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4月1日

試験の日です、無事に受験出来るのか、そもそも受かるのでしょうか。

『おはよう』


「現実か」

『マティアスが入れてくれたんだ』

《ごめんラウラ、まさかいきなり寝室に入ると思わなくて》


「現実か。おはよう」


 よだれを大量に流していたので、カツラごと軽くシャワーを浴びてから珈琲を頂いた。

 朝食はマーリンが買って来てくれたパリジャンサンド、缶の豆のスープをマティアスが手を入れ美味しく仕上げてくれた。


『静かだね、ケンカでもしたの?それとも緊張?』

「緊張と困惑。体が元に戻り掛けてるのがイヤ」


『そんなにイヤかぁ』

「クソ程な」

《じゃあ、もっと美味しいモノにしたら良かったかな?》


「充分美味しい、ありがとう」


 片付けをマティアスに任せ、作った年表や本で予習復習。

 その合間にマーリンが髪をブラシでとかしてくれている、妖精達はマーリンの髪を弄り、弄んでいた。


『よし、じゃあ行こうか』

「うい」

《行ってらっしゃい》


 姿を隠したスズランの妖精と共に、マーリンの魔法により先ずはイギリスの出国審査。

 そこから試験会場へ移動となった。

 かなり早く着いたので人は疎ら、そして受付を終えるとマーリンは帰っていった。


 急に緊張してきた。

 気持ちを落ち着ける為の人間観察、状況把握をしよう。


 老若男女、様々な人間が居る。

 だが魔力容量が少ないらしい亜人は見掛けない、そして遠巻きにジロジロ見られてる。


 東洋人は居ないし、若いマーリンと来たのだから目立つよな。

 だから緊張してるんだ、予習復習に集中しよう。


 周りは視線を送るだけ。




 何の接触も無いままに校内へと促され、試験初回者へのレクリエーションが始まった。


 受験に関するモノは全て学校預かりとなる事、筆記具等は学校が用意した物を使う事。

 試験会場は魔道具やストレージ禁止の結界が掛けられ、体調チェックが始まった。

 受験番号とは関係無く、並び順で測定を開始。


 血圧と体温を測った後、予習部屋へと通され予習復習の開始。

 飲食やトイレ等の出入りは自由。


 そして時間になると、受験に関する本等を預け、教室へ案内された。


 入口で鉛筆2本と消しゴムを取り、着席は受験番号順、縦に着席させられる。

 どうか、周りが静かな人で有ります様に。




 静かな周りで助かった、見直しは出来た、歴史もそこそこ。

 終了のベルが鳴り、回答用紙が監督官によって回収される。


 問題用紙は持ち帰りが可能なので、それを手に教室を出ると、直ぐに廊下で採血が始まった。

 どうやらドーピング検査らしい。


 受験用紙に付随したシールが2本の採血管に張られ、腕を抑えながら本や手作り年表を返して貰っていると、廊下で騒ぎが起きた。


 腕の脱脂綿が真っ赤に。

 駆け付け事情を聞くと、病気と言う程では無いが血が止まり難い体質らしい。


「治しましょうか、タダで。こう言う者です」


 基地の治療師としての身分証を差し出すと、血を流す女の子と看護師が治療を了承してくれた。

 そしてもう1人、平然とした顔で圧迫止血をする可愛い金髪の女の子、慣れてる。


 どうやら慌てたのは看護師らしい、まだ新人なのだそうだ。


《ありがとうございました。今日が2日目で、こうゆう日って血が止まり難いんですよね》

『そうなんですね、良かったぁ、動脈に差しちゃったのかと思って焦っちゃいました』

「それは焦る」


 念の為にと医務室へ向かうそうなので、付き添いがてら話を聞く。

 金髪の子は可愛いのに人懐っこくて、もう看護師さんと仲良くなっていた。

 少しばかりエリクサーを分け、校外へ出ようと廊下へ出ると数人が歩いて来た。


『治療師で運送もされるんですか』

「予定です、何か治します?」

《フィンランド語、お上手ですね》


「どうも」

《あの、もし良かったら祖父を治して貰えませんか?》


「状態や病気によりますが」

《膝を悪くしてまして、この時期は特に痛むと。置換手術もまだ大分先で、せめて痛みだけでもと》


「痛みは危険信号だって事は分っていますか?痛みを分らなくさせた場合、何かしらでより悪化した時に酷い事にもなります。だから、痛みを消すだけは推奨しませんよ」

《分っています、無理をさせず検診も変わらず通わせます》

『無理なら仕方無いですよ、能力差は大きいそうですし』


「ですね、保護者が迎えに来てる可能性があるので、少し相談させて下さい」


 校舎の外へ出ると、マーリンが遠巻きに囲まれていた。

 ちょっと面白いので暫く立ち止まっていると、コチラに気付かれてしまった。


『お帰り。遅かったね、何か問題でも有った?』

「2件、血が止まらない子を診たのと、治療依頼。コチラの子の祖父だそうです、膝らしい」


《あ、と、あの、そうです、宜しくお願い致します》


 残念な事に大学関係者なので、少しでも便宜を測ったと疑われる可能性がある、よって治療不可。

 代わりに、ウツヨキの治療師を寄越す事で決着は付いた。


『恥ずかしがり屋でね、マントを被っているが基地の徽章は付けてるから、その人に相談したら良い』

《ありがとうございます》

「すまんね」


《いえ、そこまで考えてなくてごめんなさい、どうか気になさらないで下さい。では、失礼致します》


『ふぅ、目立ったねぇ』

「意図しておらん」


『ふふ、じゃあ行こうか』




 そしてウツヨキへ直行し、そのまま入れ替わり作戦が始まった。


 ラウラのままに村へ入り、役場で村人やシーリーの叔父さんに挨拶しつつ家へと入った。

 そこでラルフやシーリーと昼食を共にしているのは、全く同じ恰好の爺やだった。


 席を立ち、コチラに向き直ると両手で顔を隠し、少し動かす。


 そうして手を外すと、ラウラと同じ顔が現れた。


「爺や、ヤバいな」

「ありがとうございます、いやはやこうした事がお役に立てる日が来るとは、長生きしてみるものですな」


「ワシの声まで。面白いけど話し方変えてくれ」

「承知、こんな感じですかね」


「そうそう、気楽に適当に、生返事で頼むよ」

「はいはい、頑張る様にしてみます」


「あ、コレ、魔道具一式」

「おぉ、ありがとうございます」


『ふふ、お久し振りです』

「あ、お食事はどう?」

『残念だけど、そのまま爺やがラウラとして昼食を続けてて、コッチの治療師様は余計な1件を請け負ったから、食事はもう少し後』


「なら、スープは持って行って頂戴ね。その為に、ラルフに余分に作って貰ったんだから」

「ありがとう」


 鍋いっぱいのサーモンスープを受け取り、長い髪のカツラに変え、マーリンの指導で声を爺やの声に近づける。




 そしてトイレやなんやと過ごし家を出ると、試験官の子が早速運送屋に連れて来て貰ったらしい。

 見覚えのある顔、前にお世話になった運送屋さんだ。


『あの、治療師様を探してるのですが』

『はいはい、この人がそうですよ、それにしても早かったですね』


『私、運送屋をしてますが、試験会場でも働いてまして、急いで来させて頂きました』

《お金は有るので、雇わせて頂きました》

『成程、では治療師様もお送りして頂いても?』


《はい、勿論です》

『では、帰りは基地へ送り届けてあげて下さいね、私も待っていますから』

『はい』


 幾つかの村や街を経由し、大きな家の前に着いた。

 身のこなしに身なりが良いと思ったが、マジの凄い金持ちだ。


 中も華美では無いが暖炉は立派だし、高そうな家具が揃っている。

 メイドさんも居る、マジ金持ち。


 運送屋さんがリビングでお茶を頂いている間に、1階の奥の部屋へと案内された。


 壁一面が本棚、そして中には軍から送られる様な勲章まで飾られている。


《お爺様、お時間あります?治療師様をお連れしましたよ》


 正面の窓辺にある机から立ち上がり、振り向く老人。

 白髪に厳つい顔、背丈もあり、がっしりした体系。


 もどかしそうに杖を使い、コチラをじっくり見回すと、ベッドへと座り直した。


《ソダンキュラの治療師は礼儀を知らんのか》

《恥ずかしがり屋さんなんですって、そんな事より試験会場で魔法使い様にご紹介して頂いたんですから、少し見て貰って下さい。無理を言って来て頂いたんですからね》


《少しだ》


 明るい栗毛の可愛らしい孫には弱いのか、不満を飲み込みズボンを捲り上げた。

 脹脛の筋はかなり落ちて細くなっている、そして膝の軟骨は本当に、僅かにしか残っていない。


《歩けなくなるまで言わないんですもの、そのせいで置換の予約が遅れたんです》

《若いのに譲っただけだ、ワシはもう退役して役にも立てんしな》


 意外と良い人。

 腿を持ち上げ全開で膝に溜まった水を代謝させ、軟骨を復活、炎症を治した。


 そうして床へ足を戻すと、流石に老人にも分ったのか黙って立ち上がった。


《そんな無理したら》


 老人は一瞬驚いた表情を見せ、そのまま黙ってコチラを向いた。


《置換の予約は取り下げをお願い致します、代わりに治療費と同額を医療研究への投資へ回して下され。そしてこの事はどうぞ内密に、余生は静かに暮らしたいのです、はい》


《あい分った、だが礼はさせて欲しい》

《もう欲しい物は揃っておりますので、金も何も要りませぬ。ただ、マーリン師匠の気紛れに付き合い、出向いたまでですので。えぇ、どうかお気になさらず》

《あ、知らなかったの、凄い方だろうとは思いましたけど、どうしましょう》


《師匠には他にも弟子が居りますので、私の代わりに良くして下されば、と。どうか若い者を、宜しくお願い致します》


《あの、黒髪の子でしょうか?》

《あぁ、お会いしましたか。世間知らずでしてね、何かしでかしたなら、どうぞご容赦下さいまし》


《試験への便宜か》

《いえいえ、寧ろそんな事をされては困ります、はい。ですので、私が代わりに来る事になったのです。どうかくれぐれも、そういった便宜は遠慮して下され、この年で怒られたくはありませんからな》


