4月15日
グロ注意。
晴れ。
マーリンの居ないベッドを出て、下へと降りる。
シャワーを浴びて計測。
中域、軽く仙薬を飲んでからリビングへ。
珍しくテレビが付いている。
イギリスでの治療行脚が開始されたニュース。
付き添いの先生はルミ先生では無く、現地の人なのか金髪の綺麗な女性。
ミカちゃん、スクナさん、マーリン。
見慣れた顔がテレビに映るのは不思議な気分。
そして自分の背格好に似た、顔をベールで隠す着物の女性。
貰った着物と同じ。
まるで別の世界の話の様。
《着物、綺麗だね》
「ね」
そこから、ゆっくりとスローモーションの様に映像が流れ始めた。
先ずマーリンが僅かに視線をずらし、トールが視線を動かした。
ついでミカちゃん、スクナさんと視線が動いたかと思うと、大きな音と共に爆風が広がり、一面真っ白な煙に包まれた。
そして煙が引いた画面に映るのは、血塗れの人々、着物の女性とて例外では無い。
《ラウラ》
「基地に行く、要請が無いか確認したい」
《うん、私も行く》
門番の人から、既に出勤していたレーヴィとシモン達が待機状態になっていると教えて貰った。
そして師長室へ向かうと看護師達が集まっていた、自分の様子を気にして来てくれたらしい。
「まだかな、呼ばれないかな」
《先ずは軍に要請が来ると思うけど、イギリスだから運送屋の手配を先にしてるのかも》
「その連絡も」
《ラウラ、アレ》
マーリンが良く折る蝶の伝書紙が窓に居た。
そして汚い字と、日本語で【イギリスの日本大使館に治しに来て】と。
国連の紙では無く、ロウヒの伝書紙。
「行って良い?」
《待って、軍に提出しないと》
マティアスが小走りで兵長室へ向かった。
156秒後、許可証を持って走って来たレーヴィと共にイギリスの日本大使館へと移動した。
『わぁ、早い』
「怪我人は」
『犯人だけ、向こうに拘束してある』
「他には」
『居ないよ』
「嘘だ、見たぞ」
『アレは日本の魔法、詳しくは後で』
「後ってなんで」
『だって、まだ終わって無いもの。だからお願い、あ、着替えてからね。その余裕はある筈だから』
大使館員に持って来た着物を着付けられ、マーリンが指差す先、医務室へと入った。
憎悪と畏怖と苦痛に満ちた表情を浮かべながら、医師の治療を拒み、暴れ、妄言を撒き散らしている。
そして現代医療を完全否定し、そして自爆テロが成功した喜びを語る。
加害者で有りながら被害者にまでなろうとしている、例え手足が吹き飛んでも、ただ信念の為にその道を歩くと。
数秒前は治す気は無かったが、ただ犯人の思い通りにさせたくない一心で治す。
せめてもの抵抗は、痛みを消さず最低限のみ治す事。
傷を治し。
歩み寄ると、とても良い表情を見せてくれた。
『お前は、だってあの時』
「神のご加護ですよ」
『そんな、だっ』
「神様を信じてますから」
《主の加護ある者に害成すとは、すなわち主を害すも同義で有ると、何故分らない》
『だって、天使様、司教様が』
《天使の言葉は人以下か》
『違います、でも、だって』
「聞きたい言葉しか聞こえない種も居るそうで」
《そうだな、その様だ》
『天使様、天使様は一体どちらの味方を』
《主を愛し、主が愛する人。ただそれだけだ》
そして中継のカメラの前へ、ミカちゃんが犯人の車椅子を押して出て行った。
そこから先は、再び画面の中での出来事。
ミカちゃんが関係者への布告と、その罰を眼前に晒した。
先程治した犯人の首が飛び、鮮血を流しながら車椅子から体も落ちる。
そしてこの事件を企てた者達なのか倒れ込む人々、悲鳴があちらこちらで飛び交う。
そうしてカメラが動くと、次々に首から血を流し死んでいく人間達の姿。
あの軍人のお爺さんの、孫の母親も例外では無く、絶命したとトールから報告を受けた。
『生き返らせる?』
「正直、どうしたら良いのか分らん、頭も周らん」
『考える猶予ある?』
「3日経つと無理だと思う、魂が離れるから」
『そこそこの数だよ』
「ミカちゃんは、もう何度もチャンスをあげてたよね」
《俺なりではあるが、全力で話し合った》
「それでも改心しなかったから、死んだんだよね」
《あぁ》
「生きてたら害に?」
