4月4日
朝、目を覚ますとマーリンの姿は無かった。
今日も曇り、軽くストレッチ。
計測は中域、また吸い上げられたらしい。
下へ降りる。
朝食はトマトとアサリのリゾット、シーリーと叔父さん夫婦がパンより食べ易いと気に入ったそうで、暫くはリゾットが続くらしい。
大歓迎です。
そしてルーカスと爺やは出掛けているんだとか。
『ですので、キッチンも食材も好きに使って下さいね、その為に買いに行ったのもありますから』
「洗い物位なら私も手伝えるから」
「ありがたいんですけど」
「階段の昇り降りだけじゃつまらないわ、リハビリのお手伝いだと思って、ね?それに、ラウラのご飯も食べてみたいから」
昨日の爺やの言葉とシーリーの押しに負け、キッチンを借りる事となった。
盛り合わせに使っていたお皿をシーリーに洗って貰う間に、鍋でパスタを茹でてつつ、スープストックと鶏肉でお米を炊きながら、切れ目を入れたソーセージを敷き詰めオーブンで焼く。
シーリーに皿洗いやサラダを作って貰いつつ、材料を炒めたり刻んだり。
そして休憩。
アイスコーヒーがメジャーで無い事を知る。
ホチキスとコーヒーフィルターを使い、水出し珈琲を伝授。
パスタや芋を茹でる事数回、オーブンもフル活用。
そしてラルフとシーリーが交代したので、揚げ物を手伝って貰う。
そうしてお昼前に、お子様ランチの具が出来上がった。
主食はナポリタンとキノコピラフ、シーフードグラタン、タラコパスタにオムライス、コテージパイにキノコリゾット。
ミートボールにソーセージ、タラとエビのフライ、ポテトサラダとフライドポテト、キッシュ風オムレツ。
シーリーや叔父さん夫婦は、2種のパスタにオムレツ、グラタンとコテージパイ、ミートボールを盛り合わせにし、小皿にタラとエビのフライを盛った。
ラルフは逆に全種類食べたいとの事なので全盛りお子様ランチにしていた、1番贅沢。
外食先での子供用である事が1番驚いたらしい、そしてパスタとお米の組合せが面白いとも。
味はシーリーやラルフに味見をして貰っていたので、美味しかったとの言葉を貰えた。
「美味しいんだけど、楽しかったが先に出ちゃうわ、色々食べられて楽しいから。デザートは何が付くの?」
「プリンかジャムサンドか、フルーツかアイスクリームかな」
「良いなぁ、日本に行きたかったぁ」
「シーリーでも行った事無いのか」
「出向いて貰う事はあっても、入る事は無かったわ。向こうにも尋問官が居るから」
「厳しいなぁ」
「亡命者が多かったらしいから、仕方無いのよ」
「はー、その中に御使いとか居そう」
「今思うとそうよね、亡命者の引き渡しも無かったから。ラウラと同じ世界の人も居るかも知れないわね」
「お、おう」
「居るのね」
「もう亡くなってる」
「そうなの、残念ね」
「別に大丈夫、帰る方法は無限大っぽいし、何か聞けても役に立つか分らんもの」
「寂しくなるわ」
「まだ帰る方法も分って無いのに」
リビングのソファーで寄り掛かられながら話す、手伝い疲れか、うつらうつら。
寝言なのか寝ぼけながらも、話を続ける。
「いつまでも、本当に居てくれて良いのよ」
「ありがとう」
「本当よ」
「うん、上で続きを話そう」
シーリーを連れて2階へ上がり、ベッドへ横にならせた。
直ぐにも寝息が聞こえ始めたので、部屋を出て自分もお昼寝。
ベッドへ入り、目を閉じた。
体がすっかり時間を覚えたのか、オヤツの時間に起きた。
今日はベリーのチーズケーキ、爺やが置いている紅茶を頂く。
部屋へ戻りロウヒとティターニアへ繋ぐと、エリクサーが満タンに出来ていた。
有り難い。
暫く談笑していると、マーリンと爺やが現れた。
『国連に行って来たんだ、爺やと』
《はい、少し時間が掛かりましたが、面白かったですな》
『身体検査をね、無理矢理させた、最初は徽章の治療師様として』
《ふふ、御使い様と思うて期待してらっしゃったのに、中身はただの老いた治療師ですからな、あの落胆の表情は、いやはや面白いモノが見れました》
『ただね、食い付いて来た連中がラウラも出せってさ』
《勿論、女子でもありますからして、身体検査は免除な筈ですはい》
『でも、少し尋問に付き合って欲しい、サポートはするから』
「行くしか無いのか」
身支度をして、爺やと入れ違いで国連へと向かった。
ヤバいな、ドキドキする。
本部内部は区域毎に移動魔法禁止、ストレージ禁止、魔道具禁止と細かく区分けされている。
そうして、ストレージと移動魔法の禁止区域内にある会議室へと通された。
