一緒に断罪しませんか
「君との婚約を破棄したいと考えている」
婚約者として五年たった。
そんな関係の私との仲を、この方はやめたいと。
「……理由を聞いてもよろしいでしょうか」
平静を努めていう。
「このままアリウムを王妃にしていいのかどうか迷ってしまっている。というのも」
ゆっくりとカップをおろされた。
「君がある生徒に嫌がらせ行為をしているという噂がある。それについてまだ調査中ではある。だが、そんな噂が立ってしまうこと事態が僕としては気になる所ではある」
……。
「調査の結果によっては、君との婚約を破棄したい。……なるべく互い、傷を少なくしたいと思っている」
……。
本当にこの方は、思慮深く聡明で、お優しい。
だからこの方の婚約者として今まで頑張ってきた。
名のある貴族の令嬢。
王家と婚約できる程度には信用があり、実績もある。
この方にふさわしい私であれるように。
隣に立っていても恥ずかしくない私を。
この方に迷惑をかけたくない。
その一心でやってきた。
だから、前もってこの方がこの話を二人だけの時にしてくださったのは、私に対する誠意だろう。
なら、私もそれに応えよう。
「カイ様。その調査を徹底的に行ってくださいませ。そのような噂があること、私も耐えられませんわ。そして調査の結果、婚約破棄を望まれるのであれば、その時改めて考える時間をください」
「アリウム……」
にっこりと笑う。
「君は本当にどこまでも正しくあろうとするんだね。そんな君だからこそ、王子の婚約者なんだね。……僕にはもったいない相手だ」
「そんなことございませんわ。私はカイ様だからこそ、こうあれるのです」
そっとカップに紅茶を継ぎ足した。
「さあ。冷めてしまう前に」
王子の婚約者となって、王子との時間をなるべくとってきた。
学園にいる時間はなるべくだ。
もちろん、他の令嬢との関係性も大切にしなくてはならない。
貴族の子として、他家との関係性はなによりも大事である。
名前と顔を一致させて。何が好きで何が嫌いか。得意なこと。興味を持たれていること。いつだって最新のものを。
求められるものを提供する。
そうしてやってきた。
ある意味、欠けがないように。
……それがいけなかったのかしら。
ある生徒……か。
カイ様は明言されなかったけれど、誰かはわかっている。
そしてその生徒がどうして嫌がらせを受けているのかも、知っている。
「さて。どうしましょうか」
カイ様は私が犯人ではないということをわかっておられるのだろう。
もしお疑いならきっとこんなこと言われないはず。
証拠隠滅やさらなる報復がある可能性を、考えないはずがない。
私にできることは……。
「ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
おびえた顔をされてしまった。
「……いかがされましたか」
「隣。いいかしら」
中庭のベンチに座っていたから、声をかけた。
ある生徒。の方。
「リカリア様。学園にはなれましたか?」
彼女もとある家の令嬢。
といっても貴族間での身分の差はあるけれど。
「……ええ。少しずつ慣れていっていますわ。皆様お優しいですから」
「そう。ならよかったわ」
編入生だから、この学園のカリキュラムに慣れるところからだったはず。
「……私は何かしたのでしょうか」
耐えきれなかったのか、そんなことを聞いていた。
おずおずをこちらを見ている。
……確かに殿方はこういった女性を好まれるのはわかる。
小さく華奢な体つき。
小鳥のさえずりのように愛らしい声。
大きく開かれた瞳は澄んでいる。
肩にかかる髪は、動きに合わせてふわふわと舞う。
……そして女性からはひがまれる可能性も秘めている。
「いいえ。私としては何もしていないと思っているわ。でも。そうね。……あなたの身に起こっていることを考えれば、何かしたと考えるのが妥当かしら」
だまってうつむいてしまった。
その横顔がとても憂いに満ちていて。
「……怒っておられるのでしょうか」
「あら。誰が何にかしら」
「アリウム様です。……私がカイ様と親しくさせていただいているので。ご気分を害されたのではないかと……」
「それはないわ。あなたとあの方が親しくしている理由は知っているもの」
そう。
カイ様がこの子とお話をされるのも。気にかけるのも。全てはそうする理由があるから。
