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4月2日




 真っ黒な巨人が、真っ直ぐコチラを見ながら向かって来る。

 無言で、地面を揺らしながら向かって来る。


 その数はどんどん増える。

 それと同時に、静かだった巨人達の罵りが聞こえてくる。


 空気を読め。

 正論だけじゃ可哀想。

 謝ったんだから、許してあげなさい。


 屁理屈。

 考え過ぎだ。

 心配し過ぎよ。

 疑う方がどうかしてる。

 家族なんだから。

 家族なんだから、そんな事を言う筈が無い。

 思い違いだ。

 記憶違いだ。

 考え過ぎ。

 思い違いよ。


『どうしたの、そんなに丸まって』


《様々な人々の、様々な家族愛を見せ付けられて、ボコボコに殴られた気になっておるんじゃよな》

『あー、ココがそうなんだ』


《まだ色々あるでの、中々興味深いぞ》

『私もそうだけど、君も中々に人に恵まれなかったんだね』


「暴力は無いから、まだマシ」


『背比べでも競争でも無いんだから、そんな事を比べてはイケナイよ』

《比べられた方なんじゃもの、卑屈にもなろうよ。まして比べられて上に位置する者には、分るまいて》


『確かに面と向かって比べられた事は無いけど』

《お前は良いよなー、俺なんて。まだマシじゃない、私より。甘えだよね。話をそんな言葉で封じられたら、手も足も出るまいて。争いを避けるには、ただ黙ってやり過ごす、嵐が通り過ぎるのを待つだけじゃ》


『複雑な文化なんだねぇ』

《自虐こそ美徳らしいぞ、自虐風自慢なんぞも有るらしい》


『マウンティングにダブルバインド、ゴリラか機械の話しかな?』

《機械のゴリラじゃよなぁー?》

「ちがう」


『じゃあ、どうしてこうなったの?』

《あー、どうしてこうなった~》


「マティアスの嬉し泣きに、水を差す様な事を言ってしまいました」


《コレじゃ》

『はいはい、昨日の夜ね。自分が大変な病気の子じゃ無かったから、医者も看護師も適当だったのかと』


「はい」


『マティアスに向けた感想じゃ無いんでしょ?何がイケナイの?』

《そうなんじゃよー、我も分らんから困っておる》

「タイミングよ。感動を取り上げた様なものぞ、出産に立ち合った後に、その子供の生命保険勧めるレベルやん」


『えー?って言うか、そもそも泣いてた理由って少し違うんじゃ無いかな?』

《シェフが感想を言われて、毎回泣く程嬉しいのか?と言われるとかじゃろか》


『んー、何か違うんだよなぁ』

《何がじゃよ》


『なんか』

《キェー、ムズムズするわい、その何かって止めい》


『何か引っ掛かるんだけど、その何かが分らないんだもの、仕方無いじゃない』

《どうにかせい》


『どうにかしたい?』

「いい」

《もー、このままココに居っても良いが、少し場所を移動しようぞ》


 シバッカルに抱っこされ、宮殿へと戻った。

 大きな白いベッドに寝かされると、子供の様に背中をトントンされる。


『フワフワが足りないのかな』

《我を通すのに希望は言わんでな、押しが弱すぎじゃ》


『皆味方なのに』

『そうだぞ、どうしたんだ?』

《ロウヒか、自己嫌悪じゃてな》


『この本がその時の』

『ほう、ほうほう』


『何かが引っ掛かるんだけど、何か分る?』

『ふふ、放っておいても大丈夫だ、微妙にズレが生じていたのが、歪が露わになっただけだ。問題無い』

《流石ロウヒじゃぁ、良かったのぅ》


『話し合いが大切だ、どちらが悪いワケでも無い』

「いや、絶対悪い事した」


『向こうもそうだぞ、きっと気にしている』

「は、何をさ」


『ほれマーリン、ココじゃ、ココを思い違いしているのだ』

『あー、成程ね』

《どれどれ、ふーむ、そう言う事か》


「なに、なんなんよ」


 開かれた本を手に取ると、ページが真っ白に光り輝いた。

 目を開けられない程の光量に、思わず目を背けた。






《魘されてましたけど、大丈夫ですか?》

「おう、ありがとう、おはよう」


《おはようございます》


 眩しさの理由は、頭上の窓。

 薄いカーテンから、煌々と太陽の光りが差し込んでいる。


 寝過ぎたか。


 下へ降りると、シーリーとラルフが窓辺でお勉強中。

 微笑ましい。


『おはようございます』

「あらあら、涎の跡、シャワーを浴びてらっしゃいね」

「うん、ありがとう」


 トイレを済ませ、シャワーを浴びて出ると。

 少し早い昼食が始まった。


 鶏肉のトマト煮込みと、フレンチトースト。

 両方食べたいとのシーリーの要望で、この組み合わせになったそうだ。

 まだ食べられる量が少ないシーリーにとって、同時に存在している事が重要らしい。

 交互に食べて喜んでいる、可愛い。


 次に現れたのはルーカス、爺やに囃し立てられながらも何とか階段を降りて来ている。


 たまに聞こえてくる呻き声が、どうにも笑いを誘う。

 爺やの励ましもまた相まって、ギャグにしか思えない。


《もう少しですぞ、ほい、ほい、ゆっくりでも確実に、そうです、そのいきです。あぁ、息はして下さい、止めてはダメですよ、ほれ、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー》