顔も見えぬ大勢の前に立たされる、弾劾裁判にでもかけられる心情。
緊張で尾てい骨がジンジンする。
『どうも、ラウラ・エリクセンを連れて来ましたよ。あ、コレは私が名付けた名前では無いので、それは承知しておいて下さいね。それと、能力を全て明かす事を禁じていますから、それも承知しておいて下さい』
《それは何故ですか》
『私は人間を信じてませんから。悪い人に、この子を悪用されてはティターニアも悲しみますし』
《ですが、今回の》
『関わっている証拠も無い、それなのに彼女に善意で来て貰ってる立場では?ご存知無いんですか?』
『何故そこまでして、何故、彼女の擁護者となっているのでしょう』
『体質が特殊で長く生きられぬかも知れなかった子が、ココまで大きくなったのですから、親であるならば可愛がりもしましょうよ。それでも意志を尊重し人間界に居させていましたが、この様な人間の意味不明な尋問会へ招かれてしまう有り様。懸念した通り、アヴァロンへ留めて置くべきでしたね』
《それは》
『彼女の能力を、マーリン様は承知しておられるのですか』
『してませんよ、過保護でも過干渉でも有りませんからね。離れて居る間にも成長しますし、人間の保護者は、全てを把握しているんですか?』
「あの、何が聞きたいんでしょうか」
《ハッキリ言いますが、御使い様では無いのかと、お伺いしたかったのです》
「イエスと答えたら問題が発生するのでは?詐欺師確定ですよね、御使いの証拠を出すとして、それが認められなかったら、結局は詐欺師になるんですよね?答えはノーしか無い、ノーです」
《御使い様で無いとしても、アナタはかなりの能力があると調査で出ています。治療師でありながら運送の試験を受けるとは、かなりの魔力容量で無ければ叶いませんよ》
「体質と訓練です、クソ不味いエリクサーを飲んでるんですよ、ティターニアも驚く不味さなんですよ?配りますから飲んでみて下さいよ」
『さぁどうぞ、皆さんで飲んでみて下さい、その不味いエリクサー』
限定解除して貰い、国連が用意したピッチャーへエリクサーを注ぐ。
そして検査を経て各人に配られ暫くすると、小さく呻き声や、罵声が広がった。
そりゃそうだ、酸っぱくて苦くて臭い。
2神のエリクサーを混ぜ合わせたんだもの。
「その不味いのを飲んで、魔力を使い果たしては飲んで、何度ぶっ倒れた事か。倒れなくとも怠くて大変なのは、知っている方も居るのでは」
『この前も私のせいで尽きかけたし、本当にごめんね』
「やめろ、誤解を招く言い方すな」
『あ、ごめん。すみませんね、そういう間柄じゃ無い事も承知して下さいね』
『マーリン様は、人間へ執着する事は無いと思っていたのですが』
『年ですかね』
《それとも、何かお考えがあるのでしょうか》
『もし、この子がこの世界を気に入ってくれたら、世界平和にでも力を使って貰おうかと思っていたのだけれど。残念だね、ただの人間の子にすらこんな扱いをする様では、まだ早過ぎたのかも知れない。この子の兄弟も引き上げるしか無さそうだ』
《我々を信じ、我々に預けて頂ければ》
『君の国に?私も立ち入れないあの領域にこの子を預けるなんて、無理だよ。毎日会いたくても会えない環境に預ける気は無い』
《でしたらせめて兄君を、もう成人したとお伺いしておりますが》
『折角この子と会える様になったのに、この先も会わせないつもり?まして彼の治療師としての能力は未知数、もし治療師としての能力が無いのなら、どう扱うつもりなのかな?雑用?』
《それ相応の教育を施し、彼の選んだ職業へとですね》
『もうその段階を終えた彼に教育?何の、どんな教育をするんだい?神々が教育した子に対してさ』
《人間界でもルールやマナーを》
「あの、運送屋を諦めれば放っておいてくれますか」
『あーぁ、君達って自分より若い者に諦めさせるなんて、酷な事をさせるんだね、最低だなぁ』
『何故、兄妹を分けて育てたのですか?』
『だって、人間は一緒に育てたら間違いが起こるかも知れないでしょう?そこの、君の国で1番売れてる本に書いて有るじゃない』
《それは誤解です、彼らは》
『兄弟で争う話しもあるよね、それにこの子の体質も関係してる。これ以上はこの尋問会と関係が有ると明確に提示してくれ無いと話せないよ。で、運送屋を諦めさせれば、放っておいてくれるのかな?』
《それは、体質等を詳しくお話して頂かなければ》
「それこそ、なんで執着するんですか?貴方や貴方の国に役に立つか分りませんよ?」
《我が国の治療師として働けば、それ相応の》
