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第三十八話 うちの嫁が可愛すぎる※シン視点

 

 最近、アイリの様子がおかしい。


「アイリ」

「ひゃい!?」


 名前を呼んだら挙動不審ぎみに肩を跳ねて髪をいじり出すし。

 いつものように頭を撫でたら顔を赤くして不機嫌になるし。

 五秒以上目が合ったら全力で明後日の方向を向いて口笛を吹きだすし。


 かと思えば業務的な会話は普通に出来るし、食事は美味しそうに食べる。

 以前逃げられた時は「整理したい」ということだったが。


 ──まぁ、嫌われてはないらしい。


 そのことだけは確かだから、少しホッとする。

 そんな自分がおかしくなって、俺は自嘲気味に笑ってしまった。


「くだらないと、思っていたんだがな」


 俺が女性に嫌われるかどうかを気にしているなど……。

 昔の自分に言っても絶対に信じないだろう。


 暗殺者として女性の口説き方や房中術は学んでいるが、アイリ相手には今までの常識が一切通じない。完全に未知だ。それが面白くもあるのだが、先日のように不安に駆られてしまう時もある。不安のはけ口を求めるように、俺は窓の外を見た。


「……雨が降りそうだ」


 アイリのほうは領内の有力商会との会談だったか。

 窓の外を見ると、ごろごろと雷雲がうなりをあげていた。


「……行くか」


 パチン、と指を鳴らして転移魔術を発動する。

 辺境伯家の家紋には転移魔術陣が組み込まれており、座標特定は容易い。

 無事に馬車の中に転移した俺が外に出ると、ちょうど雨が降って来た。


「し、シン様!?」


 ちょうど、商会の中からアイリが出てきた。

 護衛兼侍女のリーチェを従える彼女に俺は頷いた。


「迎えに来た。一緒に帰ろう」

「シン様、今日は執務室に居たのでは」

「ちょうどこのあたりに用事が出来てな。ついでに立ち寄ったのだ」

「そうですか。そうですよね。わざわざシン様が迎えに来るわけないですものね」


 どことなく残念そうに苦笑するアイリ。

 失敗した。

 くだらない見栄を張った自分を殴り飛ばしたくなった。


 妻の仕事が終わる時間を読んで迎えに来る男は少し重いと思ったのだが……。

 いや、やはり重いだろ。

 妻に執着しているようで気持ち悪くないか?


 むう。やはり女心はよく分からん。


 馬車が走り出す。

 がたごと、がたごと、車輪の回る音だけが室内に響いていた。

 リーチェは気を遣ったのか、御者台のほうにいる。


「商談のほうはどうだった」

「おかげさまで上手くいきました。シン様が開発した魔農薬も安定して供給できそうです」

「それはよかった」

「はい」

「……」

「……」


 元来、俺は口数が多いほうではない。

 アイリのほうもよく考えてから喋るほうだから物静かだ。

 だが、なぜだろう。

 この沈黙を心地よく感じている自分がいる。


「不思議ですね」


 ふとアイリが口を開いた。

 雨が降り始めた窓の外を見ながら、彼女は微笑む。


「私、こうして誰かといると沈黙が気まずくて……いつも頑張って話そうとしていたんですけど、そのたびに空回りしていたんです」

「そうなのか」

「はい。でも……」


 頬を朱に染めた彼女は、上目遣いで俺を見上げた。


「シン様との沈黙は、嫌いじゃないです」

「……」


 俺は口元を押さえてそっぽ向いた。


(その顔は反則だろう……!!)


 二人きりの室内で、そんな可愛い顔を見せられたら。

 いくら暗殺者として訓練した俺でも限度がある。

 クソ、今度感情を制御する魔術を開発すべきか……!?


「シン様? どうかされました?」

「君は……自分の笑顔がどれだけの武器になるのか知るべきだ」

「はい?」


 何言ってるのかしらこの人。と首をかしげるアイリ。

 逆の立場なら俺でもそう思うだろう。何を言っているのだ俺は……。

 その時だった。世界が光った。


 ──……ドゴォンッ!!


「きゃっ!」


 稲妻だ。音がすごいな。近くに落ちたか?

 馬が驚いて嘶きをあげ、馬車の車体が揺れる。

 アイリは思わずと言った様子で俺に抱き着いてきた。


「すごい雷だな」

「は、はい。びっくりしました」

「そうか」


 俺は努めて平静を保った。


「ところでその……アイリ。その体勢は、」

「ひゃう、これは、その」


 アイリは俺の腕を抱くような感じで固まっていた。

 問いかけると、彼女は目を泳がせてもにょもにょと口を動かしている。

 いつもならこう言えば絶対に離れるのに……ん?

 なんだ。震えてるのか。


(まさか、雷が怖い……?)


 そう思ったが、それを聞くのは野暮だろう。

 俺はアイリの腕を優しくほどき、同時に彼女の背中に腕を回した。

 ぎゅっと、手のひらを合わせながら指を絡める。


「あ、あの。シン様……?」

「なに。思えば俺たちは偽の夫婦を演じるうえでスキンシップが足りないと思ってな」

「は、はひ」

「これも契約上、仕方ないことなのだ。協力してくれるか」

「……契約なら、仕方ないですね」

「そうだろう?」


 アイリがぎゅっと手を握り返してくれた。


「シン様の、そういうとこ……やっぱりズルいです」

「何のことだ? 俺はただ契約を果たすよう君を脅迫したのだが」

「ふふ……えぇ。そういうこと(・・・・・・)にしてあげます」


 すべてを分かったうえで俺の提案に乗り、頬を染めて手を握ってくれる。

 心なしか俺の腕を抱く力が強くなったと感じたのは自惚れだろうか。


「ところでその……こうして手を繋いだのは、初めてですね」

「そういえば、そうだな」

「……嬉しいな」


 ぽつりと漏れたアイリの本音。

 心から嬉しそうに口元を緩める彼女は耳まで赤くなっている。


 ………………もしかしなくても、俺の嫁は可愛すぎるのでは?


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