『うぅ、成長痛より、ツライ』


《これもまた成長痛、筋肉が成長しているのですぞ、はい、息をして、はい、ほい》

『ラルフー!薬ー、何か無い?』


『良いですけど、スースーしますよ』

『えぇー、じゃあいらない』

「スースー嫌いなのか」

「そうなのよ、ミントの歯磨き粉も、チョコミントもダメなんですって」


「徹底してるなぁ、少しは楽になるのに」

『なんか、ゾクゾクして嫌い』


「塗ってやろうか」

『ラウラでも、それはちょっと、考えたい』

《後もう少し、最後が肝心、用心して下されよ》


 何とか爺やのお囃子で階段を降り、今度は椅子へ座る苦行へと発展した。


 爺やが椅子を引くが、腰を降ろせないらしい。

 どんだけやったんだ。


「どれだけやったのよ」

『レーヴィ兵長が鍛えたい時のメニューを聞いていたので、そのままさせました』


「根性あるなぁ」

『姉さんの乱取り、無くなっちゃったから、せめてコレ位はって、思って』

《ゆっくりですぞ、尾てい骨が折れては笑えませんでな》


 何とか座り終えると、もう力尽きたらしく、テーブルに突っ伏してしまった。


「基地じゃ自分で取りに行くんだぞ」

『あ、座っちゃった』


《ココはワシが、座らせた責任です、お手伝い致しましょう》

『ありがとう、でも出来るだけやってみる』


 何とか立ち上がりキッチンへ、煮込みは持てなさそうなので、先ずはフレンチトーストやフォークをリレー方式で運んでいる。


 こう役割分担は出来るのに。

 1人になるとどうしたら良いか分らなくなるんだろうか、家族の輪に入れなかった昨日の自分の様に。


「ワシも手伝ってやろう、今日だけだぞ。大きな貸しです」

『うん、ありがとう』


 罪悪感モリモリで、ルーカスの煮込みと自分の煮込みを運ぶ。

 それを切っ掛けに、ついでだからとラルフが飲み物を置いた。


 ルーカスが何とか食事を始めた頃、ラルフとシーリーの食事が終わり、シーリーは窓辺へ。

 ラルフは役場へ向かった。


 そして暫くして、叔父さん達の昼食の番。

 余り食欲も無いので、そのまま叔父さん達を手伝い、シーリーの横へ座った。


「美味しく無かった?」

「美味しかった、疲れたのか食欲無くて」


「ふふ、悩みを言ってくれ無いのね」

「悩んでる様に見える?」


「心が見えなくても、聞こえなくても分るの。特に、何か言おうとするのを我慢する時とかね」

「くそぅ、精進します」


「私がお母さんだったら、言ってくれる?」

「寧ろ言わない、思いもしないよ」


「そうじゃなくて」

「言う、秒で言う、迷わず言っちゃう」


「ふふ、なら教えて」

「何を?」


「じゃあ、昨日の夜、誰かの名前を言おうとしてたでしょう?」

「はー、そこまで見抜くか、神様かよ」


「そんな大それた、もう、茶化さないで」

「上でなら話す」


「やった、じゃあ行きましょう」


 シーリーを先頭に階段を登る。

 いつ踏み外しても良い様に、コケても支えられる様に。


 そんな心配が杞憂で終わり、陽の当たるベッドへ無事に辿り着いた。


「向こうで支えてくれた従者の名前を言おうとした、でも、名前を呼んだらココに来ちゃいそうで、言えなかった」

「巻き込みたく無いのね、良い子なのね」


「だから遠ざけようとして怒られた事もある、竜の神獣に叱られた」

「まぁ、怖そう」


「マジな、良い大人は怒られたくないのです」

「まだ何か怒られる様な事をしちゃったの?」


「んー、ドン引きされそうな事をした、マティアスに」

「あら、あの子は元気?」


「嬉し泣きしてる所に水を差した。受け取り方によっては、大病を患わないとそんなに泣く程思い入れる事が出来ないのかと、そういう感じに受け取れる発言」

「それは良くないわ」

《もう、ややこしい説明したらダメですよ、僕が説明しますから》


 丁寧に話したつもりなのだが、妖精の説明に任せ話を聞く。


「もう、ラウラったら。マティアスがプロフェッショナルだからこそ、患者の前では泣かないで、アナタを同志として認めたから目の前で泣いたんじゃない。冷静なのは良いけれど、深く思う人の気持ちを蔑ろにするのは良くないわ」


「同志?」

「マティアスもラウラも、同じ治す人でしょう?目指す所は同じでしょう?」


「あー、見れても自分の担当医程度のスタンスだったかも」

《保護者で、担当医で》

「お友達ね」


「友達ってなに」

「一緒に食事をしても苦じゃ無い人」

《ふふふ、そこなんですね》


「うん、私食べるの好きだから」

「じゃあ、マティアスも友達なのか」


「仕事仲間で保護者で、まるで随行官ね」

「嫌な人も居た?」


「母は警戒させる為に言ってただけなのかって位に、皆が良い人達だったわ。仕事のせいでもう会えないけど、私は皆がお友達だったと思ってるの。だから、ルーカスにもハンナにも、殆ど悲しい話をしなかった。今は後悔してるわ、良い事も悪い事も同じ位に話せば良かったって」


「ハンナは分かってたじゃない、揉めた理由だって伝書紙がいけないんだし」

「それでも、ルーカスの個性を認めて深く考える材料を上げるべきだったと思うの、2人とも良い子だったから、同じ様に育ててしまった。だから、アナタを危険に晒した」


「会いに来た事がシーリーにバレなきゃ怒らなかった、詰めの甘さが許せんのよ」

「本当に、どうしたら上手になるのかしら」


「狡猾さ、狡賢さが無いね。抜け道、抜け穴を探すのを上手にならんと」

「ふふふ、だからマーリンを大好きなのね」


「あー、でもシバッカルの方が好きかな」

「ふふ、猫の耳が付いてるものね」


「スルッスルなのよ」

「まぁ、今度触らせて貰おうかしら」


「ラルフの耳、モフモフしたい」

「だめよ、私のなの。それにとってもくすぐったいんですって」


「くそぅ、ラブラブしやがって」

「ふふ、羨ましい?」


「全然」

「そうよね、知ってる、ふふふ」


 それこそ傍目からは、シーリーにマウントを取られてると見えるかも知れないが。

 お互いに悪気の無い意地悪を言って、ただじゃれてるだけ。


 分っている事を分って、じゃれ合う。

 余りにも心地好くて、心が読めない人と一緒に居れなくなりそう。


「この環境に慣れ過ぎて、心が読めない人と一緒に居れなくなりそう」

「ラウラなら大丈夫、魔道具も有るんだし、読む事も出来るんだから抜け出せるわ」


「会話が疎かにならない?」

「ラルフが言葉にしてくれるから、だから私も言葉で返すの」


「ねぇ、マティアスと話してみない?会いたがってたんだけど」

「あら、あらあら、おめかししないと」


「充分可愛いのに、マティアスまで落とすの?」

「それも良いわね、でも、落とせるかしら」


「そんなにおめかししたいか、じゃあ少し家の様子を見るから、お布団に入ってて」

「うん」




 家を覗くと、出勤してると思い込んでいたマティアスが目の前に居た。


 気まずい。


《ラウラ?》

「シーリーが会う為におめかしするってさ、時間ある?」


《うん、お休みにしたから》

「具合悪いのか?」


《ううん、少し勉強しようと思って》


「そっか。シーリー、どの位時間掛かりそう?」

「えー、久し振りだから、時間掛かっちゃうかも」


「時間読めないけど良いか?」

《うん》


「じゃあ、また後で」


「気まずかった?」

「泣き腫らしてるんだもの、気まずいさ」


「あら、治してあげたら良いのに」

「シーリーに会う前で良いでしょ」


「もう、じゃあ一緒に服を選んで」

「あいよ」




 何とまぁ、私服の少ない事。

 冬物5着って、折角可愛いのに。


「軍服とパジャマが殆どだったから」

「勿体無い、可愛いのに」


「可愛くなくても、着たいのを着れば良いの」

「はい、まぁ、そうですけども」


「じゃ、選んで」


 深緑のカシミアのワンピース、長さは膝下まで。

 フレアも控え目、良く似合う。


「早いー、もっと悩んでー」

「いや、もうコレ1択でしょう」


「好きだけど、地味じゃない?」

「髪の毛とお化粧で派手にすらなりそうだが」


「お化粧品、無いの。ハンナに上げちゃった」

「もしかして、服もか」


「うん」


「じゃあ、このワンピースはどうよ」

「もう、持ってるじゃないのラウラ、可愛いワンピース。何で着てくれ無いの?」


「胸が余る」

「胸だけ痩せるなんて、器用ねラウラ」


「だろう。こんなのもある、ルーカスとの食事会の」

「それはダメよ、ルーカスとマティアスの思い出に横入りしたく無いわ」


「えー、じゃあ、どれなら良いのさ」

「最初に選んでくれたのにする」


「うん、じゃあ今度勝手に買って来たら着てくれる?」

「若過ぎ無いのをお願いね、意外と年だから」


 下に降り、小母さんを呼んで髪をセットして貰い。

 貸した化粧道具では慣れた手つきでメイクを終えた。


 少し疲れていそう、なんせお昼寝がまだなのだから。


 準備万端、いざ空間を開く。


「目、治す?」

《あ、うん、お願い》


 マティアスの目を治し、空間を広げた。


 シーリーは恥ずかしそうだが、マティアスは少し悲しそうだ。


「マティアス、もう大丈夫なんだからそんな顔するなよ」

《ごめん。お久しぶりです、覚えてますか?》

「勿論よ、貴方みたいな子は早々居ないんだから。元気だった?家族とは仲良くしてる?」


「あらー、痛い質問だ」

「あら、何か問題でも?」

《気まずくて、数年会って無いんです》


「何故?」

「詰めるなぁ、席外すか?」

《大丈夫。あの、姉が、言う事と思ってる事が逆な事が多くて、気持ちは分かるんですけど、その気持ちがまた苦しくて。どう返事をしたら良いか分らなくて、フリーズしちゃうんです》