「今でも充分ですが、どう条件が違うんですかね、何をしてくれるんですか?」
《魔力容量によって》
「変わるんですか。なら最低限の保障内容や規則、全てを提示して頂ければ考えます。勿論この場で全て言って頂きますよ、追加も取り下げも認めませんから」
『お、気になるんだ』
「そりゃね、最高の扱いと最低の扱いを知らないと。場合によっては兄に進言しなくも無いしんだし」
『では、休憩と致しましょう。お2人には応接室を用意してありますので、どうぞお寛ぎ下さい』
聞き覚えのある声に促され退席する。
横を見るとマーリンは元気に廊下を歩いて、一体どうするつもりなのか。
応接室にはお菓子や飲み物が揃っている、美味しそうなお菓子から食べていく。
紅茶はマーリンが淹れてくれた。
「どうするつもりなのさ」
『流れに身を任せて、なる様になって貰うだけだよ』
「はー、じゃあ、どうしたら良い」
『さっきみたいに好きにしてくれて大丈夫、フォローはするから』
「アレでも頑張って制御してんだぞ」
『うん、上手くいってるし、そのままでお願い』
「不安だ」
『大丈夫だって。心配なら、ルーカスに話すつもりで頼むよ、面白そうだし』
「むり」
どの位の時間が経ったのか、テレビを付けるもニュースと料理番組や教育番組ばかり。
見る気が起きないのでハンカチを取り出し、縫い始める。
ただただボーっと縫っていると、ドアがノックされた。
『再開しますので、お越し下さい』
再び議場に上がると、手元へ用紙が運ばれた。
読めん。
《ご用意させて頂きました、では、読み上げさせて頂きます》
終身雇用、住居の提供、最低賃金が明記されている。
ただ国外への移動は許可制、運送業の掛け持ちも不可、結婚も審査の通った者とだけ可能とする。
賃金はマーリンに確認しても高額である事は確からしいが、物価も分らなくては何も言えない。
「物価は高いんですか?」
《この額でしたら、贅沢するには充分かと》
「そうですか、無理ですね。じゃあ放っておいてくれる方法の提示をお願いします」
《もし足りない様であれば、更に金額を》
「そも移動が許可制って、適当な理由をでっち上げられて許可されなかったら、何処へも行けないじゃ無いですか。尋問官の様な生活は嫌なんで、お断りします」
『尋問官にはそこまでの制限は無かった筈ですが』
「家の近くまで来ていても、病気の親とすら会えないって言ってる人に会いました。結婚の事もそうですよ、邪魔されたり仕向けられたり、聞いてませんか?」
『その様な事は』
「えー、じゃあそうなると国連も信用出来ませんよね、伝書紙の行き違いが多いみたいですし」
『らしいね、だから体質すら明かせないのも分ってくれないかなぁ』
今までで1番騒々しくなる会議室、収まる気配は無い。
一部の席では言い争いすら起こっている。
「あの、放っておいてくれる条件の話しはまだですか」
『申し訳ございません。今一度、応接室でお待ち下さい』
上機嫌なマーリンと応接室へ向かう、そこにはトールとレーヴィの姿があった。
美味しそうにお菓子を食べて、甘党共め。
「何をしてますか」
『出番を待って居るのだが、首尾はどうだ』
『良い感じ、もうそろそろだと思うよ』
「もう帰りたい」
『もう少しだそうですから、頑張りましょうね』
レーヴィの淹れてくれたカフェオレを飲んでいると、再びノックの音がした。
もう収まったのか、レーヴィがドアを開けると人間の女王が入って来た。
『そのままで、ご迷惑をお掛けしますね、ラウラ治療師』
「いえ」
『それにしても、日本側が声を上げないとは、マーリン様、アナタはどう思われますか?』
『様子見、警戒心でしょう』
『そうでしたか、では少し作戦を変えましょう。もう少しお時間を頂きます、何か足りない物があれば仰って下さい、では』
『じゃあ、暫く訪問客も増えると思うけど、このまま頑張って』
「何処行くの」
『君のお兄さんを連れて来るんだよ』
廊下へ出て行くマーリンを見送り、訳も分らないままに放置される事となった。
考えると不安でお腹が痛くなりそうなので、もう刺繍で無心になるしか無かった。
青いバラの花びらが刺繍出来た頃、ドアがノックされた。
入って来たのは見慣れた人種、その軍服は憤怒の様に完璧な着こなし。
「失礼します、言語は日本語でも構いませんでしょうか」
「どうぞ」
「ありがとうございます。同じ国の方かと思い、接触させて頂きました」
「そこの返事は考えさせて下さい、事情があるので」
「その事なのですが、この方達も」
