ロビィと宝さがし
「斬りたいものを斬り、断ちたいものを断つ……避けないでくださいね」
「急激なビーム・エネルギーの高まりを感知。計測中です……」
石レンガの通路の先、背を向けたままのロブリンが、ふた振りのビーム小太刀を顔の前でバツ字に交差させた。
それに対峙する空中浮遊ライスボール機械は、回転しながら中心部のウメボシック単眼を真っ赤にキュピらせる。
直後に履き口の広いベルト付きアンクルブーツの足が閃き、振り向いたロブリンが高速で突進。
濃紫とピンク模様のセーラー服、その裾が持ち上がり裸のヘソがチラ見え、膝丈スカートがバタつきなびく。
あっという間にロブリンは、通路を塞ぐ三角メカロボの背後へと着地した。
「すみません……でも、あなたに構ってるヒマはないんです」
「反応、消失。反応、感知。前後回転運動、開始──」
「"動作"斬り。レクトルージョンザバードライブ」
薄紫の長い髪、マゼンタ色の髪の裏、髪先を染める濃紫。
前髪は目にかかり、横髪は頬にかかる。長い後ろ髪は前に回され、丸く豊かな胸にかかる。
意思の強い葡萄酒色の目に、尖った形の右の耳。左耳は無いかわりに、ゆらめく宇宙が噴き出している。
彼女はロブリン、通称ロビィ。
斬りたいものを宇宙的に断つ、天体斬断術の使い手だ。
「グランドクロス」
「内部構造にビーム刃を感知。計測不能」
赤黒い剣閃がバツ字にはしり、メカロボがスパークして、火花を放って落っこちる。
倒れるメカロボをチラ見して、ロビィはもう一度、謝罪の言葉を述べた。
「……すみません」
ここはザトウ砂漠上空に浮かぶ、空中三角神殿。
その中央広間へ繋がる通路。ロビィの目当ては、すぐそこだ。
「あっ……ここは」
通路を抜けると、そこはコロセウム2階席。
丸く窪んだ床を中心にして、四角く囲った石のスタジアム会場である。
「封印の棺は、どこに……」
小太刀2本を鞘におさめて抱きかかえ、階段を降りるロビィが呟くと、スタジアムの床中心に石の棺が煙と共に現れた。
えっ、とロビィがビビッた瞬間、スタジアムの出口が全て封鎖される。
「しまった! 密室に……!」
古ぼけた棺は直立したまま、どこからともなく飛来する銀色の装甲を、次から次へと分厚く分厚く、まとい始める。
そして装甲はガニまたの足、広い胴体、尖った頭、巨太刀ブレードの両手を形成すると、ガションと動き出して完成を証明した。
「プログラム、起動。封印指定、実行中」
「ヤッバ……。今から入れる保険とか、あるかな?」
「……連続再起動、終了。封印から70365日……封印続行。障害を排除します」
2階席まで頭が届く巨大戦闘メカ機械……ハイブレイド虚空が、真っ赤なモノアイをロビィへ向ける。
ロビィが小太刀を抱えて走り出すと、2階席へと虚無の斬撃が振りおろされた。
ザガァアン! ガラガラガラ……。
巨体なのに信じられない速度で2階席へ飛びついたハイブレイドは、逃した獲物へ目をはしらせる。
ロビィはタン、と跳び上がり、2本太刀を抱えたまま宙返りして、それから機械の反対側、スタジアム端の床へと膝をついて着地した。
「排除」
ただー言いうと、ハイブレイドはジャンプして、ひと行きでロビィの前に降り立つ。
そして鞘太刀のまま、顔をあげず立ち上がりもしないロビィへと、ブレードの両手を振り上げた。
しかし頭を伏せたまま、ロビィは呟く。
「多元宇宙産人型実体」
突然、ハイブレイドの後頭部を、ロビィの小太刀が斬りつけた。
「!? 反応の増殖を確認。再計算──」
「はさみ斬り!」
「損傷を確認。計算中」
よろめいたハイブレイドの腹を、起立した最初のロビィが斬りつける。
同時に振り下ろされる背後の太刀に、ハイブレイドのCPUは、スパークしながら混乱した。