《次はフィンランド国内、しかも病院だ。オウルの》
「他に生き残った者が復讐の連鎖を、しない?」
《それを潰す為に既に手は回しては有るが、それでも残れば、俺が全て片付ける》
「生き返らせる代わりに、監視させるのは?嘆願した者だけ」
《俺は罰した、その先は主のみが知る事》
「反対はしない?」
《主の成す事を、俺が反対する事は無い》
「御使いを、どう思ってるの?」
《言葉通りだ、我々と同じく主の意志を伝える者だと思っている》
「ワシがソレを否定しても?」
《それまでもが、主のお導きなのだ。それも受け入れる》
「じゃあ嘆願者が居れば生き返らせるって言ってきて欲しい」
《あぁ、分かった》
『エリクサー足りる?』
「ダメならスポンサーに頼む」
混乱する現場の中、再び戻ったミカちゃんの宣言には少し文言が付け加えられていた。
一生監視し、誰にも害を成さぬように出来る場合に限り、蘇生させる。
ただし、それを破れば一族郎党死すだろうと。
大使館や教会へは、さほど連絡は来なかった。
誰も責任を取れないと諦めたからだ、ただ、その対価を払ってでも生き返らせたいと願う者も居た。
あの可愛らしいお孫さんが、婚約破棄してまでも一生見守ると願い出たのだ。
そうやって数人が願い出たきり、1回目の期日である午後9時を迎えた。
『私が思ったよりも救えたね』
「とんでもない策略を巡らせて、凄い殺して、馬鹿か君は」
『今回は安全な回り道が無かったんだもの、だからもう死傷者数で考えるしか無かった』
『俺からも言わせて貰うが、最悪は戦争だ。コレ以外の方法では数倍の死傷者数、損害が出た。それを、回避したんだ』
「国連は」
《承知している》
「とんでもない、とんでもない結果になった」
《すまない》
「いや、ミカちゃんは違うでしょ。そうじゃなくて、自分の道筋の結果がコレでしょう、どう受け止めたら良いのか」
『どの御使いであっても、この道筋になった可能性はあるんだよ。大きな流れ、運命だから』
「205人も死んでるのに」
『なら、もう1つ選択肢がある。多分、君が嫌がる方法』
思想、思考の書き換え。
例え刑期を終えたとしても、監視役も無しにテロリスト集団を野放しには出来ない。
まして現状は監視の法整備も、環境も整っていない。
なら生かす方法がただ1つ、思想や思考の書き換え。
国連の人間との合同作戦。
あのリリーちゃんの様に、人格を変える事だけが生存を許される。
「無茶を」
『うん、思考を書き換えたからと言って犯罪を犯さないとは限らないし、もし思考を変えた後でも犯罪を犯したなら、誰かを殺したなら。君はきっと、罪悪感程度じゃ済まなくなる』
「トール」
『逆に言えば、お前だけが生存を願っているんだ。その者に再び牙を向かれたら、お前はどう思う』
「キレる」
『だろう。チャンスを与えるに足りうる人間だけに、このチャンスは有るんだ。この世界の道筋に沿ったチャンス、それ以外を与える事はお前の道筋に繋がるんだラウラ、お前の責任にも繋がる事になる。だから俺は反対だ』
「ミカちゃんは」
《救った側の責任は発生する、良い事も悪い事も。全てはどこまで責任を負えるかだ》
「スクナさんは」
《君には一切の責も、負担も負っては欲しくない。だから反対する、生きていれば良い事も悪い事もある、そしてどう転んでも悪い事ばかりになる事も。そうしたら人は道を簡単に逸れる、そうしてまた転がる様に落ちる、例え周りがどう支えても落ちるのが人だから、反対だ》
「レーヴィ」
『優しさだけで人を救えるのは神様だけなんだと思います、でもアナタは僕が知る限りただの人間です。だからこそ、反対です』
「マーリン」
『罪悪感から逃れたいだけなら反対』
「酷い事を言う」
『けど、チャンスを与えたいなら賛成、どんなチャンスかは別だけど』
「もっと酷い事を言う」
『事実だもの』
「昨日バラしたのは」
『ブラフって事にしといて』
「クソが」
自分の動き1つで、205人が死んでしまったのだと思ってしまう。
罪悪感から、生き返らせたいと。
ただ、生き返らせたその先。
また野に放って他の宗教や思想に染まって、染まらなくても人を殺したら、人を害したら、それは生き返らせた者の責任。