「そこも曖昧にさせて頂きたい」
「左様ですか、では本題へ入らせて頂きます。本国へお越し頂くワケには参りませんか」
「誰からの要請かによります」
「神の、スクナヒコナ様のご要望であらせられます」
「あー、いらっしゃるんですか」
「はい。私も、アレに近いモノを飲んだ事が御座いまして。お話したら是非、お会いしたいと」
「申し訳無い、そちらの国の情報が無くて、行きたいんですが。どうも不安で」
「そうですよね、まして国連がこうですから。では、改めてマーリン様やその他の方々とも、大使館へご招待させて頂きますので、お話を聞いて頂ければと思うのですが。勿論、ご指定して頂ければその場所へ赴く用意もありますので、1度日本からの伝書紙を出させて頂きたいのですが」
「その伝書紙は」
「勿論、我が国製造の物です。最高峰の偽造防止加工を施してあります。もし宜しければ1度お手にとってみて下さい」
「どうも。でも何で国連のは防止加工されて無いの」
「少しはされてるらしいですが、予算の関係だそうで、今となっては分りませんね。何せこうですから」
「そちらの耳には、何か入ってませんでしたか」
「はい、身近にも行き違いや入れ違いは起きませんでしたし、まして偽造などとは、全く持って寝耳に水です」
「所で、御使いはそちらに居られるのでしょうか?」
「そこは、もう少しお話合いの先で明かさせて頂きたく存じます、争いの火種になりかねませんから」
「ですよね、分りました。出された伝書紙を受け取らせて頂きます、ただ、兄を放っておいてくれる条件です、マジで無能なので」
「はい、勿論です。良い妹さんをお持ちで、羨ましい限りです」
「そう思ってくれてると良いんですが」
「自分よりしっかりしてると仰られてましたよ、では、失礼致します」
向こうの会議室で今まさに話をしているらしい、それにしても真っ先に来たのが日本とは。
しかも中々の好青年を寄越して、策士め。
『敵意も悪意も無い様だったが、お前から見て、嘘は有りそうだったか?』
「無いと思う」
続いて訪ねて来たのは中つ国。
《失礼致します、1度ご挨拶したく》
「要点からお願いします」
《はい、1度我が国へ来訪願いたく、伺わせて頂きました》
「中つ国の者では無いのにですか?」
《それは、どう言う意味で御座いましょうか》
「そのままです、中つ国に籍があった事はありません、まして今の国籍はフィンランド、その事を御承知でお誘い下さっていますでしょうか」
《では、コチラへはおいで頂けないと》
「理由によります、なので理由を正直に話して下さい」
《はっ、我が国では治療師不足でして、もし同郷の有能な治療師が居れば、国も国民も》
『ラウラ、少し良いか?そちらも、口を挟んですまないが、四凶の1つを蘇らせたのは偉い人間だと聞いているぞ』
《はい、先代皇帝が蘇らせたそうで。ですが今の皇帝は違います、立て直す為に身を粉にし働かれるお方、どうか困窮した国を、どうかラウラ治療師のお力添えを頂きたく》
『治療師1人の力程度で復興するならば、何もせんでも何れ復興するのでは無いのか?それとも御使いと思うての勧誘だとするならば、迂闊な事は止めた方が良い。そもそもラウラは既にフィンランド軍に所属する身、それを勧誘するにはそれ相応の対価が必要となるぞ。まして困窮しているのなら、その対価を払えるのかも怪しい。だが、正式な依頼であるならば、俺の部下が承ろう、さ、レーヴィ行ってこい』
『はい、ではコチラへ』
本気で困惑している様子だった、似た風貌だし同郷だと思ってもおかしくは無いが。
つかなによ、四凶って。
「四凶って?」
『昔に聞いた中つ国の説明では、霊獣と言っていたが、要は悪い怪物だ。名は窮奇だったろうか、悪人の嘘を肯定し、善人の鼻を食べる化け物だそうだ。中つ国が壊滅しかけ、国連が動いた。困窮は本当だろう、なんせその騒動で人口が半分以下となり、天災も立て続けに起こっているそうだからな』
「四凶って言うんだから、残り三凶が何かしてるんじゃ」
『檮杌か渾沌か饕餮か、まだ居るのやも知れんな、何せ土地は大きく人は少ない。まして対面を気にする国だと聞いている、その支援目的かも知れんが。近寄るのは、少し待った方が良い』
「相性悪いから止めとく、ただ治すだけなら行くけど、その正式な依頼が来てから考える」
『あぁ、そうしてくれ』
「トイレ行くのも不味いだろうか」
『よし、案内してやろう』
トイレから戻ると暫くして、またドアがノックされた。
今度は誰か。
「お、兄ちゃん」
