3月21日
まだ暗い中、痛みで目を覚ます。
筋肉痛ウザい。
《おはよう、大丈夫?》
「無理、筋肉痛、痛覚切ろうかな、ベッド返す」
《良いの?》
「おう」
食事は勿論お肉、ケバブを限界迄食べ放心する。
腹がこなれたら、事前にレーヴィから教わったストレッチが、かなり痛い。
腿を触ると熱感が凄い。
プールは24時間らしいので、普通の生活を知る為に、マティアスの自転車を借りてプールへ。
レーヴィから助言された方法として、温水プールのフローティンググッズで浮きながら身体を冷やす、冷やしてはストレッチを繰り返す。
そしてホットココアを飲んでからサウナへ、人が少なくて良い感じ。
十二分に温まったら外気浴、思い切って外の超低温プールに飛び込んだ。
冷えるのが気持ち良い、高熱の時の氷枕みたいで良い。
でもこのアイシングの為に痛みを堪えるのは無理だ、普通で良い。
何よりストレッチの良さが分からん、何も良くない。
浮くのは楽しい。
そうしてまたサウナへ、入ってからまた浮く。
この浮くのは良い、ボーっと暗い曇り空を眺めながら、ただ浮く。
あまり長く入っても今日のエネルギーが尽きては困るし、さっさと出るか。
サウナへは入らず、シャワーを浴びてから家へと向かう。
軽食はマティアスと。
ゆで卵とハム多めのホットサンド、野菜のトマトスープにも卵を落とす。
タンパク質取らんとね。
片付けをしてから痛覚を切って、ソファーでお昼寝。
怠い、痛みは無いが重いのは分かる。
関節がギシギシ。
何とかトイレに行き、水分補給からのストレッチ。
クソ痛い。
痛覚をカット、動いてストレスが無い程度までに抑える。
身体強化後ってこんなになるんだろうか、まして鍛えて無いと反動過ごそう、完全に動けなくなりそう。
最悪は筋肉ブチ切れマンになって寝たきりだろうか、どうなんだろ。
《大丈夫?》
「身体強化の魔法はありますか」
《あるよ、レーヴィが使える》
「反動はあるんでしょうか、未使用なもんで」
《うん、その筋肉痛の何倍もだって。酷いのはコンパートメント症候群になるし》
「解放手術でっか」
《うん、太腿が多いよね、軟骨も潰れたりするし》
「軟骨、治せないですか」
《普通はね、専門の治療師が居るけど忙しいんだ。だから人口軟骨とか入れるのが多い、順番待ちの間に入れるけど、面倒だからそのままって人も居る》
「全身全開とか壊れちゃいそう」
《そう言う場合は麻酔で眠って貰うよ、あんまりに動けないし痛みが酷いから》
「前例が有るのか。主に前線ですか」
《そうだけど、多くは無いね。1度使えば痛みが分かるから、早々無茶はしないし》
「前線」
《治療師なら行っちゃうよね》
「治療師の手薄い場所を知ってしまえばね、でも暫くはやめとくでしょう」
《なら良いんだけど、試験も近いんだから、勉強しててくれてると良いんだけど》
「ですな」
運送屋の本を読みながらアイシング、痛覚を切っていては凍傷になるので仕方無いんだが。
クソ痛い。
こんなんで持久力や体力、筋肉が付くんだろうか。
意図的に筋肉を付けるなんてした事無いし、大丈夫なのかコレ。
《触って良い?》
「どうぞ」
《んー、今度は温浴が良いかも、ぬるめで長く浸かる感じ》
「おう、それはもう少し後で。所で、家の案内は?買い物は?」
《やっぱり、ココは居心地悪い?》
「いや、でもベッドを借りるのは気まずい、短くても睡眠は大事だし」
《ココにベッド買っちゃう?》
「それは話が変わるだろうに。それこそ隣でも別に良いし」
《本当に?》
「何その前フリ」
