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産廃屋のおっさんシリーズ

産廃屋のおっさんの特別な一日

この短編は、現在連載中の拙作「産廃屋のおっさんの異世界奮戦記〜挫折したおっさんが産廃屋に転職したところ、異世界に召喚されてなんやかんやでて世界を救う〜」のプロローグ的な話です。

短いお話ですので、お気軽にお読み頂けたら幸いです!

工場外壁に設置されたデジタル温度計は、まだ昼前だというのに、すでに37℃を表示している。

「おいおい、まだ6月だぜ。勘弁してくれよ。夏が来る前に干上がっちまうよ。」

そう独りごちながら、俺は作業の手を止めずに額の汗を拭った。

ここは、産業廃棄物中間処理工場の破砕選抜ヤードだ。

俗に言う、3K職場。

危険、汚い、苦しいと、嫌なことが三拍子揃っているのだ。

日本の製造業の現場は、安全管理を徹底することによって、事故率はかなり下がって来ているが、産廃の現場は例外だ。

いまだに、昭和初期と変わらない高い事故率を誇っている。

戦後日本は、スクラップアンドビルドを繰り返して高度成長を実現して来た。

派手に壊して、大量に作る。古くなったらまた壊す。

その結果、大量の廃棄物が発生する。

廃棄物の処理を疎かにすると、あっと言う間に環境問題が生じる。

夢の島なんてファンタジックなネーミングのゴミ捨て場から、大量の虫や悪臭が発生して、江東区を始めとする都会の生活が脅かされたのは、有名な話だ。

とにかく、我々が生活すると、ゴミが出る。

そのゴミの内、家庭から出たものは行政が、企業から出たものは産廃屋が処理する。

そうやって、世界に誇る清潔な国、日本が成り立っている。


「ユージさん、今日は暑いですね!冷たいお茶を持って来ました。そろそろ休憩した方がいいですよ!」

受付のヨーコちゃんが笑顔で言った。

歳の頃は20代半ば、派手さは無いが、美人と言っていい清楚な娘で、殺伐とした工場のアイドル的存在だ。

彼女を狙っている若手従業員は多いが、今のところ、誰かと交際しているといった話は聞かない。

まぁ、なんだ。

掃き溜めに鶴と言うのだろうか、すっかり枯れたおっさんの俺でも、あと10歳若ければ、なんてしょうもないことを思ってしまうような眩しい存在だ。

出来れば、いい縁に恵まれて、幸せな一生を送ってもらいたいものだ。


「ありがとう、助かるよ。」

そう言って俺は、キンキンに冷えたお茶を一気飲みした。


「いやぁ、生き返るな!こんなに美味いお茶を飲めるなんて、ある意味最高の幸せだな!」


「そんな大袈裟ですよ!でも喜んで貰えて良かったです。では、お昼までもうひと頑張りですね、お互い頑張りましょう!」

そう言って、ヨーコちゃんは足早に仕事場に戻って行った。


「ユージさん、なんかヨーコちゃんと仲良くないですか?

彼女はみんなのアイドルなんですよ。抜け駆けは無しですよ!」


後輩のシゲルが話し掛けて来た。

彼は、憎めないいい奴で、何故か俺のことを慕ってくれているが、まあちょっとなんと言うか、はっきり言うと残念な奴なのだ。

自分と同じ名前のアイドルが、テレビで重機を操縦しているのを見て産廃屋に就職して来た変わり種だ。

仕事で重機を操縦している時は、そのアイドルになりきっているのだが、根がおっちょこちょいと言うか、注意力散漫と言うか、見ていられないほど危なっかしいのだ。

あれで良く免許が取れたもんだと、真面目に思う。


「しょうもないことを言うな!彼女が俺みたいなおっさんを相手にする訳無いだろうが」

俺は呆れて笑いながら言った。

本当のことだ。


「そうですかねぇ。なんか、ユージさんと話してる時のヨーコちゃん、やけに楽しそうなんですよねぇ。」


「ばか!ただの勘違いだよ。それよりも、早く仕事に戻ろう。俺は、あっちのスプレー缶の処理をして来るよ」


「アザッス!いつもすいませんねぇ!」


スプレー缶は、穴を開けて中身を全て出さないと、再生業者が引き取ってくれない。しかも、中身がヤバい薬品や引火性の液体であることが多く、下手をすると大火傷だ。

そのため、作業員から敬遠され、ヤードの隅に山積みにされている。

俺は、時間の許す限り、そういった皆がやりたがらない作業を率先してやることにしている。

以前、ヨーコちゃんに聞かれたことがある。


「ユージさんは、なんでそんなに人が嫌がる仕事ばっかりしてるんですか?

それって、不公平じゃないですか?