《ふふ、そうか、分った。お前も分ったな、心に留め置くだけにするんだ》

《はい、ありがとうございました治療師様》




 部屋を出て運送屋さんと共に基地へ行く、そうして運送屋さんはお金持ちのお嬢様を連れ移動した。

 基地の前には門番と親しげに話すマーリン、車にはトールとルーカス、ラウラに化けた爺やが居た。


『おう、寄り道していたらしいな』

《へぇ、師匠の気紛れに付き合わさせて頂きました》

『ふふふ、そうだね、じゃあ中で話そうか』


 物珍し気にコチラを見る者、少し上に視線を上げ妖精に驚く者。

 ラウラに手を振る者、マーリンとトールに緊張する者と様々。


 トールは兵長室へ向かい。

 コチラは病院施設まで歩き、ルーカスとラウラ爺は休憩の為に看護師と看護師長室へ。


 そしてマティアスとマーリンと共に、個室へ入った。


《もう話しはしてあります》

『それでも念の為、お話を聞かせて欲しいな』


 患者は無菌室の中、その手前の部屋で両親と弟が其々話し出す。

 弟は昔からお姉ちゃん子で、病気が分った瞬間から医者や研究者を目指している事。

 両親は成績が良くなって嬉しい半面、適合する骨髄が家族には居らず絶望している事。


《骨髄バンクの登録が少なくて、適合者が見つけられないんだ》

『人災でもあるよね、詐欺師が半身不随になったって大騒ぎした事があったらしいから、それから登録者が増え難くなったそうだよ』


《嘘だったのにね、骨髄もあげて無いし半身不随でも無いのに。大きいニュースに世間は騒いだけど、今度は続報の内容を疑って、登録者が減ったんだ》


 そして最後に彼女の元へ。

 ビニールカーテン越しに、マティアスと話す彼女の声を聞く。

 か細い声、髪の無くなった頭には可愛い手編みのニット帽、真っ白い肌、折れそうな首筋。


 将来は歌手か女優になりたいらしい。

 絶世の美少女では無いが、可愛らしさも愛嬌もある良い子。


 もうココまで来てしまうと、例え弟が全く別の道へ行ってしまっても文句も無い位に治したい。

 実に卑怯で、狡い方法。


『慢性だったらしんだけど、急性に転化して進行が止められなくて、移植しか無いんだって。治したいよね』


 頷くと、マティアスが点滴にエリクサーを流し込み始めた。

 そして魔石を消毒し、彼女に手渡す。


 カーテン越しのまま、治療を始める。


 全身の骨髄。血液の中で悪さをしている細胞を死滅させる。


 ただ、向こうの知識で知っている。

 コレは再発する、例え移植しても。

 ただの延命に過ぎないとも。


 目が、感覚が慣れて来たのか。

 次第に白血病細胞が黒く見える様になると、一気に視野を全身へと拡大させ、メラニン色素を消滅させる様に消していく。


 ある程度消し、あとは細胞を促し正常な赤血球や血小板、そして白血球を造らせる。


 だがどうしても、癌化した白血病細胞が生まれてしまうが、都度消しながら造血。


 何分掛かったのだろうか、骨髄からも、血液からも白血病細胞は全て消し去れた。

 彼女を見ると、眠っているらしい。


 それに気付いたマティアスが眠る彼女の手から魔石を引き上げ、エリクサーを追加するとカーテンから出て来た。


《看護師長、再発する事は、御承知で》

《はい、フィラデルフィア染色体の解決が無くては、再発する事を彼女も家族も知っています》


《染色体、そこも見れば良いんでしょうか》

『見れるなら』

《染色体の9と22、見れたら15と17もお願い》


 再び目を閉じ彼女を見る。

 骨髄の中、細胞の中、更にその中で漂う染色体らしきモノを1つ1つ見比べていく。


 初めて目にする染色体、検討はついてるが9番なのか22番かも分らない。

 番号が振られてるワケでも、染色されてるワケでも無い。


 他の核へ行き、染色体を見比べる。


 だが、この染色体が正常なのかも分らない。


《すまん》

『良いよ、休憩しよう』

《うん、私は報告してくるから、部屋で待ってて》




 家族の前を通り過ぎ、師長室へ向かった。

 扉は開いたまま、ルーカスと看護師がソファーで眠るラウラを眺めている。


『ありがとう看護師さん達、少し休ませたいのだけど、良いかな?』

『あ、はい。何かお持ちしましょうか?』


『大丈夫、ありがとう』


 扉を閉めて貰い、マーリンが結界を張る。

 そして同じくマーリンが用意してくれたコテージパイを無言で食べていると、隣に居るルーカスが話し掛けて来た。


『爺や、今日は良く食べるね』

《いやはや、老体にマーリン様は厳しい事をなさるので、食べねばと思いましてね》

『ごめんねぇ、でも、美味しいでしょ?』


《はい、おいしゅうございます》

『ふふふ、気に入ってくれて何よりだよ』


 黙々と食べていると、説明を終えたマティアスが戻って来た。

 そうして座っていたマーリンをどかし、パソコンを弄り始める。


《ラウラ、染色体の資料要る?》

《いや、良い。寧ろ他の健康な人のが見たい》


 驚くルーカスを尻目にマーリンとニヤニヤしていると、マティアスはそれを無視して話を続けた。


《じゃあ、ルーカスや爺やのを見比べてみて、それでも足りなそうなら他の患者のをお願い》

《看護師でなく?》


《他の人も診て欲しいから、その時に長めに染色体まで見て欲しい》

《了解》


 再びコテージパイへ戻り、タブレットで容量を確認。


 中域なのでエリクサーで喉を潤すと。

 ようやっとルーカスがラウラはどちらなのかを理解したらしい。


 コテージパイを食べ終わり、ルーカスと爺やの染色体を確認。

 白血病の子との違いがまだ分らない、核内で三次元的にバラバラに居る染色体を見比べるなんて。


 一息ついて、マティアスに視線を送ると、そのまま病室巡りとなった。




 見舞客も含め、大部屋に集まった老人達の膝を治す。

 序でに全身も見るが、膝以外は年相応な人達ばかり。


 亜人のお爺さんの尻尾を触りたいのを我慢し、休憩の為に師長室へ向かうとラウラとマーリンは既に居らず、ルーカスがトールの横で絵本を読んでいた。


 ルーカスはどちらなのか、皆目見当も付かない様子。

 ざまぁ。


『おう、まだ掛かるか?』

《はい、今回は規模が大きいので》


『そうか、なら俺はルーカスを連れてもう出るが、構わんか?』

《はい、夕飯頃にマーリンに迎えに来て頂ければ良いかと》


『そうか、余り老人を酷使してくれるなよ、じゃあな』


 結局どちらか分らないままに、ルーカスはトールと共に部屋を出て行った。

 ルーカスは多分、このアリバイ工作の為だけに呼ばれたんだろう。


 そしてエリクサーを飲みつつ計測し、再び病棟へ。




 今度は乳児。


 保育器の中で細い管に繋がれ、泣く事も無く小さな胸を上下させている。


 もうマティアスや家族が話す前に小さい魔石を持たせ、治療を始める。

 直ぐにマティアスが点滴にエリクサーを追加、先ずは患部が何処か見る。


 心臓に穴があるので塞ぐ、その次の子は肺、その次の子も肺、心臓。


 一通り治し終わると、もう1度見直し。

 そして3度目で染色体を見る。


 違和感は無いのだが、染色体に変異があるのかは分らない。

 取り敢えずはその場を去り、師長室へ向かう。


《分らん、変異や異常が無いのか有るのか、分らん》

《無理しないで、出来ないことも有るって分ってるから》


《悔しい、何かヒントくれ》

《白血病のフィラデルフィア染色体は、正常な染色体とは違う命令を出してる。想像だけれど、先から何か出てる感じに見えるんじゃ無いかな》