《隣って日当たり悪くて不人気なんだよね、だから開いてたりもする》
「それは別に、あんまり広いと掃除が困るんだが」
《ココと同じ位かな、2階は日当たり良いよ》
「家賃は」
《前と同じ位》
「そんな不人気か」
《日当たりは重要だからね》
そうして試しに見に行く事に。
角地なのだが、道を挟んだ場所にアパートが建った事で、日当たりが少し悪くなったんだとか。
まして一軒家よりアパートの方が住み易い土地柄でもあるので、この一軒家は不人気だと。
「冷蔵庫もあってキッチンも良い感じなのに」
《ルームシェアとかカップルが日当たりの良い部屋を取り合って仲違い、かと言って1人では少し大きいしで》
「君が借りたら良かったじゃない」
《道路歩いてる人が気になっちゃうんだ、大通りだし。普通に生活するには大丈夫な筈だよ》
「なるほどね」
《ほら、サウナも良いんだけど。夏場は良くても冬場にね、ケンカが多くなる感じ》
「他に候補は?」
《無い》
「嘘つけ」
《本当に、基地の近くとか郊外なら有るんだけど、近くで安全ならココかなって。何ならオーナーが薪もサービスしてくれるって言ってたし、短くても誰かに住んで貰いたいんだって、家が傷むから》
「それにしたって、本当に隣じゃんかよ」
《うん、自転車もバーベキューコンロも貸すよ。初期費用は抑えたいでしょ?》
反論に困っていると、街の反対側にオーナーが住んでいるらしいので、取り敢えず車で向かう事になった。
郊外の長閑な川沿いの一軒家、大きなサウナ室もある。
マティアスが話しを進め、身分証の原本を見せコピー、2ヶ月分のお金を渡した。
完全に流された形だが、特に希望も無いのでこのままに。
もっと短く滞在するかも知れないのだが、その時に改めて相談をと。
オーナーは高齢なのもあってか、管理はマティアス頼みだったので短くても良いらしい。
そして日本へも行った事があるとかで、綺麗に使ってくれるだろうからと、すんなり貸して貰える事になった。
良い偏見に助けられた。
早速当面の薪を分けて貰い、スーパーでの買い出しの後、家が暖まるのを待つ間に、軽くモップ掛け等の掃除をする事に。
マティアスがブラインドを掃除し、ロールカーテンを下ろした。
新しく買ったものの、未使用だそう。
2つ共扱うのが初めてなの少し苦戦したが、お洒落で好き。
モダンで良い家なのに、日当たりに厳しい国民性だからなのか、不人気なのが可哀想。
「良い家なのにな、どんだけ日当たりに厳しい国民性なのよ」
《この暖炉が若い人に不人気なのもあるんだって、私は好きなんだけどね。セントラルヒーティングってヌルいから苦手》
「ヌルいんか」
《基地ヌルく無い?病室とかさ、凄い暖まりたい時に物足りないじゃない?》
「あー」
《寝室はヌルくてもいいけど、リビングとかは特に、アイス食べられる程度の温度が好き》
「半袖アイスは北側には有りがちなんだな」
《そこまでするとレーヴィに怒られる、サウナ行けって》
「したんか」
《もうしてない》
マティアスが水通しをする間に、中庭へ出て植木のチェック。
梅と杏、ユスラウメの様子を気にして欲しいと言われていたので見てみる、梅も杏も健康そのもの。
妖精も認める健康ぶりだ。
反対側に居るユスラウメも健康、初めて知る果樹。
立派な低樹。
「妖精居そうなのにな」
《居ますよ、ほら》
こうも、東洋的妖精と言うのは不思議な感じがするのだろうか、枝から淡いピンク色の漢服を着た小さな女の妖精が出て来た。
羽根は花びらの様に小さく、主に羽衣で飛んでいる様にも見える。