「うん、ココで待てって」
「あ、はい」
《トール様、少しお話しが》
『おう』
トールが国連の職員に呼び出され、見慣れぬシオンと2人きりとなってしまった。
それから直ぐに議会で五月蠅かった人物が訪ねて来た、良くまぁ来れるな。
ドアを直ぐに閉めると、コチラとシオンを見比べ、気持ち悪い愛想笑いで話し始めた。
《良く似てらっしゃいますね、先程は少しばかり騒々しくなってしまいましたが、是非お話をと思いまして》
「はぁ、何を話すんでしょうか」
「ラウラは既に断ったと聞いてますが」
《妹さんは御自分の価値を良く分かってらっしゃるお方、ですので再度上に掛け合いました所、条件がかなり変更されましたので、ご提案させて頂に参りました》
「じゃあ書面でお願いします」
《それが、国連の伝書紙の件もありましたので、我が国の伝書紙に書かれた物になりますが、宜しいでしょうか?》
「どれどれ」
「シオン」
国連の職員があっと言う間も無く、シオンの手から血が滴り落ちる。
紙には血が滲んでしまった。
《すみません、紙が鋭かった様で》
「らいろうれふ」
「治す?」
《貴重なお力を使わせるワケに参りません、幸いにも小さな傷ですし、直ぐに処置室へ参りましょう》
「ふぁい」
残された紙を見ると、金額は倍にはなっているが。
見比べるに、それ以外の文面は変わって無い、何がしたかったのか。
シオンとラウラが同時に存在するかを確認したかっただけなのか。
いくら待っても帰って来ない、尾てい骨をソワソワさせながら刺繍をして待って居ると、マーリンが帰って来た。
続いてシオンも、トールにレーヴィまで。
「何がどうなってますか」
『彼の体を見てくれる?見るだけで良いんだ』
瞼を閉じると黒い点が、特に指先や胃に多くある。
紙に毒でも仕込まれていたんだろうか。
「毒?治さなくて良いの?」
『まだね。レーヴィ、その紙の回収をお願い』
『はい』
『ごめんね、もう少しで終わるから、待ってて』
再びシオンと2人で部屋で待つ事になった。
ただひたすら、刺繍へ集中する。
シオンはお菓子や紅茶を口にしては、お昼寝を繰り返すばかり。
どれだけ経ったのか、再びドアがノックされると、先程の職員が余裕な表情で戻って来た。
《それで、お考え頂けましたでしょうか?》
「はい、無理ですね」
《もし、お兄様のご病気が治るとしてもでしょうか?》
「病気?」
《えぇ、実は私も治療師でして、悪い病気の前兆が分かるのです。もし我が国に来て下さるならば、今、お兄様を蝕もうとする癌を治せるかも知れませんよ》
「そんな兆候が有るんですか?」
《はい、胃に……今は信じて頂けなくとも、いずれ分かるかと。ですがその時には、お兄様がどうなている事か》
「そうなってから、ソチラへ行くのは難しいと」
《条件は厳しくなるかと、今の教皇様だからこその破格のお誘いなのです。代替わりし、次の教皇様がどうするかは、我々にも分かりません》
「行ったら、誰が治してくれるんですか?」
《天使様、教皇様が治して下さいます》
「会えますか」
《えぇ、勿論》
「じゃあ行きます」
《では、参りましょう》
シオンを何とか起こし、ハゲオヤジに付いて行く。
国連出入り口のすぐ先に彼の国専属の運送屋らしき何者か、神父や牧師に似た服の人間が空間を開いた。
何度目かの転移で、大きな教会の中へと入る。
そしてその奥へと進むと、大きな白い羽根を生やし杖を持つ天使と、白い僧服のおじいさんが中庭に佇んでいた。
「あの」
《ココから先は少し口を謹んで頂きます、お心も正直に、見抜かれてしまいますからね》
口答えする間も無く、発語に関する神経を麻痺させられた。
そして他の人間に囲まれると、シオンが苦しみ出した。
指先から肌が黒くなり、お腹を抱える様に蹲る。
それでも手出しさせてはくれず、促されるがままへ中庭へと進まされた。
『この2人がそうですか?』
《はい、お待たせして申し訳ございません。どうかこの可哀想な異教徒の兄を治して下さいませんでしょうか》
『この子も改宗するのでしょうか?』
《はい、いずれは。その為にも、どうぞ奇跡を》
『良いでしょう』
天使が話すと、黒い色は指先の絆創膏まで引っ込んだ。
だが、まだ絆創膏の下は黒いまま。
シオンは相当体力を持っていかれたのか、肩で息をして起き上がる事も出来ない。
「こぉ、れって、マッチポンプって、言うんですよ」
《ばっ》
鞭で打たれるって、めっっちゃ痛いのね。
しかも顔、治せるとなると考え無しなんだな。
『待ちなさい、それは、何の事でしょう』