 《おう、少し引きで見てみるか》

 《それもだけど、実際はどう見えてるの?》


 《こんな感じ》


 丸い核の中を、不格好で様々なサイズのXが漂う。

 マティアスが見れたら分るのかも知れないが、見せる能力が無い。


《これだけじゃ私でも分らないよ、ただ異常な蛋白を放出してる筈だから、それを探して欲しいけど》

《その蛋白を見付けられるか》


《因みに、9と22ってこんな感じ》


《むり》

《だよね》


《もう、放出している物質で見るしか無いのか》


《うん、お願い》




 それからもう1人、大人の白血病患者へ会いに行く。


 男の人、若い。

 細くて顔色も悪い、うっすらと鱗の有る、爬虫類の亜人。


 他と同じ様に、白血病細胞を死滅させながら細胞を分化させる。

 白血病細胞が先程よりは少ないが、それでも時間は掛かる。


 血液の分化の度に、どうしても白血病細胞が出来てしまう。


 それでも何とか全身の白血病細胞を取り除き、全身を見渡してから染色体へ向かった。


 代謝物や蛋白質にさほどの違いは無い。


 いや、あった。

 黒く分泌される蛋白質を追う。


 染色体の端を近付いて見ては引き、また近付く。


 何個も何個も繰り返し見て行くと、黒い糸を出す染色体を見付けた。


 見付けたが、どうしたら良い。


 マティアスを見ると、そのまま見つめ返して来るばかり。


 なんの返事も無い。

 そしてココで聞いても、彼は任せるとしか言わないだろう。


 再び患者に目をやり、染色体まで意識を伸ばす。


 黒い糸を出す先端へ集中すると、二重螺旋構造へ一気に引き寄せられた。


 磁石の様な、赤と青に分かれている。

 その先から黒い物質を放っている。


 1つだけなら影響は無いだろうと、細胞を死滅させる。


 出来たが、欠損が出来るからダメだ。

 正常な組み合わせにすべきなのか。


 再び黒い物質を出す染色体へ近付くと、先程とは違うチグハグ具合い。

 その部分を部分を切り離し、全体像へ戻る。


 そうして黒い糸を出すもう1つの染色体へ意識を寄せると、再び目の前に色分けされた螺旋が見えた。


 試しに切断した所まで寄せ、裁断し、同色に繋げ直し、暫く様子を見る。


 黒い糸を吐き出す事も、通常とは違う何かを出す気配も無い。


 骨髄まで引き、全体を見ると殆どの細胞が黒く見える様になった。

 ココから先は黒い細胞を消滅させ、新しく組み替えた細胞を増やすだけ。


 全身の細胞を入れ替えていく。


 そうしてまた全身を観察、もう黒い細胞は見えない。


 試しに骨髄を分化させるが、白血病細胞は現れない。


 一通り見渡し、目を開けた。

 彼の手にあった魔石を見ると、ほぼ透明。

 そして同様に体力も使い果たしたのか、深い眠りに入っている様子。


 そのまま師長室へ向かい、ソファーへ寝転ぶ。




《出来た、と、思う、多分》


《え、あ、うん》

《多分な、違う何かが出るかもだし、暫くは良く観察して欲しい》


《うん。マーリンが、オヤツくれたんだけど》

《食べる》


 時間は15時過ぎ、エリクサーと共にオヤツを頂く。

 オヤツは山盛りのフィッシュアンドチップス、ロウヒに美味しいと話した店のだ。

 ちゃんと伝わってるのは嬉しいのだが、こそばゆい。


 計測しながらエリクサー、魔力をかなり使ったのもあってか中域を脱しない。


 だが、尽きなければ良い。

 溢れるよりマシ。


 そして休憩を挟み、再び最初の女の子の元へ向かう。


 無菌室から、個室へ移っていた。

 フルーツとジュースを美味しそうに口にしている。


《もう少し良くする事が出来るかもって、どうする?》


 家族も少女も諸手を上げて了承すると、治療が始まった。


 染色体を見ると、今度は帽子と同じ色、黄色とピンク。

 それを切り離しくっ付ける。


 そうして様子を見てから、骨髄の細胞全てを入れ替え分化を促す。


 コチラも順調、白血病細胞は生成されない。


 そうして全身の細胞を転化させ終える頃には、少女は眠っていた。

 全身の細胞を入れ替えたも同然なのだから無理も無いのだろうが、少し心配になる。


 再び師長室へ戻り、思わずデカい溜息をついてしまった。


《すまん、心配で》

《だよね、幹細胞移植より難しい事してるんだもの》


《あ、そうか》

《そうだよ、もし無理なら延命してる間に、ドナーになってくれそうな人達を説得して回ろうかと思ってたのに》


《なんだ、じゃあ少し試して止めれば良かったか》

《毎日来れるなら良いけど、何かあったらココにだって来れなくなるんだから、コレで良かったと思う》


《仮に寛解したとして、これからどうする気なの?》

《相応の間は入院して貰うけど、何れ退院して貰う。後は定期検診だけ》


《再発したかって、血液検査とかで分る?》

《例の蛋白質を調べるんだよ、ただやっぱりある程度増殖して無い事には検知出来ないから。もっと精度が上がってくれると良いんだけどね》


《出ないからって、治ってるとは限らないって不安だよな。精度が高いなら安心出来るかもだけど》

《何か新しそうな検査無い?》


《尿で腎臓がんを安価で検査出来るとか、高校生だか若い子が発明してた気がする》

《無いなぁ》


《癌の探知犬とか、主に皮膚がんだけど》

《あ、それなら出来そう》


《悪気は無いんだが、嗅覚の優れた亜人にどうにかして貰えないだろうか。白血病でも癌でも、特定の蛋白質が出てるなら、それを嗅ぎ分けられんかしら》

《その発想が無かったから、どうだろ。良いと思うけど、実用化はされてるの?》


《両方実験段階っぽかった。ただ、癌の尿検査の方が大学も手伝ってたし、注目浴びてたから進んではいたと思う》

《何の蛋白質かは》


《ごめん》

《気にしないで、専門家じゃ無いのに知ってる方なんだし、大丈夫》


《不安だ、ロウヒに確認したい》

《じゃあ、ココで会わせてみよう》




 休憩している間に、マティアスが少女を車椅子で運んで来た。


 まだ少しウトウトしているが、意識はある様子。

 鍵を使い眠らせてから、ロウヒの部屋へと繋いだ。


《ワシじゃよ》

『ふふふ、どうした?』


《白血病、治せたか不安。診て欲しい》

『ほうほう、どらどら』


 ロウヒが目に力を入れ、数秒して溜息を吐く。


《なに、不味った?》

『何を心配しているのかさっぱりだ、健康そのものだぞ』


《遺伝子弄った、人理に反する?》

『ふふ、そうか、それでか』


《おう、大丈夫か自信が無い》


『元の位置へ戻しただけだろう?それが人理に反するなら、治療は何も出来ん。人理に反する事とは、遺伝子が健康であるのに、より良くと弄る事だろうに。そんな事はしておらんのだろう?』

《そんな余裕も知識も無いです》


『知識?どうやったのだ』


 色違いに見えた場所を切り貼りしただけ、それが見えたのもマティアスからのヒントがあって初めて糸口が、黒い糸が見えた事を話した。


 本当に、どうしたら良いか分らなかった。


《何も分らなくて、焦った》

『理屈抜きに実行できぬとは、ややこしい奴だ』


《じゃあ、ロウヒならどうしたんよ》

『そこはだな、見付けたらこう、パッと光らせるのだ。そうすれば元に戻るでな』


《出た、神様は感性だからなぁ》

『治したい意思と、慣れだ』


《治した事あるの?》

『相応の対価が得られる場合だ、だが早々にそれだけの提示を呑む者はおらん。大金持ちは財産を出し渋り、収集家は宝と命を天秤に掛ける。宝も金も、ヴァルハラへ持って行く事は叶わんと言うのにな』