みんなで分担するように進言した方がいいと思います。」


俺は言った。

「好きでやってるからいいんだよ。

俺がやることで、みんなが安心して働けたら、それは俺にとっても嬉しいことなんだ。」


嘘だ。

本音を言えば、俺だってそんな危険な作業なんかやりたく無い。

でもこれは、俺にとっての贖罪なのだ。

俺は、この職場に就職する前は、大手銀行で働いていた。

一概に銀行マンと言っても、本部と現場では全く違う会社と言ってもいいくらい、仕事の内容が異なる。

まあ、ぶっちゃけ言うと、本部がエリートで、現場が馬車馬だ。

あまり露骨にやりすぎると、従業員のモラルが下がるので、現場上がりの役員や、本部出身ながらもうだつが上がらない奴もいるが、まあ、言ってみればガス抜きのための例外だ。

したがって社員は、企画系の本部や、超大企業の担当となって、出世街道に乗ることを目標とするが、それがかなうのは一握りだ。

そして、幸運にも本部に行った後に待っているのは、有能な連中との出世競争だ。

ワークライフバランスなんてことを考えていたら、蹴落とされる。

全身全霊を捧げて、仕事にまい進し、上司のご機嫌を取るのだ。

将来有望な上司の下につければ、自分も引き上げてもらえる可能性が高くなる。いわゆる、派閥だ。

本当に不毛で嫌な世界だ。

役員の車や犬を必死に褒める上司の姿に、失望を感じていたのは若い頃の話。

自分も、そこそこの地位を得たら、同じことをしていた。肩が凝ると言う上司にへつらって、こっそり肩だって揉んだことも1度や2度ではない。

しかしある時、その上司から呼び出しを受けた。

部屋に行くと、何故か、人事部の次長が上司の隣にいた。


「アズマ君さ、最近部下に厳しくあたってるでしょ?」


当たり前だ。あなたの指示を守ろうとすると、部下も含めて馬車馬のように働かないと追いつかない。


「評判悪いよ。

君の部下の一人がさ、自殺未遂を起こしたんだよね。

他の複数の人も、君からパワハラを受けたって人事部に訴えたんだよね。

こうなるとさ、さすがに僕も、君をかばいきれないよ。

折角目を掛けてかわいがってあげて来たのに、残念だよ。」


「ちょっと待ってください!

俺はパワハラなんかしてませんよ!

何かの間違いです!

良く調べてください!

私は、あなたのために、あんなに頑張って来たじゃないですか!」


俺は必死になって自分の無実を訴えた。


しかし、上司の隣りに座っていた人事部の次長は、冷静に人差し指で眼鏡を軽く持ち上げながら冷たく言い放った。

「残念ですが、本日付けで、当面自宅待機を命じます。

事実調査が終わったら、査問委員会が開かれますので、申し開き事項があれば、その場で発言してください。その後、しかるべき対応を取りますので、お含みおきください。」


「そんな!何故俺が!」


終わった…。

査問委員会というのは、お偉いさんたちの前で罪を糾弾される会、つまりは被告人として裁かれる会だ。

ここまで言うからには、すでに複数の関係者からの証言をしっかり取っているのだろう。

そのへんは、我が社の人事部は抜かりが無い。

俺は、それ以上の抵抗を諦めて、項垂れて上司の部屋を後にした。


そして後日、査問委員会にて処罰が決まり、窓際部署への異動と降格を言い渡された俺は、失意のもと会社を辞めることにした。

さらに、会社を辞めたとたん、妻からも離婚を言い渡された。

つまり、会社の部下からも、妻からも、俺は見放されるようなひどい奴だったのだ。

改めて突き付けられた現実に耐え切れず、俺はすっかり自暴自棄になってしまった。

その結果、今の職場に転職したという訳だ。


だから、俺が俺をいじめるのは、過去に犯した自分の仕打ちへの贖罪なのだ。

そして俺は、何の希望も夢も持たずに、年老いて死んでいく人生を過ごしている。


「ユージさん、いつも頑張ってるね!」

いつも廃棄物を持ち込んでくれている、解体業者のサダさんが、大きな声を掛けてくれた。

サダさんは、わずかに残った髪の毛を短く刈り込んだ初老のおじさんだ。昔は恰幅が良かったらしいが、10年ほど前から糖尿病を患っており、今ではすっかり痩せてしまった。

ただ、昔はかなりヤンチャだったらしく、色々な武勇伝を持っているらしい。

ちなみにサダさんは、今でも皆に愛想を振りまく人気者だ。


「いつもどうも、ありがとうございます。」


「いやいや、お礼を言うのはこっちの方だよ。

実はさ、お客さんから映画のチケットを2枚貰ったんだけどさ、俺は映画なんか見ないから、ユージさんにあげるよ!」


「いや、そんなの悪いですよ!サダさん、たまには奥さん誘って映画見に行けばいいじゃないですか!きっと奥さん喜びますよ!」


「あいつと2時間も隣に座るなんて、まっぴらだね!しかも俺は腰が痛いんだ。そんな長時間座ってられないんだよ。とにかくこのチケットはユージさんにあげるから、彼女でも誘って見に行って来な!」


そう言って、サダさんは強引に俺にチケットを渡して、帰って行った。


ちょうどその時、ヨーコちゃんが俺のそばを通りがかった。


「あれっ?ユージさん?何してるんですか?