「意外と根深い」

「簡単よ「そんな事言っても、逆の事が顔に書いてありますよって」それで良いじゃない」


《凄い鉄仮面なんです》

「体でも、仕草の何処かに絶対出るわよ?」


《それを言ったら、関係が悪くなりそうで》


「ごめんなさい、もう少し具体的な事が聞きたいわ」


《早く結婚しろって言われるんですけど、内心は好きに生きて良いって。どっちを優先したら良いか、分らなくなるんです》


「さっきね、ラウラともそんな冗談を言ってたの。羨ましく思う子じゃ無いのに、羨ましい?って聞いたの、そしたらラウラ、全然羨ましく無いって、喜んで答えてくれたの。だからお姉さんは、ただ貴方の意思が聞きたいだけなんじゃ無いかしら?そうやってコミュニケーションしたいのよ」


《確かにハッキリしろってイライラさせてますけど、私は家も継がないし、関わるだけ苦労をさせるんじゃないかって、思ってしまって》


「どう関わるかお姉さんは選びたいんじゃ無い?自由に生きたいなら、それなりの対応をするだけで、正解は求めて無いと思うのだけれど」

「自由に生きる事を選ぶのが怖いのか、捨てられるんじゃ無いか?」

《それは無いんだ、無いんだけど、呆れさせてしまうのが怖い》


「呆れるかね」

「そうよね、そんな人なの?」

《違う筈だけど、私は姉の苦労を分らずに口を滑らせて、怒らせる人間だから》


「流石に今はもう、どっちもどっちだって分ってるんじゃない?幼いのが悪いし、プレッシャーで八つ当たりしたのも悪いと思うが」

「そうよ、ウチの子達だって、そんな喧嘩ばっかりの時があったんだから」


「あー、へー」

「本当に、あの時に戻ってルーカスにも分かる様に、もっと話しておけば良かったわ。今はすっかりハンナが正しいんだって、思考停止しちゃうんだもの」


「それがあんまり出来ないんだよなぁ、大きくなってからでも、何で何でって、マジでウザがられたもの」

「私なら教えちゃうわ。本当にルーカスは大人しい子で、手が掛からないと思ってたから」


《私、その期待を早々に裏切ってしまったから、だから少しは家族の意向に添いたいんだ》

「本当に裏切ったのかね、何か言われたの?」


《言われて無いし、思われても無いけど。でも、息子が医者になったらって話しを、もう家族でしないって決まりが出来てたのを聞いちゃって、申し訳ないなって思って》

「言われて無いんかい、その約束も君への気遣いだろうに。これだから幸せな家庭の人間は嫌いだわ」


「あらあら、珍しくお怒りね」

「だって、期待に添おうとするから迷うんだろ。家族は見放したんじゃ無くて、自由にさせただけなのにさ。勘違いされてると気付いたら、怒るべや」


《あ》

「あー、やっちまってたか、既に」


《家にも興味ないし、医者も出来ないんだから、私はほっといても大丈夫だって。安心させるつもりで言ったのだけど》

「言葉のチョイスが最悪やんけ」

「そうね、そんな事するって思われてたのかって、傷付いちゃうわね」


《でも》

「でももクソも無いぞ、迷惑掛けない様に頑張るけど、何か希望ある?だけでも良いじゃないか」


《今となってはそうだけど》

「いつ言ったの」


《容量が足らないって分って直ぐ、12才とか》

「子供にそんな事言わせたって、両親落ち込みそう」

「私なら泣いちゃう、医者だけが全てじゃ無いのよって言うと思うのだけれど」


《好きにしなさいとは言われたけど》

「君の親が善人なら、両親もショックでそれしか言えなかったのかも知れんよな」

「ハンナは諦めるなって怒って、一緒に他の手を探すかしらね」


《それ、姉さんが言ってた、何で直ぐに諦めるんだって、そんなモノかって》

「相性悪いなぁ、熱血だものな」

「そうね、諦めた本人が1番悲しいのにね」


《悲しくは無かったんだ、もう抜け殻で、それしか考えて無かったから。それでも外では普通に過ごしてたのが、姉さんには更に気に食わなかったみたい》

「良い様に取れば、愚痴を言って欲しかったのでは」


《勉強の邪魔したくなくて、普通にしてた》

「お互いに凄い空回りね、ウチも気を付けないと」


「全部話して、それでも呆れられたら、暫く関わらなければ良いんじゃ無い?」

「そうよ、レーヴィにまで貴方の事を聞く家族が、そうなると思えないのだけれどね」


「それとも、意向に添って家族の用意した相手と結婚でもするか?」

《むり》

「後はタイミングね、その反応次第で、また対応が考えられるじゃない?」


《うーん、家族に策を巡らすって、なんだか悪いかなって》

「ワシに散々しといて。それこそ家族だからこそ、順調に、円滑に回る様に考えるべきだべや」

「そうよ、子供が喧嘩しない様にどうしたら良いか考えるのが、親なんだから」


《レーヴィみたいに、自然体で接したいだけなのに》


「1度こじれたら、御使い様の力が無い限り無理よ、私達がそうだったんだから」

「だからってワシを出汁に使うなよ、普通になら会ってやるから」


「自然体で過ごすために、何処かで無理してでも直さないと、ずっとそのままよ」

「タイミングもあるけど、お互いに歩み寄る位は良いんじゃ無い?いきなり明日死なれたら、嫌でしょ?」


《でも》

「ラウラ、送ってあげる位は良いんでしょう?」

「世話になってるんだから、基地の治療師としても挨拶するさね」


「ね?もしダメなら、ウチの息子になったら良いじゃない、きっと皆喜ぶわ」

「それもアリだな、年は無視してハンナが1番上のお姉ちゃんだな」


「そうね、そうしましょう」


《どうしよう、ちょっと良いなって思っちゃった》

「でもね、家族と歩み寄ってダメだったらよ、無条件には受け入れてあげないんだから」

「そうだそうだ、ハンナが許さんぞ」


《何かごめんなさい、相談になっちゃって》

「良いのよ、大人になってくれて、大人の悩みが聞けて嬉しいわ」


《ラウラも、昨日はごめんね》

「あ、その話しよ!マティアス、何が嬉しくて泣いたの?」


《あー、えーっと》

「貴方が上手く言えないなら、私が言いましょうか?」


《あ、いや、待って。一緒に仕事が出来て、ラウラと患者、両方の役に立てたって思ったら嬉しくて。血液検査も正常で、その場に立ち会えたのも、全部が嬉しくて》


「大病が治ったから嬉しくて泣いたとばかり」


《それも嬉しいけど、私のヒントで治せたって、それでもう、ラウラの役に、やっと立てたって》

「既に色々役立ってるのに、どうしてそこで泣く」


「ふふ。同じ立場で、看護師と治療師として、同じ方向を見て達成したから嬉しいのよね?」

《烏滸がましいと思うんだけど、うん、そう思った》


「そうなのか、同志か、ごめんなマティアス」


「ふふふ、まだマティアスみたいに喜べて無いから、仕方無いわ」

「だって先ずは患者、次に悩んだ時間の多い人が1番喜ぶべきだと思う。それにだ、自分の腕に自信が無いんだもの、心配性だし、ロウヒのお墨付きでも1ヶ月は様子見してからじゃ無いと、ちゃんと喜べん」