それをちゃんとカイ様は私に話してくださっている。
「……それはどういう……」
「あなたの出自に関することね。あなたのお母上は王子の叔父にあたる方、王弟ととても仲が良かったとか。あなたはその方の忘れ形見。よいところに嫁いでほしいと。だからこそ、余計な虫がつくのはさけたい。王子はそれを実行しているだけ。と聞いているわ。……あなたが王子のことを慕っているのであれば、話は変わってくるのだけれど」
ちらっと見る。
噂によると王弟の初恋がその方だったとか。それでも自分に振り返ることなく。この学園でともに学んだ学友と聞いている。よく似ているらしい。それもあってなのか。とても気にされている。
「……カイ様が私に声をかけてくださったのはとても嬉しかったです。お母様からその方の事はうかがっていました。とても仲が良かったと。……アリウム様」
「なにかしら」
まっすぐ私を見つめられた。
「勘違いなど恐れ多くて、考えたこともございません。私によくしてくださるのは、ただただ一民としてと。お仕えする臣下に対するものと思っております。それゆえ……」
「言葉を探す必要はないわ。あなたの言葉を聞かせてちょうだい」
「……噂は私にとっても迷惑なのです。アリウム様たちとの仲を裂こうなどありえません。カイ様はアリウム様と一緒におられる時が一番、楽しそうに笑っておられます。嫌がらせ行為をアリウム様がされているなどということも耳に入っていますが、それこそありえないと。アリウム様がそのようなことをされてなんの得があるのかと。誰よりも令嬢らしくあられるこの方が」
……高い評価をもらっているということにしよう。
「今、カイ様が噂の真相を調査されているわ。その結果次第なのだけれど」
にっこりとほほ笑む。
「あなたさえよければ。この噂を流した不届き物を。あなたを傷つける悪党を」
まっすぐ見つめ返す。
……いい目をされている。
思ったよりも強い子なのかしらね。
「一緒に断罪しませんか」
後日。
カイ様が調査結果を報告してくださった。
内容は想定していたものだった。
「ここからどうするかだ。君は何を望む?」
「そうですね。……カイ様?」
「なんだい?」
「先に確認しておきたいのですが。」
まあわざわざそんなことしなくてもいいのだろうけれど。言質を取っておきたい。
「私との婚約破棄はどうされますか」
この質問に目をぱちくりさせて。
「あ。……ああそうだったね」
と思い出されたようで。
「しないよ。まあそんな噂の対象になってしまうのは少しだけどうかなとも思ったけれど。でもそれは、君が君であるから。それを妬んだものによるものだからね。君に責任はない。……むしろ君が君であることが僕としては嬉しいから。婚約破棄はしないよ」
よかった。
「ありがとうございます。安心しました」
「ああいったのは、僕が本格的に調査をするうえで、気持ちを整えたいと思ってね。君と彼女が渦中にいるんだ。平静でいないといけないと言い聞かせたところでもあるかな」
カイ様はとてもお優しい方。
でもそれで手心を加えられる方ではないけれど、おっしゃったとおり、きっと調査に向けての意気込みのようなものだったのだと思う。
……しようと思えば、偏向報道もできてしまう方だから。
「カイ様が正しくあられるように、私も正しくありたいと思いますわ。さて。話を戻しますわね。カイ様。この学園の第一基準校則を覚えておられますか」
「もちろんだ。……何人たりとも個人に害を与えてはならない。たとえどれほどのものであったとしても、その罪から逃れることはできない。……だったね」
にっこりと笑いかけた。
「ええ。その通りですわ」
「それをどうするつもりだい?」
不思議そうに首を傾けられた。
わざわざこの校則を聞いたから、利用するつもりであるということは伝わっているのね。
「いい考えがあるのです」
カイ様に私の案をお伝えすると、少しだけ反応が良くなかったけれど、受け入れてくださって。
簡単に話をして。
ああ。彼女を今日よんでおいてよかった。
「こちらへどうぞ」
私は少し離れたところで待ってもらっていた、彼女を呼んできた。
「失礼いたします」
「おやおや」
驚かれるカイ様に、申し訳なさそうにリカリア様が小さくなっておられる。
「さあ座って。三人でお話しましょう?」
「……失礼いたします」
「彼女を呼んだ理由を聞いてもいいかな」
カイ様が私に少しだけ厳しい視線を向けている。
