4月6日
今日は晴れ。
目を覚まし、時計のあるサイドテーブルへ目をやると、1通の封筒が置いてあった。
ソラちゃんの解説も無いままに、自分の名前を確認し封を開ける。
中には日程の書かれた紙等が入っていた。
【合格、おめでとうございます】
ありがとう。
マジか、やった。
急いで下へ降りて、トイレに行ってから改めてソラちゃんに読んで貰った。
先ず試験会場へ移動して来いとの事、そこで移動先を申請し実際に移動する。
試験会場はオウル、日時を確認すると明日の9時受付。
『おはよ』
「おっ、おはよう、少しビックリしたわ。サウナ?」
『うん、マティアスに影響するといけないから』
「そのマティアスは?」
『隣に居るって、空気の入れ換えに』
「まだレーヴィ返してくれないのか」
『トールがね、気に入ったみたい』
「ウチの子の安定剤なのに、早よ返してくれんかねぇ」
『爺やみたい』
「あ、今のウチに樽やらんと」
樽から蜂蜜酒を取り出してから、珈琲を淹れてカフェオレを作る。
一旦落ち着いて、朝食に盛り合わせを出してから、再度封筒の中身を確認。
待ちきれないのか、全文を読み切る前にマーリンが口を開いた。
『落ちた?』
「受かった」
『おめでとう』
「ありがとう」
『そう言えば、答え合わせはしたの?』
「してない。そっちはどうなの、絵本読んだ?」
『人間の女王が禁じたってのは知ってて、内容までは知らなかったんだけど。うん、禁書指定にもなるよね』
「ワシはせんよ、機能して無いから」
『戻れる可能性があっても、その体を治して妊娠しようとは思わないの?』
「せん。出産で命を落とす事もあるんだし、まして病弱だった人間としては試す気も起きん。死ぬか戻るかなら、ココで生きる」
『そっか。でもさ、例え男でもそう思う?』
「んー、そも相手が居ないと」
『じゃあ、ミアが喜んでお母さんになってくれるって言ったら?』
「育児に掛かるお金を貯めてから考える」
『もう貯まってる前提で、帰れるって確信があったら?』
「ハードルは確実に下がる、けど、悩む、困る」
『なら少し方向を変えようか、作る前提で考えてみてよ。それで先ずは何をするか』
「自分の場合で考えなくても良い?」
『どうぞ』
「普通は、思い出の品を残すと思う、どんな父親だったか伝える為に」
『そしてそれを残して、帰る?』
「うん、きっとそうなりそうだけど、何か、どっちにしても自分勝手よな」
『相手が喜んでても?』
「そこは、それで良いのかもだけど」
『1度、ちゃんと考えてみたら?いつ帰れるか、そもそも帰れるかも分らないんだし。それに、何処かで親しくなる人が出来る可能性は0じゃ無いでしょう』
「ないない、無理無理。でも、どうしても考えろと言うなら……子供作って帰った御使いがクソに思えるなぁ」
『君にしてみたら、悪い御使い?』
「どうだろ。何人救ったか、とか。男なら国とか救った英雄レベルだとすると、その流れも分らんでも無い。ただ、性別逆ではちょっとね」
『そう、それ。最悪の場合って何かって考えたんだけど、奪い合いになると思うんだよね。帰らせないにしても、手中には収めたいだろうし』
「あー、悲惨な話しが始まりそう」
『うん、そう言った話が無いか彼女に聞いて来たんだ、もっと厳重に取り締まられた絵本やお話は無いかって』
「それ、要所だけ先ずは聞かせて」
『じゃあ結末だけ言うけど、子供が作れない体になって、最後には殺された』
「ダメじゃん、可哀想過ぎる」
『だから君にはそう言った事にも気を付けて欲しいんだ、明日から更に新しい出会いもあるだろうし。例え今は機能してなくても、医学や魔法で治療され続けたら可能性は出てくるでしょう?かと言って誰とも関わらずに孤独になられても嫌だし。だからただ、気を付けて欲しいんだ』
「言いたい事は分かった、気を引き締めて明日は向かいます」
『過保護で心配性なマティアスには聞かせられないから、だから朝からこんな話しして、ごめんね』
「構わんよ、そこの心配し始めたら軟禁しかねないものな」
『ふふ、そうだね』
全くピンと来ない、朝食を食べながら想像してみても。
ピンと来ない。
シンプルに考えるならだ、個を抜いて女性としてのみ考えるなら心配も分るが、それを自分に当て嵌めても全くピンと来ない。
気持ちを切り替えてエリクサーを鍋に掛けながら混ぜつつ考えてみる、が、どうにもピンと来ない。
利用しに近付く人には警戒出来る筈だし、そも周りが警戒してくれると思う。
生殖機能が回復するにしても、その前にその状況から自分で脱出するか、腹でも搔っ捌くか、最悪は誰かしらに手助けされると思う。