「完璧主義」

「楽天家」

《心配性》


「しょうが無いじゃんか、肝が小さいんだもの。同じ熱量で喜べ無くて、ごめんな」


《その事なんだけど、私はラウラもロウヒも信じてるから、直ぐに喜んじゃったんだけど。ラウラは違う感性なのに、そこを考えてなくて、ごめんね》

「看護師さんもお医者さんも嫌いだなんて、私でも知らなかったわ」

「ココのは嫌いじゃ無いんだけどね」


《それも病弱だって知った時点で考慮すべきだったし、少し話せば分った筈なのに、気付けなくてごめん》

「そんなに酷い人に当たってしまったの?」


「入院仲間の点滴が逆流して茶化したら、見下げられて睨まれて舌打ちされた」

「凄い、まだ記憶にしっかり有るなんて」


「ヤベェよな、騒いだからなんだけど、マジで怖かったわ」

《ウチなら秒で辞めさせるのに》


「そんな事、出来るんか」


《死の天使って》

「知ってる」


《過剰に対応する人も、酷い態度を取る人も、訴えがあったら即尋問官が来てくれる様になったから》

「迂闊な訴えも無くてスムーズだったみたいね。あ、病院の治安はどう?大丈夫?」


《うん、お陰様で。尋問官に会う前に逃げ出す人が殆どだったから、凄く楽だったって聞いてる》

「便利」

「でしょう?」


 安心したのかシーリーが大きなあくびをした、もうすっかりお昼寝の時間は過ぎている。


「お昼寝しないとね」

「うん、じゃあ私は部屋に戻るから、マティアスとちゃんと話してあげてね」


「はいママン」

「良い子ね、おやすみ」


 シーリーを見送り、空間を小さくする。




 何だか疲れた。


《ありがとう、会わせてくれて》

「こうなるとは思わんかったがな、にしてもビックリし過ぎだ」


《記憶以上に老けてやせ細ってたから、ショックで》

「アレでも回復した方だぞ。親しいと、慣れてても辛いのか」


《辛いよね、親を診る自信は無いよ》

「姉ちゃんならどうする」


《私は医師じゃ無いし》

「姉ちゃんとマティアスしか居なかったら」


《…診ると思う、姉さんと一緒に、診ると思う》


「幸せな家の子は、1人じゃなんもできんのか」

《そうなのかも、でもハンナは大丈夫なんでしょう?》


「多分、君の姉ちゃんと同じだ、ルーカスの為に強がってる、引っ張ってる。姉ちゃんが強過ぎるのも考えものだな」

《それで助かっちゃってる部分もあるから、つい甘えちゃうのかも》


「よし、後でルーカスをつついといてやろう、ハンナの為に」

《つつく?》


「今、筋肉痛地獄に居る」

《つつく程度で良いんだね》


「レーヴィ式筋トレしたって言うから、それ以上はやり過ぎになる」

《ふふ、寝返りも大変そう》


「だろうなぁ、後で様子見してやろう」

《仲直りは?》


「して無いけど、身近に居て無視するのも苦痛だから、相応の態度は取ってる」

《家族の問題を抱えてたから、そんなに色々分るの?》


「分っとらんよ、神様達の様々な考察からクソ親への考えは教わったけど。もし良い両親だったら、こうなんだろうなって想像して正解を考えてる。だから君も歩み寄りたくないなら、家族と歩み寄らなくたって良いさね」

《でも、シーリーがお母さんなら?》


「爺やにケンカばっかりしそうって言われた。向こうでは大罪に諭して貰ったりもあった、親に先見の明があったから、見抜いた上での暴言じゃ無いか。とか、コッチから切り捨ててやれとか、誰も否定しないで聞いてくれた、それだけで良かった」

《まさか、そんなって言葉、被害者にしてみたら否定同然で…ごめん、リリーの時に言っちゃったね》


「大丈夫、アレはそう受け取らなかったから。リリーが変わり過ぎてビックリしただけでしょ」

《それでも、ごめんね》


「大丈夫、ココでも向こうでも自覚無しの追撃は無いし、それが無いだけで話すのに大分抵抗が無くなったから」


《それでも、余り話さないよね。家族の事も、どう思うかも》


「自分から出る感想がね、昨日みたいにどうにも水を差したりしちゃうから、言って良いかの判断に迷う。怒られるのも責められるのも嫌いだから」

《私もだよ。そんな事が好きな人って、そう居ないんじゃ無い?》


「居たら、それはもう立派な変態だと思う」

《ね。でも、水を差されたとは思って無いからね、本当に》


「じゃあ何だと思ったの」


《最初は、病弱だったって言ってたから、病院で嫌な事が有ったんだなって思って。考えが足りなかったって、申し訳無くなって。良く考えたら、向こうで看護師や医師に酷い奴が居たかも知れないって、更に申し訳無くなって。寝て起きたら、入院か退院時に問題があったのかなって、それで、ごめんね、止まらなくなった》


「映画や何かで見る、退院時のお祝いなんぞ無かったから捻くれただけかもよ。難病じゃ無いと泣いて喜ぶ程じゃないのかよ、大した事無いのかよって。映画とかお話って、良く盛大にお祝いしてるじゃん」

《どんな患者でもツライ筈なのにね。医師や看護師の、回復や退院時の喜びの違いって、子供は特に敏感に感じるし》


「そうなのかね」


《昔、投書が有ったんだ。クリスマスに入院した時、大変な病気の子は可哀想って言われて、盲腸の私はまた来年があるわよって言われた。私だって来年事故で死んでるかも知れないのに、何で掛ける言葉が違うの?大きな病気じゃ無いから?何で?どうして?って。そしてその子は本当に交通事故で亡くなって、病院へ出されなかった手紙を両親が見付けて、載せた》


「辛過ぎるんだが」

《さっきの死の天使の事件も有ったから、大問題になって大規模な尋問会が開かれたんだけど、免許返納、再度医療関係に付かない事を条件に尋問を逃れた人が多く居て、非難も出たんだけど。その変わりに、問題を起こす看護師がかなり一掃されたんだ》


