコみたい見えるけど、なにかな~?」とジャガーが言う。
「……あの……、はい、その……、チョコです。」
「え?チョコ?なんで?」
「……バ、バレンタインですから」
「え?バレンタイン??で、なんで俺にチョコを?だってこれ、好きな人にあげるもんでしょ?え?え?なんで?俺、君と初めて会ったよね?違う?いやあ、参ったな……」
「……」
《スパコーン!》
飛び込んできた蓮が、遠心力を使って力一杯消火器のお尻でジャガーの頭をはたき、
彼は、大理石調の床をズザザザーーと滑って、壁に頭をぶつけると動かなくなった。
「だ、大丈夫?こ、殺してない??」と藤子が戸惑った様子で言う。
床にぶちまけられたコーラを跨ぎながら、蓮は、「さあ、行きましょう。可哀想だからそのチョコは、こいつの口に突っ込んでおきましょう……。」と言った。
「ごめんなさいね……」そう言うと、藤子は金髪男の口に、ヌチャァ……と柔らかい生チョコを突っ込んで、手を彼の革ジャンのモヘア付きの襟で拭いた。
蓮はしゃがみこみ、ジャガーのポケットを漁り出す。
「……これを見てください。多分、これはハッピーターパンの粉ですよ……。設楽居海人さんも、こういうものを服用している可能性がありますね。覚醒剤の一種です。豊子キッズの子供達は、勉強勉強で、本来の子供らしさを奪われていると言われています。
……受験地獄、学歴社会……。詰め込み学習。学力至上主義……。日本の教育のあらゆる歪みが、ここに集約していると考えていいでしょう。」
「……設楽居くん……」と藤子は苦しそうな表情をして、セーラー服のリボンごと胸を掴んだ。
「さ、上に行きましょう。」と言うと蓮は立ち上がる。「ここからは警戒していきましょう。2周目の時に出会ったリアル尾刀水鳥が、このビルにいるのなら注意しなければなりません。前回、背後を取られた時、身動き一つ取らせてもらえなかった………。あのまま首を折られていてもおかしくなかったから……」
蓮と藤子は黙ってエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。
チーン!
扉が開くと、蓮は用心しながら廊下を覗き込み、人の気配がしないのを確かめると、グレーの絨毯張りの廊下へ出ていった。
「……大丈夫そうですよ、お姉さ……」
蓮は、その言葉を最後まで言い切ることが出来ないまま、思い切りコンクリートの壁に向かって叩き付けられていた。
意識を失った蓮が床に崩れ落ちる。
「な?!どうしたの??」と藤子が叫ぶと、
鈍器メイド服・改(スク水魔女バージョン)に身を包んだ女が、片手にかんざしを持ったまま、蓮の体に覆い被さっているのが目に入った。
すぐに女は「あら?もう一人ドブネズミが紛れ込んだようですね?」と言うと、シュタッ!と背中から跳躍し、
唖然とした顔の藤子の前に一瞬で着地する。
「何者だ?何が目的だ??」と、女は椿の付いたかんざしを、藤子の首に突き立てて言った。
壁際で「う、う~ん……」と蓮が唸りながら体を動かすのが見えた。
「葉南!その子、まだ生きてるわ!尻子玉を抜いて!!」と女が鋭く叫ぶ。
一陣の風が巻き上がり、
……気が付くと、壁に背を向けて横たわる蓮のズボンは脱がされていて、彼はピクリとも動かなくなっていた。
「ひ、人殺し………」と藤子は、震える声を辛うじて絞り出すと、…自分の足元に温かいものがストレートに流れ落ちていくのを感じた。
……良かったわ……履いてなくて……。
メイド服のようなものを着た女は、靴が濡れないように僅かに体をずらしたが、冷たいかんざしの先を藤子の首から離すことはなかった。そして「目的を言いなさい、見知らぬセーラー戦士。」と静かに言い放つ。と、急に顔を青ざめさせて眉をひそめた。
「待って葉南!?今入り口のセキュリティはどうなってるの??こいつらが入ってきたってことは、この機を狙って他のもっとヤバい奴が……」
そう言うと同時に背後でエレベーターが爆破され、衝撃と共に藤子と、暗殺者難波鶴子は吹っ飛んだ。
スプリンクラーが作動し、照明が落ち、真っ暗になった廊下を、ピンクのナース服を着た女戦士が、姿勢を低くして一気に突っ込んでくる。
降り注ぐ水滴の形に、人影がうっすらと輪郭を見せ、高学年迷彩が解除され姿を現した、禅羅の五十嵐葉南が、手に銀色の尻子玉を持って………グルルル……と歯を剥き出しにしていた。
走り込みながらナース服のスカートを捲り上げ、セクシーな太ももを出した日本支部最強のスパイ、メジ子はガーターベルトからスチャッ!とピンクのリボルバーを抜くと、
水浸しの床をズザザザザーーとスライディングして、
葉南の臀部目掛けて、THE剤の弾丸を数発打ち込んだ。
ほとんどの弾が跳ね返されるなか、そのうちの一発が、葉南の月工門を直撃し、怯んだ瞬間を狙って、メジ子はスマホのシャッターを
カシャカシャカシャカシャ………と連写した。「愛・不穏27(トゥエンティーセブン)proよ!クインティプル64MP Fusionカメラシステムを喰らいなさい!」
ピギャァァァァ………と悲鳴が上がり、異形の忍者少女は逃げていった。
メジ子はそのまま勢いを殺さず、立ち上がろうとしていた鶴子の元に走り寄ると、
「……可愛そうな戦闘兵器……」と言って、彼女をギュッと抱き止めた。
「な、なにをする?!や、やめろ??く、く、くすぐったい………」
抱き締められた鶴子は、逃れようと身を捩ったが、
……やがて力を失っていき、
最後にメジ子から、ふうっ、と耳に息を吹きかけられると、………へなへなと内股になって床に崩れ落ちていった。
「可哀想な子………」と、メジ子が瞳を潤ませる。
一瞬の油断だった。
最後の力を振り絞って鶴子は、メジ子の腰からピンクのリボルバーを奪って、彼女のオシリスに向けてそれを撃ち込んだ。
スプリンクラーの雨が降りしきる廊下で、明滅する蛍光灯の光が、抱き合って倒れたままの2人のスパイの影を照らしている。
意識が戻った木下藤子は、ずぶ濡れになりながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして水を絞るようにして、長いポニーテールを縛り直す。
突き当たりの部屋から明かりが漏れている。
………行かなければ……。
あの場所に行かなければ………。
藤子は、オシリスを出して倒れている少年が、息をしているのを確認し、足を引き摺りながら、強い意志で廊下を進んでいった。
ここだ。
この場所で間違いない………。
ここに設楽居くんがいる……。
扉に手をかける。
鍵はかかっていない。
藤子は、濡れて滑る手で、もどかしそうに把手を握って押した。
………。
………。
……。
背中で扉が閉まると、外の騒ぎが嘘のように静かになり、暖かく、そして明るい部屋がそこには広がっていた。
濡れたセーラー服から雫を滴しながら、藤子は、
大きな呆痴彼女のポスターが貼られた壁を見上げる。
「……設楽居くん………」
声をかけられた男子がピクリと反応した。
彼は参考書がうず高く積まれた机に向かって背を向けて座り、ノートに何かを書き込んでいるところだった。
PCのライトが明るく輝いている。
海人……。わけもわからず藤子の目には涙が滲んだ。
時計は8時を差している。
バレンタインデー終了まで、あと4時間。
運命の歯車は回り続けていた。
『Gears of Fate』