梅と杏はピンク色の十二単の様な服を着ている、ユスラウメの妖精の後ろに隠れているのがまた可愛い。
何より小さい、ウチの妖精の半分だ。
「こんにちは」
《亜細亜の匂い》
「はい、来歴をお伺いしても?」
《はい》
ユスラウメの妖精が話すには、3本の木は日本から来たそうだ、ここの主が家族の為にと植えたと。
大切にしてくれたからこそ違う国であっても生まれる事ができたのだが、直ぐに主が戦争へ行き、帰って着た頃には主には見えなくなってしまた。
そしてついに離れ離れに、周りの妖精も次々に居なくなった事も有り、姿を見て貰う事を諦めた。
そして他の妖精を見るまでは、隠れているつもりであったそうだ。
「寂しかったのでは」
《夏には戻って来るのだし、見えずとも大事にしてくれているから寂しくは無い。それより恐ろしかったのは、ココの妖精が居なくなった事、主は不在で、妖精も次々に消え、その時が1番辛かった》
「狩られたそうですね、人間として謝ります、ごめんなさい」
《何故、お主が謝る、お主がしたんでも、お主の血筋の仕業でも無いだろうに。私は見ていた、この土地の者が財の為に、妖精を狩る様を》
「おじさんは元気ですけど年です、会いに行きませんか?」
《良いのだ、安心してうっかり死なれては困る、死に際にでも会いに行く》
「あ、ウチのスズランの子です、少しお世話になりますが、どうぞ宜しく」
《宜しくお願いします》
《うむ》
「外だとあれなんで、中へどうぞ」
妖精談義をリビングで行って貰う為、秘蔵の芋ようかんを小さく切って出した。
何とか梅杏ズも話す様になったのを見届け、後ろを振り向くと、マティアスがフリーズしていた。
《妖精?だよね?》
「ずっと隠れてたんだって、皆居なくなったから。あの木は日本から持って来たみたい」
《元々居たって事?》
「らしいよ」
《こんなに近くに居たのに》
「他の妖精が見えるまで、隠れてるつもりだったんだって」
《そっか……》
「話せば分かると思うけど、後ろの2人は難しいだろうから、気長に構えてあげて」
《うん。掃除は後キッチンだけだけど》
「ありがとう、じゃあ、やりましょか」
冷蔵庫等を軽く吹き上げると、マティアスはオーブンを弄り始めた。
温める間に、隣の家にお菓子用の道具や材料を取りに。
こちらは見守り君を展開、面積が多いからか少し空腹感。
低値の面倒な所だ、回復させないと。
後は珈琲を淹れ、マティアスのお菓子待ち。
暫しのお勉強タイム。
熱々の出来立てクッキー、しっとりしてて美味しい。
《にしても、小さいし、不思議な服だね。日本は着物なんでしょ?》
「そうだと思うんだけど、どうなんだろう」
《主のイメージだ、東洋の妖精はこんな感じだろうと。神社仏閣に描かれたモノからだろう》
「あー、天女か。向こうの話しは聞けないんだろうか」
《すまないな、基礎知識はあれど生まれはココ》
《へー、育ちでなんだ。情報共有はどうしてるの?》
《殆どは妖精同士の会話だ、妖精女王には会った事は無い。ココを動くのが怖くてな、逃げ様として捕まった者も多い》
「ならもう任意で隠れられるだろうから、好きに移動出来るよね?」
《あぁ、コレでいつでも会いに行けるが、少し様子を見なくてはな、喜びのあまり昇天されても困る》
《健康診断は良好だけど、年が年だからね》
《そうか、少し考えてみるとしよう》
この家を俄然好きになってしまった、仮の住まいなのに。
離れるのが惜しくなってしまう。
「宜しくねマティアス、何かあったら木はウッキに頼んで植林して貰って」
《あぁ、うん》