「リカリア様とはお話できていますわ。……というかそもそもリカリア様は私が嫌がらせの主犯とは思っておられなかったので」
「はい……。カイ様。アリウム様はいつだって私に優しくしてくださっています。令嬢としてこうあるべきだと。手本にしております」
私をみるリカリア様の様子に安堵されたのか、ふっと息を吐かれた。
「僕の知らないところで女性同士うまくしているんだね」
「ええ。……これも貴族の令嬢としてのたしなみですわ」
「これはこれは。……怖いね」
「ふふふっ。そうですわ。女は怒らせると怖いのですよ。……今日彼女をお呼びしたのは、罪を償っていただくために力を貸してほしいと思ったからですわ」
「報復かな?」
「ええ。もちろん。私とリカリア様、カイ様に対してそれぞれ害をなしていますから」
しっかりと準備をした。
まず、断罪の日を決めた。
大々的にすることは巻き込まれた方の害となってしまうからそれはだめ。
そして、関係者を集める方法を決めた。
決めることを決めて、それぞれ動いていって。
その日を迎えた。
「王子からのご招待だなんて光栄だな」
「なにかあるのかな」
「秘密の集まりなのでしょう? 仮面をつけてだなんて」
ざわざわしている。
さて。私も仮面をつけて。
「皆様。どうぞこちらへ」
場所は学園の中庭。
日は休日の真昼間。
対象の人数はそう多くないから邪魔にならない。
まあこの時間なら利用者がいないから問題ない。
たまたま校舎の中から見る生徒もいるかもしれないけれど、それぐらいの観客がちょうどいい。
「さあ。お茶をいたしましょう?」
お茶会として呼んでいる。
全員には仮面をつけさせて、誰が誰かわからないように。この集まりは他言無用に。
そういった特別なものに仕立てれば、興味を持つだろうと。
だって、それは王子、カイ様の主催なのだから。
「皆様。お越しくださいありがとうございます。どうぞお楽しみください」
そういってそれぞれ優雅なお茶会が始まった。
しばらくは談笑で穏やかだった。
「でもどうして我々なのかしらね」
「そうだな。聞きたいが答えてもらえるだろうか」
そわそわし始めている。
ただのお茶会だとは思っていないようで。
それもそうね。手間をかけているのだから。
「カイ様」
そっと耳打ちすると、頷かれた。
さあ。始めましょう。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。皆様にお声掛けさせていただいたのは、他でもありません。皆様が」
そういってやめられた。
少し間を開けられて。
「皆様が、僕の婚約者を陥れようとした方だからです」
そこまで言うと、空気が一瞬で固まった。
「おやおや。空気が変わったけれどどうしたのか」
「……なんのことか」
「ええ。そうですわ。なんのことやら……」
しらをきるのですね。
「そうですか。……身に覚えがないと……。残念です。皆様がここで認めてくださるのであれば、これ以上はなかったのですがね」
そういってカイ様は資料をそれぞれの机に置かれていった。
「ここに調査結果をまとめています。同じものを先生方にもお渡しいたしました。ご家庭にも。ご家族としっかりとお話してください。この学園の第一基準校則を踏まえて上で」
にっこりと笑われた。
資料を見て、ガタガタッと立ち上がっていくけれど、時すでに遅し。もう先生たちは集まってきている。
「この集まりは一体なんだ」
「何をしている!」
ぞくぞくと集まる先生たちにつかまっていく生徒たち。
逃げようと走り回るものもいるけれど、全員先生につかまった。
騒ぎを聞きつけて、中庭を見ている観客は増えていて。
「離してください!」
「仮面をとりなさい!」
取っ組み合いになっている生徒もいた。
乱暴に仮面を外されて、顔をさらされている生徒。
普段はゆったりとしている中庭がざわめいた。
「あ……あのぉ」
「なにかしら」
「どういうことだったのでしょうか」
一人置いていかれているような顔をしている。
あら。わからなかったかしら。
……そういえば彼女には事細かには説明していなかったわね。
当日してほしいことは伝えていたわね。
「この学園の第一基準校則は?」
カイ様にしたように問いかけると。
「何人たりとも個人に害を与えてはならない……でしたか」