《地上の神様にも出し渋るとは。それより凄い物がいっぱいあるのに、行っても直ぐ追い出されるな》

『ふふふ、見て来た者はやはり違うな』


《少しだけね。それより、本当に大丈夫?遺伝子関係でエラー起きて無い?》

『大丈夫、その子もお前も良く頑張った。後は休養あるのみ』

《良かったぁ、ありがとう》


『ソレと、ラウラとして帰るのは忘れるでないよ』

《だね》

《おう》


『では、またな』


 空間を閉じマティアスを見やると、完全に泣いていた。

 肩を震わせ、顔を抱えて嗚咽を漏らしている。

 思わず魔素を放出してしまったのかと眼鏡で確認してみたが、漏出の気配は無い。


 暫くジッと見ていると、ようやく収まったのかティッシュを取りに動き出した。

 鼻をかみ、コチラを見やると、また泣き出す。


《連れて来させて何だが、長い時間連れ出すとご家族が心配するのでは?》


《ズズッ、そうだね、ごめん》

《目を治すから、泣き止んでくれ》


《うん》


 そこから暫くして、ようやっと落ち着いて涙を止めてくれた。


 深呼吸して貰い、珈琲を飲んで貰ってから治す。


 試しに魔石を持たせ、目や瞼の炎症を治すと、ほんの僅かだが魔石の色が消えた。

 魔素と魔石の消費が同等なのかも知れないが、だから何だろうか、利用法が分らん。


 部屋を出る前に少女から血液を採り、目を覚まさせると戻って行った。


 忙しいやら精神的疲労やらで、ボーっと天井を見ていると、ノックも無しにマーリンが戻って来た。


 まだ夕飯前だと言うのに、もう迎えに来たらしい。


『お疲れ、どうだった?』

《ダメかと思った》


『出来たんだね、じゃあもう帰ろうか』

《おう》


 結界を解き、基地の外へ向かう。




 そうして移動したのは、ウツヨキの家の前。

 ノックすると、ラルフが扉を開けてくれた。


 中へ入ると、暖炉前のソファーで爺やがラウラのままで眠っている。

 気を使ってベッドは使わないで居てくれたらしい。


『起きて爺や、交代の時間だよ』


「お、おー、マーリン様、お帰りなさいませ」

『ただいま、もう交代して大丈夫』


「では、お夕飯を手伝いに行きますかな》

『ラウラも、自分の声を良く思い出して』


《長く声を出しながら変えますと、戻りが早いかと》

《あーーーーーーーーーー」

『よしよし、夕飯迄時間があるだろうから、お風呂を用意して貰う?』


「おう」




 暫く暖炉の火をボーっと眺めていいると、シーリーが降りて来た。

 すっかり健康そう、顔色も良いし体重も増えてきている。


「おかえり」

「ただいま」


「ふふふ、ルーカスは全然分らないんですって、爺やが上手過ぎるのかしら」

「爺やが上手いんだろうね。でも信用して無いワケじゃ無いんだけど、爺やがラウラの時に何かして無いか心配だわ」


「大丈夫、前と同じ様にご飯を食べて、眠って、ルーカスを無視して、それだけよ」

「すまんな、まだ許せなくて」


「良いの、私の責任でもあるから。それより試験はどうだった?合格出来そう?」

「それなー、まだ答え合わせして無いんだわ」


「あら、じゃあ今からする?」

「する気になれん、色々あったから、ぶっちゃけ今はどうでも良い」


「そう、聞かせてくれる?」

「マティアスが泣き出した」


「あら、ふふふ」

「泣き止むのに時間掛かった、しかも泣き止んだと思ったらコッチを向いて、また泣き出すし」


「ふふ、分かるわ、私も嬉しくてその日の夜は少し泣いてしまったもの」

「悔し涙じゃなかろうか」


「そうなのかしら、ラルフも嬉しくて泣いていたけれど。お医者さんや看護師さんは、また別なのかしらね」

「治療薬の研究者とかって悔し泣きしそう、長年の研究が一瞬で追い越されるんだから」


「そこに追いつきたいと更に燃えそうだけれど、そう言う事もあるのかしらね」

「分らんよなぁ」


『失礼します、もう少しでお風呂が出来ますが、もう入られますか?』

「ゆっくり入ってらっしゃい」

「ありがとう、お先に失礼します」


 辺りを見回すと既にマーリンは居らず、爺やは料理のお手伝い、叔父さん夫婦は食事中。

 その後ろを通り過ぎ、メインバスルームを使わせて貰う。


 珍しくシャワールームと浴槽が分れているタイプ、シャワーで全身を洗い流してから、ゆっくりと湯船に浸かる。




 エリクサーを片手に寛いでいると、ドアのガラス部分からか妖精が入って来た。


《お疲れ様でした》

「お疲れ様。便利ね、ガラス通れるの」


《ラルフが全てのドアに付けてくれるそうです、とても良い方ですよね》

「だろう、耳をモフモフさせてくれ無いかなぁ」


《ふふ、クマさんから浮気ですか?》

「両方だ、クマに頬擦りしながら耳をモフモフさせて貰う、それから君に寝かせて貰う」


《眠れなさそうですか?》


「分らん、緊張の連続だったから少し自信が無い」

《それじゃあ追加で、ラルフにハーブティーを入れて貰いましょう》


「お、良いね」


 それからスズランの君を丸洗いし湯船に付ける、羽根が濡れるのが嫌なのか手にもたれ掛かる様に入浴している。


 彼の服は気がつけばいつも何処かに消えてしまっているのだが、プリっケツが可愛いので詮索はしていない。