スズランの妖精のお陰もあって、ようやっとお菓子に手を付けてくれた梅杏ズ。
子供の容姿ではあるが樹齢は40年以上だろう、良く見ると杏は黄色い小物が多く、梅は濃いピンクの小物。
ココか、見分けが難しい、老眼に見分けがつくんだろうか。
「こっちが杏、こっちが梅っぽい」
《よう分かったな》
「老眼に厳しそう」
《ふふ、そうかも知れんな》
梅杏ズは互いに顔を見合わせると、ユスラウメに近いサイズまで大きくなった。
違いはかなり分かる、梅は凛とスッキリ顔、杏は甘い顔ともいうべきか。
仄かに良い匂い、スズランとは違う甘く嗅ぎ慣れた匂いだ。
「良い匂い」
《目が悪くとも、この匂いできっと分るだろう》
「だね。隠れて様子を見に行くのはどうよ」
《そうだね、植木の報告に行くし》
《うむ、そうだな、先触れとして反応を見てみるとしよう》
それから直ぐにマティアスの運転でオーナーの家に向かった。
外は夕暮れ、手土産のクッキーと妖精の良い匂いで車内は幸せの香りに満ちている。
「こんばんは、早速ご報告に来ちゃいました」
『そうかそうか、上がっておくれ』
《お邪魔しますね。早速オーブンで作りました、火力が強めで良いオーブンですね》
オーナーであるお爺さんが迎え入れてくれた、お婆さんは変わらず車椅子でニコニコしている。
クッキーを出すと紅茶を淹れようとしてくれたので、少しばかり手伝う。
「元気な樹ですね、ユスラウメってどんな花が咲くんです?」
『桜やリンゴに似ている白い花なんだ、味もサクランボそっくりでね。食べ切れない程いつも成るから、最後には息子や孫娘にジャムやコンポートにして貰ってるんだよ』
「良いなぁ、美味しそう」
『あぁ、向こうで食べなかったのかい?完熟した実が美味しくてね、花も良いと聞いたから枝を分けて貰ったんだ。梅も杏も皆、毎年身なりが良くて、そうだ、ちょっと来てくれないか』
紅茶を淹れ終わったお爺さんに付いて倉庫へ向かうと、梅酒やピクルスに砂糖漬け、コンポートが並んでいる。
この涼しい土地なら何年でも持ちそうで羨ましい限りだ。
「あの梅酒とか美味しそうですよね」
『そうか、美味そうと言ってくれるか。最近の若いのは古いのは悪くなってるんじゃ無いかと心配してね、マティアスは喜んで呑んでくれるんだが、どうにも酔うのが嫌なんだとさ』
「熟成の言葉を知らんとは、遺憾でありますな」
『はははは、だが私も若い頃はそうだった、梅干しがあるだろう?最初に食べた時はピクルスが腐っているのかとね、驚く程に酸っぱくて、それでもね、夏に食べたら美味しいと感じたんだ。梅のジュースもだ、慣れると美味い』
「こう見えて成人してるんで、梅酒の良さも少しは分かりますよ」
『そうかそうか、ユスラウメ酒もあるんだぞ、ほれ』
梅のピクルスを片手に、ユスラウメ酒を少し頂く。
梅だからか食べやすいピクルス、そして甘いサクランボの風味のユスラウメ酒も優しい味。
梅干しも酸っぱくてしょっぱくてご飯が欲しくなる、どれも最高の塩梅。
「おにぎりにしたい」
『あぁ、最近食べていないな、今日は米でも炊こうか』
「海苔ありますよ」
『おぉ、でも高いだろうに』
「ヘルシンキで大量に買ったんで、安くして貰いましたから大丈夫ですよ、はいどうぞ」
『ありがとう、では今日は引っ越しパーティーだ』
そのまま倉庫から梅干しやお酒を出して宴会となった。
お婆さんも水割りにしたユスラウメ酒と、小さい俵型の梅干しおにぎりをパクパクと頬張る。
年代別の梅酒を飲み比べたり、梅ピクルスでタルタルソースを作り、焼いたサーモンに掛けたオカズをつまみにしたり。