「ええ。この学園には度合の異なる校則がある。第一基準、第二基準、第三基準……と。違反者は何人たりとものがれることはできない。それに即しただけよ」
にっこりとほほ笑む。
カイ様とリカリア様と話をした。
害をなすものに罰を。
そうしたまで。
私たちが罰されない方法を。
「そくした……。あれは私たちは害をなしていないのでしょうか……。あれだけの騒ぎになったのに」
不安そうな顔をしているリカリア様にそっと手をとる。
「カイ様が主催されたお茶会に私たちには参加した。中庭をお茶会に使用する許可はとっていたわ。そしてお話に必要なものを用意した。先生方やご自宅には前もってお渡ししたものだったし。あの場での行いではない。むしろ騒ぎだしたのか彼らのほうよ? そして先生方が生徒の事情を聴くためにやってきた」
お茶会の使用は時々ある。
だからそれは問題のないことで。まあ仮面のことは伝えてなかったけれど、そこはどんな姿でお茶会に参加しようと参加者の自由というもの。それに仮面程度で害を与えるかといわれたら、それは言いがかりと流すところ。
「自分たちのしたことが学園においてもっとも重罪であることを理解できていなかった彼らがわるいわ。先生たちは校則違反をしたものをとりしまったまで。その際に、あのようなバタバタがあったわけだけれど。それは私たちがそうしてくれと言ったわけではないわ。それに、観客となった生徒たちも、私たちが集めたわけではないし。ただただ、カイ様が開かれたお茶会という会場で起きただけのことよ」
カップを持ち上げて、一口含む。
とてもいい香り。
後味もすっきりしている。
私自身すっきりしている。
「ふふふ……」
「……アリウム様……?」
不審がるリカリア様につい笑ってしまっていたことを反省する。
「ごめんなさい。つい……。思い出してしまったの。あの騒ぎを」
本当に面白かった。
お茶会だと浮足立っていたのに。
資料が並べられて、仮面をしているというのに明らかに顔色がわるくなったのが分かったし、慌てふためく姿は滑稽だったわ。
「こうしようと言われた時は僕としてはそれでいいのかと不安になったよ」
カイ様が苦笑されている。
「あら。カイ様、承諾してくださったじゃない」
「僕としては違った場所での罪の告白をしようかとおもっていたのに」
「カイ様のお考えをお聞きしても?」
まるで私よりももっと優しい考えなのだろうと期待を込めた声色ね。
「ああ。僕の場合は、少し先になってしまうのだけれど。学園の総会があるだろう? その場で総会資料にまぜて、原稿にもまぜて。そのまま読んでもらおうかと思っていたよ」
「え……あ……」
言葉をなくすリカリア様がかわいらしいと思った。
この方の方がよっぽど周りに影響を与える案を出されていると思うのだけれど。
「カイ様の案もとてもいいと思いますわ。総会は全校生徒集まりますし、先生方もいますから。簡単に共有できます。が。さすがに総会という学園行事でそれは私物化しているように思えて。それでは第一基準校則に違反するのでは?」
「僕が混ぜたとわからなければ、僕が害を与えたとならないし、私物化にもならないよ。結局何事も、ばれなければいのだよ」
そんな考えを持った方が王でいいのだろうかと思うかもしれないけれど、私としてはいいと思ってしまう。
結果、それが良いことにつながるのであれば。
誰にも褒められなくても。
……まあ今回の事は褒められるようなことではないけれど。
「さて」
カイ様が立ち上がられた。
「いかがされましたか?」
再び不安そうな顔をして見あげるリカリア様。
「学園側に説明を求められていてね。お茶会は僕が主催だから。それにあの場には先生たちにお渡しした資料もあっただろ? その内容についても聞きたいって言われてね。君たちも声をかけられるかもしれないから。口裏をあわせてね」
「心得ていますわ。カイ様にご迷惑、おかけいたしませんわ」
「私も! お二人にご迷惑がかからないように。いわれたように」
あの後。カイ様のおっしゃる通り私もリカリア様も事情聴取を受けた。
うまく行こうと失敗しようと。
学園側から聞かれることも前もって想定していた。
対応策も考えたうえでことを起こしたから対して問題もなく。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
リカリア様が最後だったようで。
「……無事終わったようで安心しました」
