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明日  作者: Jaxon.Fane
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第3章「お母さん」

これは普通の暗闇ではない。まだ1時だというのに、空は区画ごとに瞬間的に暗転し始め、光のグラデーションもなく、太陽が沈む気配すらない。まるで人のいない工場の白熱灯がゾーニングで順に消されたかのようだ。普段は暖かく光っていた街灯は、ホラー映画に出てくる幽霊めいた冷たい緑に変わり、赤く輝いていたはずの灯りは白いチカチカと不規則に瞬いて──まるでディスコのフロアのようだった。


どこかから、無機質な声がループ再生されている。

「お前! お前! お前! お前!」


硬直的で機械的──まるで廊下を徘徊するゴキブリの群れによる反復音のようだった。


──「人間と虫は、本質的には何も違わない。あらゆる存在はすべてデータで構成されている。システムが過負荷を起こし、情報が重複干渉すると、言語領域が混乱し、虫ですら人の声を発するようになるのだ」

──ゼニスがかつて示した説明だ。「データは生命であり、エネルギーであり、宇宙そのものでもある」。


『生存者行動ガイド』の公開時に、次のような説明が添えられました:「このガイドを一般的な啓発資料として扱わないでください。これは単なるアドバイスではなく、必須の知識です。なぜなら、このガイドはシステムに対する深い理解を可能にし、データ回路、フラグメント吸収、エネルギー残影、およびシステムが各地域に持つアンカーポイントなど、この宇宙の全てを解説するからです。全てをマスターすることで、爆発を生き延び、次の輪廻を待つことができます。」


「生き残って,この理由の為に??」

霧野は問いかけた。

「長期的に見て、爆発を阻止するか、あるいはこの時間を無限に延長して──」

シーサーというアカウントが答える。「そうすれば、この世界を主宰できるのは俺たちだ」


だがアダムは即座に反論した。

「お前はシステムを完全に無視している。俺たちはマスターなどではない、人間だ。唯一の解決策はシステムと契約を結び、次の輪廻でこの宇宙の管理者──神となることだ!」


「システムに契約を結べる人間があると、なぜ断言できる?」

──シーサーが皮肉交じりに問い返す。

「じゃあ、システムが生命でないと断言できる理由は?」

二人は言葉を重ね、システムの人格化を巡る哲学的議論を繰り返した。


そのとき、真一のアカウントが口を挟んだ。

「システムが生命かどうかは問題じゃない。重要なのは俺たちが生命であるということだ。生命に自由がないならば、奴隷と何が違う? みんながシステムと取引して“神”の座を夢見るなら──いっそこの宇宙を吹き飛ばせ。俺たち自身も含めて、すべてを終わらせるんだ」


のちに霧野は知る──ゼニスの中でこの件を機に大きく三派に分裂していたのだ。

•救済派(シーサーの代表):システムを修復し、爆発を阻止、従属することで管理権を得る。──たとえ他の命が犠牲になっても、受け入れることはできる。

•神化派(アダムの代表):抵抗も妥協もせず、次の輪廻でシステムの一部となり、“神”に昇格する。──上層論理の中の「神」になる。彼らにとって輪廻は呪いではなく、階段を昇級することだ。

•壊滅派(真一の代表):秩序も救済も信じず、再生よりすべての終焉を望む。──彼は宇宙の核心はとっくに腐っており、人類はまだ動いている死体にすぎないと考えている。真一は「輪廻を繰り返すよりも、すべてを終わらせよう。

人として生きるよりも、無名を寂滅させたほうがいい。

私たちが滅ぼすのではなく、それ自体が滅ぼすべきだ。」と言うのだ。


真一に賛同する者はごく少数だったが、霧野はその道を選んだ。

彼らの暗号はこうだ──

「輪廻も生命もない」

──と言われたら、

「すべてを寂滅せよ」

──と返せば壊滅派の証である。


外から悲鳴が響き、霧野は窓越しに一人の男が街灯の下でひざまずき、激しい痙攣を始める様子を見た。顔面を青白く歪め、茶褐色の粘液、次いで腸管、さらには鼓動する心臓までも吐き出す。群衆は悲鳴を上げ、四散するが──