フワフワと皆がほろ酔いになった頃、お婆さんが眠りに付いたので、会はお開きとなった。
「ごちそうさまでした、楽しかったです」
『あぁ、婆さんも良く食べてくれたし、良い会だった。仕事はもう決めてるのか?もし良かったら、孫や息子に何か紹介させようか』
「何になるか何も考えてなくて、もし行き詰ったらお願いします」
『そうか。若いんだから、世界を良く見て回ると良い、きっとやりたい事が見付かるさ』
「はい、ありがとうございます」
倉庫へしまうのは面倒だからと、瓶詰めを大量に貰って帰る事になった。
妖精達も挨拶したのか、部屋に良い匂いが漂うと、お爺さんは少し辺りを見回してから、ドアを閉めた。
車へ乗り込んで直ぐにマティアスの肝臓の代謝を促し、アルコールを分解させた。
飲酒運転は困るので、帰ったら飲み直して貰おう。
スーパーで食材を買い足し、無事に家に辿り着くと、先ずは貰った瓶を並べてみる。
リタにも梅ピクルスタルタルソースを食べさせたいので、マティアスに梅ピクルスを1瓶渡し。
自分用に1瓶確保。
《良かったね》
「おう、漬けた梅も芽が出るかな」
《それなら。少し来ると良い》
先ずはユスラウメが枝に実を成らせ、ぽきりと折って渡して来た。
躊躇いも無しに、大丈夫なのか。
「良いのか、こんな」
《良い、冬に主に会えた礼だ。それに元々が余分な枝だったので丁度良かった、剪定してこその梅よ》
「ありがとう」
《ほれ、お前達も》
梅も杏の躊躇う事無く実を成らせ、枝を渡して来た。
自力でも成らせられるのか、凄いな専属妖精は。
「エリクサー要る?」
《春先に頼む、今は栄養は不要だ》
「おかのした」
枝をストレージにしまい、部屋へと戻る。
スズランの子は少し機嫌が悪い、どうした。
《劣等感丸出しなのだろう、雄の妖精には良くある事だ》
「そんなもんですか」
《それか、名が欲しいからだろう》
「理由を、分かってはくれませんか」
《分かるさ、だが向こうには分からんから拗ねるのだろう。ただ似ているだけで、どうして名すら貰えないのかと》
「似てるレベル違う、ほぼ本物」
《経験が無いのかも知れんな、無ければ分からんだろう。似た者が道を通っただけで心が揺さぶられるのが、分からんのだろう》
「分かって欲しく無いかも知れん」
どうしようも無いので、放置。
改めて夕飯の仕込みを開始する。
ひき肉に玉ねぎ、塩胡椒にナツメグ少し。
良く捏ねてピーマンに詰め込む。
フライパンを熱して、詰め込んだ部分を下にし焼く。
焼けたら今度はオーブン皿に並べていく。
何個も何個も敷き詰めて、半分まで埋まったらオーブンへ。
焼き加減はマティアスに任せ、また詰める。
フライパンもいっぱいになったら、今度はナスを3枚にして挟み込む。
パプリカは半分にして肉を入れ、残りはミートボール。
《料理人になるとかは?》
「絶対に嫌だ」
《何で?》
「作りたく無い時もある、作りたくない時に作りたくない」
《じゃあ、昔は何になりたかったの?》
「何でも屋」
《便利屋みたいな?》
「まぁ、多分そう。誰にでも喜ばれたかったのかも」
《夢の無い分析》
「子供の自分をバカにして、アイデンティティがうんたらかんたら」
《ロールシャッハはした?》
「してない。木か家書くか、箱庭だけ」
《結構やってるんだね》
「引き籠もりの問題児ですから」
焼き目が付いた物は皿はひっくり返し、暫し寝かせつつ、照り焼きのタレを作る。
砂糖と醤油を軽く煮詰めるだけ、味見したが少し物足りないので、少し梅酒を垂らしてアルコールを飛ばして終わり。