この数の比じゃない位に、最初の世界でテロや戦争で人が死んでるのに、自分の罪悪感程度で生き返らせるのは。
無理だ。
『決まった?』
「無理、不可能、最初の世界でテロで凄い死んだのを見た。今日みたいに画面越しでニュースを見た。何年経っても遺体が見付からなかったり、それで更に戦争が起こったり。それを思うと、自分の罪悪感程度で生き返らせて、今日以上の被害が出たら耐えられない。だから、思考を変えても生き返らすのは不可能、見守れ無いし、そこまで負えない」
『うん、よし、じゃあ解散。後でね』
「うん」
着物をしまい家に戻ると、心配そうな顔のマティアスが待っていた。
レーヴィが普通に話し始めた事で、いつも通りの状態まで持ってこれた。
普通に食事をし、普通にお風呂に入る。
そして寝室へ上がると、平然とした顔のマーリンがベッドで待っていた。
『大丈夫?』
「大丈夫なものか、君はどうなんだ」
『もう既に、大昔に戦争で沢山殺されるの見てるし』
「敵はともかく、味方も居たろう」
『そうだけど、大事な私の王様を殺されたくなかったから、頑張れた』
「それでも、辛いでしょう」
『それは王様の方だったと思う、繊細な方だったし』
「自分より辛い人間が居るから平気とは限らんよ、辛さは比べられないんだから」
『昔は辛かったと思う、だけどほら、鈍ってるから』
「良いのか悪いのか分らん」
『誰だって、自分より泣いてる人が居たら涙が引っ込んじゃうでしょ』
「長男気質」
『お兄ちゃんだったからね』
「だな」
『少しは怒られると思ってたんだけど』
「どう怒れば良いか分らん。手を下したのはミカちゃんだし、亡くなった人は自業自得。そう仕向けたのは君でも、救済措置は有った、その結果がこうだ。其々に責任がある」
『君も、そう思えば良いのに』
「君みたいに器用じゃ無い」
『じゃあ、せめて泣くとか』
「人前で泣くのは被害者ぶりたい奴のする事だ」
『兄弟?』
「父親の名言」
『君も中々の親御さんをお持ちで』
「本当にな」
『ねぇ、無理でも良いから元気出して、ほら、怒るでも何でも良いから』
「気力が無い、葬式に出たい気分」
『行く?』
「こんな夜中に葬式してるか?」
『うん』
それはイギリス領のとある島、今回の件で亡くなった人の葬式が早々になされていた。
この国の葬式の標準は良く知らないが、死者への愚痴がかなり多く囁かれていた。
そして早々に葬式がなされた理由も、漏れ聞こえて来た。
《何だかホッとしたわ、折角教会で落ち着いたと思ったらソワソワして、あの事件だもの》
《そうね、刑務所から出たと思ったら、まさかこんな事になるなんてね》
《でも、神様のお陰で安心出来たんだから、感謝しなくちゃ》
《そうね、天使様直々に裁いて下さったんだもの、寧ろ喜ばしい事だわ》
《そうよ、お礼の手紙を書きなさいな》
《あら良いわね、しっかり火葬した事も添えて》
《きっと安心なされるでしょうね》
《そうね、そうしましょう》
葬儀社から紙を受け取り、本当に字を走らせ始めた。
そして最後にはお礼と、どうぞ安心して心穏やかにお過ごしください、天使様、関係者の皆様。
と、締めくくられていたと。
ソラちゃんは嘘を言わないから、コレは本当なのだろう。
『私達ってさ、少し残念な親に生まれたからこそ分ると思うんだけれど、逆に残念な子供も一定数は居るって。私の親の親がね、1回だけ謝って来た事があるんだ。どう育て間違えたのか、あんな人間になってしまった、すまないって』
「ウチも、お祖母ちゃんが、ごめんねって」
『まともな親程、どんな子供であっても手に掛けるのは辛いだろうから、だからその負担を天使さんが担ってくれた面もあるんだよ、こんな風に』
「まさに神の視点」
『うん。折角、神様の居る場所まで来てくれたのに、ごめんね』
「マーリンも大変なのに、気を遣ってくれてありがとう」
『良い案でしょ、まともな親に育てられた人間には出来ない発想だと思うんだ』
「うん、まともじゃない発想」
『ふふ、明日になればもっと周れるよ』
「コレ以上はちょっと、本気で性格が歪みそうだから止めとく。ただこういう話しは、もう少し欲しい」