「誰か死なないと変わらんのよな」

《うん、死なないのが1番なんだけどね。それで、その子みたいに誤解させたかもって思ったら、悲しくて》


「もー、分ったって、魔素中毒の後遺症か?」

《違うと思うんだけど、ごめんね、自覚が無い》


「そこがな、自覚してくれたらまだ良いんだけど」


《あの、思ったんだけど、シオンで、中和出来ない、かな》

「は、天才か」


 カツラもそのままに男へ変わり、魔石を自分の額へ宛がう。


 だが霧散は起きない。

 そこでエリクサーを4口。


 漸く溢れ始めた。

 マティアスの目を治し、暫くすると頬が蒸気して来た。


 直ぐにロウヒの裏庭へ切り替え、魔素を散らし、魔石をマティアスへ宛がう。


《何か、お気に入りの絵本を取り上げられた感じ》

「なんだ、不機嫌か、お腹減ってるんじゃないか?」


《そうかも、もうオヤツの時間だし》

「ならラルフが来るかも」


 部屋へと空間を開きドアを開けて様子を伺う、暫くしてドアの開閉音を聞いたラルフがオヤツを持って来てくれた。


 カラメルたっぷり焼きプリン。

 今度は、マティアスとラルフがお菓子作りの話に花を咲かせ、プリンを一緒に完食。




 ラルフと話せてかなり機嫌は治ったらしいが、まだ少し心配。


《良いなぁ、私も耳が欲しかった》

「くすぐったいらしいよ、触りたかったのにさ」


《じゃあ、生やしてよ、遺伝子弄って》

「アホや、人理に反するべさ」


《あー、ダメかー》

「どう?まだ不機嫌?」


《うん、誤解されたから不機嫌》

「戻ったか。助かった」


《本当に、大病が治ったからだけじゃ無いんだよ?》

「はいはい、そんなクソ野郎と疑ってすみませんでした」


《ほら、やっぱり》

「常識が違うんだもの仕方無い。それに、ワシの為に怒ってくれた先生は見た事あるけど、泣くのは看護師ですら見た事無いわ」


《お話とか映画で盛大に祝うのは、もう無くなったけど、まだ残ってるから気を付けてる》

「ご両親は手紙見付けた時、複雑だったろうな」


《それも映画になったからね、それを思い出したのもあって、泣いたのもある》

「見れないわ、感情が振り回されて泣きながらパンクするわ」


《リアルだったよ、病院関係者の監修もあったから。医療関係者は見るべきって、医師会も推す位だし》


「病院の人、お兄さん、末期だったのか」


《緩和ケアで都市部から戻って来てたんだ。向こうにはもっといっぱい居るんだけど》

「何かしたら目立つわな」


《私も手出し出来ないし、悔しいけど、難しいよね》

「また泣くなよ、何度、目を治させる気だ」


《贅沢だよね、何でも治せる人に泣き腫らした目を治して貰うなんて》

「その価値観も分らん、本当は何治したって良いだろうに」


《治せるって、ある意味で力なんだよ。脅迫にも犯罪教唆にも使えるから》


「誰か殺せば誰かを治すとかか、泣き止まないと耳を生やすぞ。姉ちゃん、都市部なんだっけか?」


《そうだけど、巻き込むなって言ってなかった?》

「撤回。君に任せる、君は自分の中の罪悪感を減らす方向で考えてみてくれ」


《ごめんね、こうやって考えてくれてるのに。私、御使いって事にがっついて、ラウラの事をちゃんと考え無かった》

「もう良いよ、十二分に良くしてくれてるんだし。ワシもエビが安かったら直ぐ飛びついちゃうもの」


 シオンの魔素の副作用なのか、マティアスも欠伸をし始めた。

 マティアスの昼寝も大体いつもこの時間。


《ごめん、眠れなくて》

「寝てないのかアホめ、寝かしつけてやろうか?」


《大丈夫》

「じゃあおやすみ、またね」




 空間を閉じ、今度はロウヒへと繋いだ。

 凄いニヤニヤしてる。


『ほれ、誤解じゃったろう』

「はい、すいませんでした」


『仲直り出来たならそれで良いさ、人間なのだから少しのズレもあろうよ』

「ルーカスとは、まだだけどな」


『その割りには、少しは歩み寄ってるそうでは無いか』


「まさかシーリーか」

『ふふふ』


「はー、じゃあ他の報告は要らないか」

『は、せめて、何の事か言わんか』


「魔素、後遺症」


『それでマティアスが泣き腫らしたと?』

「分らん、ただシオンの方で打ち消せた可能性はある、それ以降は泣くの我慢出来てたから」


『そうか、それで今はどうしておる』

「寝てる、副作用かと思ったら、寝てなかっただけだった」


『寝不足か副作用か、ハッキリせんな。寝不足で感情が不安定にもなり得るのだし』

「魔素が寝不足を引き起こすかどうかもね」


『お前もだ、昼寝しておらんのだろう』

「ぶっちゃけ眠い」


『ふふ、これで良い夢が見れるな』


 空間を閉じ、暖かく照らされたベッドへ横になる。

 妖精と共に目を瞑ると。






『起きて』


「なにマーリン」

『おはよう、ココは現実の方』


「おはよう」

『行くよ、準備して』


 寝ぼけたまま、マーリンにせっつかれモタモタと準備している間に、妖精がまた人型になりベッドへ横になった。

 それをボーっとみつめていると、連れ去られた。

 場所は都市部。


「なに、どこ」

『オウル』


「なにすんの」

『見学』


 大きな病院の前まで来ると、背の高い女性が立っていた。

 パンツスタイルにロングのダウン、マフラーに耳が隠せるタイプの革の帽子を被っている。


《お名前を》

『念入りだなぁ、マーリンです』


 ニコニコマーリンに対して、腕を組み仁王立ちのままコチラに目をやる。


 数秒見下げられると、またマーリンへ向き直った。


《コチラは》

『ただの付き添いです、今日は見学だけですから』


 盛大に舌打ちをし、職員専用出入り口へ入る。


 大病院な事もあり、ストレージも移動魔法も禁止された結界の中へ入った。


 長い廊下を歩き、エレベーターで上がる。

 そしてまた歩く。


 暫くして、基地の無菌室と同様の手順が始まった。

 除菌室を抜け3人横並びで手を良く洗い、塗装用で見る様なマスクを付ける。


 消毒からのガウン、手袋。


 《コレでも、中に入れられませんよ》

『大丈夫、見学だけですから』


 再び大きな舌打ちの後、無菌室が何個も連なる廊下を歩く。


 白血病は勿論の事、今日運ばれたばかりの熱傷患者、免疫不全の患者も居るらしい。


 今までは歩くのが早かった女性だったが、ココではゆっくりと患者の様子を確認しながら歩いている。


 熱傷患者には治療師が掛かりきりで、皮膚再生を行っているが、遅い。

 大病院に勤務する程の治療師で、この遅さ。


 《もっと早く出来ると聞いたが》

『ですね』


 《中もか》

『だよね?』


 目を閉じ患者を診る。


 挿管されている気管にも熱傷、真っ赤に爛れている。

 肺は何とか動いているが、呼吸は浅く早い。


 ただただ健康な肺と気管を思い浮かべ、代謝をさせる。


 途中で何回か痰の吸引が行われ、治療が終わった。


 マーリンを向くと、変わらずニコニコ。


 その様子を見た女医が、中の看護師へ指示をする。

 短期間に排痰処置をしているので、念の為に気管支内部を内視鏡で確認する様にと。


 無菌室内部の看護師は、疑う様子も無く黒い管を通す。


 内部は綺麗なピンク色、爛れの1つも残っていない。

 驚く看護師が他の医師を呼ぶ中で、次の患者へと向かった。


 最奥の小児ICUの無菌室。


 《資料が必要だと言われた、コレで良いか》


 免疫不全に関係する細胞や遺伝子の資料、しかも図解式。

 T細胞から出される、1、2、特に17の細胞変異が関係しているらしい。


 ただ、コレで、患者の内部を見て分かるのだろうか。


『まぁ、見学ですから、良く見てみましょう』


 サイズが違うのは勿論の事、場所がかなり特定されているからなのか、探し易かった。


 複数の細胞と連携するT細胞を見付けると、変異しているらしい細胞が黒く見えた。


 もう少し探ると、色違いを発見。


 染色体にまで近づき、後はゆっくりと引いていく。


 その中で色違いを直し、黒色を消し去ると、通常では見ない物質が見えて来た。


 正常な細胞をも壊す物質は黒く変化、そして流れてくる大本を辿ると血管、点滴だった。


 《点滴を、止めて下さい》


 看護師の制止を振り切り、女医が点滴を止め血液検査を指示。


 それから輸液のみの点滴へ切り替えると、黒い物質の流入は完全に止まった。


 異変を感じた看護師が、女医を呼び止めると何やら話し込み始めた。


『よし、今のウチに火傷の人を診よう』

 《うん》


 困惑し女医へ群がる看護師達をすり抜け、熱傷患者の病室の前へと戻る。


 必死に治している治療師には申し訳ないが、その患者の網膜や角膜、そして爪を生やし。


 他の治療師が治している最中の部位を避け、一気に全身の皮膚を元に戻す。


 異変を感じた看護師が、すぐさまナースコールを押す。

 隣接する医局やナースステーションから、次々に人が出て来た。


 更にその隙に次々と患者を治していく。


 全体の色を戻し、黒い色を消していく。

 それは無菌室の全てへ広がると、体の変化に気付いた患者達が次々にナースコールを押す。


 その騒ぎに気付いた小児ICUの看護師や医師達も騒ぎ始めたので、人波に揉まれて苛立つ女医をマーリンが連れ出した。


 《見学だけと言って居たよな》

『うん、私は見学してただけだよ』


 《はぁ》

『まぁまぁ』


 廊下の長椅子にだらしなく座りながら、マスクや帽子を外す女医。


 どう見てもマティアスのお姉ちゃんです、本当にありがとうございました。


 《激似》

 《あぁ、貴方もあの子を知っているのか》


 《お世話になっております》

 《そうか、なら良かった。あの子が世話をされてるんじゃ無いかと心配する所だったよ》


 とても美人な笑顔。


 そして彼女の無線が音を出した瞬間、表情が険しくなった。


【ルミ先生、ローリゼン・ルミ先生、至急第2応接室へお越し下さい】

 《了解。じゃあ私はこれで》

『付いてくよ、多分私の知り合いが居ると思うから』


 マーリンに最大級の疑念の目を向けつつも、腰を上げて歩き始めた。


 再び猛スピードで歩く、先程とは違い凄い速さ。

 コチラが少し小走りになる程。




 なんとか追い付く様に歩くだけで精一杯で、気が付けばもう第2応接室へと付いて居た。


 ルミ先生はゆっくり深呼吸をすると、ドアを開ける。


 《マーリン様、お美しい方とデートでしたか》


 1番に声を上げたのが例の老人、軍服を着て敬礼している。

 横のマーリンが手を下へ降ろすと着席した。


 反対側に勢揃いする白衣の人間達は、それを驚いた表情のままで固まっている。


『この美人さんに案内して貰ってたんだけど、何か騒ぎが起きたみたいだから、気になってコチラに付いて来ちゃいました』

 《ルミですが、何かお呼びでしょうか》


 《はっ、職場復帰の為に健康診断をして頂いておりまして、我が末の孫の面倒を診て頂いている医師とお会いしたく、お呼びさせて頂きました。お忙しい中、お呼び立てして誠に申し訳ない》