あっ!それ、今流行りの映画のチケットじゃないですか!泣けるって言って、みんな行きたがってるやつですよ!どうしたんですか?」


「いやあ、たった今、解体屋のサダさんからもらっちゃったんだよ。困ったな。」


「えっ?ユージさん、彼女と行けばいいじゃないですか?」


「彼女なんて、いる訳無いだろ!ホントどうしようかな。」


ちょっと待って!これはもしかしたら、ユージさんとデート出来るチャンスかも!

立候補しちゃっていいかな、あたし。でも、もし嫌がられたらショックだし、ユージさんって、年下の女の子は興味あるのかな?


ヨーコが逡巡していたその時、今度はシゲルが通りがかった。


「あれ?ユージさん、映画のチケットなんて持って何してるんですか?

もしかして、ヨーコちゃんを誘ってたんですか!マジですか?抜け駆けですか?」


「いや、違うって!勘違いするな!ヨーコちゃんが俺みたいなおっさんと映画なんか行く訳無いだろ!

これはさっき、解体屋のサダさんから貰ったんだよ。

ああそうだ!シゲルお前見に行くか?」


「いいんですか?そこまで言われたら、もらっちゃいますよ!最近贔屓にしてる、キャバクラのリコちゃんを誘っちゃいますよ!やった!ありがとうございます!」


俺の手の中から、2枚のチケットをひったくって、シゲルは行ってしまった。


俺は、ヨーコちゃんに向かって言った。

「シゲル、喜んでたな。まあ、あれだけ楽しみにしてくれたらいいよな?」


ヨーコちゃんは、悲しげな顔でボソッと言った。

「そうですね。良かったですね。じゃあ、失礼します。」

そして、足早に走り去ってしまった。


ん?なんかご機嫌斜め?映画のチケット、欲しかったのかな?

釈然としなかったが、俺はそのまま仕事場に戻ることにした。


工場に持ち込まれたゴミは、リサイクルできる物、RPFという燃料に加工して再利用するもの、焼却するもの、埋め立てるものなどに、分別する。

その後、焼却するものは大型機械を使って破砕する、燃料にするものは圧縮梱包して運搬しやすいようにする等の2次工程に進む。

分別が雑だと、持ち込んだ会社からクレームが来て、折角納品したゴミを引き取りに行かなければならなかったり、処理費を値上げされたりするので、神経を使う。

ユージは、焼却行きのごみの中に、ねずみ色の丸い筒状のものを見つけた。大きな塩ビ管が混入していたのだ。


「ダメじゃないか!」

と言いながら、その塩ビ管を手で回収しようとした時、大型重機のアームがすごい勢いで回転し、先に付いているバケットが、文字通り俺に向かって飛んで来たのだった。


ヨーコは、何気なく窓から現場を眺めていたのだが、あり得ない光景を目撃してしまった。

シゲルが運転する重機が暴走し、ユージに向かってその凶刃を叩きつけようとしていたのだ!

あんなものが直撃すれば、即死は免れない。

マズい!このままでは、ユージさんが死んでしまう!

ヨーコがそう思って目を見開いたその刹那、何故か、ユージの体を強烈な光が包み込んだのだった。


「いやあ!ユージさん!死なないで!

私がいけないの!私がユージさんと映画行けなくなったせいで不機嫌になっちゃったから、きっとユージさんが気にして事故にあっちゃったんだ!ごめんなさい!」

思わず叫んだヨーコは、無意識のうちに事務所を飛び出し、ユージの状態を確認しに走った。


シゲルも、

「ヤバい!やっちまった!ユージさん、ゴメンよぉ!俺、とんでもないことをしでかしちゃったよ!」

と泣きながら叫んで、重機の操縦席から飛び降りて、ユージの救出に向かった。


ところが、そこでは信じられないことが起きていた。

ユージのヘルメットだけが転がっているだけで、不思議なことに、そこにユージはいなかったのである。

その後、工場のメンバー全員でユージの捜索を行ったが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。

もし、この話の続きが知りたくなったら、「産廃屋のおっさんの異世界奮戦記〜挫折したおっさんが産廃屋に転職したところ、なんやかんやで世界を救う〜」を是非ともご覧ください!

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