 エリクサーを飲みながら、ゆったりと浸かっていると、ドアがノックされラルフの声が聞こえた。


『長湯は良くないですから、そろそろ上がって下さいね』

「あいよー、栓抜く?」


『はい、お願いしますね』


 そのまま浴槽で頭からシャワーを流し、軽く体を拭いて出ると妖精が髪を乾かしてくれた。


 胸はまだほんの少し出たまま、リズちゃんチョイスの腹巻にパッドを入れ服を着た。


 叔父さん夫婦が食器を下げたり準備をしたりとリビングが少し慌ただしいので、湯冷ましに少し裏口から出て空を見上げる。


 今夜は晴れ、夜空には溢れんばかりの星。


 オーロラが無いのは残念だ。

 何の星座があるのだろうか、向こうで解説は見たのに星が多過ぎて分らない。


《冷えますね、もう戻りましょう》


 春だと言うのに、魔法のコート無しでは長く外には居られない。

 妖精に言われるがまま、数秒の湯冷ましを終えた。


 室内は暖かく良い匂い、ミートボールにマッシュポテト、サフランとトマトのシーフードスープ。

 シチューの様なソースに、煮込まれたトナカイミートボールが沢山。

 マッシュポテトともパンとも合う、そしてシーフードスープ超ヤバい、今日は特に無限に飲めそう。


 そして何故かルーカスだけ、豆スープに黒パンのハムチーズサンド。


 少し可哀想。


「何でルーカスは質素なの」

「軍人さんが如何に大変かイマイチ分ってくれてないみたいだから、少し形から入ろうと思って」

『もし尋問官以外に、何になら成れるかと言う話しになりまして、軍の内勤ならと言った結果なんですよ』

《口が滑りましたな。我々も気を付けねばなりませんぞ》


「あらー、じゃあレーヴィ並みに筋トレしないとな」

「それは大変そう、ルーカスに出来るかしら」

『体力も大事ですし、少し頑張りましょうねルーカス』

『はい』


「じゃあお肉はあげないと、蛋白質は大事だから」

《そうですな、食べねば身には付きませんで》


 小皿にミートボールが来ると、大事そうにルーカスが頬張る前で、シーリーのお話しが始まった。


 最初は打ち解けたいが為に。軍人と同じ食堂へ行った事。

 その日は豆スープの日で、本当にこんな質素な夕飯の基地があった事。

 周りは不満を言いながらも、調理師には誰も文句を言わなかった。

 僻地でお金の無い基地は沢山あった、今はマシでも、まだこの食事に近い基地は何処にでもあると。


 そしてルーカスの祖母の時代。

 ストレスは内勤への嫌がらせとなり、時には自殺者も出る程の悲惨な状態になり、祖母が介入した。

 それはどこの過疎地も同じ、内勤の入れ替わりが激しく、改善されるまで悲しくて仕方無かったと語っていたらしい。


「良い所に務められるなら良いけど、最低な場所も想定して欲しいの。明日辞めますが通じないのは、今も一緒だって聞いたわ。そこも改めて考えてから、また明日話を聞かせて欲しいの」

『うん』


「根気強く話すんだね、そういう所好き。シーリーがお母さんだったら、もっと優しくなれたかも」

《どうでしょうな、ケンカが絶えなかったやも知れませんぞ。何せアナタ様は、気が強いと自覚しておられない時がありますでな》


「おー?早速口を滑らせたな爺や」

《どうかご勘弁を、どうにも料理が美味しくて、口が滑らかになってしまいました》


「爺やも、爺やとしていてくれたら楽しかったんだろうか」

《こうなるまで随分と荒っぽく人を傷付ける生き様でしたから、きっと、さぞ嫌われていたでしょうな》


「それは聞いたけど、自分の父がこうなる未来が見えん」

《私も、こうなるとは思ってもいませんでした。いやはや、運命とはかくも奇天烈で怪奇でございましょうか》

「ふふふ、想像の範囲内でも、範囲外でも、皆が幸せなら私は嬉しいわ」

『そうですね』


 ルーカスがミートボールをお代わりしたので、コチラもお代わり。


 スープもミートボールも食べきり、片付けが終わると、誰とも無しに暖炉の前に向かった。


 端から見て、爺やを含めても、完璧な家族に見える。

 叔父さん夫婦も爺やに気後れする事無く接し、爺やもまた程良い加減で茶化しつつ場を和ませる。


 今日は疲れたと言う事で、2階へ上がらせて貰う事にした。


「君も下に行ったら良いのに」

《僕だって疲れたんですからね》




 ベッドでゴロゴロしていると、マーリンが帰って来たのか部屋へノックも無しに入って来た。

 そしてそのままベッドに寝転び、結界を展開させる。


「おかえり、ノックはしろ」

『ごめんごめん、疲れちゃって』

《お疲れ様でした》


『ありがとう。君が、ラウラが引っ掛けたお孫さんのお爺さん、軍の元高官だったんだよ、私を名指しして伝書紙を飛ばして来たから対応に追われて。良い様に転がってくれたけどさ、凄いの釣ったねぇ』

「控えた方が宜しいか」


『逆、もうバンバン動こう。少し停滞してたから丁度良いよ』

「手に余る事にならんかね」


『大丈夫、私、一応神様扱いされてるし、トールもロウヒも居るんだからさ、大丈夫』

「一応って、どうしたよ」


『元はただの魔法使い、少し潮目が分る程度のしがない魔術師だったんだよ?しかも血筋が目立ってこうなっただけで、私の実力で得た事なんて殆ど無い。あっても過去の栄光なんだしさ』

