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3月9日

 目を覚ますと病室だった。

 右腕には制御具と点滴、左腕は包帯まみれ。


 顔や肘の傷は治ってないが、手当はなされている。


 まだ気持ちは耐えられたのに、多分、失神でもしたんだろうか。


 そうなるとマティアスにこの顔を見られた事になるが、どう釈明しようか。

 治してから、顔を合わせるつもりだったのに。


『おう、起きたか』

「すみませんトール神、どの様な状況で」


『昨夜、俺が面会に行っても起きなくてな。低体温症状態だったらしい、容量の縮小と長い低値の弊害だそうだ』

「ご迷惑お掛けしました」


『いや、それはコッチだ、俺のミスだ』

「すんません、気持ちはまだ平気だったんですけど、容量が耐えられなかったみたいで」


『違う、お前は悪く無い。昨日の朝から異変が有ったのにも関わらず、放置されて悪化した』

「多分、膜ですよ。コレ良く問題起こすんですよね、お気になさら…昨日?」


『あぁ、今は9日、ほぼ丸1日眠ってたんだ』

「はぁ、初めてかも、トイレ行きたいです」


『あぁ、俺が連れて行こう』


 しょんぼりした雷神トールに車椅子へ移され、押され、トイレへ到着した。


 顔はまだ青紫。


 廊下へ戻ると看護師達の厳しい視線。


 その視線は、トールへ向けられているらしい。

 遠巻きに見る悲しそうな顔をした看護師と目が合うと、小さくガッツポーズを送ってくれた。


 倒れた事で、トールへの風当たりが厳しくなるのは困る。


 なんて不甲斐ない身体なんだろうか。


「いずれ、誤解を解かせて下さい」

『良いんだ、俺の計算ミスだ』


「だから、そういうのは良くあるんですって、特殊な体質なんで、何とか後で擁護させて下さいよ。不要な批判を受けて貰っては、コッチが息苦しい」

『それでもだ、神たるクセに不要な害を与えた』


「ドリアードも、ティターニアもオベロンも体質を見誤って祝福を授けて昏倒させたんです。それに比べたらもう、コレは寧ろ想定内。そんなんばっかなんです、マジで」


『それでもだ』

「もう、ストレスで食事を吐き戻してたとかで良いんじゃ無いですか?悪いと思って言えなかったって事で、少なくとも兵士も悪く無いんだし、トールも」


『そんな事は、お前の不名誉に』

「別に構わんです。ストレスで吐くは良くある筈、マティアスか福祉士に確認してみたら良いですよ。別に精神的に弱い治療師で問題無いし。それより、どうなりましたか」


『芳しく無い、昨日のお前の見張りに当たっていた兵士なんだが、お前の要求を退け放置しろとの命令書が来ていたと申告があった。国連の正式な伝書紙で、俺の名前でだ。流石に参った、字は似ているが俺では無い。まして国連へ送った紙は数が少ない上に、検閲も伝令係も通らない筈なのにだ。模写するにしても、数は絞られたが、まだまだだ』