 《全力は尽くさせて頂いております。どうぞお気になさらず》


 《ありがとうございます。して、孫はどうでしょうか》

 《良くなっていますよ、ご安心ください》


 この会話に他の医師達は全く集中していない、イヤホンから聞こえる無線に耳を傾け、目を白黒させている。

 いや、白青だろうか。


『皆さんお忙しそうですし、少しだけ4人で話させて頂いても?』


 マーリンの言葉に反応し、1番若い医師が席を立つと、次々に席を立ち会釈をしながらゾロゾロと部屋を出て行った。


 そして立っていた各々が、無言で着席する。


 《あの》

『まぁまぁ、もう少しだから、待ってて』


 その通り、少ししてドアがノックされ人が入って来た。


 ふくよかで優しそうな男性を先頭に、すらっとした壮年の男性や先程無菌室に居た医師が数名入って来た。


 もう何が何やら分らないので、心を無にして俯いたまま会話を聞き流す。


 先ずは本物のマーリンなのか、から始まり。


 ヴァンハネンと呼ばれる軍人のお爺さんがそれを肯定したり、ルミ先生がどうやってマーリンと接触したのかと聞かれたり、尋問の様に次々と質問が投げかけられた。


 《尋問みたいですな》


 余りにもボーっとしていたので、思わず口が滑ってしまった。

 一気に静かになると、マーリンが笑い出す。


『そうだね、何度も同じ話をするのは時間の無駄だし、尋問官を呼んで貰おうかな』

 《はっ、では伝書紙を出しましょう》


 ヴァンハネンが紙を取り出すが筆記具を忘れたらしく、医師からペンを借りて手紙を書き始めた。


 医師達は止めるでもなく、ただそれを眺めている。


 《お腹が空きました》

『あ、ごめん。お夕飯、食べて無いものね』


 その言葉を切っ掛けに、数名が慌てて部屋を出て行った。


 残ったのはふくよかな男性とすらっとした男性、2人がクスクスと笑い出し、ヴァンハネンへ笑顔を向けた。


「久し振りの連絡がこうなるとは、本当に迷惑な人ですね」

『本当に、久し振りですね』

 《おう、世話になるな》


 《あの、私はほぼ何も知らされて無いのですが》

「まぁ、貴女はそのままで居て下さい」

『そうですね』

『うんうん、まぁ、リラックスしてて』


 全くもって解せぬといった表情を浮かべつつも、最初よりは柔らかい表情になっているルミ先生。


 この2人の男性を少しは信頼しているのだろう、途中で研修医らしき若い子が持って来た珈琲を受け取り飲んでいる。


 そうしているとなんの切っ掛けも無しに部屋の空気が変わった、結界が見えなくなっている。


 マーリンもそれに気付いたらしく、結界を張りストレージからサンデーローストのプレートとミルクティーを出してくれた。


 空腹を紛らわせる為にゆっくりと食べていると、数名の医師達が帰って来た。


 《丁度良い、この内容で大丈夫だろうか?》


 ヴァンハネンが伝書紙を見せて周り、ペンを返すと目の前の2人の男性にも見せ、飛ばした。


 その窓の先でマーリンが空間を開く。

 簡易速達便に早変わり。


「では、報告を聞きましょうか」

『そうですね』


 無菌室に居た全ての患者の簡易検査が正常値を示した事、熱傷患者も全快。

 抗がん剤や免疫の点滴は一時中止し、詳しい再検査が手配される事となった。


「そうですか、お疲れ様です。では検査の準備をお願いします」

『そうですね、お疲れでしょうが今暫くです、頑張りましょう』


 医師達が出て行くと、マーリンが何も言わずに空間移動して行った。


 残されて気まずい。


 《失礼ですが、お弟子さんとは聞きましたが、お名前は》


 《割り込んで申し訳ないが先生、目立つ為の行為では無い故、どうかその方の名は勘弁してやって下さい。ワシもまた、この方の名を知りません》


「知らないんですか、詐欺師かも知れないんですよ」

『まぁまぁ、名前を知ったからと言って、詐欺師で無いとも限りませんから』


 《あの、私は目の前で見て居ましたが、何にも手も触れずに見ていただけでした。通りすがりに熱傷患者も見ましたが、とても詐欺師とは思えません》

「内部の協力者が居れば別では?」

『ですが検査は誤魔化せても、熱傷患者の全快は無理でしょう』


 まぁ、こうなりますよね。

 にしても足り無いな、お腹減った。


 4人が雑談する中で、モソモソと食べ終わった頃。

 尋問官と共にマーリンが現れた。


 見慣れぬ男女と、そして国連の軍人が1人。


 どうするのだろうか。


「では先ず、治療師の方から」

 《どなたか分かって居られるのか?偉大なる大魔術師マーリン様のお弟子さんだ、何か有っては困りますのでな、復帰の練習に同席させて頂きますよ》


 柔らかい口調で威圧するヴァンハネン。


 負けじと軍人が反論しようとすると、ふくよかな男性が口を開いた。


『口を挟んで申し訳ないですが、犯罪が現任されてもいないのに、どうしてそこまで強固でらっしゃるんですか?』

「問題発生、至急尋問官を要請する。との伝書紙を元に我々が来たのです、立ち合い等とは」


『はて、どちらからのお手紙で?』


 何も知らないのか、ふくよかな男性へと伝書紙を見せ付ける。


 同時にヴァンハネンを見ると、激しく怒り始めた。


 《どうなっている!ワシはそんな物を書いた覚えは無いぞ!書き損じもある、良く見比べるが良い!!》


【知己の友人が勤める病院にて些末な問題あり、至急、柔軟な尋問官を寄越されたし。】


 すらっとした男性が読み上げると、後方で待機して居た医者達がざわめき始める。


 それもそうだ、インクの色も字も似せられてはいるが、爺さんかなりの癖字。

 真似るのが間に合わなかったのか、どう見ても違う。


 落胆の表情を浮かべるのが尋問官なのだろうか、驚く随行官に真っ青になる国連の軍人。


 紙を見比べるだけでオロオロしている。


『どう言う事ですかね、それこそ病院で問題を起こされては困るのですが』

『ごめんねぇ。それで、尋問はどうするの?』


「…暫くお待ち下さい、マーリン様、少し宜しいでしょうか」

『あいよー』


 国連の軍人が出ていくと、他の医師達を応接室へと招き入れ。

 そして自分達は更に奥の応接室へと、尋問官と共に通された。


 《申し訳ございません。前代未聞の事でして》

『本当に?私にも変な伝書紙届いた事あるわよ』


 前にも見た蝙蝠の亜人系、体格がしっかりとした女性。

