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ヰ10 考える葦


「科学特捜部、緊急招集よ!」


♪バンバラバンバン、バンバラバンバン……


三浦詩(みうら うた)は、ロケットの形をしたピンバッジの裏に仕込んだ小型マイクに、

小さな声で呼び掛けた。


「私、後ろにいるわよ…。」と言って、おかっぱ少女、近藤夢子(こんどう ゆめこ)が手を挙げる。

「凄いわね、その通信機、作ったの?」


「ん?ああ、これ?これはイミテーションよ。……作る技術はあるんだけどね。でも安易に違法トランシーバーを使うと、電波法に基づき『1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金刑』を課せられる可能性があるの。だから、ちょっと気分を出しただけ。」


「ふうん?で、その話、どこらへんがエロいの?」


「……。なんでもかんでもエロと結びつけないでくれる……。」


「なるほどね……。やっぱりアンタの能力は……無自覚ってわけね。……ある意味、潜在的な(ニュー)タイプと言えるわね。」と夢子は言い、「……まあ、いいわ。それで?昼休みを潰して招集するからには、……さぞ面白いことなんでしょうね?…だいたいは予想がつくけど……」と胸の下で腕を組んだ。


校庭脇の花壇には、紫や白や黄色のパンジーが並んで咲いており、夢子は、

……パンジーって、見た目も質感も……パンツーに近いわね……。などと考えていた。


「これから話し合うのは勿論、今朝のエロドロップ爆弾の件についてよ。」と(うた)が言う。

「だよね~。恥きゅうぼうえい部としては、あんな変態事変(へんたいじへん)(ほう)っておけないよねー。」


「まず、そもそも、あれの目的はなにか。そして、犯人は誰か。」と詩が(つぶや)く。

「あれから冷静に考えてみたんだけど……今回のエロドロップは倫護(りんご)カンパニーの陰謀だと思う?……逆にあれは(あい)不穏(ふおん)ユーザーに対する嫌がらせだとも捉えられないかしら?」


「……まあ、私が思うに十中八九、単なるエロ目的ね。」と夢子が言う。

「ただし、今回の画像は……あまりにも()(あっく)過ぎたわ。……あれをエロと呼んでいいものか……」と言って夢子が顔をしかめる。


「……そうね。あれはどちらかと言うとテロじゃないかしら?だとしたら目的はなに?」


「ちなみに、あの画像憶えてる?あれってうちの学校の御手洗いだと思う?」と夢子が言う。


詩は「多分そうね……。床の色とか?そんな感じがしたわ。」と言いながら、手に持っていたメモ帳に、さらさらさら……と今朝の画像の再現図を描き始めた。


「これって……女子()イレ、……だよね……?」と詩が自信なさげに言う。


「なんでそう思うの?」と夢子が聞き返す。


「…だってさ、ほら、個室だし?和風だし。」


「え?アンタ、それ、マジで言ってる?……男子()イレには個室がないとでも思ってるの?」


「え?……だってほら、よく見るやつだと、……その、男子のやつは形が違うでしょ?いわゆる縦長のやつ。」


「ちょっと待って?アンタ、男子は運行(▪▪)しないとでも思ってるの??男子は運賃(▪▪)なしとか、どこの世界の男尊女卑よ!?」


「いや、さすがに運行しないとは思ってないわよ?……でもあのエロドロ画像のやつは女子の個室のやつでしょ?違う?」


「アンタねぇ……。男子にだって個室はあるわよ。本気で言ってる?

アンタ、知識豊富だと思ってたのに……、正直がっかりだわ!!ああ!そうか……、アンタ、ゆりかもめしか乗ってないから、そういうことになるのよ……。知識が児童運転のまま……。こりゃ、先が思いやられるわ。アンタね?私が科学特捜部に入ったことを、ありがたく思いなさいよ?!」


三浦詩(みうら うた)は、まだ納得いっていないような顔をしていたが、「……まあ、とにかく。何か手がかりがあるかもしれないから、学校中の和風御手洗いを調査してみましょ。」と言った。


