ヰ1 ロボット少女ライム
《起動》
ピピピピ………。
ピピピ……私は……アンドロイド。
某国ノ人工知能、コードネーム:愛・不穏に対向しテ作られタ、……心を持たナい少女。
時は現代。
***************
……たった数年の間で、ラブ・アンレストこと愛・不穏は日本の少女達の脳を誑かし、それを持たない者達を迫害するような文化を作り出していた。
世界的大企業、倫護カンパニーによる洗脳は、それだけ巧妙に、そして迅速に行われたのだ。
六年生に進級した時、設楽居睦美ことコードネーム:ライムは、その社会情勢に反旗を翻す為、
……敢えてパパにアンドロイドを買ってもらったのだった。
そしてクラスメイト達の冷たい視線に堪える為、彼女は心を持たない少女となった。
……それでも睦美は、自分が、アンドロイドであることを隠そうとはしなかった。
クラスの女子達の様子を見ていると、どうやら彼女らは、倫護カンパニーから配布された、謎の『空気ドロップ』なるドラッグを舐めているらしい…。それには中毒性があり、服用を続ければ続けるほど、ラブ・アンレスト、ひいては倫護カンパニーからの精神支配は強くなっていくのだ。
***************
睦美は、自分がアンドロイドであることで、この恐るべき秘密結社、倫護カンパニーによる支配から自由を得ることに成功していた。
だが、その代償は大きく、……睦美は、年頃の少女が得られる、多くの権利を剥奪されてしまっていた。
睦実達が通うこの小学校は、冬休み前に子供が襲われたある痛ましい事件をきっかけにして、保護者達からの安全面に対する強い要望があり、
学校へのスマホの持ち込みが許可されていた。
ただしルール上、それは朝登校した際に先生が回収し、一日中鍵のかかった箱にしまわれた後、下校時にようやく各生徒に戻されるのだった。
「設楽居さん?空気ドロップいる?」
クラスの中では目立つ、リーダー的存在の女子、赤穂時雨 が睦美に聞いてくる。
「いらない……。」と睦美が感情のない声で答える。
「あ、そっか~、設楽居さんって、アンドロイドだったもんね?アハハ、ごめんなさい?私達と違うんだったよね。……でも見た目はそっくりだから、うっかりすると気付かないんだよね~、設楽居さんも、早く愛・不穏に変わりなよ。アンドロイドでいることに、なんの得があるの??」
そう言いながら赤穂時雨は、自分のスマホに刻まれた『青虫にかじられた倫護マーク』を、わざとらしく見せびらかしてきた。
…………。
大きなお世話よ。私は今のままで充分。あなた達と同じになって、私に何の得があると言うの?
「やめなさいよ。」
冷たい声が教室を切り裂き、振り返った時雨が「あ、ヤバ……」と言って、睦美の席から離れていった。
そこに立っていたのは、白装束の少女、三浦 詩だった。
……長い黒髪に幅広の白カチューシャ。青白い顔と紫の唇。全体的に整った顔立ちではあるが、いささか痩せ過ぎて、頬がこけているようにも見える。涙袋というか隈。……栄養と睡眠が足りているのか、いつも心配になる顔色だ。
詩は、肌の露出を極限まで抑えた長いスカートを床に引き摺りながら、さらに近寄ってきて「あの子達……。自分が倫護カンパニーに操られているってこと、わかっているのかしら?」と言った。
「ああ、ウタ、庇ってくれてありがとう。」と睦美は言い、目をパチパチとさせた。
「……あなた……泣いてたの?」と詩が心配そうに声をかける。
「何言ってるの。私はアンドロイドよ。感情などないわ。」
「そう?無理しないでね。」と詩は言って、睦美の顔をじっと見た。
……設楽居睦美。
クローバーのような形の毛先を肩の上で、ふんわりと膨らませた少し不思議な髪型。丸い顔とくりくりとした目。QPちゃん♡、と、呼びたくなる可愛いほっぺとお鼻。背は普通くらいだが、頭に比べて、身体の方がバランス的にちょっとだけ小さいような気がするのは、アニメ体型と言うべきか……。
まあ、それなりに美少女?……なのか?