今、ハイブレイドの前後に、2人のロビィが存在している。
当然、計算の完了など待たず、Wロビィは太刀を振りつけズバズバと斬る。
「あたしに合わせて! てあッ、ハッ!」
「どっちもあたしでしょ。フンッ! やあッ!」
Wロビィはハイブレイドの周りを回りながら、太刀の切り上げでオバケメカボディを浮かしていく。
絶え間ない損傷にメカ機械は電子音声を繰り返し、斬撃の竜巻に浮かばされる。
ついに地上には7人のロビィが時計回りに円を描き、皆いっせいに太刀を構えた。
「急激な力の上昇を確認」
「宝刃周円盤帯……ハァーッ!」
「計測不能」
揃って放たれた虹色斬撃の嵐が、空中のハイブレイドをとらえて斬り刻む。
やがて銀色の装甲は爆発四散、石の棺がロビィサークルの中心に落ちてくる。
再びロビィが1人に戻ると、主体の姿を間違えたか、左耳が健在で右耳が宇宙のロビィになっていた。
「ありゃ? まあ、いっか。さて、棺を……」
ロビィが棺へと、足を踏み出した時だった。
「……ちょっと。待って、待ってよ。嘘でしょ~……?」
ガシィイン! 装甲が棺に飛びつき、再び取りつく。
ガシィン、ガキン! 装甲が次々と飛来し、ガニまたカニ型ブレード装備の巨体を瞬時に形成していく。
ロビィは血の気が引いた顔で、後ずさりを始めた。もう大技をやる体力は残ってないし、ロビィの最強技など、いくらやっても効果は薄そうだ。
ひきつった笑顔で冷や汗をたらすロビィ。ハイブレイドの単眼に、復活の赤が激しく灯る。
「再起動、完了。複数の同一個体からなる同時攻撃現象、インプット完了」
「勘弁してよー……」
「消去、排除。封印を続行する」
ごうん。
ブレイドが持ち上がり、そして袈裟懸けに振り下ろされる。
厚すぎる刃が到達する直前、ロビィの叫びがとどろいた。
「宇宙選択っ、コスモマトリクス!」
たちまちのうちに轟音を立てて床を破壊する、ハイブレイド。
彼の背後、遥か後方に太刀を鞘におさめたロビィが降り立った。
今度のロビィは左耳が宇宙だが、直ではなく後頭部へと、へばり伸びてから噴き上がっている。
まるで、頭うしろから片翼を生やしているようだ。
「ふう……間一髪ね。すぐにリポップするとはいえ、痛いのは誰だってイヤだもの」
「対象の消失と出現を確認。前後反転運動、開始」
「とはいえ、あれをどうしましょうか……アレをやるにも棺があるし! 困ったな……」
実のところ、まったく手がないワケでもない。前後を考えなければロビィには、超必殺の最強消滅技があるのだ。
ただ、それで棺ごと殺っちまっては元も子もない。考えあぐねるロビィへと、巨刀機械カニが地を鳴らし迫る。
こうなりゃヤケだ。案外、棺の中身は普通にリポップするかもしれない。
破れかぶれでロビィが片手を突き出した、その時。
「"世界の壁"斬り。超ロブリン、参上」
ロビィの背後の壁から、山吹色の人影が飛び出した。
「脅威的な力の出現を感知」
「よく見てなさい。バニシングブレイド」
「計測、」
山吹色のサイドテールをなびかせた超ロブリンは、羽織の裾をひるがえし、キラめくビーム小太刀をハイブレイドに叩きつける。
刀は嵐のように振るわれ、一瞬のうちに装甲は会場いっぱいに四散した。
「ふう……決まった」
苦もなく着地し、ふた振りの小太刀をカッコよく構える超ロブ。
その傍に棺が音を立てて着地した。
「す……凄い」
「──ん? あ、あれっ?」
速く正確な解体に、ロビィは感嘆の声を漏らす。彼女はさしたる大技も用いずに、ただ速さと通常攻撃の威力だけで、易々と巨大メカをバラバラにしたのだ。
ただ、その張本人は遠目にロビィの顔を認識するなり、すっとんきょうな声をあげた。
さも「こんなはずでは」といった狼狽の色を見せて姿を消し、すぐにロビィの前に降り立つ。
「え。速っ」