「来る前は、こんなに酷く、無かった」
『まぁ、それは本当ですか?』
『まぁまぁ、まだ彼女は異教徒なのですから、余りその言葉を信じてはなりませんよ』
「アナタは、嘘が分らないのですか?」
《嘘はお前の言葉だ、もう話すな汚らわしい異教徒め》
『待ちなさい…その様な嘘が?』
「あい、勧誘を、断ったら、ご存じですか、国連の伝書紙の、偽造に、癌に」
《治して頂いた所か、お話して頂けているにも関わらず天使様に嘘を》
『やめなさい。もう、私もそろそろ交代の時期なのかも知れません、私に治せる嘘では無い様ですから』
『お止め下さい、天使様が居なくてはココは』
『大丈夫、彼も天使ですよ』
天使が杖を天に掲げると、入れ替わるように風貌も持ち物も違う天使が現れた。
右手に天秤を、左手に剣を持った天使。
殺気はトールかそれ以上。
剣を掲げ、真っ赤に光らせた、目が眩み手で遮る。
光りが収まり周りを見渡すと、国連の出入り口前でへたり込んでいた。
エリクサーをシオンに飲ませていると国連の職員と共にマーリンが出て来た。
そしてそのまま再び会議室へと、件の席は空のままに進められる。
『お疲れでしょうが、何があったか聞かせて頂いても?』
先ずはシオンが話し始めた、再度勧誘が有った事、伝書紙を手に取ると指が切れた事。
そうして医務室へ行くと具合まで悪くなり、応接室では横になっていた事。
また伝書紙を渡した人間が来て、その時に聞こえたのは自分が癌になった事、もう既に動くのもままならず、喋れなくなっていた事に気付いた。
どうしようと考えている内に、自分を治す為にラウラがその人間への同行を承諾してしまった、そしてその先でさらに体調が悪化し、腹部と手に激痛が走った。
手を見ると真っ黒になっていた、この絆創膏の下の様に。
そしてラウラを見ると口をパクパクさせていた、同じ様に声を出せなくされていた様に見えた。
そのまま天使と白装束の老人の前に行くと、ココまでは治してくれたが。
ラウラが無理をして声を出すと、例の国連職員に鞭打たれていた。
もう意識も途切れ途切れだったが、気が付くと天使の風貌が変わっていた、杖では無く、剣と天秤を持った赤装束の天使に変わっていた。
そこから先は眩しくて、目を瞑った。
明かりが引いたと思った所で、ココの出入り口前に居ると気付いた。
『一緒に居るとロクな事が無いね、シオン』
「そうですね」
「すまん」
『ではラウラ治療師、今の報告に相違はありませんか?』
「はい、天使も神様も信じてるのに、異教徒って言われてショックでした」
『可哀想に。皆さん双子の迷信は知っているよね?彼らは双子では無いけれど、一緒に居るとこう言う不思議な事が起るんですよ、お分かり頂けました?』
「で、放っておいてくれる条件はまだですか」
「ね、早く帰りたい」
『条件は特に有りません。在籍、居留する土地の法を守る限り、国連や他国の者が介入及び接触する事を禁じる採決を始め様と思います』
「あの、コチラからの接触は」
『勿論構いません、では皆さん、意義はありませんか?』
もう向こうでの騒ぎが耳に入ったのか、次々に賛成ボタンを押して離籍していく人々。
大きい騒ぎが勝ったのか、無事に放っておいてくれる事が決まった。
最後まで席に居た人影も、一礼し何処かへと消えて行った。
『終わったね』
『長くお待たせして申し訳ございませんでした、お見送りは出来ませんが、どうぞお帰り下さい』
「はい、さようなら」
シオンとマーリンと共に空間移動専用の部屋でアヴァロンへ向かった。
そして既にティターニアの用意していたベッドへ、シオンを寝かせる。
そうして漸く変身を解いたシオンは、爺やだった。
《いやはや、掛けに勝ちましたな、ラウラ治療師、マーリン様》
「死んじゃうかと思ったわ、ばかか」
《でも、きっとそれでも、治してくれましたでしょう?》
「そうじゃ無い、もう無茶するで無いよ、皆が悲しむ」
《もう暫くは、頼まれても無理ですよ、はい。寿命が沢山、緊張で縮んでしまいましたから》
「そうだな、爺やには特製プレートを上げるでな、食えるか?」
《はい、ありがとうございます》
シーリーと同じリゾット等の食べ易いプレートを渡し、地面へ寝転んだ。
「あー、もー、もう良いの?コレで本当に?」
『その前に、傷を治してくれない?痛々しくて』
「嫌だね、痛覚はもう切ってるし。さぁ、見るが良いさ自分の」
とうとう神様まで、何でよ、何で泣く。
『避けたり反撃したり、何でしなかったの』
「え、普通を装うなら、それはダメでしょうよ」