「確実に上じゃないですか」

『あぁ、それで、お前への嫌疑はまだ晴れないのだが、それでもまだ、任せてくれるだろうか』


「もちよ」

『では自宅療養と外出禁止及び、マティアス看護師長とレーヴィ兵長との接触禁止は継続されるが、耐えられるか?』


「余裕っすよ」


 看護師によって点滴を外され、トールによって車で送り届けられた。




 家に入った瞬間、妖精が飛び付いて来た。

 心細かったろうに、ごめんよ。


《お帰りなさい》

「ただいま」


 家は変わらず暖かかった、どう連絡が行ったのかリタが毎日来て、薪を足して家を暖め続けてくれてたらしい。

 いつでも帰って来て良い様に、いつでも暖かい様に。


 お湯を沸かし、この家のカップを拝借。

 残り少なかった出しっぱなしのインスタント珈琲を淹れて、ソファーへと座った。


《大丈夫ですか?》


「ごめんね、リタはいつも何時に来てくれてた?」

《午後なんですけどバラバラで、多分ワザとそうしてるみたいなんです。だから今日はまだ来てませんよ》


「そっか、腹減ったぁ」

《パスタや缶詰ならありますよ、地下の倉庫に》


 掃除用具入れの奥の扉を開け、半地下への階段を降りた。


 どうやらココにバーベキューセットがあったらしい、ミシンや思い出の品等の様々な物が置かれている。


 家の根元が雪に埋もれていて気付かなかったが、小さな窓も何個かある。

 その一画の食糧庫には、最近買い足されたらしいパスタとお米、真新しい瓶から古い缶詰まで何でも揃っていた。


 コレも、リタが足してくれたそうだ。


「頭が上がらない」

《事情は良く分からないけれど、長期戦には兵糧からってウッキが言ってたのよって、そう言ってました》


「申し訳なくてゲロ吐きそう」

《そこは食べてから、どうするか考えましょう》


「だな、胃が空っぽだしな」


 大容量のパスタの袋を開け、一袋取り出してから左脇に挟み、吊されたニンニクを1塊引き千切り、トマト缶と共に上へと戻った。


 鍋を出し、タップリのお湯で茹でようと思ったが痛くて持ち上がらない、力も出ない。

 完全に誤算だ、アホ過ぎ。


《痛みを消しますよ?》


 少し悩んでいると、車のライトに気付いた。

 リタの車だ。


【主、傷を隠しましょうか】


「頼む」


 妖精には痛みを消して貰い、ソラちゃんには傷を隠して貰い。

 リタを出迎える。


 大丈夫、ちゃんと隠せてるみたいだ。


「お疲れ様、ごはんは?」

「今作ろうとしてた」


「よし、ナイスタイミングね。作らせて頂戴」

「お願いします」


「あ、そうそう、コレを預かってるんだけど、可愛い小袋ね」

「コレは、誰が?」


「基地のシモンって人がね、急な呼び出しで送った時にラウラが車に落としてったって。だからついでにレシピや瓶が欲しいって、長くて難しい治療をするからって。どうだった?」