「"距離"斬り。ちょっと、すみません。ここはザトウのピラミッドで合ってるかしら」
「え、ええ。そうですが……」
山吹サイドテールの超ロブは、自身の小太刀を閉じ消すと、何やらぶつぶつと呟き始めた。
日取りを間違えたかしら、それとも世界を? ……それから、再びロビィへ質問する。
「不躾ですが、あなたの名前を教えてくださる?」
「えっと、ロブリンです。みんなからはロビィと呼ばれています」
「そう、ありがとう。……リシュトルテ、という名前に聞き覚えは? それと、ドーナツ湖の爆発騒ぎ」
今度はロビィが首をかしげた。リシュトルテという名前は知らないし、ドーナツ湖は知っているが、爆発騒ぎなんて聞いたことはない。
マカロン諸島のクソデカ湖。何の変哲もない原っぱ島を真ん中に置き、何千年も昔から平和そのものであるハズだ。
そのように答えると、山吹の超ロブは無表情のまま、ロビィの頬に手を伸ばす。
「そう。ならば……あなたはさしずめ、パラレルのわたくし」
「あ、あの……」
「いい武器ね。わたくしの太刀より、形がはっきりしてる。過去のわたくしにマグナムを自慢するつもりだったけど……ついでだし、あなたに見せるのも吝かでない」
そこまで言うと超ロブは、さっと後ろへ振り向いた。サイドテールがふわりと広がり、銀色の装甲が爆速で棺へ集まる。
ガッシャン、ガシャン!
たちまち、ハイブレイドが、み度あらわる。超ロブが、そっとため息をついた。
「あれの特性も変わってるのね。ねえ、ロビィ。あなた何か技とか持ってない? すっごいヤツ」
「あ、あります! あんなの、ぐしゃっと1発で!」
「出来るのね。じゃあ、任せたわ」
言うが早いか、超ロブは再びビーム小太刀を抜き、動き出すハイブレイドへ突撃していく。
ロビィも自分の小太刀を2本抜き、機械ロボに背を向けて、顔の前で交差させた。
「"動作"斬り。チッ、弾かれるか」
「異常な速度の観測、終了。行動最適化……実行中」
「ちょっと、ロビィ……なる早で頼むわ。マジで」
ハイブレイドが、巨大な太刀を振り上げる。超ロブリンが知ってる彼は、斬撃で虚無を作り出し、斬りつけたものを無に還す殺人ロボだった。
だが、これはパラレルで、こいつも別人、いや別ロボ。
バラバラになっても再生するし。斬撃も、ただの斬撃。見た目どおりのフツー攻撃。
よって、彼は超ロブリンのおやつだった。
「"威力"斬り」
威力を殺された巨厚い太刀をかわして、超ロブリンがハイブレイドに背を向ける。
「異常現象に伴う回避を確認。急激なビーム・エネルギーの高まりを感知」
「バニシングスラッシャー……ハアッ!」
「反応、消失──」
たちまち、山吹色の乱気流がハイブレイドの巨体を呑み込む。
凄まじい連続斬撃音。スタジアムの空気は震え、床と壁に細かなヒビが入る。
「正体不明の攻撃に晒されています。至急──」
「ゆっくり眠りなさい。"結合"斬り」
「ビビーガガ……」
ハイブレイドの巨体がフラつき、広い胸がガラあきになった瞬間。
斬撃の嵐が装甲を剥がし、棺を番人から抜き出した。
落ちてきた棺を、小太刀を消した超ロブが抱える。
着地したロブリンは、ハイブレイドから弾かれるように逃げ出した。
「何かは知らないけど……どうせコイツも、守ってるものが目当てなんでしょ?」
「封印の解除が迫っています。緊急アラーム」
「って、復活するの? 動くのに棺が必要とかじゃないんだ。ヤバヤバヤバ──」
焦る超ロブリンめがけてハイブレイドが跳び上がる。
が、空中の彼の周囲に、小さな瞬きのビーム弾丸が散りばめられた。
地上でメカロボに片手を突き出したロビィが、ほんの少し手を動かす。
「周囲に多数のビーム粒を感知。回避行動、」
「──星惑散弾」