走りながらも足を止め、遠くの黒闇を凝視し、「あなた! あなた! あなた! あなた!」と硬直したように声を繰り返す。皮膚は透明化し、血管や臓器が透けて見える。


霧野は目をそらし、窓を静かに閉じた──これからはまだ始まりだ。


ゼニスの科学者によれば、システムの崩壊は6段階に分かれるという。

砕像 → 互食 → 再築 → 狩猟 → 崩神 → 爆発。

今はまだ第一段階“砕像”が始まったばかり──エラー修正を試みた行為が、さらなる誤謬を重ねる序章に過ぎない。世界は完全崩壊していないが、意識の連鎖乱れと生物行動の誤作動が広がるだろう。まるでワープロのバグで文字列が混在し、句点が飛び、他人の台詞を口にするかのように。


コンソールの前、霧野は矢と碎界の弾丸にデータエナジーを注入する。


真一が言った──

「破壊にはフル権限が必要だ。強風を呼び、炎を操り、水を奔らせ、雷を落とす。しかしそれは断片にすぎない。爆発を繰り返すたびに権限は粉々になる。個々の断片は不安定で限定的な力しか与えず、回路にも上限がある。すべてを集め、完全な権限を再構築して初めて、システムを葬れる」


しかし誰もが断片を吸収できるわけではない──基本権限のみが対象だ。

霧野に朗報はあった。彼は基本権限のリストに載っていた。

だが悪報もある──彼のデータ回路はわずか8ビットにすぎなかった。


彼は霧野に言った。「いくら権限があっても、データ回路が低すぎても始まらない。あなたは確かにアップグレードできるが、他の人も進歩しているからだ。この世界はあなただけにコースを開いているわけではない。基礎的な権限を持っている人はあなただけではない。彼らの多くは、あなたより速く、あなたよりも優れている」。最後には「あなたは資格がないのではなく、あなたは資本がないだけだ。現実に直面して、あなたは何も滅びることはできない」と失望を隠せなかった。


画面越しにその失望が伝わってくる。


霧野は母の繰り返しの声を思い出した──「現実に向き合いましょうね。」


父は最後に拒絶し、沈黙を選んで去った。


碎界の弾丸を手に取り、霧野はデータエナジーを注ぎ続けた。


彼は父のように離れることはない。霧野は違った──8ビットのデータ回路しかなくとも、一歩ずつ前へ進むしかないのだ。


注入を終え、すべてをポーチにしまうと、彼は扉を押し開けた。


廊下は相変わらず湿気とカビ臭を帯びている。あの女はすでに、茶褐色の粘液の塊となり、血痕すら残っていなかった。

霧野はそっとその横を通り過ぎ、いつでも引き金を引けるよう周囲の気配を探る。


だが建物を出るまで、二度とあいつを見ることはなかった。


黒幕の下の都市は、わずか数時間で昔の輪郭を失った:階下の牛肉屋の主人は地面に倒れ、顔の半分に歪んだ瘤ができた。さっき皮膚が透明になった人間は、骨格と器官だけが残って、地面に麻痺していた。以前彼がよく見ていた野良猫は、毛が薄くなり、目の中に砕けた光が燃え、ゴミ箱のそばをさまよっていた。