それでも、どうすれば自分がそうなるのか。
分らん。
年寄りの考える事はどうにも先走って。
「そうか、孫か、子供だと思って心配してるんだなお爺ちゃんは」
『そうなっちゃう?それもあるけど、普通に大人の女性として心配してるんだけど』
「あのね、モテる君には分からんかも知れんが、こちとら優しくされた時点で警戒する生態をお持ちなの。そもそも関わろうとして来た時点で何か裏があるんじゃ無いか警戒する、それは何故か、御覧の通り美人でも可愛くも無いからだ。経験則から言うんだ、異論は認めん」
『だからマティアスやレーヴィに最初警戒してたんだ、ふふ』
「居ない間に何を話して、あ、スクナさんを紹介出来ないだろうか、マティアスに」
『巻き込んで良いの?』
「医学の知識で内情を確認したりしたい、医者としてどうかを見て貰いたい。勿論、巻き込まれて良いかの確認はする」
『絶対喜んで巻き込まれちゃうと思うんだけど』
「それな、でも他に居る?」
『ルミ先生は?』
「子持ちには手を出さん主義」
『でもルミ先生なら巻き込む量は少なくなるよ、君とは直接関係無いんだから』
「お、尋問の結果出たんか」
『弟子と私で治してしまったらしい、競い合う様に治していたら、たまたま全員治ってしまったらしい。偶然、運良く起きた事故なので、もう再現出来無いのが残念だ。って』
「納得されたんか」
『うん』
「えー、でもじゃあ」
『今度は、スクナヒコナ神と一緒に回れるから大丈夫』
「え、目立つ」
『そこはスクナヒコナ神の日本の弟子として君には付いて来て貰う段取り、名前も日本名で、国籍も作ってね。前に使ってたベールあるでしょ?アレの口元用をミア達に作って貰おうかって話しになってる』
「早い。しかもそのベール持ってるし」
『なら早く回れるね』
「何がどうなって、そうなった」
『簡単に説明すると、この流れだと一時的にでも治療師が減る可能性がある、かと言って医師も充分じゃ無い。だからって医師を急に増やすワケにはいかないでしょ?で、根本を見直しつつ患者を減らす事になったんだ。例の国も新しい代表を立てて協力してくれる事になった、そもそもの医師抑制の責任もあるし。で、国連もそれに賛同したから、実行有るのみって状況』
「スクナさん、凄いな」
『ね、最悪のシミュレーションに最初は皆慌ててたけど、最古参から国への制裁と同時に国民を救済出来る案が出たんだもの、文句言う奴も居ないままに神様の介入が決定した。すんなり行ったよ、邪魔者が居ないだけでこんなスムースなんだって感じ』
「凄いデカい事になってってるよな?」
『一種の改革だし、仕方無いよ』
「それで、国籍はどうするの、同じ顔はややこしいでしょうに」
『そこはスクナヒコナ神の助言で、良く似た日本人の顔を使う。日本で身分証を提示する場合はフィンランドの身分証を使えば大丈夫だからって、日本の身分証は基本的には使わない、出させない』
「それでも、万が一が有ったら、二重国籍で捕まらんのか」
『日本には特別措置法が有るんだって、ティターニアは知ってたらしい。イギリスと日本だけで作ったんだって』
「はー、随分と遠回りをしたな、馬鹿みたいじゃんよ」
『既に居る御使いや、その子孫を守る為に、その法の開示も告知も一切無いんだ。でも、ティターニアか日本の神に御使いが接触して、要求して初めて知らされる事らしい』
「じゃあ何でティターニアは」
『身分証の事も、日本に行きたいなんて話しも、少しでもした?』
「ぐぅ」
『何で言わないかも聞いた、邪魔も誘導もしない事が大前提なんだって。だから、要求されないと言えない』
「何で君は知らなかった」
『繋ぎ役だけと思ってたらしい、負担になるだろうって。別に良いのに、その位の負担なんて』
「ドM」
『痛いの嫌い』
「でもイギリスか日本だけって条件は、御使いに厳しく無いか」
『他国同士も似た同盟を組んでるかも知れないけど、正直分らないんだ、まして似た思惑なら察知出来ないのは当然だし。神同士の交流の幅も狭いから、ティターニアも日本の神もその土地からは基本的には出られない。私はドイツとか動けてたけど、それは稀みたい。それでも日本とイギリスが繋がれたのは、昔の御使いのお陰なんだって。だから各国との連携は出来て無い、例の国みたいなのに察知されても困るし。繋ぎ役の為だけに、大事な人材を見知らぬ土地に送るにはリスクが大き過ぎるから。だから御使い容認国同士でも、連携し難い。ましてこの地はロキに繋がりが有るからね。最初は、君を警戒してたらしいよ』
「でも、自国民可愛さに見殺しにしてたんかと思うと」