 羽根は無く、大きなピンク色の尖った耳が可愛い。


「そうでしたか、送り違いならまだしも、伝書紙もアテにはなりませんね」

『ね、本当に。私も1、2回変な手紙が来た時に直ぐに問い合わせたんですよ、内部監査時のミスだったって謝罪の手紙と共に元の伝書紙が来ましたけど、迷惑ですよね本当』


『困りますねぇ、他の方にも同様な事が起きてるんでしょうか』

『他の尋問官とは関りが無いから分らないのよ。私のも何十年も前だし、もう改善されてると思ったんだけどね』

 《あの、余り内部の事は》


『あのね、ある意味国連の失態なんだから、その国連の代わりに弁明してるのよ。感謝して欲しい位だわ』

 《あの、その手紙は、お持ちでしょうか》


『ありますとも』


 彼女が返事をした所でノックも無しに扉が開くと、トールとマーリンが入って来た。


 タイミングが良すぎ。


『お待たせ、トールも付いて来ちゃったんだけど』

『わぁ!もしかして雷神トール様?』


『そうだが』

『嬉しい!お会いしたかったんです、光栄ですわ』


『お、おう』


 握手をし、そのまま抱擁されているトール。


 マーリンには全く目もくれずにトールへ行くとは、中々にイケオジ好き。


『嬉しいわぁ、神様に会えるなんて』

 《ヴァンハネンと申します。元退役軍人ではありますが、お国の為、国連へ復帰しようと健康診断に来ておりました次第です》


『大尉まで昇進されましたか、恐れ入る。こんな事態になってしまいましたが、まだ国へ尽くして頂けますでしょうか、ヴァンハネン』

 《勿論であります》


『それで、どうしたら良いと思う、トール』

『あぁ、伝書紙の回収と不備についての謝罪にと思ったのだが』

『そしたら私は食事1回でお願いしますね』


『貴殿もか』

『大分昔なんですけどね、謝罪文と共に元の手紙が送られて来たんで、今見せようとしてたんです。はい、コチラです』


『拝見させて頂く』


 1枚の伝書紙には、内部監査の判子に訂正印、そして検閲済みの印が押されていた。


 謝罪文には、内部監査用にランダムで抜き足られたが、事故が起こり、間違った用紙が送られてしまった、と。


『30年前って、物持ち良いなぁ』

『国連の謝罪文だもの、記念に取っておいたの。子供にでも見せようと思ったんだけど、そのまま処分する機会も無くて』


 《御病気でらっしゃいますか》

『そうなの、癌で、もう取っちゃったから。この手紙の後暫くして病気になって、すっかり忘れてたんだけどね』


 《失礼しました》

『良いのよ、もう気にして無いから』

『もし良かったら、良い子達を紹介しますよ』


『あら、マーリン様のお眼鏡に叶う子なんて、私に育てられるかしら』

『大丈夫ですよ、至って普通の子達ですから』


『ふふ、もう少し平和になったらお願いします、子供とはじっくり時間を掛けたいから』

『では、預からせて頂く。子供達の為にも、大切に扱わせよう』


『えぇ、宜しくお願いしますね』


「失礼します、宜しいでしょうか」

『尋問か、では夜も遅い、纏めてココで良いだろう、出来るか?』


『はい、仰せのままに』




 マーリンの指示で魔道具を外し、尋問が始まった。


「では、始めます」


『ついさっきらしいんですけど、患者さん達が治ったそうで、何か知ってらっしゃいますか?ルミ先生、ですかね、お願いしますね』


 《弟から、マーリン様が見学したいと仰っていると連絡があり、簡単な資料と共にご案内しただけです》

『弟さんは、お医者様で?』


 《いいえ、ソダンキュラ基地で看護師長をしております》

『なるほど、マーリン様は何故見学を?』

「あ、マーリン様へは」

『大丈夫ですよ。基地の子供達を見ていたら、他の子供がどうなってるかも気になり始めたので、知り合いを頼って来ちゃいました』


『素敵です。それではベールの治療師様、ズバリ聞きますけど、患者さん達を治しましたか?』


 マーリンを見てもトールを見ても、どう返事をしたら良いのか分らない。


 どうしたものか。


『正直に言うと良い、もう黒い妖精を連れた治療師の話しは各地へ伝わりつつあるのだから』


 《治ったかは分りません、医者では無いので》

「確かに、質問が不適切かも知れませんね。医師免許があっても、治ったかを確認するにはまだ時間不足ですから」

『そうだねぇ、真面目な方でらっしゃるようだ』


『そうですね、じゃあ、質問を変えます、熱傷患者を治しました?』

 《少しばかりですが、お手伝いはさせて頂きました》


『それはどうしてですか?』

 《躓いて転けた子供を、無視出来ないのと同じです》


『ふふ、つい振り向いて手を差し伸べてしまいますものね。では、他意は無いと』

 《欲しい物は既に手にしています、ただもし請われたなら、その時に出来る事をするだけ。地位も名誉も要りません》


『高潔でいらっしゃるのね。ねぇ、この質問、コレじゃまるで御使いかどうか疑ってるって事よね』

「質問内容を曝露するのは」


『だって、この質問の仕方じゃ、どうしたってこの人が詐欺師になり兼ねないじゃない、私は嫌よ』

『良いんですよ、遠慮せず質問して下さい』

『あぁ、問題無い』


『そうですか?じゃあ、他にも何か能力がありますか?』

 《はい、料理は出来ますよ、後は掃除に、家事全般の能力は中々かと》

「そう言う事では」

『では、マーリンの弟子の身体検査、身分証の提示をさせるか?何の罪で、何の権限で行うつもりだ』


『良いんですよ、じゃあ身体検査からやらせましょうかね』

「いいえ、結構です。質問を続けて下さい」

『何処で暮らしてらっしゃいますか?』


 《地球》

『ふふふ』

「流石マーリン様の弟子、一筋縄ではいかない様ですね」

『すいませんね、彼は欧州に北欧とウロウロしているので、定住先と言う概念が無いんですよ』


『素敵、でも定住しないのは何故なんです?』

 《したくても出来ないのです、性分なのでしょうか。自分でも良く分らないのです》


『流浪の民の血が流れてるのかも知れませんね。じゃあ、御使いと言う言葉はご存じですか?』

 《絵本で有名な題材かと》


『どの本がお好きで?』

 《やはりウッコ神のお話でしょうか、あの子供は誰の子か気にはなりませんかな?》


『分るー、ウッコ様なのか、囚われた先での子なのかいつも分かれるのよ』

 《ウッコ神の子だとしたら、何故帰ってしまったのか。親であれば残る選択肢もあったのではと思うのです》