少し休憩して、次に今日貰った梅干しを叩き、梅酢で伸ばした梅肉ソースも作る、照り焼きのタレと混ぜても美味いかも。
檸檬でポン酢を作ってみたり、意外にも安く売っていた大根を下ろしてみたり、下茹でしたり。
思い付きで味噌と檸檬の皮と砂糖を混ぜて、みそ田楽のタレ擬きを作っていると、レーヴィが来た。
『パーティーですね』
マティアスが家から持って来たバーベキューソース、ケチャップと準備している間に、オランデーズソース風の卵黄チーズソースを作る。
生クリームに牛乳と卵黄、チーズを混ぜ味見、ちょっと塩胡椒。
初めて作るので、チーズは味見をしながら足して行く。
そうして何種類目かのソースが出来上がり、夕飯になった。
「照り焼きソースは、ピーマンの肉詰めの為のみのソースです」
《また嘘言って、バーベキューソースに近くて美味しいよ》
『はい、チーズソースも美味しいですよ、本当に初めてなんですか?』
「ふへへ、前から考えてた、マヨネーズで作って失敗したから、チーズベースにした」
《ケチャップと合う、ヤバい》
『ですね、マヨネーズと照り焼きも合いますよ』
テリヤキマヨの味をみるまでも無いのだが、試食。
ファストフード味だ。
懐かしい様な、でも最近にしてみたら新鮮な味。
「ジャンクな味だ、ヤバいな」
《本当に、全部の味がする》
『ですね、危ない味がします』
バーガーと違って、味の濃さを調節出来るのが良い。
レーヴィは今日は珍しくビールを飲んでいる、かなり疲れたんだろう。
「合う?」
『飲んでみます?』
「苦いでしょうに」
『はい』
《フルーツビールならいけるんじゃない?》
「炭酸シャリシャリエリクサーにしときます、昼にもう飲んだし」
《じゃあ白ワイン足したらどう、ほら》
「あーぁ……何て事を…沁みる」
《でしょう、酸っぱくないの見付けたから買ったんだ》
『相性が良いと、どんどん食が進んじゃいますね』
《梅のピクルスのタルタルソースも良かったよ、サーモンに掛けて食べたけど美味しかった》
『ラ、シオン、僕のは』
「ソースなら、フライで食べてみる?」
盛り合わせに残りのソースをたっぷりと掛け、タラを頂く。
合う、梅のピクルスを作ったお婆さんは神か。
『これは、凄い良いですね』
《量産しよう》
「リタに頼んでよ、もっとバランス調整したら最強のソースになるって。だからマティアスに渡したんだから」
《えー、コレで完璧だよ》
「上には上が居るのです、高みを目指すのですよ。そしてそのレシピパクる」
『そうしときましょう、食べ比べしないとですし』
「上手い、また作らないとじゃん」
『はい、宜しくお願いしますね』
味覚が合う人達で本当に良かった、オソマ食べて喜んでるとかゲテモノ食いの評価は勘弁だし。
でも納豆は平気だったな、マティアスは梅干しとか食べてたから平気だったのかしら。
「お爺さんの家で梅干しとか食べてたの?」
《最初の頃の洗礼に食べさせられた、凄いビックリしたよ、酸っぱさが違うんだもの》
『僕は夏場に倒れかけて、マティアスに食べさせられました』
「あー、塩分とかミネラル的な補給にか」
『気付けにもなりましたね』
《お爺さんの言う事が本当か調べたら論文があったんだもの、熱中症対策に梅干しって。塩分とかの配合が良いし、栄養価も良かったから、レーヴィで試した》
『効きましたね、それ以来倒れてませんよ』
「じゃあ梅干しは苦手?」
『いえ、このソース好きですよ、鳥に合いそうだなって思いますし』
《焼き?》
「あー、どれだろう」
《全部試そう》