「それなら、あの転校生にも手伝わせたら?さすがに私達だけじゃ男子()イレの調査は出来ないじゃん?……それにどっちかって言うとさ、犯人はエロ目的の男の可能性が高くない?あの画像も、きっと男子()イレのものよ。」と夢子が言う。


「え~~。イヤよ。あんな変態ストーカーを入部させるなんて。……て、言うか…アイツが犯人なんじゃないの?……だいたいエロドロップと同時に転校してくるなんて怪し過ぎる。」


「確かに。」と夢子が言う。


詩が、考え込むような表情で「……ここは逆に罠を張って科特部に勧誘し、あの美少年にシッポを出させましょうか?」と言った。


「ハ!!微笑年にシッポを出させると!!今、アンタ、とってもエロいい話をしました!やっぱアンタ、私が見込んだだけのことはあるわ!」


「……そういうの、ホントいいから……。じゃあ、近藤夢子?転校生の勧誘はあなたに任せるわ。うまいこと言って、あいつが男子()イレの調査を手伝うように仕向けてみて。

……うまくいけば奴が、うっかり犯人しか知り得ない情報を、ポロっと出すかもしれないわ。そこを突くのよ!」


「……ほほう……。犯人のしりをポロっと出させて、そこを突く、と。(おそ)れ入るわ……。分かったわ。一旦こっちは任せて。

……いったんこっち(▪▪▪▪▪▪▪)……いっこんたっち(▪▪▪▪▪▪▪)いっちんたっこ(▪▪▪▪▪▪▪)……フフフ…いいわね。我ながらエロいわ。」


「気を付けてね。あの転校生、設楽居(したらい)のことを狙ってるみたいだけど、エロドロの犯人だとしたら、相当の変態よ。事実を暴いて、早々に少年院送りにしましょう。」と詩が言った。


「まあまあ。まだ冤罪かも知れないから。焦らない、焦らない。じゃあ、アンタは女子()イレの調査をするの?……まあ、無駄な気もするけど、気が済むならそうしなさい?私は止めないわ。」と夢子は言い、「アディ(オス)!」と叫んで、タッタッタッ……と、胸のなかよCカップルを揺らしながら走り去っていった。


………。


さて。


まずはお膝元。3階の女子()イレの調査からね……。

詩は、記憶を頼りに描いたエロドロップ画像を見つめ、……これ、やっぱり女子の個室よね……。違うのかしら?

と考えていた。


***************


科学特捜部部長、三浦詩(みうら うた)は、白装束のワンピースを幽玄に(なび)かせながら、心持ち眉をしかめて、口を真一文字に結び廊下を進んでいた。


もし、あの転校生が犯人だとしたら……。女子の御手洗いに侵入したという可能性すらある……。さすがにそこまでは、と思いたいが。でも、万が一ということはある。


……確かあの転校生、巻き毛だったわね。


例えば個室の床に5cmくらいの巻き毛が落ちていたら、それは奴が侵入した証拠になるかもしれない。

6年生の1月ともなれば、私を含めて、ある程度の割合の女子か、初詣(はつもう♡で)しているとは思うが……、

……それが5cmを越えることは考えづらい。


大人じゃないんだから……。


詩は、唾をごくりと飲み込んで、

……3階の女子の御手洗いに誰もいないことを確認すると、まっすぐ、一つしかない和風の個室へ向かっていった。


扉を薄く開け、素早く体を滑り込ませる。


……施錠。


詩は、腰に巻いた白いハンカチポーチから、不織布マスクを出し、それを耳にかけた。そして、常日頃(つねひごろ)から持ち歩いている実況見分(じっきょうけんぶん)用のビニール手袋に指を通し、

鋭い目線で、個室の床を確認し始めた。


……元々、この個室は人気(にんき)がないからね。使っている生徒はごく少数だと思うの。


詩は、床に何本かの髪の毛(ストレートヘア)を発見したが、巻き毛を発見することは出来なかった。


詩は視線を個室の角に向ける。


……ビニールを仕込んだプラスチックの屑かご。


しばらく躊躇(ためら)った後、(うた)は回転式の蓋を指で(はじ)き、……ビニール袋の中に何も入っていないことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろしていた。


