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第八話 侍女は要りません

「さっさとしやがれです。この愚図」


 可愛らしい見た目とは裏腹の辛辣な言葉。

 リーチェさんは可愛らしくて底抜けに明るい人という印象だったけど……。


 つまりこういうこと?

 さっきまでのは全部演技で、ご主人様の前で猫を被っていたってことかしら?

 そう考えると納得いくんだけど、そもそも演技って必要だったのかしら。


 私は子爵令嬢だし、旦那様には偽の妻を演じるために雇われたようなものだし。

 下手をすればリーチェさんより立場が低い気がするのだけど……


「おっと。これは失礼でした」


 戸惑いすぎて言葉に出来ない私を嘲笑うかのごとく、リーチェさんは吐き捨てた。


「あなたも『生まれてこの方洗濯なんてしたことないんですぅ』っていうクソみたいな貴族令嬢でしたですね。仕方ないです。このリーチェちゃんが洗濯というものを教えて──」

「あ、自分でやっていいんですか?」

「……………………は?」


 なんだ、やっぱりそういうことか。なら話が早い(・・・・・・)

 というか私、他の人に自分の服を触られるのに抵抗があるのよね。

 一度寮母さんに任せたらずたずたになって返って来たことがあるもの。


 ……まぁあれもエミリアのせいだったんだろうけど。


 私はにっこりと笑ってリーチェさんに言った。


「自分の事は自分で出来ますので」

「いや、あの……………………え?」


 やっぱり人間なんて信じるものじゃないわね。

 今は妻役として私を迎えてくれているアッシュロード様も、いつなにがどう転じるか分からない。今のうちに自分で生きる術を見つけておかないと、厄介なことになりそうだ。


「こ、困りますっ、リーチェは奥様のお世話を言いつけられていて、」

「でも嫌なのでしょう?」

「……っ」


 別に言いつけたりするつもりはない。

 だれだって突然現れた女の世話なんてしたくないだろう。

 旦那様は私のことを屋敷の人たちに紹介しなかったし、もしかしたらこういうやり口で数々の女を騙しているのかもしれない。


(家族が助かる前に捨てられるのはごめんだわ。自分でなんとかしないと)


「も、もうっ、勝手にしてくださいです!」

「はい、勝手にしますね」


 私はリーチェさんにお屋敷の見取り図を貰って、自分で歩くことにした。

 そのほうがいちいち聞かなくて済むし、リーチェさんも私の遅い喋りに付き合わなくて済む。私を嫌いな彼女もさすがに放置はまずいと思ったのか、いじけた様子で私の後ろをついてきた。


(背も低いし、思ったよりも幼いのかも)


 そんなことを思いながら、私は辺境伯邸の裏庭にやって来た。


「旦那様から裏庭にはいかないよう厳命されてるです」

「来たのは私だから大丈夫です」


 庭師の方から借りた農具を手に、腕まくりをする。


「……何をやってやがるですか?」

「見て分かりませんか」

「分かるわけねぇですよ!」

「農業です」

「は?」

「お屋敷の料理がイマイチでしたので、野菜を充実させたいなと思いまして」


 これは半分口実で半分本当のことだ。

 確かにかぼちゃのスープは美味しかったしパンは最高の出来だった。

 でも、ぶっちゃけ平民だった頃に食べていた食事のほうが彩り豊かだ。


(辺境伯様の領地は、思ったよりもずっと荒れ果ててる……)


 屋敷の主が料理にこだわっていないことも大いに影響しているだろう。

 栄養失調になったら困るので、貴族学校の時みたいに野菜を育てる。


 それが口実。

 もう一つは……


「ちょ、なんでいきなり地面に肉の塊捨ててやがるですか。もったいない」

「これは先行投資です」

「せんこうとうしぃ?」

「いいから黙っていてください。あ、さっそく来ましたね」

「一体何をしようと…………えぇえええええ!?」


 私が用意したお肉につられて、屋敷の裏から魔物がやってきた。

 大きな三又の狐で、金色の双眸がぎらぎらと飢えに光っている。


「銀魔狐じゃないですか!? は、早く避難しないとです!」

「待ってください。避難はしなくていいです」

「馬鹿ですか!? 相手はA級魔物ですよ!? 早くしないと命が危ないです!」

「問題なしです」

「ていうかなんで……普段は旦那様が駆除してるからいないはずなのに……! こ、こうなったらリーチェが……!」


 リーチェさんは魔術を使って迎撃しようとしたけど、私が全力で制止した。

 そんなことをしたら先行投資が無駄になってしまう。


「離しやがれです!」


 私とリーチェさんの揉み合っている間に、銀魔狐はお肉の塊を食べた。


(お)


 美味しそうにほおばった銀魔狐はしばらくその場で佇む。

 じぃっとこちらを見てどれくらい経った頃だろうか。

 やがて興味を失ったように視線を外し、去って行った。


「……あ、危なかったぁ──……」


 リーチェさんは心底ほっとしたようにへたり込んだ。

 残されたのはぷぅん、と刺激臭を放つ、大きな黒い塊だけだ。

 私が近づくと、リーチェさんは戸惑ったように、


「結局お前は……なにがしたかったですか?」

「これが欲しかったのです」


 私が欲しかったのは、()()()()()だった。


 ふふ。

 これを使えば私の食生活充実はまったなしだわ。

 いつ辺境伯様に捨てられるか分からないんだし、試せることはどんどん試していかないと。


(よーし、頑張るわ!)


 私は無言で拳を握り、天に突きあげた。


「意味わかんねぇですよ……」


 リーチェさんはへたり込みながらそう言った。



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