「瓶を食い尽くす気か」
《きっと喜ぶと思うんだけどなぁ》
「だろうけども、大変なんだぞ作るの」
《方法、知ってるんだ?》
「知らないって事にしてくれ」
そうしてリクエストされる料理が増えていく、ただ強制で無いのが有り難い。
毎日コレとかマジ無理、自分だけなら毎日カレーか納豆で良い。
ただ、たまに手の込んだ料理を食べる、その程度で充分。
『シェフを目指すとかは考えて無いんですか?』
「皆無」
《作りたい時にだけ作りたいんだって》
「そもそもだ、この位は大概の人間が出来るだろうに」
『流石美食大国の生まれですね』
《コーンフレークとオートミールで生きてる人に謝って》
「なんそれ、そんな料理しないの?」
《イギリスよりマシだけど、基本的には塩胡椒、ケチャップの文化だからね》
『特に昔は、何でも煮るか焼くかだったそうですよ。それに豆スープを見て下さいよ、酷いのなんかはもう、皮が邪魔で邪魔で』
《親の代でやっと近代化して美味しくなった方なんだから、こんな手の込んだのを毎日なんて贅沢》
『そうですね、僕らの代でも贅沢に感じる程ですから』
「じゃあリタ旦那は超羨ましい存在じゃん」
《そうだよ、料理の出来ない独り身の羨望を一身に受けてる》
『当初はちょっかいを出す者も多くて、それでマティアスが見張りとして居たりしたんですよね』
《治療で人を選ばないけど、治療方法の選択権はコッチにある、痛くされない為には良い子で過ごす様にって》
「これだから医療関係者を敵に回すの怖いんだよな」
《でも実際にはちゃんとするよ、痛みを伴う時は理由をちゃんと説明するし》
「あ、火傷の皮はどうしてる?」
《温存させてる、取れちゃったら人工皮膚で蓋するし。取り除くのって患者に凄い負担だし、逆に治りが遅くなるって論文も出たからね》
「なら良かった、水ぶくれも水出して圧着とかすると治り早いよね」
《本当に、良く怪我するね》
「料理よ、集中して無いとウッカリやっちゃう。後は靴づれだ、肌弱いから」
《本当に?》
「暴力はマジで無い」
《ネグレクトは?》
「基準によるが、多分満たして無い。心配すんな、性的なのも無い。どうした急に」
《妖精が、眠れてない時期があったって言ってたから、悪夢。もう夜だし》
「あー、毎回似た設定の悪夢。フロイト的解釈は理解してる、何年も断続的に見てるから分かってる」
《ストレスのせい?》
「嫌な時期と行動が似てたから、勝手に思い出したんだと思う」
《引き籠もり?》
「おう」
《ほらー、絶対何か有るじゃない》
「そら皆あるでしょう、君は嘘つきの狂信者だし」
《ぐぬぬ、解決は出来てるの?》
「おう、夢でちょっと反抗したら悲鳴上げてた。だから悪夢は寧ろ空白期間の再現、脳が誤作動しただけ、思い出しストレス。実際はそこまでストレスとは感じて無い、筈」
《じゃあ、何してたの?》
「食って寝て、エリクサーと勉強と、たまに外を眺める。暖炉とか妖精とか」
《だけ?》
「おう、具合悪かったんだから仕方無いだろう」
《怪我だけじゃ無くて?》
「エリクサーで回復してなかった、し、あら。知らなかった?」
《無茶して、聞いてないんだけど》
「いやいや、マーリンから許可は得てるぞ、ロウヒにも見守って貰ってたし」
『僕ら、殆ど何も聞いてないんですよ。食事量が減ったのは気付いてましたけど、そんな事をしてるとは』
《過激なダイエットより危ないんだから、分かってる?》
「体感した」
《反省してよぉ》
「してるしてる」
《してなさそう、レーヴィ何とかして、外見しか変わって無いよこの子、どうしよう》