人々は本能のままに逃げ、何が起きたかを知らぬまま、遠くの光へと駆け出す。

霧野は立ち尽くし──光はシステムにおける中立の記号にすぎず、安全や安心を意味しないことを知っていた。光はただ光はだ。


再び悲鳴が上がり、群衆は振り返る、瞬時に再び加速し。

霧野の視線が追う先には、巨人のような人型怪物がビル群の合間から跳梁してきた。

それは無数の人体が絡まり合い、歩みを進めるたびにその表皮に貼り付く顔が獲物を探す。

彼らは同じ音色、同じリズムで──「お前! お前! お前! お前!」


霧野はすぐに気づいた──これが“回響者”だ。

『サバイバーズ・ガイド』にある通り、それは敗北者の集合体。システムに誤認された意識が“アーカイブされていません”として無限に残留し、腐敗して怪物となった存在だ。


自動車をかすめただけで横転させ、内部から手足を吐き出し、避け遅れた人を丸ごと口腔に引きずり込む。

数秒後、その男の顔がゼラチン状の殻に押し付けられ、まるで死者の肖像が封じ込められたかのように浮かび上がる。


恐怖と歪み、苦し──三つの表情が同時に刻まれていた。


次に、便利店前で転倒した母子の姿が目に入った。群衆は無情にもその上を踏み越え、誰一人立ち止まらない。

子供は泣き叫ぶ。「母さん、起きて! 起きてよ!」

母親は必死で子を突き飛ばしながら叫ぶ。「逃げろ! 私のことは気にしないで!」


霧野は直感した──その回路は自分と同じ8ビット。しかしエネルギー残滓の質は規格外に超えった。大量の人間を取り込んだことで極めて高密度化している。『サバイバーズ・ガイド』はこう教える──外殻を攻撃してはならない。必ず口腔を正確に狙え。そうしなければ、附着した身体がエネルギーを吸収し、さらに強化を招く。


回響者は建物を蹴り返る動きから飛びかかり、母子へ襲いかかろうとしていた。

霧野は矢を放ち、相手の殻を直撃する。


狂笑していた顔がフリーズし、その部位はピクセルが崩れるように剥がれ落ちる。肉が裂け、骨が砕け、最後のエネルギー残滓が裂け目から立ち昇り、別の顔へ瞬時に吸収された。


回響者は攻撃者の存在を認識し、霧野へ視線を向ける。

甲羅の上の顔たちも一斉に「お前! お前! お前! お前!」と唱え、胴体を収縮さて次の攻撃を準備した。


霧野は再び狙いを定めた。その瞬間、彼は自分の心が踊っているのが聞こえたようだった。

回響者は跳躍し、空中で血まみれの口を大きく開いた──そこには歯はなく、破れた肢体が蠢いていた。


霧野の矢は一瞬で飛び込み、正確に口腔を射抜いた。


回響者は重力を失ったかのように宙で停止し、吐き出された舌もその動きを止める。

次の瞬間、その巨体は急速に崩壊し、顔のかけらが粉塵のように砕け散り、微かなエネルギー残影だけが風に舞った。


霧野はデータエネルギー変換器を起動し、残影の源点をロックした。

吸収が始まろうとした刹那──


背後から鋭い悲鳴が響いた。

振り向くと、あの母親の体が急激に膨張させ、白目を消し、瞳孔が血のような赤に染まっていた。喉の奥から別の声が絞り出されようとしている。

次の瞬間、皮膚は亀裂を走らせ、脊柱は湾曲し、両腕は多節の刃へと変貌した。彼女は最後の力を振り絞り、子を外に押し出しながら繰り返した──


「逃げろ……逃げろ……逃げろ……!」


霧野は一瞬で判断した──これは“残咏者”だ。

強い恐怖と感情の崩壊から生まれた怪異。記憶と音声のモジュールを保持し、生前の最後の言葉を反復したあと。主に親しい人を攻撃し、恐怖と親心で目標を誘拐し、それを飲み込んだ


母としての本能か、彼女は必死で子を遠ざけようとしていた。

その姿に、霧野はふと、自身の母の言葉を思い出す──「もういい、止めて。私の病に君を縛らせないで。君には君の人生がある」と、終わりゆく命の中で何度も囁かれた言葉を。最終的に母親は治療を放棄し、早くこの世を去った。


子供が大泣き「母さん──!」


霧野は片手で吸収を続け、もう片方で碎界を引き抜いた。


次の瞬間、女は撃たれた。母親は微笑みを浮かべ、その肉体はピクセルのように崩れ、淡いエネルギーの欠片となって風に消えていった。子供が地面に座って泣き出した


エネルギーがここに満ちていた。少年は地に座り込み、大粒の涙を光らせながら霧野を睨む。


「俺の母さんを……殺したのはお前だ!」


霧野は冷然と頷いた──


「その通りだ」


まるで空気に対して、自分自身に対して言葉を吐き捨てるかのように。


暗闇の中の都市、深海に沈む巨獣のように、呼吸もう止まっているが、骨格はまだ残っている


埃が宙を舞い、道路は裂け、建物は血肉を失い鉄骨だけが剥き出しになっている。停電した軌道車が交差点を塞ぎ、クラクションを鳴らし続ける。人々は夢遊病者のように足を引きずり、ただ本能で遠くの明かりへと逃げていた。


未来がどうなるか──誰にもわからない。


霧野は理解していた。彼らはただ、本能に従って逃げているだけなのだと。


彼は追わず、暗闇の奥へ振り向いた。

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