「弱気やん、誰だお前」


『普通の人とまでは言わないけど、神様でも疲れて弱る事もある』

「何か食うか?エリクサーでも要るか?」


『魔石が良いなぁ、宇宙の魔石があるんでしょう?』

「何色が宜しいか」


 ベッドの真ん中へ魔石を出す、青や紫、寒色系の石を並べた。

 どれも個性的、濃い色合いでも光りを通すとキラキラする。


 マーリンは深い海の色であったり、翳すとエメラルドグリーンに透き通る色の石をただ眺める。


 吸い上げるでも無く、ただただ眺めてはベッドへ置き。

 グラデーションに並べては、翳し、ただボーっとしている。


『何か話して』


「スズランや、爺やに付いてたんでしょ、報告宜しく」

《はい》


 基地へ入って直ぐ、先ずは眠った。

 それからも起きてはトイレへ行ったり、時に珈琲を淹れて貰ったり、お菓子を貰ったりと過ごす。

 ルーカスを完全に無視し、看護師とお菓子について話したりと、特に誰も違和感は抱いて無かった。


 お菓子は街のお菓子屋のクッキー、チョコチップとナッツが美味しいと褒めていたらしい。

 マティアスも貰っていたので、後で分けて貰った方が良いとの事。


 そうして小まめに寝て、少しづつコミュニケーションを取りながら過ごしていると、マーリンが迎えに来てこの家に付いた。


 そして本格的に眠り始め、今に至ると。


『その後、もっと早くココに帰って来たかったんだけどさ、伝書紙が来て手間取ってたんだ』

「中身は」


『徽章を持つ年老いた弟子に世話になった、他に何か出来る事は無いか。とだけ、もう軍の人間が名前だけで大騒ぎしててさ、昔のオウルの基地の偉い人だって。私は良く知らないし、トールも居なくて。でも、そっちが大丈夫そうだったから、大勢の目の前で国連の紙で返事をしたんだ。大丈夫です、ご自愛くださいね。とだけ』

「無事に付いてるかしら」


『だから裏でも出した、今夜会いに行くのでお話ししましょうって』

「1人でか、大丈夫?」


『勿論、君も来るんだよ、隠れてこっそりね』

「はー、今から?」


『うん、じゃあ準備して』

「おうよ」


 マーリンがスズランの妖精を人型に変化させ、布団へ寝かせた。

 そして流石のマーリンも居所までは知らないので、案内をする事となった。




 空間を開くと同時に隠匿の魔法を掛け、マーリンの後方に回る。


 マーリンも空間を通ると同時に変化、初めて老いたマーリンを見たが。

 爺やに似ているのは、気のせいだろうか。


 そしてその老人に化けたマーリンが、正面から堂々とインターホンを押す。


 受け答えたのはメイドさん。


『今夜お約束したマーリンと申します』

【少々お待ち下さい】


 暫くして大きな門が開く。

 だが以前とは違い、何重にも結果が張られていた。


 門から先は移動魔法禁止、そして玄関先からはストレージ禁止。


 リビングからは秘匿の魔法禁止、そして更に老人の部屋には強固な魔法禁止の結界が張られていた。


『コレじゃあ入れないな』


《解けば良いでは無いか》

『嫌だよ、他の人も居るんだし』


《信頼できる妹だ、下げさせるつもりは無い》


『なら、私も部屋に入るつもりは無い。それで、信頼したいのか何がしたいのか、ハッキリしてくれる?』


《伝書紙だ、しかも2通。貴方の字は昔に見た事がある、コチラは変わらないがコチラは少し違う。違う方が国連の伝書紙なのだ、コレで警戒しない方がおかしいだろう》


 部屋の前で2枚の紙が提示された、パッと見は分らないのだが。

 名前を重ね、透かしてみるとハネや横棒の傾斜が僅かに違う。


 更に全体の字の流れも右下がり、真っ直ぐと明らかに癖が違う事を指摘した。


『いやー、勝手に見抜いてくれるなんて有り難いね。どうやら最近は老人に助けられる運らしい』

《説明して頂こうか》


『その前に、君はどうするつもりか聞かせて欲しいな。御使いが関わってるとするならば、だ』


《実際に居るとしてだ、国家をも揺るがす事。会わねば決められん》

『会ってるでしょ、それで決めて』


《あの老人か》

『さぁ、決めてくれない事には言えないよ』


《その老人は、御使い様は一体何をしようと言うんだ》


『多分、世界平和』


 それはそうなのだが、他人の口から聞くとこうも変な事を考えているのかと思わされる。

 お爺さんは最大限に眉間に皺を寄せ、顎に手を当て考えている。


《情報が足らん、どう世界平和をなすと言うのか》


『んー、医科学の進歩を遅らせずに魔法で治療したいとか。人の手に余らぬ様にしつつ、悪い事に使われない様な魔道具開発とか。魔渦の解消と戦争回避を同時に行えないか、とか。難しい方法で、何とかしたいと願ってる感じ』


《もしだ、もし貴方が本物で、本当の事を言って居るなら協力したい。だが、伝書紙がこの件とどう関わると言うのだ》


『その弟子の行く先で出会った尋問官の家族が、偽造された国連の伝書紙で操られかけていた。遡って確認出来るのは、少なくとも先代の尋問官が結婚を操作された事から。その子供も操られそうになった所を、弟子が関わり発見した』


《本当か》


『本当、手元に証拠が有るじゃない。軍内部に蔓延る少数派にも、ウチの子は目を付けられてる。最も、御使いとしてか、有能だからなのか分らないけどね』


《御伽噺だとばかり思っていたが》

『そう思ったままでいて欲しいと願っている者も居るけれど、それを悪用、私的流用しようとする者が居るとしたら?』


《納得が行く、だが、本物かどうか今暫く見極めさせて欲しい》


『ラウラ、出ておいで』

「おかのした」


 隠匿の魔法を解く。


 妹さんは暫く目を見開いた後、我に返り紅茶をもう1つ淹れてくれた。

 その姿を見て我に返った老人も座り直すと、コチラに向き直る。


《アナタか》

「弟子どす、御使い違う」

『詐欺師だと言われるのを心配しててね、どうしたって認めないんだ』


「別に無理に協力してくれなくて良いし、巻き込まれる人数は少数精鋭にしたいし、信じてくれんでも良いです」

『ほらほら、疲れてるからって短気にならないの』


《既に、事を構えてらっしゃるのか》

『うん、小さなネズミがウロチョロしてて。あ、もう見当はついてるよ、決定的な証拠が無いだけ』


《少数派ですか》

『国連に手を出せるなんて、ソコ位でしょう、昔も今も』


《こう大きい問題だとは》

「お孫ちゃん可愛いんだし、義憤に駆られるよりは家族を大切にして欲しいな」

『まだ揺れてるみたい、何か見せてみたら?』


「何かって何よ」


《ストレージ禁止の結界を解きます、一戦交えては頂けませんか》

「脳筋糞馬鹿野郎」

『よし、じゃあ私は魔法禁止区域に行くから、全力でどうぞ』


「ばかめ、知らんぞ」


《【ストレージ禁止結界解除】》


 ソラちゃん、槍を全員の眼前へ。


【了解】


『よーい、スタート』


 コチラが両手を上げると同時に、お爺さんが仕込み杖を半分ほど抜いた所で完全停止した。


 後ろに居る妹さん、そして自分にも木製の槍が突き付けられているからだ。


 勿論マーリンにも。


《妹は》

「巻き込んだのはそっちでしょ、下げろとマーリンは助言した」

『私にも向いてるんだけど』


「そも、能力や情報を把握させて貰える程に貴方は有能なのか?拳を交えてどうなる。何が出来る」


《国連へ入れる、欠員が出たと》

『うん、知ってる』

「は」


《先月要請があり、返答の期限は来月、それを狙って》

『狙っては無い。そもそもお孫さんから接触して来たんだし、だからコチラも警戒して調べたら、その情報が出て来ただけ。その国連の紙での返事「協力感謝する、追って連絡差し上げます。」は、偽物。大勢の前で私は断りの文章を書いたんだよ、偽造されるかは賭けだったけどね』


