表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/46

第一話 婚約破棄

「アイリ・ガラント。貴様との婚約を破棄する」


 すべての始まりは元婚約者が発したこの言葉だった。

 誕生日の前夜祭として開かれたパーティーで唐突に告げられたのだ。

 言うまでもなく、私は混乱した。


「り、リチャード様、あの、どういうことでしょう……?」

「言葉以上の意味はない」


 金髪の王子は眼鏡をクイ、と上げて鼻を鳴らした。


「僕、リチャード・ヒューズ・フォン・エルシュタインは君との婚約を破棄する」


 ……百歩どころか一万歩くらい譲って私がそれを許したとしても。

 私の誕生日の前夜祭を開いた主催者がそれを突きつけるのはどうなのかしら?

 次に君が誕生日を迎えたなら結婚しようと言ってくれたのは嘘だったの?


「不満そうな顔だな」


 私が口を開く前にリチャード様がため息を吐いた。


「君はいつもそうだ。そうやって口に出さず、態度ですべてを察してくれと言わんばかりに黙り込む。こうして僕が意図を察してやらなければ喋れない場面が、今までいくつあった?」

「あ、あの。私は、その」


 べ、別に察してほしいわけじゃないわ。

 ただちゃんと考えてから喋ろうとしているだけで……。

 下手なことを言って相手を傷つけたり嫌われちゃうのは嫌だから、ちゃんと考えてから喋りたいのだけど、リチャード様をはじめとした周りの人たちはいつも痺れを切らして私との会話を打ち切ってしまう。今までちゃんと話せたのは家族くらいじゃないかしら。


 あ、そうだ。

 家族といえば、両家の許可は取ってあるのかしら?

 特に殿下は王族なのだから勝手に婚約破棄なんてしたら王家の信用にかかわるのだけど。ほら、周りの人たちもひそひそと囁いてらっしゃるわ。


「リチャード様、大丈夫なのですか?」

「貴様のような悪女と婚約を続けているよりマシだ」

「悪女!?」


 いろいろすっ飛ばしての疑問だったけど、リチャード様は別の意味で捉えたようだ。身に覚えのない風評被害に戸惑っていると、彼は虫を見るような目になった。それから隣にいる令嬢の腰を抱き寄せ、私から被害者を庇うように糾弾する。


「君はこのエミリアに嫌がらせの数々を繰り返した。お茶会の茶葉を腐ったものとすり替えたり、貴族学校では物を隠したり、僕との婚約を飾り者のように見せつけ、周りを脅していたようじゃないか。そんな君が悪女でなくてなんなんだ?」

「!?」


(全部身に覚えのないことだわ!)


 そう叫びたかったけど、あまりに驚きすぎて口がパクパクとしか動かなかった。

 確かにエミリアが紅茶が嫌いなお客様に紅茶を出そうとしていたから、コーヒー豆を渡したり、忘れ物をした彼女のために物を貸したり、体調を崩した彼女のお母さんのためにお薬を煎じたり、そういうことをしたことはあったけど……。


 誓って言えるわ。

 エミリアを陥れようとしたことは一切ない。


 そもそも貴族学校で話しかけてきたのはエミリアのほうだ。

 爵位が低くて会話が得意じゃない私は貴族学校で浮いていて、同じ子爵令嬢のエミリアは一緒に過ごそうと提案してくれた。図書館にいる王子を紹介してくれたのもエミリアだ。そんな恩人であるエミリアのために何かをしてあげたいと思ったものだ。


(それなのに、どうして……)


「エミリア……? うそ、よね?」


 リチャード様が抱き寄せているエミリア・クロックは悲しそうに目を伏せて。


「リチャード様がおっしゃったことはすべて事実です」


 その言葉は周りの人たちに聞かせるようだった。


「私はこれまでアイリ・ガラントから嫌がらせを受けてきました。彼女は同じ子爵令嬢の身でありながら王子に選ばれた自分を誇りに思っていたようなのです。そのせいで、いろいろと辛い思いもしました。家族も……私は、彼女の行いを糾弾するためにあえて王子にこの場を開いてもらったのです」


 周りから怒りの声が上がった。

 家族も……ですって? エミリアは具体的なことは何も言っていないわ。


 けれど、桃色の髪を伸ばした彼女の涙ぐんだ姿は見る者の想像を掻き立て、目の前にいる私のイメージが見る間に書き換わっていくのが分かる。違うと言いたかったのだけど、いつものように言葉にしたい言葉はなかなか声になってくれなくて。


「待って……待ってください。何かの間違いです!」


 そう叫ぶのが精一杯だった。

 必死の抗議もむなしく、リチャード様は不意に悲しい顔になって、


「君は物静かだが、知的な女性だと思っていた……こんなことをするとはな」

「殿下!」

「本当なら宮廷魔術師殿に頼んで自供魔術をかけてやりたいところだが、今までの君に免じて勘弁してやる。実は最初から、その銀髪が気持ち悪いと思っていたんだ……もう二度と、僕の前に現れないでくれ」


 リチャード様が横を通り過ぎて、私は膝から崩れ落ちた。

 身に覚えのない罪で私を見る軽蔑の眼差しが突き刺さり、体中から気力が奪われてしまう。


「どうして、私は……」

「アイリ」


 エミリアは王子のあとを追いながら、すれ違いざまに耳に顔を近づけて。

 一瞬、これは何かの冗談なのかと思った私は粉々に打ち砕かれた。


()()()()()、ご苦労さま」

「エミ、リア……?」

「ふふ。あんたはもう用済みよ……これで王子は私のものなんだから」

「え……」


 がらがらと、突然足元が崩れ去っていくような気分だった。


 …………そうか、エミリアはこのために私と仲良くなったんだ。


 叙爵されたばかりの父の娘に生まれた私は『役立たず』『不気味な女』『気持ち悪い』と学校でいじめられていた。逆らったら家を潰されてしまうから何も出来ず、幼いころから何度もドレスを汚して帰った私に家族は何度も心配してくれたものだ。そんな私にエミリアが近づいてきた時は嬉しかったけど……よく考えたら、誰よりも野心的な彼女が私に王子を紹介するのはおかしかったのよ。すべてこの時に私を嵌めて自分の印象を高めるためだったんだ。


 そりゃあ私だって、出来すぎた話だなとは思ったわよ?


 相手は第三王子とはいえ、私の家は王家とは縁遠い子爵位でしかないし、領地に魔石鉱山があるけど枯渇寸前で目を付けるようなところもない。王家が繋がりを得ようと思う理由が分からないし、私に至ってはお話下手で、王子が付き合って楽しい人間じゃないもの。


 ……でも、嬉しかった。


 こんな私でも王子が目をかけてくれることはあるんだなぁってね。別に私はリチャード様に本気で恋をしていたわけじゃない。彼は堅物で男女のように触れ合うことはなかったけど、時間はかかってもゆっくり愛を育んでいくんだと思ってた。

 とんだ妄想だったわ。本当、馬鹿みたい。


「あんた、邪魔なのよ。このまま消えてくれる? 友達でしょ?」


 友達ってなんだろう?

 もはや私は誰一人として信じることが出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