お母さん以外から貰うチョコレート
運命の2/14(金)は、目覚めが悪かった。
サメに食べられてブロッコリーに生まれ変わる夢を見た。最悪の始まりだった。
朝のニュース番組の占いは7位。可も無く不可も無く。とのこと……なんだそれ。
やってられん、と家を出て、チャンスはいきなりやって来た。チョコを渡す相手の先輩が一人で歩いていたのだ。しかも周りに人が居ない。これはもう神様が『逝け』と言っているに違いないと思った。
「あ、上代おはよう」
「中西先輩……おはようございますクソマズですがチョコですお納め下さい」
早口でまくしたて、先輩にチョコを押し付ける形で手渡した。先輩は一瞬頭に『?』マークが浮かんでいたが、すぐに何の事かを察し眉がビクンと跳ね上がった。
「上代……俺、俺……ううっ!」
突然泣き出す先輩。もしかして……もしかする?
「俺、バレンタインなんてお母さん以外から貰うの初めてで……ううっ!」
ボロボロと泣きだし止まらない先輩。人通りが無いおかげで何とか事無きを得ているが、端から見たらかなりチョコを貰った野球坊主が号泣している様は見るに耐えない光景だろう。
もしかしたらこれはイケるのではないのかと確信した私は、決意を新たに先輩へ想いを告げる事にした。
「先輩……それ、本命チョコなんです」
「えっ!」
「こんな私で良ければ……その」
「か、上代……ううっ!! うっ! おえっ!」
泣きすぎて嗚咽まで始める先輩の背中を慌てて摩る。
「大丈夫ですか!?」
「ごめん、俺ミカちゃん以外と付き合った事が無くて……」
「誰なんです?」
「幼稚園の時のクラスメイト。もう顔も思い出せない」
「何年前の話ですか」
思わず笑いが出た。幼少の懐かしい思い出と比較されないよう、彼女として頑張ると心に誓った。
「上代、お待たせ」
「いえ、今来たところです」
先輩との初デート。二人きりでカラオケだ。
「俺、カラオケなんて友人の原田以外と行くの初めてだわー」
「へー、そうなんですね」
流行のJ-POPを中心に、私と先輩はカラオケを目一杯楽しんだ。
隣同士、頬と頬が触れ合いそうな程の距離。隙あらばブチュッチュ、チュッチュをしでかしてしまいそうな、そんな距離だ。誰よりも近く、そして誰よりも勇気の要る距離。私だけの特別な距離感に、幸せが止まらなかった。
「歌ったらお腹空きましたね」
「何か食べる?」
「あ、喫茶店がありますよ」
テレビドラマで若いカッポーがドイチャコラぶっこいてそうなカフェに入り、対面の座りで少しばかり緊張が高まる。
「俺、お母さん以外と喫茶店入るの始めてでさ、勝手が分からないからちょっと緊張しちゃうな」
「そ、そうなんですか?」
先輩はお母さんと仲が良いのかな?
先輩と結婚したらお義母さんになるんだね。仲良く出来るかなぁ……ちょっと心配。
「おまかせしました。ビーフシチューとざる蕎麦です」
料理が運ばれ、先輩と二人きり遅めのランチ。
「そう言えば先輩ももうすぐ卒業ですね」
「ああ、寂しいな」
「先輩……二人きりで卒業旅行なんて……どうです?」
「いいね!」
私から誘っちゃうなんて少し大胆かも知れないけれど、今時の女子はこれくらいグイグイ行かないと、ね!
「温泉とか~、どうです?」
「温泉かー。お母さん以外と行ったことが無いから久しぶりだなぁ」
「そう……なんですね……」
もしかして……マザ的なアレなのかな。
ちょっと嫌な予感がしてきた。
「混浴でさ」
ヤバ。ちょっと引くわ。
「今度の日曜も一緒に行く予定なんだよね」
「え?」
さよなら。私の淡い青春よ……。
──カランカラン
「あ、噂をすればお母さん」
「……」
やや軽蔑の眼差しで入口を見ると、栗色の腰まで長いロングヘアーに、陶器のような白い肌、デニムズボンのムッチリしたブラジルのグラマーみたいな体型をした、愁いを帯びた瞳に艶のあるリップをひっ下げた謎の女性が、先輩を見付けて手を振っていた。
「はぁい」
「……凄い美人」
「上代、紹介するよ。こちら、山本のお母さん」
…………n?