《息子の嫁が少数派だが、そこなのだろうか》

『残念だね、誰かに害を成さなければ見逃したんだけど』


《今回の件、協力出来る事があるのだろうか》

『死ぬ思いをしてでも、遂行する気はある?』


《この短い命でお役に立てるのならば》

「長い命なら、やらんのか?」


《手厳しいな、申し訳ない。失礼な言い方をした、どうか全力でお役に立たせて欲しい》

「家族が少しばかり揉めるとしてもか」


《黙って何もせず失うより良い、また繋ぎ合わせてみせよう》

「お、男気があって良いですな、素敵ですよ」

《ふふふ、兄さん。私もねじ込んで下さいな、一緒に頑張りましょう》


《あぁ、良いだろうか?》

『うん、じゃあ明日にでも伝書紙を持って基地に来て大騒ぎして』


「嬉しくて飛んで来ちゃったってか」

『そうだね。今日の運送屋さんは信頼出来るから、利用すると良いよ』


《孫は、あの子は大丈夫なのだろうか》

『ラウラの事を指示されてと言うよりは、本人も知らない間に探りに出されただけだけかも知れないけど。杞憂が正しいなら、そろそろお伺いの連絡が来るかも』


 マーリンが部屋の無線を見やると、暫くして雑音と女性の声が流れた。


お義父様(おとうさま)、起きてらっしゃいますか?あの子がいきなり訪ねたそうで】


《あぁ、起きている。問題無い》


【良い運送屋さんを見付けたからって、先触れも無しに申し訳ございません。お加減如何ですか?】

《顔を見たら痛みが引いた》


【それは良かった。それであの、少し考えたのですけれど、国連に再就職なされば、もしかしたら予約も早まるのではと】


 老人が切ない表情を浮かべ言葉を失った、妹さんも口元を抑え、悲しそう。

 そして鉄仮面ニコニコマンのマーリンが無線機を奪うと、咳ばらいをした後に話し始めた。


《そうだな、だが机仕事なのだから予約の事は期待しないでおこう。それで無くとも、栄誉ある国連の仕事。マーリン様からも協力依頼が来てな、頑張らせて頂こうと思う》

【まぁ!素敵ですわ、でも余り御無理はなさらないで下さいね、あの子が悲しみますから】


《あぁ》

【ふふ、じゃあ、おやすみなさいませ、神のご加護があらん事を】


《あぁ》


『まぁ、どこまで関わってるかは不明だし、余り気落ちしないで』

「偶然で、結局は杞憂かも知れんし」


『あ、それと、ココ1番で古い植物無い?』


 兄妹が顔を見合わせ、妹さんが迷わず持って来たのは。

 芍薬や蓬の様な葉がびっしり生えた鉢。


《家族の、故郷の花なんです》


《忘れない様にな、もう何年になるだろうか》

《もうそろそろ50年になりますかね》


《そんなにか、長い付き合いだな》


 少しばかり魔力を送ると、1輪の白い花と共に妖精が目覚めた。

 2人にも見えているのか、花から少し上を見つめている。


《もう、死んでしまったかと》

《これも、幻術か》


『私じゃないよ、この子』

「ワシじゃよ」


《どうやって》

《同じ姿だわ、昔と同じ》


《まぁ、少し寝てたらもうこんなに大きくなって、元気そうね》


 どうやら、2人には聞こえてはいないらしい。


「すまんが、どうして眠ってたの?」

《2人がケンカしたからよ、株分けするのが可哀想だってケンカするんですもの。私も鉢が割れたら困るから、株分けしても問題無いのだけれど。だから、姿が見えなければ、気にせず手入れしてくれるかなって》


「2人が株分けでケンカしたから、気にせず切って貰う為に眠ってたそうですが」


《あぁ、どうしよう、ごめんなさい、私が何も知らなくて、切るのは可哀想だと言ったから》

《それで、彼女は眠ってくれたのか》


「鉢が割れたら困るからって、少し寝てただけらしい」


《この鉢は母が作った物なの、だから兄さんが株分けしろって言ってたのに、なのに、本当にごめんなさい》

《ずっとココに居てくれたんだ、起きてくれたんだ、もう良い》


《変わらず仲が良くて安心したわ。だけれど春にはまだ少し早いから、もう少し眠っていても良いかしら?》


「また春に起きるから、寝てて良いかってさ」


《えぇ、勿論、大切にするから、また目覚めて頂戴ね》

《あぁ、また春に》


 妖精がそれぞれの頬にキスをして、花へ溶ける様に横になると消えてしまった。

 ちょっと貰い泣きしそう。


『もっと早くこうしたら良かったかな』

「涙が引っ込んだわ、ありがとう」


《疑ってすみませんでした、兄も私も魔法が苦手で、警戒していたんです》

《色々あってな、魔法使いも治療師も信用して無かったんだが、本当にすまなかった》


「信じちゃうんですか」


《株分けのケンカの事は誰にも話していない、字にもして無いんだ》

《私も、日記に書いたのは大きくなって読み返した時に恥ずかしくって、破いて燃やしてしまいましたから》


《子供にも孫にも、故郷の花としか言って無い》

《私達が死んだら、お墓の横に植えてとだけ》

「でも、だからって」


《数々の魔法使いを名乗る者、御使いを名乗る者を尋問官と共に見て来た。その者達ですら、妖精を蘇らせる事すら出来なかった。だが今、目の前で見たのだ、信じるには充分過ぎる》