ドガガガガガガガ! メカロボの周囲空間を、滅茶苦茶に動きまわるビーム天体。
装甲に何ひとつダメージは無いが、ハイブレイドが地に落ちる。
「宇宙凍結。いきま~す!」
「急激、ビーム、──」
さっきまで棺が入っていた、その、がらんどうの胸の穴へとロビィが小太刀の切っ先を突き出す。
たちまち穴は凍りつき、さらには巨体すべてが凍った。
「……。……!」
もはや音も出せない凍りの巨体に、ロビィは背中を向けて2太刀を交差。
準備していた黒い星弾を、振り向きざまに撃ち出した。
「崩壊星収縮終焉!」
「────」
黒い星弾は氷に吸い込まれ、巨大な闇のボールと化す。
瞬時にボールは収縮し、巨大な氷と一緒に消えた。
「……呆気ない最期ね」
「その棺ください」
「あ、どうも。中身は……まあ、いいか」
ドシン、と棺を下ろすと、超ロブリンは空間を斬る。
裂けた斬撃あとに足をかけ、最後に超ロブリンは振り向いた。
「じゃあね。こっちのわたくしが、何を目指してるかは知らないけど……応援してるわ」
「あ、あの!」
「うん?」
ロビィは鞘におさめた小太刀を抱え、超ロブの背に声をかける。
「いつか、あたしも……あなたみたいに強くなれるでしょうか?」
「どうかしら。先のことは分からない。ただ……」
「ただ?」
冷めた顔のまま、超ロブリンはウィンクした。
「わたくしだけを手本にするのは勿体ないわ。だって、あなたの未来なのに、わたくし同然になっちゃうでしょ」
「あっ……」
「じゃあね、バーイ」
異なる世界を遮る壁は分厚く、強い。すぐに閉じられる斬撃の向こうへ、超ロブリンは姿を消した。
いつかまた、彼女に会える気がする。なぜだか、そう思うロビィだが、その話は読者には関係ないので割愛する。
「じゃあ、やっぱり……」
ロビィは小太刀を閉じ消して、となりの棺を見つめた。
「って、急がないと。あの強さなら5分もしたらリポップしちゃう」
そして、棺のフタに手をかける。扉を撫でて"閉まり"を斬ると、石の棺は簡単に開いた。
中で、長身の美女がうめく。
「うう……ん。待って、やめて……封印だけは勘弁してよぉ」
頭頂でまとめた、のたくった長い後ろ髪。顔にかかった、前と横髪。
ロビィより豊かな、丸い胸。体に巻きつけた一枚布にスパッツ、そして簡易なサンダル履き。
寝ぼけた美女は、あやふやに両手をロビィへ向けた。
その手をとって、ロビィが棺の彼女へ跪く。
「ひゃああっ!? 何何何!? やめて、ごめんなさいごめんなさ──」
「あなたの! ……弟子にしてください」
「……ええへっ?」
ロビィがキラついた目を、困惑する美女へと向ける。
ザトウの砂漠に、小さな風が吹き通った。
「──ぐわぁ~!」
「ブロイ! クッ……」
「排除対象の消失を確認。最後の対象をロックします」
さて、ここはロビィとは異なる世界。ニンジャ怪盗のブロイが、ハイブレイドの虚無の斬撃に斬り殺される。
存在を消されたブロイは、恐らく今日いっぱいは復活できないだろう。助けは期待できない。
葡萄酒の髪をした羽織姿のロブリンは、ほぞを噛んだ。
これならトルテのやつも連れてきたらよかった。
目の前の巨大メカは、どう見ても武器形成前のロブリンに太刀打ちできる相手ではない。
最後の抵抗に十字のビーム・ソードを伸ばした、その時。
「今度は合ってるわね。斬撃マグナム。"動作"斬り」
ロブリンの背後から、山吹色の剣閃がメカの巨体に突き刺さった。
機械の体がスパークして、暫時その動きを火花に止める。
「えっ……あなたは」
「ハーイ、過去のわたくし。ビームの修練は充分かしら」
ロブリンに酷似しているが、山吹色に染まった女がマグナムを手に傍らに立つ。
そして、煙も立たない剣先に、そっと息を吹きかけた。
「よく見てなさい? こっから先は……授業の時間よ」