「山本建志の母です」
「……what?」
「俺のクラスメイトの山本のお母さん。いつも世話になってるんだ」
「ah……………………what?」
「あ、中西君。来週はいつもの時間に、ね♡」
「はい!」
「Are you not related by blood? Then, it's hard to understand why Bong Kyu-bong and senior are taking a bath together. Moreover, there is no way I can beat such a glamorous body, and I don't know what to do. Oh, clerk, please give me another bowl of soba noodles.」
「上代、ココ日本」
「日本では専属契約してないお姉さんと混浴しない」
「中西君、この子もしかして……」
「彼女です」
先輩はハッキリと言ってくれた。ちょっとキュンと来た。もしかしたら……勝てるのかな!?
「じゃあもう私とは温泉出来ないわねぇ。残念♪」
「ちょちょちょ! なら別れます! 別れますから!!」
「ざる蕎麦おまたせしましたー」
「throw it at him」
ナイスタイミングでやって来た店員さんに無茶をお願い。そしてそれは無事に聞き届けられた。
「ちょっ! 何故!? 店員さんなんで!?」
「Ne montrez plus ce côté sale devant moi !」
「な、なんだって!?」
「店員さん、ココ日本」
「羨ましいぞクソ野郎!!」
率直なる嫉妬については深く言及しないが、店員さんがざる蕎麦を投げたおかげで、私は何となくスッキリとした気持ちになれたのは確かだ。
先輩は山本のお母さんと出て行ってしまい、私はちょっと失恋でセンシティブな気持ちでいっぱいになった。
と、向こうの席に座っていたアラブ系の成金オジサマが、全身に浴びたざる蕎麦をひらめかせながらコッチへ怒った顔でにじり寄ってきた。石油アタックだろうか? これはもう逝くしかない。
「মোৰ ছ’বাৰ এলাৰ্জী হ’লে কি কৰিব! ? "আপুনি অপেক্ষা কৰি থকা কেপচুচিনোটো নষ্ট হৈ গৈছে!" ! "জাপানত কেতিয়াৰ পৰাই কলাণ্ডাৰত বকৱেটৰ নুডলছ পেলোৱাটো প্ৰথা হৈ পৰিল!" ? "ভাৰপ্ৰাপ্ত ব্যক্তিজনক ফোন কৰক!" !」
「オジサマ、ココ日本」
「セキニンシャ ヲ ヨベ !!」
店員さんは申し訳なさそうに、奥へと引っ込んだ。するとすぐにダンディーなヒゲを蓄えたマスターが低姿勢で粗品を持って現れた。恐らくはタオルだろう。
「对不起 我会教育你 让这种事情不再发生 所以请原谅我」
「マスター、ココ日本」
「許してたもれ……」
成金オジサマはタオルを受け取ると、仕方ないと言った顔で出て行った。マスターはやれやれと言った面持ちで私に珈琲を煎れてくれた。
「这是一项服务」
「thanks」
そっとマスターの珈琲に口を付ける。
「master.coffee is too bitter」
失恋の涙か珈琲の蒸気か、私は目を閉じてそれらをうやむやにした。
「开心点」
「thank you」
それら全てを、珈琲の苦みで胸の奥へと流し込んだ。マスターがそっと小さなチョコレートを差し出してくれた。私は嬉しくて、泣きながら笑ってやった。
※翻訳部分は大体『ココ日本』の後に集約されてるので、コピペして翻訳ソフトに入れても同じ様な文が出て来ます。決してシークレットな文章は出ないので悪しからず。