『うん』
「レーヴィとも少し話すから、先に寝てて」
散歩から帰り、サウナにレーヴィを無理矢理引き連れて入った。
先程の話しの続きだと思ったのか、少しだけ顔が険しくなる。
『大丈夫ですか?』
「君に失望されかねない方法で、少し持ち直した」
『凄い、どんな方法なんですか?』
「葬式へ行った、今回亡くなった人の葬式。愚痴が凄くて、少しだけ良かったんだと思ってしまった」
『マーリンですね』
「おう、まともじゃない親から生まれた、まともじゃない方法」
『僕の親戚の話は、少しだけしましたよね?』
「少し宜しくない感じの、アル中だっけか」
『えぇ、実は祖父に犯罪歴があって、会う度に母へも父へも暴力が酷くて、幼い頃は何度も死んでくれ、誰か殺してくれと願いました。そうして彼が亡くなった後、そう思った事への後悔も罪悪感も無くて、本当にホッとしたんです。そして今でも、早く死んでくれてありがとうとしか思って無いんです。捕まえた犯人の家族からも、同じ様にホッとしたって言葉を頂いた事もあります。そう思う家族が居る事を、覚えていて下さい』
「うん、そんな人も中には居た可能性があるって思うのは。大丈夫、それは出来る」
『そうしても、良い人間が死んだかもと心配しそうになった時は、手配書を眺めるのがお勧めですよ』
「君も中々だな」
『えぇ、自覚してるからこそ皮を被ってたんですけど、意味無かったんですよね』
「狡いよなぁ、思ってる事バレバレはズルい」
『それもホッとしてるんです、こんな考えの人間でも側に置いて優しくしてくれるなんて、凄い良い人だなって』
「確かに、器はデカい」
『だから、お願いしますね』
「大丈夫、マティアスには言わない」
『違いますよ、言う時は僕も一緒の時にお願いしたいんです。説明が辛いでしょうから』
「多分、言わないと思うけど」
『あの性格ですよ、何れ死傷者数が出て詳しく聞き出そうとしてくる筈ですから』
「あー、綺麗なままのマティアスで居て欲しいなぁ」
『忘れてるみたいですけど、手配犯の検挙に熱心なのはマティアスも同じですからね』
「レーヴィの理由は何となく分ったけど、マティアスは何でなのか知ってる?」
『被害者への共感だそうです、患者さんの中には当然、被害者の方も含まれますから』
「あぁ、それは辛い」
『一時期は結構過激な事も言ってたんですよ、死刑だったら被害者が少なくて済んだのにって。だから、相談しても大丈夫ですからね』
「それは少し考えとく、まだ整理できて無いから」
『はい。僕は暫く休暇を貰えたので何時でも話を聞けますから、何時でも言って下さい』
「うん、ありがとう」
そうしてサウナを出ると、レーヴィでは無くコチラへとマティアスが向かって来た。
まだ話したく無いのだが。
《聞いて良い?》
「だめ」
《早い、もうちょっと考えてよ》
「即答レベルでだめ、だめだめ」
《重要だから?危ないから?》
「大事な事だから」
《そっか、レーヴィは知ってる?》
「マーリンも皆知ってるけど、聞き出すなよ」
《なら良かった、ラウラが相談できる人が居るなら。我慢する》
「我慢なのね」
《心配するのを我慢するって結構大変なんだよ》
「知ってる、分る」
《じゃあ何か話せる事は?》
「日本に行くか少し迷ってる、納豆の為に」
《食いしん坊、向こうでは全部和食だったの?》
「おう。お茶漬けを知っているか」
《スープをお米に掛けるのは知ってる》
「そうそれ、美味しい飲み物。即席の貰った」
《えー、何でさっき言ってくれないの》
「疲れて忘れてた」
《じゃあ、朝に食べようよ》
「でもなぁ、君の口に合うかどうか」
《納豆も食べれるんだから、そんなの絶対に美味しく感じるに決まってる》
「なんか凄い自信、調節しないとしょっぱいからね、はい、渡しとく、サーモンぞ」
《良いの?》
「まだある、ほれ」
《やった、ありがとう》
今回の事とは全く無縁なマティアスと普通に話せた事で、少しだけ落ち着き、眠気が来てくれた。
そして眠るマーリンを見ても、何とか揺らがずに眠る事が出来た。
《マティアス》『マーリン』《ミカちゃん》『トール』《スクナさん》『レーヴィ』