いつも怒っているような表情をしているが、……正直全然怖くない。
昔はこうではなかった気もするが……、六年生になってから、睦美はアンドロイドデビューをし、いきなりクラスメイトに反抗的な態度を取るようになった。
反抗期?思春期?ペルム期?氷河期?更年期?全てひっくるめて、中二病初期と呼ばれるものなのだろう。……なんか、…かわいい。
……まあ、そういう私も、倫護カンパニーの陰謀には心穏やかではいられないのだけれどね。……子供である私が、何か出来るというわけではないけれど……私なりに精一杯抵抗は試みているつもりだ。
睦美は、アンドロイドになり、………私はガラパゴス系女子として、わざわざ折り畳み式携帯を購入した。……ガラパゴス、ビーグル号…、種の起源……ダーウィン様……リスペクト……。
私は文明の利器を否定しているわけではない。…ただ、この世の出来事は…自然淘汰と、フロイトの無意識で全て説明できると考えているだけだ。……19世紀の知の巨人達LOVE……。
実は、私はこの学校に科学特捜部という部を立ち上げ、日常に潜む不可解な事例の科学的解明をテーマに活動をしている。データ収集、統計、分析の為にPC☆を駆使し、来年は受験をして聡明なJC♪を目指して、WC♡に行く時間も惜しんで勉強しているのだ。
「そこどいて。」
いつの間にかアンドロイド少女睦美が立ち上がり、詩の鼻先に顔を近付けてきていた。
「あ、ごめん?……どこ行くの?」と言った詩は、睦美の目が赤いことに気付き、……やっぱ、泣きそうだったんじゃない……。と思った。
「どこって……御手洗いよ。」
「………。」
「なに?アンドロイドが御手洗いに行っちゃいけない?」
「なにも、そんなこと言ってないでしょ。被害妄想も大概になさい?」
「ふん。」
と、睦美は鼻を鳴らすと、詩の体を押し退けて、スタスタと教室を出ていった。
ウィーン………。
ピピピ…………。
……乙女ション機能、作動シマス。腎臓人間ライム、老廃物を自動濾過開始。
ロボット少女、設楽居睦美は、自分の体を縦長の個室に格納すると、
ガチャンと金属音を立てて、部屋を内部からロックした。
……………。
…………。
………がさごそ……。
……実は…
設楽居睦美は……、幼い頃より、乙女ション時、身体の外装パーツを全て解除しないと、正常な動作が行えないという、致命的な欠陥を抱えていたのだ。
それは六年生になった今でも変わらず、
睦美は慣れた手つきで、何パーツかに分かれた外装を、素早く順番に外していき、器用にそれらを床に付けないよう、綺麗に畳んでいった。
そして最後に、外した全ての部品を上半身パーツの中にくるむように入れ、逆さまにすると、袖を縛って扉のフックに鞄のように引っ掛ける。
六年生になった睦美は、さすがに靴下と上履きだけは外さず、
足を汚さずに乙女ションを行えるようになってはいたが、
その他の着脱可能なパーツは全て完全に外し、瞬く間に準備動作を完了させていた。
仕上げに睦美は、この学校で唯一のジャパニーズサイバーパンクスタイルの、今どき珍しい旧式装置の上に跨がった。
このタイプは、装置と自らのボディを接地させることなく乙女ションを実行出来る為、睦美は好んでこの機械を使用していたのだ。
……空気に触れる、つるんとした人工的な皮膚。わき腹に、肋骨の形を浮かび上がらせながら、ライムは浅い呼吸で、格納庫の臭いを嗅がないように、注意深く胸のポンプを稼働させる。
このライムモデルは、人型アンドロイドとして違和感がないように、普段、外に見えているようなところには植毛が施され、頭髪や眉毛、それに長い睫毛もきちんと標準装備されていた……のだが……、
人目に触れない下半身の部分には、……コスト削減の為か、何も植えられていなかった。
睦美は、足元の冷たい陶器と同じ無機質な人工皮膚に、高度な生体反応を模した鳥肌をびっしりと浮き立たせながら、
疑似的な自然現象音を発生させるスイッチを押し、……直ちに乙女ションを開始した。
じゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………
噴射された汚イルが、装置の白い壁に叩きつけられる。
………やがて全ての動作が完了すると、
睦美は壁に設置された白いモーターを回転させ、360度旋回するアームに薄いベルトを巻き取っていった。
そして、それを使って、ボディの下を軽く拭った後、 すぐにそれを装置内に張られた水の中に投げ捨てた。
量産型恥じらい系アンドロイド、設楽居睦美は、上体にある2本の小さなビスをつん、と尖らせて立ち上がり、スティック型のレバーを上履きの裏で踏み込むと、
……おもむろに自分の胸のビス周辺を、両手の人差し指で逆撫でし……、体をブルッと震わせていた……。
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「おかえり。」と言って三浦 詩がニコッと笑った。
「長かったわね。通常運行だった?ひょっとして体調を崩されたお客様はいなかったかしら?」
「うるさいわね。私は文字通り、御手洗いに手を洗いにいっていただけよ。あなたこそ、学校で御手洗いに行くの見たことないけど、大丈夫なの?いつか授業中に行きたくなっても知らないからね。」と睦美は言って、帰り支度のためにランドセルを取りにいった。
「私はヘーキよ。」
そう言って三浦詩は、白いムームーのような服の、お腹の部分をポンポンと叩いた。
……私は常時、夜用の『おやす看夢~眠』を履いてるからね!WCルームに行く間を惜しんで勉強しているうちに、癖になったというか……これは私の必需品になったのよ。……科学の可能性は無限だわ。詩えもんの秘密道具『どこでもナントカ~』てね!……まあ、さすがに中にするのは2回が限度だけどね!
「ところで、睦美?」「なによ?まだいたの」「あの話、考えてくれた?」
「どの話よ?」
「……私の科学特捜部に入ってほしいって話。」
「いやよ。」
「即答しないでよ!私のカワイイQPちゃん?」
「あなたの科特部に入って、私に何の得があるって言うのよ?!」
そう言い返された詩は、急に真剣な顔になって、睦美の耳に口を寄せてきた。
「あのね……。科学特捜部っていうのはね……実は世を忍ぶ仮の姿なの……。本当の目的はね………。」
そこから詩は、最大限もったいぶった間を空けて、……睦美がイラっとするのを確認しつつ…、深呼吸をすると、厳かにこう言い放った。
「……私が立ち上げたこの部の正式な名称はね……、世界征服を企む倫護カンパニーに対抗するために創設した……、
地球防衛部なのよ!!」
「は?」
「は?……て、ほら、地球防衛部よ。」と言って詩は、襟の内側に付けたロケットの形をしたバッヂをチラリと見せた。
それ、社会科見学で行ったJEXAで貰ったやつよね……。
その時、2人の後ろから、女子の声がした。
「……恥きゅう、ぼうえいぶ……?」
2人が同時に振り返ると、そこにはクラスメイトのおかっぱ少女、近藤夢子が赤いランドセルを背負って立っていた。
「それって……、もしかして……………
……エロいやつ?」
『Lime:robot girl』