……これじゃ、私がまるで変態みたいじゃない……。

だいたい、ここってホントに誰か使ってるのかしら。……いまどき和風だなんて……。あり得ない。


昭和から続く悪しき習慣、ブルマとスク水の次に絶滅する運命なのは、……この和風施設のはずよ。逆によくここまで持ちこたえたものだわ。もはや、和風であること自体がコンプラ違反よ。私が校長なら、即日撤去するのに……。


個室内を色々と見て回った(うた)は、

最後に目に止めた水洗タンクの様子に、

……どこか違和感を感じた……。


ん?なんだろう?

……蓋が……?

もしかして、ずれている?


水垢の跡が、若干噛み合っていないような気がして、

詩はタンクに近寄ると、陶器の蓋を両手で掴み、ガガガガ……と、横にずらしていった。


そして、中を覗き込むと……タンクの水にビニール袋が沈めてあるのを発見した。


……なにかしら……。


詩は、手袋をした手を突っ込み、それ(▪▪)を引っ張り出す。


………。


これは……???


詩は、濡れたビニール袋の口をほどき、慎重に、中から水色のストライプの入った灰色の布を取り出した。


その布は………、中央が激しく黄ばんでいて、……マスクを顎まで下ろした(うた)が、顔を近付けてみると、

不特定多数が使用する場所での、高周(こうしゅう)(波)音入れ(おといれ)が、pee……と聞こえてきた。


まさか……今まで気付かなかったけど、……御手洗いに長居しないように……モスキート音が流されている?

女子はおしなべて長いから??そ、それって人権侵害では……?


音は唐突に止まった。


気のせいだったかしら……。疲れてるから耳鳴りがしただけかも。……倫護(りんご)カンパニーに関わっていると、……何でもかんでも陰謀論と結びつけてしまうようになるから、気を付けないとね……。


それにしてもこれ………シンプルに(くさ)いわね。そしてなんでこんな所に入れてあるの?


…………。


……モラ(▪▪)リストが隠した?


……そうとしか考えられない。

いったい誰のものかしらね。ここにあるってことは、やっぱり6年生のよね……。私の夜用安心秘密道具を教えてあげたいわ……。


……でも、これ(▪▪)がここにあるってことは……。今、この瞬間、

校内に履いていない女子(▪▪▪▪▪▪▪▪)がいるっていうこと?


それってヤバくない?……まあ、あれか。黒パンが無事(?)なら、それを履いてるだろうからバレやしないか。


……でもこのタイミングで、エロドロ画像と同じタイプの和風施設で、こんな風にイレギュラーな出来事が重なるだなんて……

偶然と呼んでいいのだろうか。


この持ち主が、何か知っているということはあり得ないだろうか。


……数分間、じっと考え込んでいた三浦詩(みうら うた)は、『うん』と一人で(うなず)くと、

改めてビニール袋の口を縛り直して、それをタンクの中に戻した。


武士の情けよ。あなたが何者か知らないけど……モラリスト仲間として、今回は見逃してあげるわ。


詩は手袋を外すと、それを角の屑かごに丸めて捨てた。

そして、壁に備え付けられたロール紙をカラカラカラカラカラカラ……と全部出し切る勢いで引き出し、念入りに手を拭くと、

やがて紙くずで山盛りになった足元の水がめの中へ、足の裏でレバーを踏んで水を流し込んだ。



……さて。(ニュー)タイプの方はうまくやっているかしら。


科学特捜部部長、三浦詩(みうら うた)は、自分のメモ帳に、

『モラリスト……パスカルの『パンセ』。パスカルに言及するニーチェとフロイトもまた、19世紀のモラリストといえるのではないだろうか。』と、急に思い付いた哲学断片を、忘れないうちに素早く書き()めていた。



その頃……、

()らリスト設楽居睦美(したらい むつみ)は、隠してきた『パン()』に思いを馳せながら、『今日こそお(にー)ちぇんと風呂(フロ)イトに入るわ……』と静かに、そして深く瞑想しているのであった……。

『A thinking reed』

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