『まさか本当に手を上げるなんて、御使いと思ってるならしないと思ったのに、ごめんね』
「えー、あー、治します。でもさ、御使いと思って無さそうって事よな?」
『周りは、あの場に居た人間は、寧ろ余計に疑念が大きくなってると思う』
「は、なんで」
『天使の交代は滅多に起きないんだ、向こうが想定するより早い交代だからこそ、御使いだったと思ってるかも知れない。声が出せたのも疑われるかも、後は天使がどう動くかだけ』
「あー、でも帰してくれたんだし、もう関わらないのでは?」
『どうだろう、異端者、異教徒、ある意味異物だから、領域内から出しただけかも知れない』
「なんだよー、もー、聞く?聞いてこようか?」
『ダメだよ、想定される天使なら、とても強い守り手なんだから、無事に帰って来られるかどうか』
「じゃあ呼ぶ?マーリンとティターニアが一時的にでも許可してくれたら、呼べる可能性があるけど」
『…え?どうやって?』
「ミカちゃん、来てくれませんか、少しお話を」
《なんだ》
「どうも、一時許可は要ります?」
《あぁ》
唖然とするマーリンとティターニアが一時的な滞在許可を出す事で、ミカちゃんは半身から完全体へと変わった。
憤怒に似ているけれど、それは言うまい。
「どうも、あの」
《その憤怒とは大罪の事か?》
「あ、前の世界のです」
《御使いか、何の用だ》
「御使いとは認めて無いので、だからそちらでも、そう言う事にして貰えませんか?」
《あぁ、良いだろう。嘘でも、人を謀り理を得る秘密でも無い以上は、俺にはどうする事も出来ない。俺はただ人理に添い行動するだけ》
「なら良かった」
《ただ、人々への害悪になるならば、俺が裁く》
「異教徒だから?」
《アイツらも誤解していたが、隣人を愛せよとの教えがある。それに、全てを焼き払っては改宗の教えが消えてしまうも同然だ、まして私の主はそれを望まれては居ない》
「良い方だね」
《あぁ、私にとって最高の主。あの場所を立て直せた暁には、お前を正式に迎え様と思うが》
「その際に見学に行って無事に生きて帰れてから、考えさせて頂きます」
《あぁ、ではまた》
「どやぁ」
『この裏技知ってたら、もっと早く無難に解決出来たかも』
「は、知らないとは思わないじゃんよ」
『そうだけど、そっか、ごめん、私が聞けば良かったんだよね』
「もー、泣くなよ、もう終わったんだし」
『だって、ケガさせないつもりだったのに』
「大したケガでも無いし、もう治ってる」
《あのね、ラウラ、傷は治っても、体は痛かったって、覚えてるものなのよ?》
「痛覚切ってても?」
《それでも、傷が付いた事には変わらないでしょう?それが嫌なの、私も、マーリンも。逆なら、嫌でしょう?》
「後悔しまくりんぐだな、でも本人が気にするなと言うのだから、気にすんな。爺や、食べれた?」
《はい、美味しゅうございました》
「完食してくれたか、良かった。じゃあ爺やは連れて帰るよ?マーリンはどうするの」
《遠慮してはダメよマーリン、言う事は言わないと》
『ついてく』
「どうぞ」
マーリンが爺やを隠匿の魔法で隠し、シーリーの家の前に着くと、玄関が勢い良く開けられた。
「遅いぃ、大丈夫?何も無かった?」
「後で話す、夕飯は?」
「ふふ、残してあるわ」
時刻は22時を過ぎていた、爺やとマーリンを先に部屋へ向かわせ、食事と共に上へ上がった。
「んで、何なら話せる?マーリン」
『ぅーん、ラウラは天使に会った』
「えー!良いなぁ、どんなお姿だったの?」
《では私がご説明おば……》
爺やがミカちゃんの説明をしている間に、スモークサーモンのサンドイッチ、ポーチドエッグの入ったトマトスープを、爺やの分まで頂いた。
そして夜食にはこの前作ったパスハ、クランチとナッツを掛けて食べる。
爺やはコレをシーリーと半分こ。
「それで、前の天使様は?」
「杖持って、緑色と白の服の綺麗な人、羽根は白で」
『ストップ、名前は』
「愛称でもダメか」
『余り、来られても困るし』
「ふふ、お名前もご存じなんて、凄いのね」
「世界1有名な、そっか、読めないからか」
「今はもう読めますー」
《今度一緒に読んでみましょう、ワシも興味が湧いて来ましたし》
「おや、改宗の足音が」
『良いと思うよ、彼ならもう、大丈夫だと思うし』
《ふふふ、マーリン様が1番ですよ》
『止めてよ、僕にその気は無いんだから』
「あら、マジか」
《はて、何の事でしょうかな》
『無い無い、じゃあ、そろそろラウラを家に帰すね、問題も収まったし』
