サラとヘンリエッタ
帰国したヘンドリック・ドゥーフは、アムステルダムで再婚した。
妻の名前は、サラ。
1820年だった。
サラとの間に子どもは生まれなかった。
1828年、子どもに恵まれることなく、サラが逝ってしまった。
「サラ、私のサラ………。
どうして逝ってしまったんだ。私を一人残して………。」
「これも、私が罪を犯したからなのか………。
日本に妻と子を残して帰国した。
妻子に全く責任を取らなかったからなのか………。」
「私の罪なのか………。
神よ。私の罪であるなら、私を罰してください。
妻・サラではなく……… 私自身を………。」
翌1829年、ヘンドリック・ドゥーフを心配した周囲によって、ヘンリエッタと知り合い結婚した。
ヘンリエッタとの間に4人も子どもを授かった。
時々、ドゥーフは空を見る。
遠くを見る。
そして、呟いたのだ。
「瓜生野、元気か?
丈吉、虐められてないか?
目の色、髪の色、日本人と違うのに……
日本人として生きるしかない君……。
元気で居るのだろうか?
何も知ることが出来ない役に立たない夫を……父を……
忘れないでくれと願うのは……私の我儘だね。
瓜生野、丈吉…… 幸せに…… 君たちの幸せを今も祈っているよ。」
1835年10月19日、ヘンドリック・ドゥーフはこの世を去った。
日本に大きな足跡を残して、オランダでその生涯を終えたのである。
彼は、日本の出島に残した妻・瓜生野と息子・丈吉の最期を知らないままに逝ってしまったのである。