「兵長、この人酔ってます」
『大丈夫ですよ、酔ったらもっと絡まれますから』
《最初はシオンも知らなかったとは聞いたけど、返してくれた時はもう知ってたんでしょ、なら教えてくれても良かったのに》
「嫌なら離れたら良い、これからも解決するまで事情は話せない事ばっかよ」
《それでシオンは大丈夫なの?》
「ちょろい、ありのままの無能で居れば良いんだから」
『食事に関してはかなり有能ですよ』
《だね、人たらしだし。もう大家さんもお婆さんもニコニコだったんだから》
「何でかお年寄りに受けが良いらしい」
《本当、お婆さんなんか不機嫌な時もあるのに》
「日頃の行いが」
《やめて、思い当たる節しか無い》
『そうですね、もしかしたら見抜かれてるのかも知れませんね』
「お年寄りの勘は凄いからなぁ」
『ですよね、カール爺さんは心配するなって、飄々としてましたから』
「そこは黒幕かもと疑うべきでは」
《それがさ、どうせ何かやってんだろってさ、そんなんだった》
「ならそうやってドーンと構えてなさいよ、あ、寧ろ構えず脱力してたまえ、ワシは動かんのだし」
《そこがなぁ、信用出来ない。どうせ何かあったら動いちゃうんでしょう?》
「そら臨機応変に対応しますし」
《もう、取調室に居たままの方が安心だったかも》
「あ、レーヴィ、行方不明者の事を門番さんから聞いたよ、危ないのも居るって」
『そうですね、連れ去られて一緒に逃亡している内に、仲間になってしまった事もあるそうですし。勿論、脅迫を受けて同行させられてる人も居ますから、接触前に関係性を確認すべきですね。それが無理な時は、最初の段階で引き離し、個別に話を聞くしか無いです』
「勉強になります」
《運送屋は諦めて無いんだね》
「おう、飛び回りはしたい。南国でダイビング」
『行く時は僕もお願いしますね』
主にマティアスが飲んでいた白ワインが空いたので、片付けが始まった。
結局レーヴィはビール1缶に、白ワインをグラス半分。
自分はグラス1杯位、それでもマティアスは酔ってる素振りだけで足元も焦点もしっかりしてる。
強いな。
2人とも飲み方が上品だし。
ソース達をしまい、皿洗いをしているとスズランの妖精が頭に乗って来た。
「どうした」
《楽しいですか?》
「まぁ」
《独りは嫌いですか?》
「いや、暇が嫌い。何も出来ないのが嫌い、寝たきりとか無理だと悟った」
《僕は邪魔ですか?》
「いや。どうした、マティアスみたいに女々しいぞ」
《だって、僕って何も出来なかったなと思って》
「構ってくれてたじゃん」
《お料理も、実を付ける事も出来ないから》
「良い匂いさせて眠らせてもくれたし、話して構ってくれたんだから充分。それ以上は貰い過ぎ、コッチが萎縮する」
《そうなんですか?》
「そも君に何もしてあげられて無いんだから、何かされたらお返しに困る、このままで充分、生きてるだけで良い」
《ご自分の立場でも、そう思えます?》
「いや、でも、眠らせてくれたのは本当に助かった。本当に、マジで、マジマジ」
《ふふ》
レーヴィは家に帰ったが、マティアスはまだ居るらしい。
暫し勉強し、眠気が来たら痛覚を戻しストレッチ。
痛いので秒で諦め、サウナとぬるめの入浴を交互に繰り返す。
サウナを程々に、体温程のお湯に入浴。
サウナから浴槽、またサウナと繰り返す。
最後に、サウナで身体をたっぷりと暖めてから外気浴へ。
お風呂から上がり、眠気が来た頃に少し痛覚を遮断し、入眠。
《マティアス》《スズランの妖精》
《ユスラウメの妖精》
『レーヴィ』