「もう?まだ居ても良いのよ」
『エリクサーを作らないといけないからね』
「あら、でもご飯は食べに来てくれるわよね?」
『もう少し落ち着いたら』
「だね」
「そう、じゃあそれまでに体力を付けておくから、もっと一緒にお料理しましょうね」
「うん、またね」
家に戻ると、相変わらずマティアスがテーブルで何かを書いている。
そしていつの間にか背後から、スズランの妖精が現れた。
「君、何処に居たの」
《ずっと居ましたよ、全部、最初から》
「良く見付からなかったね」
《ふふ》
《おかえりなさい》
「ただいま」
まだマティアスにも話せない事があるのと、今後の方針を伺う為に、マーリンと共にサウナへ入った。
『慣れないんだけど、こうやって入るのって』
「まぁまぁ、コレで良いべ」
『わぁ、ありがとう。でも、エリクサー足りてるの?』
「ティターニアとロウヒが手伝ってくれたから、お礼を言っとく様に」
『うん、ラウラもありがとうね』
「おう。それで、もう会えないのか、シーリーに」
『国連内部と向こうが落ち着くまで、数ヶ月は掛かると思う。逆恨みを警戒してるから、もう軍が護衛に着く頃かな』
「じゃあもう気付いてるかもか知れんのか」
『そうだね、でもだからって囮に使うワケじゃ無いからね』
「そうは思って無いよ、何を心配してるのか」
『人間不信になってるかなって』
「予想外の裏切りでも無いし、別に。何処にでもクソは居るんだなとしか」
『それ、私の事じゃ』
「無い無い、良い神様だと思うよ。倒れそうになる位に頑張ってくれたんだし」
『でもマティアスに合わす顔が無いよ、ケガさせちゃったし』
「つか言わなければ良く無いか?」
『後で、いつか何処かで聞いてしまったら、きっと私を信用してくれなくなると思う』
「あー、ドンマイ。ところで、汗かかないのか」
『あ、うん、余り感じないんだ』
「それは大丈夫なのか?」
『うん』
「じゃあ、少し出てくる。エリクサー足すから、ゆっくりしておくれね」
『うん、ありがとう』
テラスに出てマティアスに視線を送る、集中しているのか全く気付かない。
先に妖精達が気付いてくれて、何とかマティアスを呼んでくれた。
《どうしたの?》
「ケガしたけど治した、魔力も尽き掛けたけどもう大丈夫。だからマーリンを怒らないでおくれよ」
《え、えー、原因は?》
「んー、対話不足?」
《話し合えてれば、回避出来た?》
「出来たかも知れんが、難易度は君とお姉ちゃんレベルよ」
《難しいって事は分かった》
「うん、じゃ、それだけ」
サウナへ戻ると、マーリンの頬が少し赤くなっている。
魔素と一緒だと体感が変わるのか。
試しにエリクサーを石へ掛けると、マーリンから汗が出て来た。
『あっつい、こんな暑いのサウナって』
「人間の感覚、無いのか」
『人間だった時に体験した事が無いからかも、昔は水か沸かしたお湯で流してた。それにしても、何でこんな暑いの』
「夏は暑く感じないの?」
『無いよ、神様が夏バテなんて変でしょ』
「暑いの嫌い?」
『きらい』
「でも魔素マンマンぞ」
『こまる』
「普通は暑くなったら出ます」
『でる』
テラスへ出て湯気を立ち上らせながら、椅子へ座り込んだ。
そして試しにエリクサーを渡すと、少しだけ口にした。
「どや」
『どうしたらこんな味になるの』
「ワシじゃ無いぞ、神様のや」
『何でこんな味なの』
「ガブガブ飲むものじゃ無いって戒め半分らしい、通常では、大量に飲まない様にする為っぽい」
『優しい理由なんだね』
「おう、だから日本にも行ってみようと思う、知ってる神様が居るっぽいから」
『でも、落ち着くまでは待って欲しい。向こうにも迷惑が掛かるかも知れないから』
「それな、伝書紙は?向こうの貰った」
『後で一応見せて』
「おうよ。で、エリクサーサウナ、もう良いか?」
『はいる』
ティターニアのエリクサーを預け、マーリンを置いてサウナを出た。
もう夜中。
「マティアス、何か予定ある?」
《いつも通り、朝には仕事に行くけど》
「前の2人、また見させて欲しい、ただ今度はラウラで」
《うん、まだ退院して無いから大丈夫だよ》
「おう、じゃあちょっとマーリンに聞いてくる」
マーリンに様子を見に行って良いか聞くと、少しだけならと了承を貰えた。
そしてそのままシャワーを浴び、先に布団へ入る。
『ラルフ』「シーリー」『マーリン』《爺や》『英国の女王』『トール』『レーヴィ』
「日本大使館員」
《ミカちゃん》
《ティターニア》《スズランの妖精》《マティアス》