『そこよねー、誰かに殺されたって論も』

「質問を続けて下さい」


『はいはい。治すつもりで来られたんですか?』

 《治せる方が居れば、治そうとは常に思っています》


『誰かの指示で?』

 《いいえ》


『貴方は御使いですか?』

 《いいえ》


『では、ルミ先生、この方について何か知ってらっしゃいますか?』

 《いいえ、マーリン様が来るとしか聞いてませんし、お名前も伺ってません》


『院長先生、今日の事は何か計画されての事ですか?』

『いいえ、ですがヴァンハネンが面白い話を持って来るとは聞いていましたし、マーリン様が急遽来られるとは知っていましたが、その話を知る者は副院長、ルミ先生以外には居りません』


『ありがとうございます、副院長先生は?』

「院長と同じです、計画なんてモノは知りません」


『ルミ先生も』

 《勿論知りません》


『ヴァンハネンさん、面白い話しとは?』

 《国連に復帰する事、マーリン様と知り合えた事です》


『私もトール様と会えた話ししたいもの、分かるわぁ』

「控えて下さい、仕事内容の漏洩は」


『話すとは言って無いでしょ。じゃあ最後の質問です、御使いとお知り合いの方はいらっしゃいますか?』


 彼女が一通り見渡すと、質問票を閉じた。


 そして国連の軍人によって部屋から追い出されると、検査結果を抱えた医師達が待っていた。


 院長と副院長はそのまま検査結果に目を通す、副院長も心なしか少し微笑んでいる様だった。


「まぁ、今の所は安定していますが、まだ観察が必要です。なにせ前例が殆どありませんからね」

『あるにはあるんだね』


「はい、50年程前です、治療師と名乗る者が現れ、殆どの患者を治し、何処かへ消えたそうです」

『子供の頃の事だからねぇ、資料も持って行かれたし。覚えてるのは患者が大騒ぎしている間に消えたって、良く父から悔しそうに話されたよ。俺が治したかったってね、誰が治しても良いのにねぇ』


『あ、私じゃ無いからね。基本的にはイギリスに居るから』

『そうですよね、だから国連が来たそうなんです、父が何かしたんじゃ無いかって疑われたり、長い間居座られたりで大変でした。患者や家族に聞き取りをしたり、街で風紀を乱したり』

 《ほう、だから軍人が嫌いだったのか》


『我が国の軍人は好きだよ。ただ国連の軍人がね、当時は横柄で偉そうで本当に嫌だった。素直に喜べ無い狭量なムカつく奴らだな、ってね。でも、母から治療師に御使い様の疑いがあったから、国連の軍人が家に居座ってると聞いて、恥ずかしがらずに挨拶すれば良かったとね、今でも思うよ』


 他の医師達は、一体どう思えば良いのか、どう考えれば良いのか分らない様子。


 当の院長は妙齢の世迷言と思われても良いらしく、ニコニコと珈琲を飲んでは窓の外へ思いを馳せている。


『それで、その事で医療は遅れたと思うかい?』

『とんでも無い、その当時の子達は医者や看護師になる者が多かったんですよ、またあの治療師様に会いたいと言ってね。勿論研究者も増えました、だからこの街が発展したとも言えるんですが。まぁ、人間本来の力だと言う者も居ますけれど、夢があるじゃ無いですか、御使い様によって救われて、発展したって方がね』


「お待たせしました、では我々は帰りますので。失礼致します」

『トール様、もし良ければ、伝書紙を送っても良いですか?』

『ならこの紙をやろう、もし何かあれば送ってくると良い』


 1枚だけ手渡すと、飛び上がらんばかりに受け取った。


 随行官も国連の軍人も躊躇うものの、止める気配は無い。


 そうして尋問官をトールが送る事になり、コチラは漸くマーリンと帰れる事となった。


 《はぁ、何アレ。直ぐに沙汰は知らせてくれないとは、腹が立ちますね》

 《すみません、お騒がせしました》

『いえいえ、長らく引き留める事になり、申し訳ない』

「これに懲りず、もし機会があればまた来て下さい。今度はしっかりアポを取って頂きますが」

『ごめんね、遅くまでご苦労様でした』


『いえいえ、ではルミ先生、お送りして』

 《はい》


 明るい廊下を進む。


 今回はゆっくり歩いてくれている、優しいと思うのは他人だからなのだろうか。


 職員用の出入り口を開ける直前、ルミ先生が向き直った。


『もうこれっきりだから安心して』

 《それも困ります、院長も副院長も再来を待ち望んでいるのですから》


『それでもだよ、マティアスには迷惑を掛けないと約束したし。君の要望が1番だから』

 《なら、副院長の言う様に今度は私を介さずしっかりアポを取って来て下さい、患者の為にもなりますから。その時改めて歓迎するかどうか、考えさせて頂きます》


『うん、じゃあね、ありがとう』

 《さようなら》


 生きた心地がしないままに、ウツヨキの部屋へと戻る。


 マーリンはそのまま何処かへ行ってしまったので、装備を外しトイレへ向かう。


 そしてトイレから出ると、ルーカスに会った。


『お夕飯も夜食も残してあるけど、食べる?』

「おう」


 夕飯はキャベツのグラタンとリンゴのヨーグルト和え、夜食はジャガイモが良く溶けたキノコシチュー。

 美味しい。


 ルーカス曰くラウラは長い事眠っていたらしい、そして爺やは何処かへ出掛けたままなので、凄く静かだったと。


『母さんも僕らが居なくなった時、静かで寂しかったって。今日、凄く良く分ったよ』

「へー」


『ラウラは寂しくなったりしないの?』

「すみませんね、そんな余裕も無くて」


『余裕があれば、寂しくなる?』

「そらね、多分。衣食住が揃って、3ヶ月1人きりなら、なるだろうな」

 《ふふふ、お1人で遊ぶのが上手ですものね、3ヶ月で足りますか?》


『そんなに1人が良い?』

「まぁ。ねぇ、寂しいと死ぬの?」


『いや、死なないと思うけど』

「ですよね、ご馳走様でした」


 洗い物をルーカスに手伝われながら終わらせ、軽くシャワーを浴びて部屋へと戻った。


 それから家へ空間を開く。

 ユスラウメ達が言うには、マティアスは今サウナだそうだ。


 樽から蜂蜜酒を取り出し、材料を入れ空間を閉じる。


 そして直ぐに、ベッドへ横になった。

『マーリン』《シバッカル》『ロウヒ』

《スズランの妖精》『ラルフ』「シーリー」《爺や》『ルーカス』

《マティアス》

《ルミ先生》

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