『そうでも無いよ、珍しいだけで異国の御使いを保護した例はあるんだって。身分照会で記録の無い者には、先ず大使を派遣して専任の人間と引き合わせて保護してるって。もし運悪く亡くなっても、現地で火葬して国へ持ち帰って、供養してるんだってさ』
「あー、警戒し過ぎたか」
『ラウラみたいな経験したら、警戒すると思うよ。それに、君が2回目なのは向こうにはまだ言ってない、それは君が選ぶ事だから』
「そう、何か、どうにも遠回りしたアホに思えて話しが入ってこない」
『褒めてたよ、自分達の力無しに良く頑張ったって。身分も職も得て、凄いって』
「バカにもそんな優しい言葉を掛けそうよね、優しいから」
『大国主神の方だよ?向こうで面識あるの?』
「無い、無いけど、はぁ、時間をくれ、整理するから」
『私の言葉じゃ足りなかった?』
「違くて、最初から誰かに助けを求めてたら、巻き込む数は少なくて済んだし、もう少し穏便に何とかなったかも知れんのよ」
『でもそうしたら、こうなって無かったんじゃない?』
「それが良い事なのか分からないから、悩む。今の結果が後にも良い結果なのかは分からんじゃない、今だけ良くても更に先では悪い方向へ進む切っ掛けなのかも知れんし。それに、日本へ行ってたらとっくに帰れてたかも知れんし」
『悪い方向って何?』
「人類絶滅、神様絶滅、魔法絶滅」
『切っ掛けが君でも、それには何十年、何百年かかるんじゃ無い?』
「まぁ」
『例えそうなっても、絶滅させようともして無いんだし、君1人の責任になる筈無いよ』
「向こうの歴史を見ると、1人の君主が凄い悪いってなってるのが多いのよ、大きな流れの先頭、その先に居る人が暴君だの狂気だの言われて。代表者だから仕方ないのかも知れないけど、担ぎ上げられて降りられなかった人も居るんじゃ無いかと思う、高い程、降りるのは命懸けでしょ」
『自分から登る人も居るしね』
「自覚の無い人もね」
『じゃあ、ロウヒにも話しを聞いてみようよ。合格のお知らせもしないとだし』
「おう」
ロウヒへ繋ぐと、オヤツを食べてる最中だった。
美味しそうにモグモグしている。
『ごめんね、邪魔したかな』
『構わんよ。それで、どうだった』
「不甲斐ないばっかりに」
『は、まぁまた半年後に』
「受かりました」
『ふふふ』
『もう、やらんぞ、今日のオヤツはやらん』
「すまん、マーリンに言わされた」
『言ってない、言ってない』
『ふふ、冗談を言うワリに余裕が無さそうに見えるぞ。どうした』
「警戒し過ぎて遠回りして、アホかと、バカかと」
『ロキが存在している可能性がある今、迂闊に誰かを信じなかったからこそ、今お前が生きておるのかも知れんぞ。そしてフィンランドが、イギリスと日本と同盟を組む予定になったのも、お前が警戒して動いてくれたお陰だ。だから胸を張れ、良い方向へ行っておる』
「同盟組むのか」
『ロキの脅威は北欧だけに留まるとも限らんからな、トリックスターの異名がある以上は、各国が警戒せねばならん。ロキの脅威を知る国は、何処であれ協力体制を築きたがっておるのさ』
「当て擦りが起きそうな」
『だからこそ深い同盟関係が必要なのだ、同盟を組むとは言え。国同士、今は懐の探り合いだろう』
「スクナさんの事は、どう説明を?」
『例の国が要請した、まぁ、要請させたのだが。中々に話しの出来る者だったぞ、スクナヒコナ神とも相性は悪く無さそうであったな』
「ホッとしたわ」
『おう、知恵熱を出しそうな顔だぞ、少し眠ると良い』
『お昼寝に良い天気だしね』
熱を出しても困るので空間を閉じ、エリクサーをしまってベッドへ入った。
天気が良いのに眠るのは勿体ないが、少しだけ目を瞑った。
暑くて起きると、マーリンが背中に張り付いていた。
ベッドから出るも、未だ目覚めぬマーリンを置いて下階へ降りる。
リビングを見ると、中庭でお肉を焼くマティアスの姿が窓越しに見えた。
「夕飯の準備ですか」
《うん、パーティー用に》
「受かった方?」
《受かったんだ!おめでとう》
お肉祭りの準備をしているとドアがノックされた、横窓から覗くとレーヴィの姿。
ドアを開けると花束が目に飛び込んで来た、白と青のアネモネの花束。
「すき」
『気に入って貰えて何よりです、トールと私からの合格祝いですよ』
「何の経由だ、凄いな、マティアスにはさっき言ったばかりなのに」
『ふふ、マーリンから聞きました』
「そっか、ありがとう」
それからマーリンがサウナで楽しんで居る間に、肉祭りが開催された。
デザートは蜂蜜酒がたっぷり染み込んだマドレーヌ。
そして後片付けをして、先にサウナへ入ってから、再びベッドへと入った。
『マーリン』『ロウヒ』《マティアス》『レーヴィ』