「美味しかった、凄い助かった」


「いつ帰って来るか分からないって言ってたから、ココに薪を足しに来てたんだけど、良かったかしら」

「ありがとう、マジで急で何も準備出来なかったから、助かります」


「マティアスも全然来ないし、レーヴィも。だから勝手にココに色々持って来ちゃったんだけど」

「助かる、中身言えなくてごめんね」


「大丈夫よ、マティアスもレーヴィも何にも教えてくれない時があるし。私達の為なんでしょ、気にしないで」

「ありがとう」


「ふふふ、お風呂行ってらっしゃい、作っておくから」




 浴室へ向かい、先ずは小袋を開ける。


 制御具を解除する工具。

 解除して、ストレージからマスターキーを出し、試す。


 マスターキーで制御具が開いた、なんて恐ろしいモノを持ち出してるんだミアは。


 そのままシャワーを浴び、ソラちゃんに乾かして貰う。

 着替えや洗濯物を出し、護身用のチョーカーをマスターキーに通し、再度、制御具を付けた。

 そのまま洗濯物を洗濯機へ突っ込み、リビングへ。

 良い匂い。


「良い匂い」

「スパムとニンニクとトマト、こっちはスパムと卵のサンドね、さ、召し上がれ」


「いただきます」


 痛覚が無いとは言え慎重に咀嚼、嚥下。

 怪しまれるなコレ。


 眠気で誤魔化されないものか。

 実際に眠いし。


「眠そうね」

「ねむい」


「ふふ、無理しないで寝ちゃいなさい。ほら、片付けしとくから」

「うん、ありがとう」


「うん、はい、歯磨きして」


 歯磨きを終えると、洗い物はすっかり片付いていた。

 そしてそのまま玄関先で見送り、リタは帰って行った。




 どうする、この工具。

 帰すべきはマティアスか。


 マスターキーで制御具を外し、ショートベールを取り出し被る。


 この工具を返す方法。

 誰に。


 トール、ロウヒ、シモン、マティアス。


 やっぱりマティアスが、どうしてるかが問題だが。


 ならロウヒか。


『おう、帰ったか』

「ただいま、工具を返したいんだが」


『あぁ、だが良いのか?』

「コレがある」


『ほう?面妖な形だな、トールか?』

「いや、映画とかで火事の時に斧で扉を壊したりするじゃん?」


『せんよ?大概は蹴破るか、太い棒状の魔道具だが』

「は、どんな部屋も開けられるから、マスターキーって」


『言わんよ、イギリスの言葉か?ココではクラッシャーと呼ばれているが』

「あー、ココは違うのね」


『にしても、とんでもなく高性能な開錠魔法だ、制作者はかなりの腕前、神に近いかも知れん』

「マジか、ミアが魔法省から持ち出したって」


『中々やるな、どれ、話を聞くか』


 ドイツへ空間を開く、向こうは雪らしい。


 窓を叩くと、そのままミアと妖精がコチラへ来た。


『どうしたんですかベールなんて被って』

「秘密。それよりこのマスターキーの制作者って」


『人間の方だそうです、大昔にオウルで作られたらしいと。それだけなんです、詳細が残って無いんですよね』

「それもう絵本のだろ、御使いだ」


『ほう、なるほどな』

『それでなんですね、なるほど』

「どういうこと、なんでそっちに有るの」


『複製が余りに難しく、解析も困難な為に魔法省の倉庫。妖精女王の管轄区域に有った物なんです』

『人間の女王にすら知らされて居ない秘密の場所だ、迂闊に人に知られるのすら避ける為の場所』


「ミアって凄いのか」

『ふふふ、妖精女王の許可さえあれば誰でも入れます。誰でも許可されるワケではありませんけどね』

『他にもあるんだろう』


『持ち出しは常に3種類迄なので、何かを返せば何かは取り出せます』

「記録は残らんと」


『はい、妖精女王の記憶にのみ残ります』

『惜しいな、御使いと連携が取れれば良いんだが』


『えぇ、残念です』

「あ、魔道具の嘘発見器の事を聞きたい、警察用の汎用機の」


『使用者、仲介者の感度で精度が上下するんです。汎用機と言っても、違和感を感知する精度を上げるだけですから。そもそもそこが安定しないとダメだろうと批判されてるんですよね、感受性なんて人それぞれなのに』

「誰が批判を」


『誰と言うよりは、派閥ですね、国連の』

「詳しく」


『大きく2つに分かれてるそうで、更に方向性が違うとかで、合計4つに分かれてるそうです』


 御使いを認めていながらも否定派のイギリス、バチカンは認めない上に否定派。

 日本は認めての肯定派、その他は中立ながらも肯定派に属して居る。

 スイス、カナダ、中国、その他の神がいない国も、肯定派に属して居ると。


「パワーバランス的に肯定派が有利そうだが」

『それが違うみたいなんです、治療師の殆どがバチカンに属してますから』


「他国も派遣して貰ってるなら、あんまり逆らえ無いのか」

『はい、科学的実験も殆どが阻止されてまして、新薬開発はかなり遅れてるそうです。どうしても、動物実験は行いますから』


「それにしても、最終治験での実験なら、そこまで危なく無いのでは?」

『それでもなんです』


「医学の発達を抑えて、治療師の覇権を広げてる様に見えてしまう」

『その批判を避ける為に、魔法省へは多額の資金援助がなされているんです』


「魔道具は良くても、御使いと科学は認めない派か」


「ねぇねぇ、私も混ぜなさいよ」

「あ、すんません、どうぞ」


「何そのベール」

「泣きはらした顔を隠すとかよ」


「そうやって、あら良い匂い」

「リタの料理」


 各々から鍋を借り、中身を入れて返す。

 お返しにお菓子やソーセージが返って来た、早速後で食べよう。


「それで、何の話をしてたの?」

「嘘発見器の魔道具」


「あー、使用者が偏る心配をする割に、尋問官に労働を強いてるのが解せないわよね」

「確かに、でも管理出来るから安心って論なのでは」


「なら別に民間の専門機関を作って守ったら良いのよ、輪番制にして地域もランダムで入れ替えてさ」

「何でそうなってないかだと思うが」


「結局は権威とかじゃないの?軍と関わるには良い理由になるし、その関連のって特権階級みたいものじゃない?だから、どんなに良い魔道具でも、申請の時点で潰されてる可能性があるわよね、独占企業なんだから、ライバル居たら困るじゃない」

「そんなくだらない事を、しちゃうか」


「暮らしのレベルって落とすの大変らしいから、必死なんじゃ無い?それか、国連職員ってかなりの数がギフテッドだって噂だし、ギフテッド一族を守るフリして囲ってるとか。結婚相手も何もかもコントロールして、血を好きにな様に混ぜ合わせるとか出来るわよね」