《兄さんの膝も、秒で治したそうですし》


「あ、内緒だって言ったのに」


《妹は別だ、もし誰かに溢す様ならワシが責任を取る》

《その前に死んでやりますから、舌でも噛み切ってて下さいね、兄さん》


「仲が良くて死ぬ程羨ましい」


《ふふふ、あんな下らない喧嘩ばっかりでしたよ》

《あぁ、年老いて独り身になって。ようやく一緒に住める程度になれたんだ、兄妹と言うモノは厄介だぞ》


『だね、じゃあ、今日はもう帰ろか』

「おう」


 再び隠匿の魔法を使い、マーリンと共に家を出た。


 部屋ではスズランの妖精がスヤスヤと眠っている、時間は夜食の時間より前。

 妖精を起こし、元に戻すとマーリンはまた何処かへ行ってしまった。


《シバッカルに初めてお会いしました、面白い方ですね》

「あぁ、俗っぽいからなぁ」




 服を着替え終わった頃、ドアがノックされた。

 入って来たのはルーカス、夜食を持って来てくれたのだが、お盆が震えている。


『起こした?』

「いや、震えてどうした」


『何でもないんだごめん、筋トレで力入らなくて』


「明日が楽しみだな、筋肉痛は治さんよ」

『うん』


「無人島に、何か1つだけ持って行くなら何を持って行く。サバイバルグッズは揃ってる前提で、一生出られないかも知れない前提」


『え、あ』

「10,9,8,7,6」


『紙と絵具はセットで良い?』

「良い」


『じゃあ画用紙と絵具、大容量の』

「描くのか」


『風景、模写が好きだから』

「じゃあ、それもダメなら」


『え、それ以外って』

「10,9,8,7」


『紙と色鉛筆』

「どんだけ描きたいのさ」


『だって、絵も検閲対象なんだもの。道具も随行官預かりになるし、だから恥ずかしくて描いてない』


「見られたく無いのに描くのか」

『見られたら感想が浮かぶでしょ、比べられると居た堪れなくなるから』


「軍にも国連にも向かんな」

『分ってる、でも姉さんと一緒なら大丈夫だと思った』


「最悪を想定しろし」

『考え出したら止まらなく無い?どんどん怖い考えばかり出て、止まらなくなる』


「大まかでも全部のパターン考えたらどうなる、死ぬのか?」

『朝になってる、それで集中できなくて怒られた』


「それで全部のパターン考えたのか?」

『仕事終わって直ぐ寝ちゃって、伝書紙で安心して、それを繰り返してたらもう考えなくなった』


「勿体無い、最初の大分類を乗り越えたら、数パターン考えるだけで済むのに」


『そのパターンって?』

「考えろ」


 残り半分となったパンケーキを食べ続けていると、差し向けた割りに心配になったのかラルフがやって来た。

 それともシーリーに言われたのだろうか。


『如何ですか?何か追加は?』

「美味い、このクソガキはラルフの差し金か」


『ルーカスが自分で言い出したんですよ、避けられても避ける理由にはならないと、爺やと話し合ったんですよね』

『聞こえてたんだね、グズグズ言ってるの聞かせてごめん』


「爺やは人生経験豊富だけど前半は見習うなよ、折角教えて貰ってるんだから、迂回して最短ルートで良い道に行け」

『そうですね、流石に不特定多数を相手にする様では、シーリー様とハンナを抑える気も起きませんし』


「無視より辛い、他人行儀で冷たい無関心が待ってたりして」

『あぁ、そう。だけですね、分かります』

『怖い、無理』


「それでも恋は盲目」

『反対されて逃避行も不味いですね、お2人共に粘り強く説得して欲しいタイプですし』

『それはしないと思うけど』


「その際に逆ギレとかマジ無理」

『怒る前に一気に無視か無関心に傾きますからね、愛ゆえに』


「愛ゆえに」

『ラウラも?』


「いや、殺す」

『流石です、潔いですね』


「嘘。殺す気でキレ返して、一生根に持つ」

《ふふ、思い出し怒りは体に毒ですよ》

『成程、情熱的なんですね』


「なんとポジティブな受け取り方を、ルーカスなんて悩んでレスポンスも無いのに」


『あ、ごめん、あんなに怒られた事無かったから、思い出してた』

「何々、皆で集まって、私も混ぜて」

「だめー」


「えぇ、何で?私の事?」

「冗談です、怒る事について話してただけ」

『その前は、無人島に何を持って行くか聞かれたから、紙と絵具にしたんだ』


「折角なら油絵具にしたら?家だと匂いが籠るからって小屋で描いて貰ってたんだし、大自然でなら描き放題よ」

「無人島のイメージは南国?」


「そうね、白い砂に青い海、南国のフルーツとお魚でしょう?あ、私ならラルフを連れて行くわ、ラルフならどんなお魚も捌けるもの」

「人はズルいな。じゃあ、ラルフとは別に、何か1つ選んで」


「んー、ラルフは何が良い?」

『私は、シーリー様に連れて行かれない場合、紙とペンでした』


「良いわね、私もそれが良い」

「そこも家族で似るのか」

『そうみたいですね』

『ラウラは?』


「海も割ける剣とか?」


『ふふ、ふっ、母さん、ラウラが1番ズルいよ』

「あー!直ぐ抜け出せちゃうじゃないの、海を割いて歩くなんて」


「じゃあ、シュノーケリングセット、ジャストサイズのフィンだ」

「人は?誰かと一緒に行かないの?」


「んー、やっぱ便利なのは…ラルフか」

「じゃあ、一緒に行きましょうね」


 最初の前提がすっかり消えたのだが、そのまま何処の南国へ行きたいかと言う話しになり。

 何をしたいか、どうするかで時間が過ぎた。


 そして良い頃合いでラルフが時間を告げたので、お開きとなった。


《ふふふ、楽しかったですね》

「なー、人はズルい」


《海を割く剣も充分ズルいですよ、ふふふ》

「だって、その前に思い付いたのが図書館なんだもの、それより良いでしょ」


《ふふ、もう場所じゃ無いですか》

「どんな本も読める魔法の本とか有ればなぁ」


《ロウヒに頼んでみては?》

「対価ヤバいべ、魔石全部持ってかれそう」


《蜂蜜酒かも知れませんよ》

「あ、もう出来てるかな」


《少し見に行ってみます?ココにはマーリンの結界もありますし》

「だな」




 電気を消し、こっそりと家のリビングへ空間を繋げると。


 マティアスがソファーで泣いて居た。

 人の家で、何してるんだ。


《マティアス、どうしたんですか?》

《あ、どうして》

「ワシじゃよ」


《あ、ごめん、ちょっとボーっとしてたら涙が出て来ちゃって》

「今日は帰らんと思うが、伝わってるか?」


《あ、うん、だけど向こうは寂しいから》

「だからってココで泣かんでも」


《だって、嬉しいんだもの》


 マティアスが持って居たタオルを顔に当てると、再び静かに泣き出してしまった。

 悔し泣きで無いのは安心したが、こうも嬉しくて泣くのか。


「悔し泣きかと思った」

《そう言うタイプじゃ無いし、大変な思いをしてた子や家族が、治って、嬉しくて》


「ワシ、そんな大変な子じゃ無かったから、退院も喜ばれないで、扱いも適当だったのかな」


《は、何それ、何処の》

「最初の病院のだ、気にすんな。顔洗って来てくれ」


 マティアスが顔を洗いに行っている間に、樽から蜂蜜酒を抜き取り、材料を詰め込んだ。

 様々な人の家族愛でボコボコに殴られたせいか、口が滑った。

 今日はもう帰ろう。


《ラウラ、誤解しないで欲しいんだけど》

「して無いから大丈夫、疲れて口が滑っただけだ。マティアスがそうじゃ無いのは分ってる、水を差してごめん」


《待って待って、もしかして、看護師が嫌いだった?》


「医者もな、2人の医者しか信じて無かった。3人か、もう亡くなってるけど、信頼してたのはその人達だけ」


《それって》

「今度で良いか?答え合わせもしてなくて、マジで疲れてるんだ」


《あ、うん、ごめん》

「こっちこそごめん、ココの看護師もマティアスも信頼してる、水差してごめん。おやすみ」


 完全に失敗した。

 折角嬉し泣きをしてたのに、完全に水を差した。


 失敗した、気が緩んでた。

 疲れたとは言え空気が全く読めてない。


 だからもう感想は言うのを止めよう。

 また怒られたく無い。

 もうやめよう。

『マーリン』《マティアス》《爺や》『ラルフ』「シーリー」

《厳ついお爺様》

『トール』『看護師』『ルーカス』『ロウヒ』

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