ほっと息を吐いている。
リカリア様は本当にいい子だわ。
お茶会では、お茶とお菓子を運ぶお手伝いをしていただいたけれど、その時も少し手が震えていて。
カイ様の考えを聞いて言葉を失っていた様子からも、いい子であることはわかる。
だからこそ。幸せになってほしいという王弟様のお気持ちがわかる。
「あれから嫌がらせはどうかしら」
カップを置くと、スッと手にとって一口飲んで。
「ありません。……私たちがこうしてお茶をしている様子を見てもだれも言わなくなりましたわ」
顔色がよくなったから、とても緊張していたのね。
「前は私と話をしているだけで、けん制だの、小言だの。私がリカリア様に圧をかけているというのがあったけれど?」
「ええ……。そういった話もありましたが、それもなくなりました」
「よかったわ」
「そんな話があると一緒にいるもの気まずいからね」
「ふふふ。カイ様が私ともお話をしてくださいましたから、私としては問題はなかったのですがね。全くまわりがかってに騒いだのは気分がよくないですから」
当の本人同士が問題なく過ごしているのだから、外野がやいのやいのいうのはやめてほしい。
「いくつかの家も降格になってそちらのほうが騒ぎになったけれど」
カイ様の言葉に、リカリア様が申し訳なさそうにうつむいてしまった。
嫌がらせをしていたのは、名のある貴族の子たち。
リカリア様が編入してくるまで、カイ様は特定の女子生徒と親しくされたことはなかったから、なぜ自分たちとはそれがないのかと疑問になって。そのうえ、リカリア様の家柄も彼らの家よりかは下というと問題があるのだけれど、実際上下で言えば下というのもあって。
どうしてあの子が特別扱いを受けるのか。
それに対して、婚約者のあの子は何もしないのか。
黒幕にしてしまえば、どちらも落とせるのでは?
私もリカリア様もどちらも落としてしまえば、王子の婚約者という立場が空くのでは?
あの完全無欠の何もしない傍観者の婚約者。
ポッと出てきた少女。
私たちだって特別になれるのでは?
なんてほんと浅はか。
「とても浅はかよね。まあ。どうしてカイ様が声をかけているのかという理由を知れば、リカリア様を婚約者にっていう考えが出てきてしまう可能性もあったのだろうけれど。それはなくて安心したわ」
リカリア様が王妃になることを望んではおられなかったから。
そのようなことをおっしゃっていたとカイ様からうかがっていたから。
リカリア様には本当にいいところとの婚約を求められている。
「僕との婚約がよくないみたいにとらえているのはどうかと思うのだけれどね」
「あら。私としては当然のことかと」
「え?」
あら。驚いた顔をリカリア様されたけれど。
「だって。そのための勉強をしなくてはいけないのよ? お相手のことを本当に想う方でなければ尚の事無理よ」
貴族としての最低限のマナーはみんな学んでいるだろうけれど、王妃となるのであれば、それだけでは足りない。
政務に関しての勉強もある。
家同士のつながりも、貴族の上下も。聞きたくもない話をされて。それを踏まえたうえでにこやかにほほ笑んで、腹の探り合いをしなくてはいけない。
「それは僕だから頑張っているということでいいのかな?」
「ええ。もちろんですわ。カイ様だから私は頑張れるのですわ」
にっこり笑うと、カイ様もにっこり笑いかえしてくださった。
お茶会での一件は、瞬く間に広まって。
少しだけ私たちを見る目が変わったようだけれど。
そんなことどうでもよくて。
お茶会で起きたこととはいえ、騒ぎを起こしたのは先生たちで。私たちにお咎めはなく。
見ていた生徒は、あれから、カイ様主催のお茶会が行われないかびくびくしていたけれど。
あんなこともうしない。
そもそもカイ様はそういったことをされない方だから。だから彼らは浮足立ったわけなのだから。
私とリカリア様はあれから優雅にお茶をする時間が増えて、カイ様よりも一緒にいる時間が増えて。
「女性同士仲がいいのはよいことだけれど。……僕のことを忘れていないかな?」
「あら。カイ様がいるからこそ。私たちは仲良くなれたと思っていますわ」
カイ様が困ったように笑っている。
「アリウム様がよく声をかけてくださるので、私はとても嬉しいです」
編入されてから一番の笑顔を私に向けてくださった。
なんか断罪にならなかった気がする……。
難しいなあ……
という気持ちでいます。