『イデリーナって、意外と恐ろしい事を考えるんですね』

「半分は私じゃ無いわよ、大人の絵本。数少ない妖精を守る為に狂っていく男の話し。一応、御使いのジャンルにあったの、ほら」


『凄い、何だか、男性がイケメンですね』

『色男だな』

「えー、雄々し過ぎて無理」


「まぁ、ラウラは若いから」

『そうですね、私も昔はそうでしたし』

『だな』

「ぅぐ」


「ま、兎に角、尋問官って想像しただけでも大変そうだから、常に何か良い魔道具は作れないかって考えてるんだけどね、上手くいかなくて」

『どうしても既存品に似た発想になって、革新的なモノが出来ないんですよね』

『なら、倉庫でヒントになる用なモノを集めて来てはどうだ?何か良い足掛かりになるかも知れん』


「だね、マスターキー以外は返すよ」


 ミアを妖精女王の元へ送り、ドイツとも空間を閉じた。


 残るはロウヒ。


『有意義であったな。絞れたとも言えるし、範囲が増えたと言える』

「益々混迷を極める推理、絶望」


『魔道具には文句を付けぬバチカンが、嘘発見器にはケチを付ける』

「尋問官の存在も良く思って無いんじゃないのかね」


『表向きだけかも知れんよ、人を纏め上げる事に長けているんだ。人的資産とみなしているなら治療師同様に、集め、懐に収めたいのやもしれん』


「一部が行ったのか」

『全体での行為か、まぁそれは意地でも認めぬだろうが』


「そこはもう、トールに頑張って貰わんとな」

『まだ任せるか』


「おう、何で倒れちゃったんだろ、悔しいです」

『特殊な状況下において、精神が膜に作用する場合が有る。今回は防衛反応から生命維持に最低限しか回らんかった、もう少し小マメに様子を見るべきだった、すまない』


「大丈夫、稀に良く有る。前もそう、ドリアードに昏倒させられたし、気にしないで下さい」

『なら、治して欲しいんだがな。魔法で誤魔化しているだろう』


「バレてら」

《神様には効かないんですね》

『それもだが、腕を庇う素振りだ』


「ワシか、しくった」

《あ、お洗濯終わったみたいですよ》

『終わったら、少し休むと良い』


「あ、待って、マティアス達は?」

『あぁ、聞かされておらんかったか。ワシも』


 ロウヒの視線の先に、車のライトが光った。

 明らかにココに用事が有る車以外は、ココからは見えない筈。


「どうしよ、後でまた良い?」

『あぁ、またな』


 様子を見ると、またしても見慣れぬ車が家の前で止まった。

 出て来たのはルーカス、随行のおじさんも一緒だ。




『大丈夫かい?』

「まぁ、なんとか、家へ入ります?」


『いや、テラスで少し良いだろうか』

「どうぞ」


『大丈夫かい?噂を聞いてね』

「大丈夫です、少し転けただけなので」


『正直に話してくれて大丈夫なんだよ、もし何かされたのなら』

「それより、今回は何の尋問でしょうか」

『おじさんが、内緒で連れて来てくれた。君を心配して』


「この前、ハンナが尋問に来た。おじさんから、仲良くするなってメモが来たって言ってた」

『な!そんな!ハングリーで気が合う筈だとは書いたが、そんな事は書いてないんだ。ルーカス、見てくれれば分かるだろう』

『じゃあ、ハンナが嘘を?』


『いや、そうでは無く』

「そういうのは帰ってからにして下さい、疲れてるんで、もう良いですか?」


『あぁ、すまない』

『うん、ごめん』

「いえ、さようなら」


 家へ入りコートを掛け、車が動くのを見届けた。

 ソファーへ座り、制御具を外し、ロウヒへ繋ぐ。


『おう、リタか?』

「いや、ルーカスとおじ様、心配で内緒で来たって」


『なんと言う事を、無難に追い返せたか?』

「おう、伝書紙の行き違いにはおじ様も気付ける程度」


『うむ。それで、マティアスだったか?』

「おう、コレ返したいねん」


『何処でどうしているのか知らんのだ、向こうで相談させてくれんか』

「おう」


 空間を閉じ、ソファーで透明な鍵を触る。






 シバッカルの宮殿。

 念には念を、ね。


《伝言じゃ。取調室、ラウラが居た場所。返して大丈夫。じゃと》

「話しが早い」

『逃げおったか』


《忙しいんじゃと》

『まったく』

「どうどう、誰か倒れさせたら許さんと言っといて」


《うむ、承った》






 目を覚まし、今度はロウヒの部屋へ行く。

 以前にトールが展開した魔道具と同じモノをロウヒが取り出し、作動させた。


 椅子に突っ伏すマティアスの膝が目の前にある、そこで例の工具を取り出し、膝をつついた。


《ま!》

「返す」


《ラウラ》

「無事、家、大丈夫、返す。じゃあね」


 空間を閉じて貰ったが、ロウヒは少し不満げ。


『そっけ無い』

「話が長くなりそうなんだもの」


『まぁ、そうだろうが。それよりだ、暫く掛かるが、本当に大丈夫なんだな?』

「ズル出来るしね」


『おう、しっかりズルするんだ、良いな?』

「うん」


 そして空間を閉じると、何も言わずにソラちゃんがぬいぐるみへと入ってくれた。


 そこへ妖精が抱き付き、頭をモシャモシャ掻き抱いている。

 もう、コレが有れば良いかな。


 本来は回復も治療も出来ない筈なんだし。

 そうなると編み物も塗り絵も出来ないし。


 勉強か、勉強タイムか。

 本を出し、暫く眺める。


《いつまで、こうしてるんですか?》

「事が終わるまで」




 勉強の合間にテーブルの上に置いてあった、手配書を眺める。


 数枚もめくらぬ内に睡魔が来たので、制御具を付け。

 ソラちゃん抜きのぬいぐるみと、妖精と共にベッドへ向かった。

『トール』《スズランの妖精》「リタ」『ロウヒ』『ミア』「イデリーナ」『随行官のおじさん』『ルーカス』《シバッカル》《マティアス》

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